【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二五三幕 ただ明日を望むもの

 

 

 

 ──この街を覚えている。この道を覚えている。あの店を覚えている。あの場所を知っている。

 “だからこそ”エヌラスは困惑していた。“何かがおかしい”という違和感ばかりが胸にある。だがしかし、それを完全に否定しきることが出来なかった。

 果たして今、自分が見ているこの光景が夢なのか、それとも現実なのかすらわからない。

 昨日までの記憶は、思い出せる。

 今日、何故此処に自分がいるのかだけはわからない。思い出そうとしても、とんと思い出せない。どうして、どうやって此処に辿り着いたのかもわからなかった。

 

「えいっ」

「…………何しやがるんですかマリーさんよ」

「なんかすごーい難しい顔してるから」

 公園のベンチに座り込み、悩み続けているエヌラスの隣。マリーがパンをぎゅうぎゅうに詰め込んだ紙袋を抱えて座っていた。頬をつつき、シワの寄せられた眉間を指で押し上げて笑っている。

 

「どうしたの?」

「……俺は夢でも見てんのかと思ってな」

「幸せな夢?」

「──、そうかもな」

「パン食べる?」

「話に脈絡ってもんがねぇのか? いいから食べててくれ、ちょっと考え事するから」

「はーい。あ、メロンパン食べる?」

「食べてなさい」

「はいっ」

 嬉しそうにパンを頬張るマリーから視線を外してから、エヌラスは再び現状を確認する。

 記憶は残っている。問題ない。これまでの戦いを思い出せる。

 

(……確か、最後に戦ったのが童子切安綱の馬鹿で合ってるはずだ。俺は地球にいて、香澄達と別れて──弦巻家のバックアップがあって、それで…………)

 それで──“どうなった?”

 地球を離れたところまでは、覚えている。──なぜ地球を離れたのか、その理由が思い出せない。どうして今、自分が犯罪国家九龍アマルガムに居るのかさえ覚えていなかった。

 仮にこれが幻覚ならば何かしらの方法で解決できる。問題はその再現性だ。

 

「ひょーいえばひょごかいふっていっへなはっふ?」

「口にパンをぎゅうぎゅうに詰め込んで喋らないでくれ。何言ってっか全然わからん」

「もぎゅもぎゅ……ぷは。何処か行くって言ってなかった?」

「……、ちょっと爆速で行って帰ってくる」

「はーい、いってらっしゃい。もぐもぐ」

 エヌラスはハンティングホラーを呼び出し、即座にアクセル全開。九龍アマルガムの大通りを法定速度ごと置き去りにした。

 

(もしこれが俺の夢だって言うなら、限界があるはずだ──)

 

 だが、その考えは馴染み在る商業国家まで辿り着いても振り払われることはなかった。それでも足は止まらない。

 エヌラスが向かった先は、いつもの喫茶店。いつもの顔ぶれ。

 いつも通りオープンテラスでタブレットを叩いている特徴のない中肉中背のクソメガネを見つけた。

 

「おいクソメガネェ!! 今何月何日何時何分だハゲェ!!!」

「急に出てくんなよ誰だよ何だよキミかよ帰れよ忙しいんだよぉ!!!」

「おかえりくださいお客様とは良い度胸だなクソメガネ、テメェの店のレビュー欄馬鹿ほど荒らしてもいいんだぞ」

「そんなことしてみろキミのアカウント絶対に停止させてやるからな!!!」

「やってみろ、店ごと潰してやる」

「物理的にやんじゃないよ! まったく、久しぶりに顔だしたと思ったらコレだよ……それでさっきの質問だけど──」

 半ば冗談のつもりで尋ねたが、律儀にしっかりと答えるクソメガネ──琴霧ソラに怪訝な表情でエヌラスは再度尋ねる。

 

