【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二五五幕 夢を撃ち抜く歌声を、貴方に

 

「──私達でいいんですか、紗夜先輩?」

「はい。戸山さん達が適任だと思います」

 全員での話し合いの結果として、ポピパの五人が選ばれた。最初こそ、リサや紗夜との関係で『Roselia』が行くべきだという意見もあった。しかし、友希那が却下している。蘭達もまた、先刻の戦いから巴が首を横に振ったことで辞退。ならばハロハピは乗り気になるだろう。その考えは意外にも、こころが大魔導師に対して言葉にできない感情を秘めていることから断念。

 最終的に、香澄達が残された。消去法ではあるが適任なのに違いはない。

 

「話はまとまったか?」

「えっと……はい」

「準備はできているか」

「準備……って、何をしたらいいですか?」

「心の準備だ。こちらからある程度の精神防壁は用意しておくが、結局一番肝心なのは本人たちの精神強度になる。なにせこれからお前たちの魂が向かうのは邪神の眷属が巣食う母星だ。生半可な覚悟では精神など木っ端微塵になるぞ、気を引き締めておけ」

 固唾を飲み込む沙綾が、香澄の横顔を盗み見る。一番青い顔をしているのが有咲だった。

 

「そんな場所に単身向かった馬鹿がいるなら、そいつを助けられるのはお前たちだけだ」

「……貴方じゃ駄目なんですか?」

「先程も言った通り。あの馬鹿と私が暴れたら星など軽く消し飛ぶ。幸い、お前たちの絆は強いようだ。それなら問題あるまい? 手を離すなよ、何が起きても。何があっても。──何を見てもだ」

 改めて念を押される。それほどの場所なのだ。

 大魔導師が剣指を立てる。すると、香澄達の身体を淡い光が包み込んだ。

 

「今のは……?」

「ただの精神防壁だ。ゲーム的に言えば、バフだな」

「……えっと、緊張をほぐそうとしてくれてます?」

「そんなものを私に期待するな。そーらバフ盛りだ」

 二回、三回──五回と身体を包み込む光に慣れたところで大魔導師が剣指を友希那達に向ける。

 

「念のために、な」

「……そう」

「……デバフのほうが良かったか?」

「遠慮しておくわ。他に私達の方でやるべきことはあるかしら」

「横になれ」

 突然の言葉に疑問符を浮かべるが、大魔導師が呆れていた。

 

「そのまま倒れて頭の打ち所が悪くても私は責任を取らんぞ? そういうことだ。わかったらさっさと手を繋いで横になれ、全員だ」

 言われた通りに手を繋いで全員が横になると、大魔導師がバルザイの偃月刀を携える。

 香澄達の視界に広がるのは、満天の星空。雲ひとつない快晴の夜空には、一番星が。

 そして──今なら見える、黒い月。次元の裂け目から無理やり侵攻しようとしているのが望遠鏡を覗き込むように視えた。短い悲鳴を挙げそうになるのをグッと堪える。

 

「さて。そこの五人を月まで送るわけだが。それ以外の奴らもまぁ、軽い幽体離脱を体験すると思えばいい。心配はいらん、次にお前たちが目を覚ましたその時には全てが終わっている。この世界で起きていた怪事件は音もなく消え去り、この世界に残された怪異達は姿を残さず、お前たちの日常が帰ってくる。たったそれだけのことだ。もう二度とこんな怖い思いをする必要もなくなる」

 その言葉に、チクリと胸が傷んだ。

 自称オカルトハンター。あの人は、本当は出会うはずがなかった“怪異”だったのだから。

 そうして、私達の日常が帰ってくる──この胸の痛みも忘れて。

 

「あの……」

「なんだ、戸山香澄」

「……届けたい歌があるんです。できますか?」

「可能だ。譜面も歌詞も覚えているのならな」

「えっと──持ってきてもいいですか。すぐ戻ってきます!」

「かまわんよ」

 香澄が跳ね起きて屋敷に向かっていく。その間、大魔導師は友希那に言葉を投げる。

 

