【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二七幕 弓聖一矢

 自らの血に塗れながらも立ち上がったエヌラスが、瓦礫を蹴飛ばしながらティオとティアに歩み寄る。二人の手にしていたノートに書かれていた術式は、目にした瞬間から解読できた。

 計算に次ぐ計算。演算に次ぐ演算。暗算、加減乗除──実数、虚数の解を求めるための計算は果てしなく続く。それは永遠にも似たものだ。

 しかしそれでもティオとティアの二人の脚には届かない。結果が出る頃には、その先を行っている。時間の角度すらも足場にしてしまう相手に結果を求めていたのでは遅すぎた。目指すのはその先へ、まだ先へ、解の先へ──“答えが出る前の解”を求めていた。

 確定しない事象。決して得られない答え。終わらない演算が求めたものはただ一つ──空白の未来だ。

 

 白紙を埋める。定められた未来を計算する、予言、予知する。“万が一”すらも、全て余さず。

 杜撰な結界、未熟な結界。人払いの結界は未確定事象を排する為に。領域指定はその範囲内の全てを計算するために。

 現状では、羽丘女子学園の敷地内までが限界だ。

 

「貴様が求めた答えは最初から「白紙」の空っぽだ! 存在しないものを求めて、答えがでるはずが──」

「うるせぇぞクソガキ一号。あー、二号だっけ? まぁどっちでもいいわ、さっきも言ったろうが──次は追いつくってな!」

 自分の影から刀を喚び出す。鯉口を切り、エヌラスが虚空へ向けて振るう。

 先の先、ティオとティアが駆け出していた。銀脚と火花を散らす倭刀──脚から伝わる衝撃に二人が目を見開いて言葉を失っている。

 地面を滑るように受け身を取って、木製の髪飾りが同時に砕けた。そして、頬の違和感に手を触れる。

 それは、あってはならないことだった。最速にして、何者にも触れられることのなかった邪神が──()()()()()()

 顔が歪む。怒りによって、憎悪によって、未知の経験を心底理解できない顔で。しかし、まだそこまでだ。エヌラスの刃がようやく二人に届いた、というだけ。

 状況は五分、負傷しているエヌラスが僅かに不利だ。しかし、二人にとっては自分達の存在を否定されたに等しい。

 

「……ふざ、けるな……ふざけるなよ……!! こんなことがあっていいものか……あってたまるものか──!!!」

「お前だけは殺してやる、絶対に! 誰にも追いつかせるものか!」

 紗夜と日菜が見ている前で、双子の姿がかき消える。“角度”を蹴りつけて、“時間”を飛び越えながら。しかし、エヌラスがあらぬ方向へ刃を滑らせてその場から飛び退くとティオとティアが初めて()()()()

 脚が、止まった。足を止めていた。立ち止まって、剣指を立てたまま俯いている。

 ズボンのポケットからドラッグシガーを取り出して火を点ける。茫然自失としている二人に向けて、濃密な魔力を含ませた劇毒の紫煙を吐き出していた。

 

「──“遅い”んだよ、今となっちゃ。未知なる解を求めた、答えは出た。ありがとよ、テメェ等が全速力出してくれたおかげでようやく終わったんだからな!」

 全身を駆け巡る紫電。その全てが光速の演算に寄るものだ。

 虚数展開。実数ではなく、目に見えない解をも紐解いた術式を放電という形で具現化させて身に纏う。当然ながらそちらに魔力を割いていた。構成している間、防御も攻撃も疎かになる。しかしそれは問題ではない。

 身体の再生を中断して、防御を犠牲にして攻撃にリソースを割く。

 たったひとつのシンプルな答えだ──死ぬ前に、殺す。それだけで十分だ。

 

「……遅い? ボクらが遅いだって……?」

「──ティア。アイツを殺そう。今ここで」

「…………そうしよう。追いつかれたのなら、突き放せばいいだけだ」

 神気を纏う金色の瞳。それは、見てはならない深遠の闇。人が覗いてはならない暗黒領域。紗夜と日菜が目を合わせる前に、エヌラスが二人の視界を背で隠した。

 むせるような血の臭い。今も衣類から血が滴り落ちている。足元に溜まりつつある赤い水溜まりに、致命傷を負っていることは火を見るよりも明らかだ。どれだけの暴力を振るわれたのか、どれだけの猛威だったのか、邪神の攻勢に身を挺して。