「……クソメガネ、お前昨日何してた?」

「誰かさんがいないおかげで平和にお仕事してました、なにさ?」

「…………俺が居ない間、何かあったか?」

「むしろ君が毎回トラブル持ってきてんだから自覚あるなら直せよバカがよぉ!」

「うるせぇぞクソメガネ、レンズ指紋でベッタベタにされてぇか」

「相変わらず嫌がらせの方向性が陰湿なんだよなぁ君は! もう僕仕事に戻っていいか!?」

「潰れてなかったらまた来るわ」

「二 度 と 来 ん な!!」

 馴染みの喫茶店の馴染みの顔と別れてから、今度は商業国家の教会を目指す。

 教会と言っても、懺悔しに行くわけではない。そういう“決まり”なのだ、この世界では。政治中心地、国家の中枢がそう定義されている。商業国家の場合、バカでかい学園が教会として取り扱われているが、国王の趣味と機能性を兼ねてそう設計されていた。

 

 慌ただしく正門をこじ開けたエヌラスが見覚えのある警備員を顔で黙らせて襲撃じみた速度で内部を走る。

 時刻を確認して、それから行動パターンを参照して執務室の扉をぶち抜く。後で説教コースだろうが賠償金だろうが知ったことではない。

 

「ぎょわぁ!? ちょっとちょっと何!? 何してくれてんの!? っていうかキミ、いつの間に帰ってきてたのさ!? いや待って、そもそもなんで扉ぶち壊してんの!?」

「────」

 嫌な予感はしていた。商業国家に辿り着いたその時から。“もしかしたら”という考えが音を立てて瓦解していく。

 執務机の上に書類山脈。驚異的な速度で判を押していた手を止めて、ズレた赤縁のアンダーリムメガネを直しながら商業国家国王が腰を浮かせて硬直していた。

 長く伸びた栗色のロングヘアー。大きな赤い瞳。驚きに目を見開いたまま、制服の上に着けたエプロンを垂らしている。

 

「な、なに? どしたの、エヌラス──?」

「ッ────」

 そんなはずがないと、レイジング・ブル・マキシカスタムを引き抜く。彼女の額に照星を据えて、撃鉄を起こす。

 引き金に指を置いて──身体を竦める彼女の顔を見た。

 

「な、なんで? なにしてんのさ? 私、なんかした?」

「…………、──!」

 悪い夢だ。悪い冗談だ。これは、きっと、夢だ。

 突きつけられた銃に怯えながらも、目尻に涙を溜めながらも必死に堪えている。

 歯を食い縛る。これは夢だ、きっと、そうに違いない。だから。

 だから──!

 

「なんでキミが泣いてるんだよ、泣きたいのはこっちだっての! なにそこまで思い詰めてんの!? 言いたいことあるなら全部話してからにしてくんない!?」

「っ……、くそ……ちくしょう、なんだ……なんなんだよ、ドちくしょう──!! 俺は、どうすりゃいいんだよ──!!!」

 だからこそ、撃てるはずがなかった。これが夢だったのならば、これが本当に夢ならば、醒めてほしい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自暴自棄になりながらエヌラスが銃を床に叩きつける。

 どうしたらいい。どうすればいい。どうしたらこの夢が終わるのか。

 崩折れた姿に、戸惑いながらも歩み寄ってくる腐れ縁の商業国家国王が優しく抱きしめる。

 優しさを振り払おうとした。だが、身体は言うことを聞かなかった。

 

「──なんだよ、ちくしょう……あったけぇな……」

「なんだよはこっちの台詞。なんでいつもそんなボロボロなの、キミは」

「……、なんでだろうな────わかんねぇや。なにしてたんだろうな、おれは……バッカみてぇだ」

 誰でもいい。何だっていい。

 この夢を否定してくれ。甘く優しい、微睡むような夢を。

 此処は、あまりにも居心地が良すぎる。

 

 

 

 長槍を捌く太刀と偃月刀の異種二刀流。大魔導師の回し蹴りが童子切安綱の身体を容易く吹き飛ばす。追い打ちと言わんばかりの超重力弾を連射するものの、迎撃の爆炎で全て相殺された。

 理解が追いついてきたのか、魔術や魔力に対して目が慣れてくる。そして自分の身体の扱い方にも。再生した心臓と、第二の心臓である“マギウス神臓”と魔術回路の烙印に意識を向ければ霊子の流れも何もかもが眩むほどの情報量で見て取れる。

