【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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エピローグ 青き星に光明の軌跡を残して

 

 

 

 ──地球を騒がせていた一連の怪事件から、早二ヶ月。夏が過ぎ、秋を迎えた香澄達は変わらない日々を送っていた。

 弦巻家の裏庭で目を覚ましたその時から怪事件はパタリと息絶え、音沙汰がなくなっている。静か過ぎて最初は慣れなかったが、それでも日々の喧騒は変わらなかった。

 しかし、眠っていた間に起きていた出来事は世界中で大騒ぎになっていたらしく。

 曰く、地球を覆う黄金の幕。

 曰く、宇宙空間に浮かぶ謎の機械。

 曰く、天変地異の前触れ。遅れてきた破滅の大王。ノストラダムス降臨、等など。

 トンチキ極まりない風評などがオカルト雑誌を賑わせていたが、それも一月足らずで風化していった。ただ問題は、それらの噂を辿ると日本に行き着くということ。

 これ幸いと旅行者が増えたことを目当てに観光業界が熱い戦いを繰り広げたりと、様々な出来事はあったが──。

 香澄達は、いつもどおりの毎日を精一杯。笑顔で過ごしていた。

 

 世界中で発見されていた新種の未確認生物『ブラックヒューマノイド』、通称『ブラッド』の足取りもすっかり消えていた。

 日本で起きた刀剣の大量盗難事件も解決している。発見された当時の状況は珍妙奇天烈なことに紛失した天下五剣四振が全て同じ場所に集まっていた。これには専門家も頭を悩みに悩ませ「手足が生えたとしか思えませんな」とコメントするしかなかった。スタジオは笑いの渦が起きていたが、とある警察官は乾いた笑いしか出てこない。

 

 世間を騒がせていた超常災害の数々は人々の中から忘れ去られていき、残された平和を謳歌していた。

 それがごく普通で。当たり前の日常。

 ──そう。今は。これからも、ずっと。

 

 

 

 ──幻夢境、ドリームランド。

 イレク=ヴァド王の宮殿にて、一匹の老猫が覚醒世界の現状を報告していた。

 

「……以上が、我らが王の“次元調整”裁定後の覚醒世界での現状です」

「──あの世界に。あの宇宙に。あの次元に。魔術は“無かった”ということになった」

「人々の記憶も改ざんされますか?」

「冗談が過ぎるぞ、将軍。そんなことをしてしまえば、私は奴らと同じになってしまう。そこまでしない」

 覚醒世界で起きていたあらゆる怪異、怪事件。オカルトの代名詞たる全ての痕跡を抹消。同時にドリームランドからの干渉も断つことで今度こそ、あの宇宙は真の平穏を手にした。

 黒月の母、シュブ=ニグラスは焼滅。ズレた世界線もまた修復済みだ。

 

「いやしかし、驚いているよ今だに。まさか邪神船団ごと消滅させるとは。あんな権能、私も見たことがなかったものでね」

「あれだけの力を持つというのなら、確かに地球というのは彼にとって狭すぎる戦場だったことでしょう」

「だが“魔術師(マギウス)”と呼ぶにはあまりに常軌を逸している」

「魔術というのはいつもそうしたものでしょう、我らがイレク=ヴァド王よ」

 どっこらしょ、と。座り込んでいた将軍が腰に響いたのか、玉座の間でくつろぎ始める。

 

「……大魔導師のその後は?」

「はて……なにせ、我らの抜け道を使うことなく帰還された自由奔放さは猫以上の御仁。足取りを追跡しようにも痕跡ひとつ残しませんでしたからなぁ。正に、飛ぶ鳥跡を濁さずといった体でして」

 本来であれば、ドリームランドへ帰郷した後にイレク=ヴァド王からの洗礼によって大魔導師は二度とこの地に踏み入ることを禁じられるはずだった。だが、その過程をすっ飛ばして古巣へとんぼ返りしている。こうなってしまうと隠居の身であるイレク=ヴァド王には手出しが出来ない。

 してやられた、といった風に頭を悩ませる王に、しかし将軍は思い出したように話題を切り出した。

 

「おお、そういえば。我らが王よ、ひとつ耳寄りな話を思い出しました」

「聞こうか、将軍」

「これは我が旧き友である“マヨヒガ”の連中からの土産話ではありますが、なんでもうちのドラ息子が──」

 バゴォォォン!!!

 

「邪魔するぞ」

 文字通り大扉を蹴り破り、話を中断させながら狼藉を働く猫以上の自由人。或いは暇人。そうでなければ歩く超常災害。そうでなくても黄金の獣。

 話をすれば影。大魔導師がバルザイの偃月刀を携えてイレク=ヴァドを尋ねてきた。

 言いたいこととやるべきことと聞きたいことの情報量で言葉を選んでいる間に大魔導師は自分の話題を切り出す。

 

「“洗礼”を受けに来た。手間が省けただろう? それと私は療養していた。湯治だ。風呂は良いぞ。それとこいつをハテグ=クラ山の麓の村にある鍛冶場の跡地に立ててくる。なに、私とて死者を弔う礼節程度は弁えている。どうしたイレク=ヴァド王、さっさとしろ。貴様と違って私は暇だが忙しいんだ。早くしろ隠居ジジィ、ハリー」

「……怒りと混乱で気が触れそうだ」

「そうか、意外と気が短いんだな。歳は取りたくないものだ」

「誰のせいだと思っているんだ!?」

「私だ。いいから早くしろ」

 できれば二度とその顔を見たくない。そう思いながらもイレク=ヴァド王はステッキを持ち出し、大魔導師に“洗礼”を施す。これにより、二度とこの地へと立ち入ることは禁じられた。