「湊友希那」

「なにかしら、大魔導師」

「お前の歌を聞いてやりたいところだが、生憎と機会に恵まれなかったな」

「残念そうね」

「いやなに、これでもそれなりに楽しみにしていた」

「意外ね」

「そうだな。お前の歌が──この世界に、余すところなく羽撃いた頃にでも。覚えていれば聴いてやる」

「…………」

「なんだ? お前たちのその顔は。不服か?」

「──ありがとう。その言葉だけで十分よ」

 走って戻ってきた香澄の手には、有咲達の分の楽譜も握られていた。肩で息を整えながら、大魔導師に差し出すと、目を丸くして受け取る。

 

「あの、その曲……はぁ、はぁ……私達の頭に、叩き込めませんか! すっごく疲れますけど!」

「なんだ、それだけでいいのか。少しばかり痛むぞ」

 香澄の額に指を当てて、大魔導師が脳に打ち込む。頭痛に少しだけ顔をしかめるが、構わず沙綾達にも叩き込んだ。

 しかし不意に眉を寄せると、大魔導師はあることに気づいて鼻で笑う。

 

「お前たち。この曲の題名を知っているのか?」

「え?」

「そういえば……譜面も歌も知ってるのに題名は知らないよね、私達」

「だってタイトル書いてないし……」

 顔を見合わせる姿に、頷いていた。

 

「だろうな。今どき、こんな古臭い歌を贈る魔術師など居ない。だからこそ、価値がある。骨董品やアンティークのような趣向を凝らした芸術性がそこに宿る。いつだって神秘というものは人々の記憶から忘却された時に真価を発揮するものだ──魔術のようにな」

 大魔導師がバルザイの偃月刀を地面に突き立てると、魔法円が描かれる。友希那達とは別に、香澄達が横になっているすぐそばで二種類の術式が構築されていく。

 間近で見る魔術に、しかし脳裏をよぎるのは童子切安綱との死闘。だが、その魔力の光に残酷な冷たさはなかった。それどころかどこか心安らぐような温もりさえ感じる。

 

「魔術師にとって、唄は特別な意味を持つ。それは“自分の心を預ける”という意味になるからだ。有り体に言ってしまえば、愛の告白に等しい。死ぬほど恥ずかしいぞ、コイツはな。なにせ体の関係以上に切っても切り離せないものなのだから」

 火が点いたようにリサの顔が赤くなった。だが、両手を友希那と紗夜に繋げているので顔を覆うことができない。

 

「だからこそ、魔術を行使する際の詠唱は重要だ。多種多様ではあるが、言葉にしなければ伝わらないものなのだから──始めるぞ」

 蛍のように宙に浮かび上がる光の粒子。

 夜空に映える綺麗な黄金の光にしばし、見惚れてしまう。

 

「──綺麗」

 誰かがポツリと呟く。そして、間もなくして猛烈な眠気を覚えた。目蓋が自然と落ちてくる。

 闇に落ちていく意識の最中、大魔導師の声だけがはっきりと耳に届く。

 

「あの曲の名前だがな────」

 香澄達は、その曲名を聞き終えてから静かに寝息を立て始めた。

 

 全員が眠りに落ちたのを確認してから、大魔導師は口訣を結ぶ。

 

「──ヴーアの無敵の印において、力を与えよ」

 偃月刀が応えるように炎に包まれる。黄金色の炎に包まれた偃月刀がやがて、巨大な矢を作り上げる。

 大魔導師は黄金の弓に矢をつがえて夜空へ向けた。

 

「黒月の母、シュブ=ニグラスよ。貴様がこの星を余さず喰らい尽くし、邪神の贄とするつもりならば──来るがいい。この星に満ちる生命の総力で迎え撃ってくれる」

 唄。歌。詩。いつの時代、どんな時だって人はそれに惹かれてきた。形を代えて、何物にも代え難い価値とともに。

 大魔導師もまた例外ではない。詩はいい。唄はいい。歌はいいものだ。

 辛い時も、悲しい時も、苦しい時も、嬉しい時も。何時だって命に寄り添ってきた。

 生憎と既に、そんな物に胸を打たれるような感性はなくなってしまったが──。

 その芸術性を絶対に否定はしない。

 