 “無限熱量”。昇華魔術の術式を紐解いても、そこに辿り着くとは到底思えなかった。

 大魔導師の魔術は予め構築していた術式の核を切り替えながら放たれる。術式の即時構築を繰り返している展開速度は常軌を遥かに逸していた。だが、童子切安綱はそれを武人としての嗅覚だけで切り捌く。

 手元が揺らいだ刹那、穂先が消える。ほんの一寸、首を傾ければ目蓋を掠めた。偃月刀を振り上げれば、腕をくぐらせた柄で防がれる。槍を回して流されそうになるが、童子切安綱は逆に踏み込み背中を合わせる形で大魔導師に回り込んだ。

 互いに踏み込み、次の一手に向けた足運びに転じて絡ませる。崩れるバランスに、体ごと太刀を振り向きざまに振り下ろす。しかし、切っ先を指で阻まれた。

 切れねば意味がない。即座に童子切安綱は胸板を前蹴りで押し退けながら離れる。

 大魔導師は槍で地面を叩くと身体を押し上げて立ち上がった。

 侮っていた。魔術師というものを。刀剣の付喪神たる自分に勝る武術は無いものだと。

 

 身体を掠める穂先の切れ味たるや凄まじく、触れてもいないのに身体に傷が開く。童子切安綱の具足に血が垂れ落ちると、蒸発してジュウジュウと音を立てていた。揺らめく陽炎の熱に血液が沸騰している。

 大魔導師もまた手傷を負っていた。その場しのぎの一撃ばかりでダメージですらない。切れた口の端から垂れる血を舐め取り、凍りつくほどに正確無比な構えで微動だにしない。

 まだだ、まだ戦える。童子切安綱が踏み出した。

 槍を振り上げ、その先端から光刃を伸ばしながら振り下ろされる。二刀を重ねて防ぎ、弾く。

 しかし、大魔導師の左手。顔の高さまで持ち上げていた指が鳴らされた。次の瞬間、重力波が空から叩きつけられる。地に這いつくばる前に両足で自重を支えるが、すでに相手は槍を回して狙いを澄ませていた。

 

 バルザイの偃月刀で重力結界の核を切断し、身体の自由が戻るか否かの瀬戸際で身をよじる。肩を掠めた槍を引き戻し、太刀を捌くなり全体重を載せた踵落としが脳天に打ち込まれた。地面を揺らし、砕きながら倒れた童子切安綱の頭に向けて大魔導師は石突を向ける。咄嗟に転がって避けた童子切安綱が足を蹴り飛ばして身体を回転させると続く刺突を払って立ち上がった。

 ぐらり、と身体が傾く。意識すら手放してしまいそうになりながら、堪える。

 

「…………」

「まだだ、大魔導師! まだ俺は──!」

 額から血を流したまま吠える童子切安綱に向けて大魔導師は、黄金の槍を解除した。続けて指を鳴らせば、結界がかき消える。香澄達が周囲を見渡せば、まだ日没前。

 茜色の夕日に照らされた黄金の怪物は、腕を組んでいた。

 

「──“神格呪装”を持ち出した私と互角に渡り合うか、流石だな。だがあのままでは埒が明かん。千日手、というやつだ。アレでは貴様も“無限熱量”に届きはしないだろう。次の一撃をもって決着をつけよう」

「……」

 童子切安綱は朦朧とする視界に目を細め、バルザイの偃月刀を地面に突き立てる。大魔導師の言葉には真実しかない。“無限熱量”への到達を目的としていたが、自分の中で炎が燻る感覚だけがある。それが暗に告げていた。このままでは絶対に届かないのだと。

 

 大魔導師の足元。黄金の魔力光が魔法円を描き出す。

 沈み出している茜色の夕日を背負い、地面から浮かび上がる粒子は蛍のように宙を漂う。

 幻想的な光景に、しばし目を奪われる。だが、背筋が凍りつくような寒さを覚えた。

 