 それでも、まだ立っている。まだ立ち上がる。そして、背を向けて庇っていた。

 

「もちっと暴れるから、校舎に戻れ。屋根が無いよりマシだ」

「……あなたは?」

「あいつらを殺す。例外はない」

「コートは? いいの?」

「いらんから持ってろ」

 口数が減ったのは術式の構築に意識を集中させているからだろう。二人は早々にその場から離れようとして、紗夜が呼び止められる。

 

「あー、そうだ紗夜」

「なんですか」

「校内禁煙なんて堅苦しいこと言うなよ?」

「~~、今更そんなこと気にしている場合ですか!」

「はっはっは、それ聞いて安心した」

 不安を紛らわせようとしてくれたのだろう。不器用な紗夜でもそれくらいわかる。

 それ以上に、なんて下手で不器用なお人好しだと。

 

 決定的に不足していた計算式の欠片。それはティオとティアの持ちうる全速力、全力。限界速度だけが足りなかった。それに紗夜と日菜が巻き込まれないことだけを祈っていたが、杞憂に終わったことにエヌラスは安堵する。その気まぐれさが敗因だ。

 最初から答えは出ていた。今日、此処で。今夜、羽丘女子学園でティオとティアは消滅させる。

 もはや見慣れた、超常的な加速による実体の消失。今となっては気配も辿れる。

 “何処”にどう来るのかも手に取るように見えていた。

 

「未来を計算するだと。確定していない事象を掌握するなんて、人の領域を越えている!」

「ところがな。こんなものを四六時中やってるやつは人間なんだわ」

 上から振り下ろされる銀の蹴撃。かまいたちのように音もなく縦横無尽に駆け巡る凶刃を、エヌラスは倭刀ひとつで切り抜けた。まだ、互角だ。

 死角から水面蹴りを刀の鞘で防ぎ、空を蹴って反転してきたティアの浴びせ蹴りを蹴り返して体勢を整える。

 

「全てが自分の計算通りに事が運んだら、そりゃあ退屈だろうな。答えの変わらない計算なんてやってられねぇよ」

 紫電が奔る。加速呪法による光速の斬撃、対するは邪神の血肉による超常の蹴撃。

 時間の角度から迫る銀の脚。先に置いた刃に触れまいと無理な姿勢で方向転換する。

 ──わからない。解らない。先に動いているのは自分達のはずなのに、どうして逆に追い詰められてしまうのか。どうして先が読まれているのかが理解できない。

 

「「こ、の……怪物がっ!!!」」

「俺の師匠に言いやがれ。忠告しておいてやる──次は()()()()

 

 なぜ、当たるのか。なぜその黄金の矢は絶対必中なのか。計算に次ぐ計算、演算、暗算。高密度の術式の集合体は単体であっても問題なく機能する。

 エヌラスの右手が真紅の劫火に包まれる。左手が白銀の暴風に覆われる。全身を紫電が奔る。

 ──どうして、弓を使うのかと師匠に聞いたことがある。銃の方が圧倒的に良いと思っていた。

 その問いに戻ってきた答えが……。

 

『古来より、獲物を狩るのは弓矢と相場が決まっている。自然の中で作られ、人と共に歩み、時には神の手に渡ることもある。銃はダメだ。浪漫が足りない。幻想(ロマン)が足りない。神を撃ち抜く加護が足りない。弓はいい。神をも撃ち落とせるからな』

 星天を穿つ。夜天を巡る。星を撃ち抜く。絶対必中の加護を与える。

 左腕を構える。見えない弓を、弦を引き絞るように右腕を構える。

 

()()()()()というのなら、燃え尽きる流星を撃ち抜いてみろ』

 決して燃え尽きぬ魔弾。それは加護というより、もはや呪詛だった。

 必ず、当てる。必ず届く。必ず追いつく。必ず撃ち抜く。三千世界の檻を越えて、この魔弾は流星を穿ち貫く。

 