「もっとも、貴様がこの星に辿り着くことは決して無いだろうがな」

 大魔導師の手から矢が放たれる。軌跡は黄金の螺旋を描きながら夜空に浮かぶ月に向かって一直線に飛んでいく。

 やがて、空で弾けると無数の円を描き始めた。地球を覆う程の“天体規模の魔法円”。魔術師の基本中の基本、初歩中の初歩である陣地作成。

 ──“黄金錬成陣”。

 

「──起きろ、死者たちよ。そして聞くがいい。お前たちの望みは──なんだ?」

 明日を望む。生命の根源的な欲求──“生きたい”という、原初の欲望。

 

「ならば、叩き返してやるがいいっ! 此処に地獄を始める──“終焉執行”」

 死者達の魂を弔い、黄金の光と共に夜空を白く染め上げていく。

 

「これは我が朝、我が陽は始まる。来たれ今こそ、大いなる真昼! “生命賛歌(ツァラトゥストラ)”!」

 決して手に入ることのない明日を望む死者達の渇望をこそ大魔導師は原動力としてシュブ=ニグラスへと撃ち返す。

 巨大な黄金の大樹となって伸びるのを見て、大魔導師は目を細める。

 

「人の時代だ。人の生きる世界だ。ならば、明日も未来も、希望も──人間の手で掴み取れ」

 自らの魔術で放った光に耐えられないと目を背ける。その先には、呆然と立ち尽くしている二匹の猫。

 大魔導師の手には一振りの刃金。

 

「お、おい。何処行くんだよぅ」

「帰る」

「だって、まだ」

「問題ない。エヌラスとかいうクソ馬鹿野郎ならな。あの男の破壊能力は私ですら及ばん力だ」

「どうやって帰るつもりだい、アンタ?」

 無造作に振るった偃月刀で大魔導師は空間を切り裂き、その中に足を入れてから笑みを返した。

 

「貴様ら猫の手も借りるほど私は忙しくないのでな、こういうことだ」

「その、エヌラスってやつの力はアンタよりも凄いのか?」

「ただの物理的な破壊能力、というだけなら私は目もくれん。だがアイツの力は神ですら殺す。ああまったく、そんな権能。私の方が欲しいくらいだ。そうすれば、この退屈すらも壊せるかもしれんしな」

 残念だ、と呟く大魔導師の口は──確かに、嬉しそうに笑っていたのだ。

 二匹の猫は顔を見合わせてから、三毛猫は身体を伸ばす。

 

「はぁ~ぁ、ならアタイはマヨヒガに帰らせてもらおうかね、やれやれ。やっと気ままな暮らしに戻れるよ。それじゃあね、おチビちゃん」

 ロシアンブルーキャットに鼻を押し当ててから、抜け道を使って姿を消した。

 残された若殿は、友希那のそばまで駆け寄ってから頭を擦り寄せる。

 

「もう会えることはないけど、助けてくれて嬉しかったよ、ゆきにゃ。それじゃ」

 離れてから、もう一度だけ振り返って、ロシアンブルーは再び走り出した。

 

 

 

 ──エヌラスは、犯罪国家九龍アマルガムへと戻ってくる。

 上層都市を抜けてから、地下帝国へ。

 その道中でメイドに絡まれたような気がするが話を半分ほど聞き流した。

 

「エヌラス様、顔色が優れない様子ですが」

「アレですかご主人様、男の子の日とかそういう──」

 とりあえずポンコツメイド二号の方は窓からぶん投げておいた。ここ何階だっけ?