「これこそは、我が魔道の極致のひとつ。“無限熱量”に匹敵する窮極必滅呪法──凌げよ、童子切安綱。もしそれが出来なかった時は、()()()()が永久に死ぬだけだ」

 空気が急速に凍りついていく。音を立てて亀裂を走らせて、金切り声にも似た悲鳴を挙げていた。大魔導師が緩やかに手を掲げる。

 霜が降り、空気が裂けていく。その向こう側の空間には何もなかった。

 ただ暗黒だけが広がっている。“虚空”の狭間に立つ大魔導師は、片手を空に掲げたままだ。

 

「……それだけの術を修め、なぜ貴様は人を救おうとしない」

「“その必要がない”」

「貴様は何故“覇道”を掲げた! 万物を分け隔てなく救う“王道”ではなく!」

「なら、貴様は救えなかった命とどう向き合う。正しさだけで全てが救えるとでも語るつもりか? 正道と王道で救える命など、生きている命だけだ」

「────」

「くだらん。命の価値を善悪で判断するなど、それこそ“人間”の傲慢さだ。己こそが正しく在ると信じ、悪を斬れば善をも断つことに他ならない。違うか、童子切安綱」

 酒吞童子。鬼の首魁は、鬼たちにとって確かに希望だった。

 

「だが──!」

()()()()()、私は“覇道”を掲げる。正道で救えないものにこそ手を伸ばす。邪道に墜ちた悪こそを活かす。善も悪も等しく救い、殺す。同じ命だ、違いなどない。死ねばみな同じだ」

「……貴様は、狂っているのか」

「言っただろう。この狂気こそを正しく信じると。己を極限まで律することで可能となる“善悪相殺”だ──私の魔道は万物を等しく弑す、例え御身が神であろうと」

 空間凍結によって極限まで圧縮された大気が綻んでいく。白銀の六花を咲かせながら、暗闇の空間を凍てつかせる。なおも続く空間圧縮に世界が悲鳴を挙げていた。

 歪んでいる。この男の思想も、理論も、倫理も何もかも。そうまでして、何を求めた。

 神の敷いた世界のレールが、それによって救われない命が在ることが許せない。だからこそ、等しく殺す──童子切安綱はそれこそが許せなかった。

 一人の怪物の手で壊していい世界の理などではなない。

 “マギウス神臓”の回転数が引き上げられていく。いまだかつてない怒りを覚えて、童子切安綱の太刀が鬼火を纏う。赤から青へ、緑、黒から白へ。バルザイの偃月刀がその怒りに呼応するように震えていた。

 

「っ……、づ、あ、ぁぁぁぁああああああっ!!!!」

 童子切安綱が力のあらん限り咆える。大気を震わせる咆哮には、時が止まったかのように感じていた香澄達の金縛りを解いた。

 燎原之火。己の身体すらも灼き尽くさんとする憤怒が爆炎と共に溢れ出す。

 

「──多少はやる気になったか。全霊を賭して防げよ。背負った命が、貴様以上の価値を持つのなら貴様自身の命で証明してみせろ」

 掲げた手を中心として空気が凍りつく。重力も、時間も、何もかもを呑み込んでいく黒。渦を巻いていく圧潰されていく超重力の塊。

 

「神が世界を作るその時、天と地を創造する──そうして、光あれと。ならば私は、その“光”を否定しよう。神の作り上げる天と地の隔たりなく殺す──全能の神よ、死にたまえ(DAI ARA)

 そして、闇が生まれた。

 

「“創気収斂”──! “極零天(ゼロ・ドライブ)”」

 螺旋を描いて凍てつく白き闇。矛盾を抱えた窮極必滅呪法。魔道の極点を前にして童子切安綱はただ一度だけ香澄達に振り返った。

 恐ろしいのだろう。未曾有の危機を目の当たりにして。身を寄せ合って、少しでも恐怖を紛らわせようとしている。

 

「──、恐れるな。臆するな」

「……童子切、さん?」

 その声は、今まで聞いたことがないくらいに優しかった。耳にするだけで憑き物が払われるかのような安心感に包まれる。

 

「まだ見ぬ明日へ踏み出せ。それは、“今”を生きるお前達にしか出来ないことだ──」

 白い火の粉が舞っていた。

 目を細めて、笑ってみせながら。

 

「そのゆめ、忘れるなよ。安心しろ──“俺達”が、必ず守り抜く」

 揺れる陽炎の中に、もうひとり。二代目賢人バルザイが背を向けて笑っていた気がした。

 幻覚だったのか、それとも蜃気楼だったのか、涙を拭い、目を擦ればその姿は消えている。だけど、確かに其処に居た。──そこに立って、ずっと一緒に戦ってくれていた。

 

「──達者でな」

 この命に代えてでもとは言わない。何故ならこの命は既に預けている。そしてこの命の使い道はとっくに決まっていた。

 鬼を斬る。なんのために? 知れたこと──罪なき命を、ただ救うためだけに!

