【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二五四幕 夢の終わりを告げるために

 

 ──大魔導師の防御は崩れた。三層の重力防壁も、規格外の魔術も今は無い。完全な無防備となった怪物を仕留めるには、この瞬間しかなかった。

 せめて一太刀。せめてこの一太刀──! 貴様に突きたてなければ、気が済まない。童子切安綱が思考を加速させる。

 左目は魔術の情報量に耐えきれず潰れ、残された右目も視界が霞んでいた。立っているのが不思議なくらいだ。半身の感覚はない、自分の身体のことながら何も感じなくなっている。

 “無限熱量”に届くまでは、想定内だったのだろう。しかし、童子切安綱の構えを見た大魔導師は言葉を失った。

 まだ動く、まだ戦おうとする気概があった。それが導き出した構えは、居合。

 大火傷と凍傷を負った左腕。指先から肩まで神経は死んでいるはずだ。感覚も無い、だがそれでもなお、童子切安綱は惑いのない動きで太刀を収めて鞘を掴んでいる。

 今を逃せば勝機なし──!

 “無限熱量”が、付喪神総大将としての俺の一撃ならば。

 これは、ただ“俺”として放つ一撃だ。

 

「──超電磁抜刀術(レールガン)鳴神(なるかみ)

 

 童子切安綱の手元に紫電が奔った。次の瞬間、その姿がかき消えている。しかし大魔導師だけは反射的に左腕を持ち上げていた。

 刃が閃く。緊急の防御障壁を展開して大魔導師が防ごうとする。弾き損ねて、左腕に刃が食い込んだ。身体強化の術式を一点に集中して再展開させることで左腕の半ばほどまで入り込んでいた太刀が止まる。

 

「ぉ、お、おおおおアアアアアッ!!!!!」

 ミシリ、と嫌な音が響いた。鋒に宿した鬼火が紫電と共に爆炎を捲き上げ、童子切安綱の鬼迫を込めた一閃は左腕を断ち切る。さらに手首を返して左胸へと打ち込むと大魔導師の身体を貫き、片腕で斬り上げて振り抜いた。

 最期の最期まで、常在戦場の理を掲げた付喪神の執念が成し遂げた奇跡。だが、その顔は笑みから徐々に青ざめていく。

 大魔導師は落ちた左腕を見下ろし、口から垂れる血を拭いともせずにただ笑っている。シャツが赤く汚れても、血が滲んで斑点を作ろうともまったく意に介していなかった。

 童子切安綱が一歩、二歩と後退る。身体から抜け落ちていく力に抗いきれず、太刀を地面に突き立てて身体を支えた。

 

「──貴様、どこにやった……?」

「……何の話だ?」

「其処にあるはずの物を、何処に置いてきた……!」

()()()()()()()()

 大魔導師の身体の傷口が蠢く、骨と肉と内臓から覗く真新しい切り傷の中から目玉が見えた。

 ──“てけり・り”

 

「ああ。()()()、ダンセイニ」

 奇怪な鳴き声だった。男とも女とも子供とも老人とも取れない、人によく似た声が相槌を打つ。

 腐臭と共に、大魔導師の身体の傷が塞がっていく。断ち切られた左腕も、黄色い粘膜を垂らしながら触手が生えていった。

 それはあまりにおぞましい光景。正気を疑う姿に、だが目をそらすことが出来なかった。

 無数に枝を伸ばしていた触手の輪郭が徐々に人の腕を形作る。それは間もなくして、大魔導師の左腕と寸分違わぬ形となって固まった。

 感覚を確かめるように手を握り、すぐに開くと肩を回している。骨を慣らして大魔導師は何事も無かったかのように五体満足で童子切安綱の前に立っていた。

 

「──は、はは。なんだ、貴様は…………化物め」

 気が遠くなる。悪い夢でも見てるのかと。

 これほどの傑物だったか。これほどまでに常軌を逸していたのか。この男の狂気は。

 

「言ったはずだ、童子切安綱。凡愚にとって四肢とは端末であると。ならば死霊秘術に精通した私にとってしてみれば、肉体など“ただの容れ物”だ。それでも褒めてやる、この私を一度は死に追いやったことはな。万事に備えず戦に挑む馬鹿が何処にいる?」