「……“弓聖一矢(ウィリアム)”」

 ここまでの全てが、その一撃のために下準備。だが届かないことを知っている。ここまでしてもなお、届かないことを知っている。

 暴風と業火が溶けるように混ざり合う。螺旋を描き、渦巻いて。

 本来ならば、これはそのまま撃ち出すための砲身だ。圧倒的な暴力を吐き出すための装置として制御する代物だ。しかし、それでは当たらない。確実に当てるには足りない。

 あの二人には尚更だ。

 

 ──怪物の背中を、思い出す。

 

「“螺旋砲塔(ヘリクスカノン)”──!!」

 吼える。天まで届けと。極天を穿て、彼方より此方から。目指した高みは遥か至高天。

 吠える。紫電が奔る。暴風が極寒の風を吹き荒れる。吐き出す息が酷く冷たい。業火に半身を焦がしながら、肉の焼ける嫌な臭いを吸い込みながら。

 

「──“天狼牙(シリウスライト)”ォ!!!」

 叩きつけるように叫ぶ。絶対の殺意を込めて、黄金の燐光を刹那、放ちながら報復の一矢がエヌラスの手元から飛び立つ。

 撃ち出された“砲身”が迫る。光速を越えて、超常的な速度となってティオとティアへ向かう。しかし、二人が同時に弾かれたように白銀の軌跡と共に姿を消した。

 

 此処までして、辿り着けたのはそこまでか──胸を撫で下ろしたのも束の間、背筋が凍るような思いに二人が振り返る。

 外したはずの矢が、反転していた。角度を変えて、弾かれるように空間を捻じ曲げながら、減速せずに背を狙っていた。

 今度こそ直線状から避ける。だが、二人の横を通過した瞬間に再度、方向転換してきた。

 何だ、これは──!? ティオとティアが遮二無二、全力で矢を突き放そうと速度を上げる。だが、追ってくる。まだ追ってくる。どこまでも追いかけてくる。さながら“猟犬”だ。

 

「「ッ────!!!」」

 今度は、全速力で駆け出す。まだ追ってくる。何処までも、何処に逃げても。まだ追ってくる。二人が手を離して別方向に飛び立つ。これならば──だが、矢が二つに割れた。そして、再び追ってくる。追跡してくる。

 これまで、追いかけられた事はなかった。追いつかれたことはなかった。だが、追ってくる。まだ追ってくる。どこまでもどこまでも追ってくる。追い詰めてくる。

 空間跳躍も意味を為さない。光速転移も意味がない。アレは、当たるまで追ってくる。直線的に曲線的に或いは直角に鋭角に蛇行しても、迫る魔弾は勢いが衰えない。

 歯を食い縛る。悔しくて堪らない。自分達は最速だ、そのはずだ。なのに、なぜ突き放せない?

 どうして追ってくる。まだ追ってくる。どこまでも追ってくる。

 

「──~~、クソ、くそ……ちくしょう! ふざけるな、ちくしょう!! 絶対に追いつかせるものか、絶対に追いつかれるものかァ!!!」

 涙目になりながら、ティオが更に加速する。その軌跡を追うように矢が迫る。突き放せない。全速力で走り続けて、まだ追いついてくる。

 

「ティオ、ティオ! どうにかしてよアレェ! なんなんだよ、なんだよアレは! なんでボクらを追ってくる。なんで追跡してくる! どうして、どうして、なんでだよぉ!」

「そんなんウチが知るわけないでしょ! だけど──!」

 アレが追ってくるというのなら、話は簡単だ。ティアが手を伸ばし、ティオと手を繋ぐ。

 指を絡めて、離さまいと。

 

「アレがアイツの切り札だって言うのなら、ここで落とす! 癪だけど、嫌だけど、ウチらの全力で蹴り落とす! やるよ、ティア!」

「──、わかった。ティオ!」

「「神名開放──!!」」

 白銀の脚甲が光となって解ける。

 あるのは、生身の白い脚。だが、それこそが二人の持つ最大の武器。

 