 

「馬鹿言ってねぇで仕事戻れ」

 不機嫌そうにしたまま、エヌラスは馴染みある大通りに戻ってくる。目と鼻の先で暴走トラックが交差点を減速せずに突っ込んで黒塗りの車両と警察車両と装甲車を巻き込んで大爆発起こしていたりするが、日常茶飯事のBGMでしかない。飛んでくるタイヤを殴り返して、ついでに通りすがりのひったくりも壁に埋めておく。

 懐かしい。何もかもが、この喧騒も、この地獄のような治安の悪さも何もかも。

 こんな場所で──彼女と出会って、彼女と共に過ごせるのは、本当に奇跡のようなものだ。

 

「あ、エヌラスだ。おかえりー」

「──ただいま」

 脳天気な笑顔を見せるマリーが通りの交通事故を見て「わー」と間の抜けた声を挙げている。

 

「ここっていっつもお祭りみたいな騒ぎばっかり起きるよね」

「犯罪者しかいねーしな……しぶといったらありゃしねぇ」

「私も犯罪者?」

「……犯罪的な可愛さで言えば犯罪者」

「えへへぇ」

「ちくしょうやめろそのにやけ面ぁ! 言ったこっちが恥ずかしいだろうがぁ!」

「え~? だってぇ、えへへへへぇ……」

 頬を赤らめて、嬉しそうに緩んだ口元と共に、我慢できずに腕に抱きついてきた。エヌラスは遠くに目線を向けて必死に意識を腕の柔らかさやらいい匂いから遠ざける。

 

「エヌラスって、優しいよね」

「……お前にゃ負けるよ」

「そーぉ? あ、ねぇねぇエヌラス。覚えてる?」

「何を?」

「ほら、行くって約束してたライブ。今日じゃなかった?」

「────」

 

 エヌラスが、立ち止まった。マリーの言葉に時間が止まる。

 ──嗚呼、そうだった。その一言だけで、自分が“あの日の夢の続き”を見ているのだと自覚すると同時に、歌が嫌いになった理由を思い出した。

 

 あの日、約束した時間にマリーが来なくて探したことを覚えている。だが、どこにもいなかった。街中くまなく探して、何度も連絡して。心配して、約束の時間は過ぎ去り、ライブも見逃して途方に暮れて──自分の中で、支えを全て失った日。

 何もかもを壊してしまいたいと本気で世界を呪った日。

 

「時間、間に合うかな?」

「……大丈夫だろ。ほら行くぞ、マリー」

「うんっ」

 ますますエヌラスの腕にしがみつき、頭まで預けてくるマリーを振り払うことが出来ずにされるがまま歩き出す。

 夢の続き。そう、これは夢の続き。

 叶わなかったあの日から“続くはずだった”夢。

 

 

 

 二人が辿り着いたのは、犯罪国家のこぢんまりとしたライブハウス。地下帝国ということもあり、こうした場所は珍しくない。堂々と派手に騒げる場所というのは貴重かつ重宝される。そのためかこの周辺は比較的安全とされているものの、それでも窃盗や様々な軽犯罪は後を絶たない。

 エヌラスの顔を見ただけで人々が少し距離を置くのは、“あの”犯罪国家国王の一番弟子にして三日三晩殴り合いをするような悪評ばかりが本人を置き去りに街を闊歩しているからだ。まかり間違って喧嘩を売ろうものなら街のオブジェにされる。

 隣のマリーに視線を向ければ、楽しみにしているのか目が輝いていた。

 

「……お前、歌うの好きだよな」

「うん。歌うのも、聞くのも、どっちも好き。大好き。エヌラスは?」

「……どっちも嫌いになった」

「そうなんだ……じゃあ約束、無しにする?」

「お前といろんなこと約束してたからな、どれだっけ」

「私に歌を贈るって約束。思い出した?」

「……思い出した。ありがとな、マリー」

「どういたしまして。私、めいっぱい頑張って歌うから楽しみにしてるね。そうしたら──」

 マリーが手を伸ばす。眉をひそめていたエヌラスの頬を捕まえて、くすりと笑う。照れくさそうにして、少しだけ躊躇って。上目遣いをしながら。

 

「──きっと、また。笑ってくれるかな? 前みたいに」

「…………」

 