「嗚呼、まったく面目次第も無いわ……」

 大魔導師にとって、肉体など在ってもなくても同じこと。魔術を御しているのは脳ではなく、魂だ。正気も狂気も理性も何もかも、この男の一貫した精神性の前には無意味でしかない。それが可能とする超常の数々は目の当たりにした。その恐ろしさも身を以て知った。それでも底の見えない実力に童子切安綱は心底恐怖した。

 最初から勝てぬ戦と知り得ておきながら。底知れぬ絶望とは、こういうものか──。

 

 大魔導師が歩み始め、その道を阻むかのように童子切安綱は太刀を地面から引き抜いた。足を止めて、ただ視線を向ける。

 最早、瀕死だ。立っているのが限界だ。赤く燃え盛っていた髪は燻り、灰となりつつある。

 その眼だけはまだ死んでいなかった。前も見えていないはずだ。それでも、瞳の奥に宿した戦意だけは折れていない。

 浅い呼吸で、大きく息を吸い込みながら声を張り上げる。

 

大魔導師(グランドマスター)!!! 足り得たかっ! ──俺達の戦いは、貴様の目に敵ったか! この国に生きる民を救うに値するものだったか! 答えろ、大魔導師!!!」

「…………」

「貴様の口から聞かん限り、俺は──死んでも、死にきれん! 答えろ怪物! 応えろ──俺達の命は、この国を背負うに足り得たかっ!!!」

「……愚問だな。当然だ。答えるまでもない」

 大魔導師が歩を進め、童子切安綱の前に立った。それでも、光を失った眼には輪郭しか見えていないだろう。耳も遠くなってきた。酷く、身体が凍えてきている。

 それなのに、何故か、まだ。胸の熱だけは冷めやらない。込み上げてくる物があった。

 

「貴様の勝ちだ、童子切安綱。言葉に嘘偽りなく、貴様は戦った。命の限りこの国を背負い、戦い抜いた。ならば私は、その覚悟と信念にこそ敬意を払おう。そして約束する──死霊秘術の王として。犯罪国家、九龍アマルガム国王として。付喪神総大将、童子切安綱の“敵”として、私はこの覚醒世界の存続に尽力しよう」

「……その言葉、二言はないな」

 童子切安綱の目から涙が溢れる。

 悔しかった、だがそれ以上に誇らしかった。この手で守りきれなかった後悔よりも。

 遠い耳に、聞こえてくるのだ。こんな俺の為に、泣いてくれる人間がいることが。

 

「私の“魔道”に懸けて、必ず。安らかに眠れ、童子切安綱」

「──ひとつ、頼みがある」

 震える手で剣指を組み、炎の中より取り出すのは歪んだ三日月状の刃を持つ漆黒の偃月刀。

 バルザイの偃月刀を差し出され、大魔導師は受け取った。

 

「そいつを……、故郷(ふるさと)に届けてやってくれ。異国の地で、ひとり死ぬのは……寂しかろうよ」

「重ねて承ろう」

 童子切安綱の手から、太刀がこぼれ落ちる。

 ただの一度も、折れることはなかった。

 ただの一度も、曲がることはなかった。

 ただ己の道のみを駆け抜けた。

 死闘の中にあって、刃こぼれすることなく煌々と輝いている。

 

 最期に、空を見上げ──童子切安綱は、不意に笑みを形作った。

 

「悔いはあるか、童子切安綱」

「……────おにを、いっぴき……斬り損ねたわ」

「……それは、無念か?」

「いいやぁ……」

 安らかな笑顔だった。穏やかな顔で、ただ一度だけ破顔する。

 陽が沈みゆく中、満面の笑顔を咲かせた。

 

「────俺の、誇りだ」

 斬らなくてよかった。

 

 ──あの(おに)を。

 

 

 

 大魔導師の目の前で、童子切安綱の輪郭が薄れていった。やがて、焚き火が消えるように姿が消えると、残されたのは腰に佩いていた天下五剣。

 地に伏せていく中、ただ一振りだけが地面に突き立てられて倒れなかった。

 童子切安綱──。大魔導師は目を伏せて、黙祷を捧げる。

 

