【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第三幕 宵闇忍ぶ魔の手

 放課後の羽丘女子学園。天文部の活動は絶好調で、氷川日菜は部室に籠もってノートにペンを走らせていた。

 

「んー、と。今は五月だから……」

 地球儀を回し、星図を広げて、資料を片端から捲っては付箋を貼りつけていく。スマホで例年との気温差や各地のニュースを辿りながら、閃くままに行動していた。

 ふとした閃きだった。朝起きた瞬間に“るんっ”と来てしまったのだから仕方ない。

 これをやればこうなる。あれをやればこうなる。あんなことが起きているのだから、きっと何か起きているはずだと思うだけでいても立ってもいられなかった。

 自分でもどうしてそう調べようと思ったのかは、考えない。直感に過ぎないが、深く考えるよりも、ストンと自分の中で腑に落ちてしまったのだから。

 あんな不可思議珍妙奇天烈なことが世界各地で起きているのならば、星の位置がズレているのだと氷川日菜は考えた。ノートを次々と埋めていくが、何か違う気がしてすぐに思考を切り替える。

 

「物理学じゃダメだなー、るんってこなくなっちゃった……そーだ、それなら」

 そういうことならオカルトにちなんだ、神秘主義から攻めることにした。占星学に則って、様々な分野を試行錯誤する。

 

「人間は関係ないからー……自然哲学がいいのかな? うん、いけそう!」

 近代的な思想や思考では決して解明できない。それでは専門家と同じ結末を辿る。それでは面白くない。楽しくない。自分がやりたいようにやれることを突き詰めていく。

 地球で起きている出来事に、宇宙は外せない。その逆も然り。因果関係は切って離せない。これだけ地球上でオカルトブームが巻き起こっているのなら、それは現代科学では解明できないものになる。自然と、頼るべき道は神秘学に向かっていった。

 神様や霊的存在は、いたら面白いと思う。だが、今まで見たこともなければ出会ったことすらない。耳にする機会は沢山ある。

 “いる”のに“いない”というのは、不思議なことだ。量子力学の観点からも考える。

 宗教的な思想に傾倒すればするほど精神や魂といったスピリチュアルな単語ばかりが並ぶ。しかし、解き明かそうとするとどうしても避けられないので致し方なし。

 あくまでも。

 氷川日菜の探究心は「新種の未確認生物」ならびに「世界各地のオカルト事件」だ。そこに人間に入り込む余地はない。現代科学も含めて。

 どこの国で何が起きた。どんなUMAが出た。どうして解決したのか。それらを全て結びつけていきながら、今度は世界地図をホワイトボードに貼りつけてマジックで書き込んでいく。

 不思議なことが起きているのだから、きっとこの宇宙に何かがあったのだろうと考えていた。もちろん、そんなことを紗夜に言ったら心底呆れられるのは目に見える。だから口にはしなかった。

 

「うん、うん! いい感じ!」

 

 ──天文部の部室からは氷川日菜が一人ではしゃぐ声が聞こえていた。携帯電話には白鷺千聖からの連絡が入ってるが、全くと言っていいほど気づかない。

 

 

 

 同じ頃、羽丘女子学園の廊下を歩く今井リサは青葉モカに呼び止められる。

 

「リサさーん」

「モカじゃん。どうしたの?」

「えっとー、さっき店長から連絡があって今日のシフト、夕方から出られないかってー」

「え、今日? Roseliaの練習あるんだけど……」

「あたしも出てくれーって頼まれました」

「モカも?」

 コンビニバイト仲間であるモカは友人達にちゃんと説明して、シフトに入るようだ。急なシフト変更に頭を悩ませるが、理由を尋ねる。場合によってはバンドを優先しようと考えていた。

 

「店長さんからの話だと、夕勤の人が昨日暴漢に襲われて怪我をしたーとかで、今日は出られないそうです」

「そんなニュースあった?」

「昨日の今日ですし、でも軽傷みたいですよー? 今日だけでもーって店長が」

 夕方から夜にかけて入っているバイトの先輩は、日付が変わる頃に帰宅した。その帰り道で襲われたらしい。

 せめて九時頃まで、と。そこまで働いてくれれば後はなんとかなるらしい。

 

「うーん……正直アタシも今月は欲しいものあるし、今日だけ入ろうかな」

「じゃあ店長さんにあたしから連絡しておきますねー」

 

 リサは待たせていた湊友希那に駆け寄り、事情を説明する。あまり良い顔をしていなかったが事情が事情だけに、肩を落としながらも渋々承諾した。

 

「ごめーん、友希那。そういうことだから、今日のレッスンはアタシ抜きで合わせてて!」

「……仕方ないわね」

「今日の穴埋め絶対するから」

「ええ。無理しないように。みんなには私から言っておくわ」

「本当にごめんね」

 気にしないでいい、と友希那は言ってくれたものの、少しだけ拗ねていたように見える。

 羽丘女子学園の校門ではモカとその友人達、『Afterglow』のメンバーが話し合っていた。幼馴染五人で集まって出来たガールズバンドは事情を素直に理解して手を振って別れる。

 