 自分の心が音を立てて崩れ落ちそうな音を聞きながら、エヌラスはじっとその瞳を見つめる。

 あの時もそうだ。ずっと、そうだった。

 笑うことなんて忘れてしまう。欲しくて手を伸ばした光を全部壊してしまう自分が、あまりにも憎くて。憎たらしくて、恨み、ずっと殺してしまいたいとさえ思っていた。だけどその度に、彼女の顔を思い出す。

 最初で最後の、本気の恋だった。だからこそ彼女をこの手にかけたその時に、全部一緒に捨て去った。

 愛も、幸福も、何もかも。一緒に捨てて弔いとした。

 

「……俺が本気で愛したのは、お前だけだよ。マリー」

「────そう、なんだ……ありがとう、エヌラス」

 

 だから。──()()()、終わりにしなくちゃならない。それなのに。そのはずなのに。

 彼女の顔を見ていると、本当に自分が間違っていたとさえ思う。

 こんな風に、当たり前の日々すら守れなかったのに。

 こんな風に、愛した女の子一人助けられなかったのに。

 こんな風に──、自分を一人の人間のように本気で愛してくれた彼女を。

 どうして、一番近くにいて。一番愛していたはずの俺が守れなかったんだろう。

 

 ──エヌラスが最後の精神防壁を取り払おうとしたその瞬間、ライブ会場が沸き立つ。

 ステージが揺れるほどの歓声に包まれて、舞台に並ぶ少女達の顔を見て──。

 そこで“絶対的な矛盾”を突きつけられた。

 

 大歓声に迎えられたのは、五人の少女。

 星が瞬くように現れた期待の新星。

 そう銘打たれて、手を振りながら『Poppin`Party』が並ぶ。

 戸山香澄がギターを抱えて。

 山吹沙綾がドラムスティックを持って。

 市ヶ谷有咲がキーボードに指を置いて。

 花園たえがリードギター、牛込りみがベースを持って。

 ──目が合った。釘付けになった視線がぶつかる。

 

 違う──彼女達の歌じゃない。

 違う──あの日、マリーと約束したライブはスリーピースバンドだった。

 楽器の演奏を教えてくれた彼女達がメジャーデビューした記念ライブだったはずだ。

 

 香澄が、腕を持ち上げる。人差し指を立てて、それを銃に見立てながら親指の照星をエヌラスに合わせると、自然と溢れてきた涙が香澄の頬を濡らした。

 

 わかっている。

 この歌は──あの人が、本気で私達に願っていたこと。

 

 わかっている。

 この夢は──あの人が、心の底でずっと秘めていたこと。

 ずっと、幸せな夢を見させてあげたいと思う。だけどきっと、これは望んだ夢じゃない。

 だから目を覚まさせてあげなきゃいけない。

 それはとても、つらくて、かなしいことだけれども。

 

「香澄」

「──わかってる。だいじょうぶ、だから……!」

 胸の内側から込み上げてくる思いが、はち切れそうになる。

 ざわめきだす満員の観客席も、これも全部幻覚だ。何もかも、全部。

 『BANG!』──銃を撃つように、腕を持ち上げて、手を開く。五本の指で星を描きながら。

 

「私たち、この歌を届けるために来ました──大事な人に、大切な人に。忘れて欲しくなくて!

 ──聴いてください。希望の歌を──」

 

 ──お前たち。この曲の題名を知っているのか?

 香澄は、大魔導師の言葉を思い出す。

 

 ──あの曲の名前だがな……。

 遠い、異国の言葉。聞き慣れない言語だった。それでも、その意味は感じ取れる。

 

 ──魔術師にとって、唄は特別な意味を持つ。それは“自分の心を預ける”という意味になるからだ。

 エヌラスにとって、この唄は特別な意味を持っていた。

 自分の心を預ける本心からの、純粋な想い。願いを込めて、祈りを込めた、無垢な想い。

 なんにもできない。ただ生きることしか出来ない少女たちに送った賛美歌。

 どうということはない。ただ、“普通”で“当たり前”のこと。

 

「──“生きることを、忘れないで”!」

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