「……眠れ、童子切安綱。その大義は何者にも穢させん」

 骸はそのまま、武人としての誇りと共に弔う。

 大魔導師は太刀を避けて、自然な足取りで茫然自失と立ち尽くす湊友希那達に向けて歩み寄っていた。

 一部始終を見守っていただけに、言葉を失っている。無理のない話だ。

 自分達を守ってくれる人は、もういないのだから。

 それでも、大魔導師を前にして友希那だけは道を譲らなかった。

 

「あの武人は、強かった。覚悟も信念も足りていた。それはお前たちの命では到底釣り合わん程にな。死なせるにはあまりに惜しい存在だった」

「……それで?」

「それだけだ。言ったはずだ、湊友希那。私はお前たちに興味などない──だが」

 肩の力を抜いて、リラックスしたような気楽さで声をかけられる。まるで雑談のような切り出し方に思わずつられて気を緩めそうになるが、それでも毅然として友希那は大魔導師の言葉に耳を傾けていた。

 

「だが。聞きたいことがある──童子切安綱の居合。あの構えを使う男を、私は一人しか知らん。あの技でなければ、私は恐らく絶命していた。既視感、とでも言おうか。だからこそ防ぐことができた」

 あの抜刀術は、あれだけは童子切安綱の剣技ではないと大魔導師は知っている。それでもこの命に刃を届かせたことに代わりはない。だからこそ、引っかかる。

 

「答えろ。童子切安綱に、あの抜刀術を教えたのは誰だ。二代目賢人バルザイは知る由もない。何故ならあれは、魔道でもなければ武道でもない外道だからだ」

「…………答えなかったら?」

「当ててやろうか?」

 大魔導師が人差し指を立てて、自分の左目に当てる。それはまるで、刀傷のように。

 

「左の前髪だけ伸ばした黒い髪。赤い瞳。左目に刀傷のある、見てて飽きない大馬鹿野郎──ほう、どうやら心当たりあるようだな」

「──────」

「その男の名前を、私は敢えて口に出さない。だが、なるほどな……」

 誰もその名前を口には出さなかった。喋るつもりもなかった。だというのに、大魔導師は合点がいったとでも言うようにしきりに頷いていた。

 

「アイツも此処に居たのか……」

「あの、!」

「なんだ猫耳ヘアー」

「と、戸山香澄です!」

「記憶した。続けろ」

「あ、はい! あの、エヌラスさんとはどういった関係で……?」

「大した関係ではない。自称一番弟子とその師匠だ。ふざけてるのかと三日三晩どつき回してやったのだがこれが中々しぶとくてな。その生命力と馬鹿さ加減と殴り合いに免じて弟子を名乗ることだけは許可してやっている」

「……殴り合いを? 貴方と?」

「したぞ? 三日三晩」

 改めて全員が思う。──あの人とことん化物だ。

 

「童子切安綱は、命を懸けて己の武を示した。この世界にはそれに勝る価値があると。お前たちには、それに応える責任と義務がある」

「るーくんも! るーくんだって、あこ達のために頑張ってた!」

「……二代目賢人バルザイか。その道具は大事にするといい。あいつが唯一残した(よすが)だ。少なくとも、あれに“人の心”を教えたというのなら奇跡と呼ぶ他にない。馬鹿な男だ。自らの息子に、肉体だけ与えたところで何の意味も為さないというのに」

 巴が最初、食ってかかろうとした。だがそれをひまり達が必死に止める。そしてそれが、るーのことではないことに気づいた。

 

「気にするな。最初からお前たちの為にアイツは戦った。それだけで十分だ。それだけ、二代目の中でお前達の存在は大きかったのだろう。話が逸れたな──お前たちの望みを聞こう」

 大魔導師の言葉に、友希那を始めとして全員が困惑する。

 急に望みを聞かれて即答できるはずがない。

 

「ふむ。聞き方を変えようか。もしも明日、世界が滅ぶとして……お前たちは、最後に何がしたい? そのひとつしかない命と引き換えに何を望む」

「……なんでもいいの?」

「今の私に可能な範疇でな。唐突に聞かれても答えられんか。私は一服しながら待たせてもらう」

 言うなり、大魔導師は背を向けた。あれだけの戦いが起きていたというのに微動だにしていなかったティーポットとカップを持ち上げて紅茶を注いでいる。

 だが、不意にその手元からティーカップが落ちて割れた。見れば、大魔導師の肩から血が新たに滲み始めている。指先から滴り落ちる血と、黄金の髪をかきわけて額からも垂れてきていた。