「まぁ、そういう理由なら仕方ないかな……」

「そんな寂しそうな顔しないでよー蘭ー」

「してないし」

「えー、じゃあ蘭はあたしがいなくてもいいの~?」

「そこまで言ってない……」

「そっか。じゃあ今日はモカ抜きで音合わせるとするか」

「うん、そうだね」

「じゃあモカちゃん、頑張ってきてね」

「程々にツグってくるねー」

 美竹蘭、上原ひまり、羽沢つぐみ、宇田川巴とは別な道を歩き出す背中を追いかけて、リサは肩を叩いた。

 

「んじゃ、急ごっか。店長も大変だろうし」

「はーい」

「それにしても暴漢に襲われるなんて、物騒な話だよね。アタシ達も気をつけないと」

「リサさんはかわいいですもんね~。あたしよりも」

「モカもかわいいと思うよ?」

「クッキーだけじゃなくてお世辞も上手いんですね~」

「そんなこと言わない、ほら急ご」

 バイト先のコンビニに向けて二人は駆け出す。この後の時間帯は仕事上がりの客で混雑する、特に忙しい時間だ。人のいい店長もさぞ困っていることだろう。

 

 

 

 ──青葉モカと今井リサの厚意によって、急なシフト変更によるコンビニの窮地を脱することに成功した店長は二人に大いに感謝していた。本当に助かった、と。しかし、この街でそんな事件が起きたとはにわかに信じがたいリサは店長に事の経緯を詳しく尋ねる。

 連絡が来たのはお昼ごろ。バイト上がりに帰路についてから、一人で夜道を歩いていたら、背後から足音が聞こえてきた。振り向くのが怖かったが、勇気を出して振り向くとそこにいたのは黒尽くめの男性。身の危険を感じて走り出して、転んでからは記憶にない。だが、気づくと怪我をしていた。念の為病院に行ってみたが、軽い打ち身程度で済んでいたらしい。しかしそんなことがあってからすぐに出てくれ、というのは酷な話だ。ひとまず他の子に相談してみてから、ということで今回の件に至る。

 話を聞いていたリサは冷や汗をかいていた。その隣では、モカがいつもののんびりとしたマイペースな調子で頷いている。

 

「怖い話ですね~、リサさーん」

「そ、そうだね」

 暗くなった外の様子を見て、リサが生唾を飲み込んだ。もしも自分が、と考えるだけで店から出たくない。

 店長も二人のことは心配してくれていたが、大人の事情がある。店舗の責任者も楽ではない。気苦労が絶えないものの、生活があるのだから仕方ない。ただ、何かあったら迷わず交番へ。警察に連絡するようにと念押しされてリサとモカは退勤の打刻データを打ち込んだ。

 

「あのさ、モカ……」

「このモカちゃんにはまるっとわかってますよー、リサさーん」

「途中まで一緒に帰らない?」

「もちろんですよ~」

 にへら、と。何か腹に一物を抱えた笑みを浮かべているモカに、リサは泣きつく勢いだった。あんな話を聞いて一人で帰る夜道はあまりに心細い。バイトの制服を着替えながら、自分の荷物を持って忘れ物が無いか確認する。

 

「でも、タダってわけにはいかないですね~」

「もちろん。報酬はクッキーでいい? 明日渡すから」

「う~ん……どうしましょ~」

「一手間加えるから」

「朝一番に出来たて、も追加でいいですか~?」

「うぐ……そこまで要求してくるとは……でも背に腹は代えられない!」

 明日はいつもより早起きしなければならなくなったが、一夜の安心と安全を買えるのなら安いものだ。

 

「それじゃ店長さん~、お疲れ様でした~」

「お疲れ様でーす」

「ふたりとも、気をつけて帰ってね。お疲れ様ー」

 バイト先のコンビニを後にして、リサとモカは不安を抱きながら夜の街を歩く。不安を紛らわそうとスマホを覗き込んでみるが、検索サイトのトップに出てくるのは日本中で起きているニュースの数々。

 例えば──とあるお寺の境内が荒らされていた。犯人は不明。

 例えば──漁に出ていた漁船の沈没事件。幸いにも死傷者はゼロ。

 例えば──局所的な森林破壊の爪痕。とある田舎町で大損害。

 かえって不安を煽るような内容に、リサはスマホを閉じることにした。

 

「モカは怖くないの、さっきの話?」

「んー、そうですね。やっぱりモカちゃんも女の子なので怖いと言えば怖いですし、そうでもないと言えばそうでもない気が~。ほら、リサさんも一緒ですし」

「あ、あはは。だよねぇ~。よかった、怖いのアタシだけじゃなくて」

「そういえばリサさん、知ってます? あの話」

「なになに? どんな話?」

「日本中で怪異や妖怪や不思議な現象が頻発してるらしいですよ~」

「アタシ、怖い話苦手だって知らなかったっけ!? 無理無理、そういうのほんとダメだから聞きたくない! もっと明るい話にしてくんない!?」

「え~。結構面白い話なんですけどー、ダメですか~?」

「絶対ダメ!」

 恐怖心を紛らわすために、もっと明るい話が欲しい。笑い話でもいいし、この際なにかの失敗談とかでも何でもいい。とにかく夜の闇を少しでも紛らわせてくれることが起きてくれれば、今井リサにとってはそれだけで十分だった。

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