「断鎖術式一号、ティマイオス!」

「断鎖術式二号、クリティアス!」

「「ヘルモクラテス・プレッシャアアァァァァッ!!!」」

 

 

 ──天へと駆け上がる双子の流星を見た。

 それを喰らわんとする、報復の一矢を見た。

 氷川紗夜と氷川日菜は、その光景を見ていた。

 手を繋いで。幻想的だとは思わなかったけれど。

 だけど、悪い神様に立ち向かう人がいた。たった一人で、血塗れになりながらも自分の両足で立っていた。

 傷だらけで、まだ血が出ている。右腕が火傷を負っていた。左腕が凍傷を負っていた。着ていた服だって、ボロ雑巾のようだ。

 手も足も出ないと思っていた。何もできない人だとも思っていた。事実、そうだった。

 今は、違う。

 ()()()()()()()()()なんだと、そう感じる。そう考えるだけで、胸が締め付けられる。

 友達がいて、仲間がいて、ひとつの目標に向かっていく。みんなと過ごす毎日があって、みんなと過ごす日常があって、それが当たり前なんだと思っていた。

 それは、なんて脆いものなんだろう。薄氷の平穏だった。その水面下に蠢いていたのは、怪異の群れだったというのに、何も知らずにいた。何も知らずにいた方が、ずっと幸せだっただろう。

 それを壊さないように戦っていた。誰にも知られず、たった一人で。それは少しだけ手遅れかもしれないけれど。

 

「……おねーちゃん」

「……大丈夫よ、日菜」

 だけど。それでも──、姉妹で羽織ったコートを握りながら結末を見守る。

 天を蹴り返しながら急反転してくる白銀の流星。燃え尽きることのない流れ星が触れたものを余さず蹴り砕き、空間をガラスのように割りながら黄金の燐光を放つ矢を蹴り穿つ。衝突して、歪曲した炎と風が割れていく。普通ではあり得ない逆流現象を見上げながら、手を強く握る。

 大丈夫だと、思っていた。だが……、双子の正真正銘の全力による断鎖術式によってエヌラスの放った矢が砕け散る。火の粉が舞う、氷の結晶が降り注ぐ。紫電が霧散していった。

 それでも、笑っている。背筋が凍るような、笑顔だった。まるで悪鬼のように。

 

「──()()()()()()! クソガキ共!!!」

 星天へ手を伸ばす。空を掴むように。

 倭刀を握り、鯉口を切って。エヌラスは血にまみれた顔でティオ……ティマイオスとクリティアスを睨んでいた。

 足を止めた、立ち止まった、動きを止めた。ただそれだけ。たったそれだけのことだが。

 

「痛くしねぇから泣いて喚くような真似するんじゃねぇぞ、えぇおい! ──くたばりやがれぇぇぇぇっ!!!」

 二人はこの瞬間、自分達の全機能を停止させていた。

 それは無防備な状態で。防御する暇もなく、回避する間もなく、あっけにとられたように魔力を載せて放たれた抜刀術によって足を切り落とされる。

 地面へ向けて、真っ逆さまに落下してきた双子目掛けて飛び上がりながら全身を使って足を振り上げる。

 紫電が奔る、全力の殺意を込めて。最期まで手を離さないティマイオスとクリティアスが魔術で防御しようとするが、振り下ろされる踵が触れた瞬間に砕け散る。

 

「アクセル・インパクトォォォォッ!!!」

 そして、無残に頭部を踏み砕かれた二人の体が黒いコールタールを撒き散らしながら地面に溶けるように消えていった。身体を維持できなくなった以上、消滅する以外にない。

 エヌラスは一度だけ、大きく息を吸い込んだ。内臓を再生させながら、力なく声を漏らす。

 

「……やっべ。両足へし折って殺すって言ったのにぶった切っちまった。すまんなありゃ嘘だ」

 誰が聞いているわけでもない独り言は、夜風に流されて漂い、消えていった。

 残るのは、ただ破壊の爪痕ばかり。

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