 

「……間に合わせの再生ではこんなものか」

 それだけ童子切安綱が放った決死の一撃は大魔導師に迫っていた証拠だ。死して尚も残る斬撃を思い出して、鼻で笑う。大した男だ、死なせるにはあまりに惜しかった。

 全員が顔を見合わせて、話し合う。だが、何をどうしたいという話は出てこなかった。

 代表として紗夜が大魔導師に言葉をかける。

 

「なんだ。そういえば、お前だけは結界を見た瞬間に驚いていたな。見覚えでもあったか?」

「──ええ。そうですね。ですが今は、いくつか尋ねたいことがありますが、よろしいですか?」

「かまわん。だが急げよ、それほど時間は残されていないのだから。アレに勝てる知的生命体などそういない」

「……それはどういう意味ですか?」

 大魔導師が月を指し示す。

 

「シュブ=ニグラス。黒月の母。単体であれば大したことはない。だが問題なのは、奴と混ざった邪神の方だ。名前は伏せる。だが、人類の破滅をゲームのように楽しむ厄介極まりない奴だ。眷属の解剖結果から言えば、奴らは夢を見せる。未来ではない。過去の選択だ」

「……」

「例えばそうだな──昔のことを思い出せ。取り返しのつかないことをした、という思い出だ。一度くらい過ちを犯したことはあるはずだ。その時、その瞬間、その場に戻れるとしたら──どうする? それを正せるとしたら? これまでの全てが自分の見ていた悪い夢だったとしたら。口先だけならば幾らでも勝ち誇れるだろうが、実際のところは無理だろう」

 言い淀み、言葉を濁らせる紗夜の脳裏には、確かに過去がフラッシュバックしていた。その全てを“やり直す(コンティニュー)”することができたら。

 

「誰でも眠っている頭に目覚まし時計は不愉快だろう? そういうことだ」

「……過去の夢を見せる、ということで合っていますか」

「正解だ。叶えたい未来ではなく、選ばなかった過去を再現される。そうして優しさに抗いきれずに破滅していく様を見て、嘲笑うんだ──“ああ、なんて可哀想に”とな」

 なんて性格の悪い。なんて意地の悪い。なんて悪辣さだ。善悪の問題ではない、性根が腐っていると言ってもいい。聞くだけでも吐き気を催すような邪悪さに紗夜が嫌悪感を露わにする。

 

「そんな奴らの食い扶持にされたくはないだろう」

「なにか対策はないんですか」

「ある。叩き起こしてやればいい──甘い夢など望んでいない、とな。たったそれだけの簡単な話だが、人間というのは手段が簡単であればあるほどに忌避する生き物だ」

 面倒なことにな、と大魔導師は付け足した。

 

「じゃあ、エヌラスさんは──」

「香澄」

「え? ……あっ!」

「なんだ、この場に居ないということは月にでも乗り込んだか? 余計なことなどせずに、月ごと壊せばいいものを。……いや、無理か。この星ごと消し飛ぶな。つくづく面倒臭い男だなアイツ。だがそうするとやり方もある。今頃アイツは“天体規模の夢の中”だ。打ち破ることなど不可能だが──お前たちになら出来るだろう」

 顔を見合わせる。

 

「で、でも私達。ただの……」

「ただの人間の女の子。魔術の素質など皆無、戦闘経験も無いのは見れば解るし、私はそんなことをお前たちに期待していないし頼むつもりもないし勘違いをするな」

「……めっちゃボロクソ言われたな今……」

「そんな“普通の女の子”でも、寝ている馬鹿を起こすくらいはできるはずだ。叩き起こしてこい、甘い夢など見ている暇など無いと」

「でもどうやって?」

 ロケットも無ければシャトルも無い。そんな危険な場所にどうやって──疑問符を浮かべる香澄達に大魔導師は額の血を拭う。

 

「私の魔術で魂だけ月まで届けてやる。なに、安心しろ。ちょっとした幽体離脱だと思えばいい」

「いやこえーよ」

「万に一つも手違いなど起こさんさ。なにせ私は死霊秘術(ネクロマンサー)だ。それに──盟約だ。童子切安綱とのな。今を生きるお前たちが望むのなら、変わらぬ明日を約束しよう」

 

 ──五人。それが、提示された人数制限だった。

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