 気にした様子もなく、素早く踵を返すと手を振る。

 

「今生の別れだ、イレク=ヴァド王。人のための旧き神よ」

「……ああ、別れとは惜しむものだ。大魔導師。魔道を極めし覇者よ」

「訂正させてもらおうか」

 大魔導師は立ち止まり、垂れる前髪をかき上げながらイレク=ヴァド王に振り向いた。

 

「私はまだ、己の目指した魔道を極めてなどいない」

「なら、貴方にとって魔道とはなにか」

「知れたこと──凡百の提唱した理論の上に成り立つ魔術を極めたところで、ただの暇潰しでしかない」

「……ならば、魔道の本懐とは。なにか」

 

「──()()()()()()。ただそれだけだよ」

 

 

 

 大魔導師は、ハテグ=クラ山の麓。その村の片隅にある鍛冶場の跡地にバルザイの偃月刀を突き立てる。墓標のように、物言わぬ偃月刀はただ静かに哭いていた。

 剣指を立て、短い聖句を告げる。

 

「……安らかに眠れ、二代目。だが」

 風が大魔導師の肌を撫でていく。山から吹き下ろす寒風に、吐き出す息までもが白く凍りだした。

 

「だが──人が望む時。人が願うその時。お前は正しく救わねばならない。──()()()()()()()()()()()

 器物の価値は、担い手が決める。

 それが凶刃となるか、はたまた救いの刃となるかは仕手に委ねられている。

 だからこそあの日。あの時、童子切安綱の手にあったバルザイの偃月刀は正しく未来を切り拓いた。

 

「……忘れんよ。死んだ程度では。約束は果たしたぞ、童子切安綱」

 音もなく、大魔導師はドリームランドから立ち去る。

 崩れ落ちた鍛冶場の片隅。人の目に触れない、忘れ去られた森に──その偃月刀は在った。

 ──大魔導師は、その銘を決して忘れない。

 だからこその“死を想う(メメント・モリ)”なのだから。

 

 

 

 ──人智の及ばぬ果ての外宇宙。

 そこでは、一柱の邪神が再生を果たしていた。次元世界の境界線、その狭間で己の身体を癒やすために自らの血肉を餌として呼び水とした。

 ()()()()の全ての引き金となった邪神は、自らの素性を隠すように無貌なる漆黒の仮面で顔を覆う。

 首を向ける。そこには、一人の神がいた。

 

 ──ようやくお目覚めか。同胞はみな討たれたよ。

 

 その言葉に背を向けて歩き出す。

 身体の傷は癒えた。ならば次にやるべきことは決まっている──あの魔人を絶殺せしめること。

 無言で去り行く後ろ姿を見送り、()()()はただ頬杖をつく。

 遠くから、激しい剣戟の音が奏でられる。その音色は殺意に彩られ、咆哮は怒りに満ちていた。

 そして、聞こえるのだ。あの絶望の魔人が幾度となく繰り返してきた言葉を。

 最初の祝福、福音(ギフト)にして呪詛となった教えを。

 

「俺は──絶対に諦めねぇぞッ! テメェを殺すまではなぁ!!」

 次元神はその言葉を聞いて、ただ微笑む。

 

 ──次の“遊戯(ゲイム)”を始めようか。どのような“結末(エンディング)”でもかまわんよ。私を愉しませてくれると言うのなら、悲劇であろうと喜劇であろうと。

 

 エヌラスの戦いはまだ終わらない。──今は、まだ。

 

 

 

 戸山香澄が、道を急ぐ。

 街はすっかり秋景色。紅く染まった葉がひらひらと踊るように舞い散っていた。

 

(紅葉って、星みたいな形してる気がする)

 ぼんやりとそんなことを考えながら階段を駆け上がっていたからか、前方不注意で坂を登りきった先の道で人とぶつかった。

 

「ぅわわわわっ!?」

 あわや転倒、階段を転げ落ちそうになる。視界いっぱいに高い青空が広がり……手を掴まれた。そのまま引き戻されて香澄は胸を撫で下ろす。視界の端に、アスファルトを歩くアリの行列が見えた。

 

「はぁ~、危なかったぁ……! あの、ごめんなさ──」

 顔をあげようとして、頭を押さえ込まえた。

 そのまま、どこか雑に。

 不器用な優しさのこもった手つきで、ワシャワシャと撫でられる。

 

「前を見て歩け、たわけが」

「────」

 

 声の主が、そのまま横を素通りしていく。

 しばし、呆然としていた香澄が急いで振り返る。

 

 ──石段を歩いて下りていく男性がいた。

 緋色の髪を揺らしながら。一度も振り返ることなく。

 

 名前を呼ぼうとした。呼び止めようとした。だけど、香澄はその言葉を飲み込む。

 

「はいっ! ありがとうございます!」

 代わりに深く、深く頭を下げる。

 感謝の言葉を背中に聞いて、立ち止まることなく男性は軽く手を振っていた。

 

 少し間を置いてから、香澄は背を向けて走り出す。

 今度は上の空ではなく、ちゃんと前を向いて。

 自分の足で、地を蹴って。

 

 ──夢も希望も胸に秘めて、まっすぐに。

 明日に向かって、精一杯。生きるために。

 

 星のような夢を描いて──駆け出した。

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