 

 童子切安綱が二刀を束ねて全霊の咆哮と共に振り下ろす。

 大魔導師の手刀が、触れたもの全てを轢殺しながら振り下ろされた。

 衝突したその瞬間から膨大な衝撃が周囲を破壊していく。白い炎と白い霜がせめぎ合う。

 火の粉が舞う。氷の六花が宙で触れ合い、溶けて消えていく。

 

 極零天の白い闇の中、大魔導師はたしかに笑っていた。だが、まだだ。まだ足りない。童子切安綱の全霊をもってしてまだ“無限熱量”には至らない。届くはずだ、その高みに。まだ気づいていないだけで。

 

 とめどなく涙を零しながら、ただ香澄達は童子切安綱の背中を見ていた。

 どうして、そこまでして私達に命を懸けるのだろう? 疑問に思ってしまった。普通の人間として、ただの女の子として、夢を追いかけて。ただ生きてきただけなのに。

 

「童子切さん、もう──!」

「馬鹿を、ぬかすなぁ!!」

 燐子が怒号に身体を竦める。

 

「諦めるな、まだだ! まだ俺は、此処に在るッ! 折れるわけにはいかんのだ、みなの上に立つと決めた! 付喪神総大将として俺は──最期まで、共に戦うと決めたのだから! 俺は、絶対に──!!」

 炎が拮抗していた。それは、本来あり得ない現象だった。

 無限に凍りつき、無限に燃え続けながら。空気を白く灼いて、炎のように揺れながら。

 

「──()()()()()()()()!!!」

「────」

 

 ──刹那、大魔導師の脳裏に“雑音(ノイズ)”が走る。言い知れない不快感に満ちた、断片。得体のしれない記憶だった。

 いつか聞いた言葉だった。知っているはずの言葉だった。いや、誰でも同じような言葉を口走る。それなのに、そのはずなのに──この違和感は、なんだ? 誰の言葉だった?

 

「──虫唾が走る。その程度で踏み止まるならば、この国もろともに消え去れっ!」

「っ……!」

 拮抗していた互いの一撃は、徐々に童子切安綱が劣勢に押し込まれていく。肌を焼く白い闇、その大気が撫でていくだけで息が止まりそうだった。炎すら凍りつき、砕け散りながら童子切安綱へと迫る。だが、背負った香澄達へは触れさせまいと足を進めていた。

 

(なぜ怒る。なぜ貴様が、それほどまでに怒る──逆鱗に触れたか、俺の言葉が。それほどまでに──貴様は……!!)

 ──何故、諦めた。何故、手放した。神の作り上げた世界の中で生きることを。

 だからこそ、覇を天に掲げたのか。神の世界で救えぬ命があることが許せずに。

 だからこそ、貴様は──死者の魂にすら手を出したのか。

 このままでは救えないと、全てを諦めて。

 

 “無限熱量”とはなにか。童子切安綱はずっと疑問に思っていた。それは恐らく、天に煌々と輝くお天道様のような、別け隔てなく与えられる熱と温もりなのだろうと思っていた。

 違うのか。コレでは、届かないというのか──! 童子切安綱は白い闇の中で己に問い詰める。

 天照大神よ。我が母よ、我が師よ。我が同胞達よ、教えてくれ。

 ──“無限熱量”とは、なにか。

 

 ……、ひらひらと舞い踊る白い火の粉の中に、何かを見た。それは、何だっただろう。

 極限まで高めた魔力同士が混ざり合い、空間が耐えきれずにひび割れ、壊れていく。時間も、空間も、虚空も、全部。

 もう一度だけ、童子切安綱は舞い散る火の粉の中に目を凝らした。見れば、それは──断片だった。

 

 ──エヌラスがいた。戸山香澄と共に。

 ──鬼が手を繋いでいた。丸山彩と。

 ──初代ねこあつめが背中を預けていた。美竹蘭と。

 ──オカルトハンターが肩を並べていた。湊友希那と。

 

 ──エヌラスが、笑っていた。弦巻こころと一緒に。

 

(──────これ、は)

 “有り得た未来”の断片。今はもう、起こり得ない世界線の欠片。

 ──エヌラスが、和泉守兼定と共に笑って街を歩いていた。

 万華鏡のように映し出される光景の中に、鮮烈なまでに焼けつく欠片があった。

 

 ──それは、どんな道を選んだんだろう。

 大魔導師を前にして、エヌラスと童子切安綱が肩を並べていた。二代目賢人バルザイがそこにいた。付喪神が揃って、国の為に刃を振るう世界があった。

 全てが、消えていく。火の粉となって、消えていった。

 悟る。これは、全部──“あの男が切り捨てた未来”なのだと。

 

 幸せになれた()()()()()。誰かと共に歩むことが出来たはずの未来。

 その中に、あった。──全てを守りきれず、灰となった世界で慟哭に崩れる破壊神の姿を。

 

(──、馬鹿が。馬鹿者、が……! 貴様はそうして、全部切って捨てたのか!? お前自身の幸福を、全部! 余さず、何一つ手にしなかったというのか! 大馬鹿者が──ッ!!! なぜ選ばなかった!? なぜだ!!!)

 小さな、ほんの、小さな火だった。

 頬に伝う涙に触れれば、すんと消えてしまうほどに小さな火だった。

 こんなにもちっぽけで、こんなにも小さな火──それでもそこには確かに熱があった。

 

(そうか──、俺が、間違っていたのか。天に輝く太陽などではなく、これがそうなのか)

 きっと、今こうしている間にも燃え尽きている火の粉の全てが。

 胸に火を灯す。“マギウス神臓”が、魔術師としての炉心が融解するほどの熱量を放つ。

 

(ならば俺は──お前が選ばなかった、この未来こそを切り拓く!!!)

 エヌラスは選ばなかった。自分が彼女たちの隣に立つことを。

 それが一番の、彼女達の“幸福(しあわせ)”だと信じていたから。

 

 白い炎が色づく。それは仄かに、ほんの微かにではあった。

 “黄金の炎”が童子切安綱の手元から刀身を染め上げていく。

 極零点に押されていた炎が、息を吹き返して勢いを取り戻す。

 

「許せ二代目──貴様に代わり、師の悲願を成すことをッ!!!」

 魔を断つ剣は未だ折れず、此処に在る。

 バルザイの偃月刀を振り上げると、刀身には無数の亀裂が走っていた。それは今にも折れんとばかりに膨張した内部魔力の暴走──否。“熱量”だった。

 “無限熱量”とは、“可能性の焼却”に他ならない。

 人は生きる以上、必ず避けられない運命が訪れる。

 命を燃やす。此処で燃やし尽くす。正真正銘、嘘偽りのない全身全霊、乾坤一擲。

 

「──届いたか、童子切安綱」

「受け取れ、大魔導師──こいつが俺達の“無限熱量”だ!」

 千年絶やさず焚べてきた鬼火がバルザイの偃月刀と混ざり合い、溶けていく。

 

 香澄達の見ている前で、爆音が轟いた。

 そして見た。白い闇を切り裂いて、夜の境界線に花を咲かせる白い桜の花びらを。

 一陣の風が吹き抜けていく。炎となって砕け散ったバルザイの偃月刀は柄を残して消滅した。一撃に全てを込めた童子切安綱の左腕は、篭手が吹き飛び、肘まで黒焦げになっている。それどころか半身に大火傷と凍傷を負っていた。対する大魔導師は“極零天”が相殺された事による反動からか体勢を大きく崩している。

 童子切安綱の髪から、白炎の色が抜け落ちていく。“マギウス神臓”が熔融し、それは本来ある心臓と共に灯火が消えようとしていた。

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