【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第三十幕 青薔薇と休日

 

 

 

 週末。本日も日本は快晴。エヌラスはシャワーで寝汗を流して、コンビニで買っておいた水を飲み干す。ゴミ箱が部屋に無いことに今更気づいたが、特に気にしなかった。絶対に紗夜は怒るだろうな、と思いながら空のペットボトルをテーブルに置いておく。

 身だしなみを最低限整えてきてください、とあれから言われたものの……。自分に対してひたすらに無頓着極まりないエヌラスにとって、それは少々難しい話だった。

 ひとまず髪をまとめて、ハーフアップスタイルにしておく。前髪も赤いヘアピンで留めてみるが果たしてこれでいいのか。左目の刀傷がどうにも目立つ。目元の凶悪な印象を隠すべくスポーツサングラスをかけて鏡を見るが「自分は何か間違えているのではないだろうか?」と思わざるを得ない。目元が隠れた分、余計に傷が目立つ気がする。

 

(とはいえ、なぁ……)

 朝から紗夜に説教されるのも癪なので、服装も気を遣ってみた。

 モノクロ調でまとめたシャツにベストとアウター、紺色のデニムジーンズ。普段に比べたらまともな格好をしている、と、思いたい。戦闘狂にファッションセンスを求めるな、等と誰にともなく言い訳をしながら、エヌラスは部屋を一度だけ見渡す。

 ポケットを叩いて、ハンティングホラーの副産物である空間魔術によって札束を雑に突っ込んであることを確認する。あくまでも、共存関係であって決して契約を結んでいるわけではない。付き従ってくれているのはお互いの意思疎通によるものだ。

 戦闘準備も万端。何があっても即時戦闘可能なように、最低限魔術回路だけは稼働させておく。

 

「うし、行くか。ハンティングホラー」

 自分の影に向けて呼びかけると、揺らめいて答えた。

 鍵を掛けてマンションを出て待ち合わせ場所である森林公園へ向かう。

 

 

 

 ──公園で待ち合わせ、とは言っていた。時間も五分前集合で間違いない。だが、気のせいか。はたまた寝ぼけているのか。それとも自分の見間違いか。エヌラスは目頭を揉んでから待ち合わせ場所で固まっている一団を見直す。

 氷川紗夜がいる。それはいい、分かる。当然だ。

 しかし、どういうわけか。今井リサがいる。湊友希那もいる。白金燐子も宇田川あこと。

 『Roselia』が集まっていた。

 

「……あー。皆さんお揃いでどうした」

 エヌラスが声を掛けると、談笑していたリサ達が固まる。顔を見合わせていた。

 

「失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「俺だよ!? 声で気づけ、わざとか紗夜!?」

 スポーツサングラスを外し、いつもの髪型に下ろすと紗夜が「……ああ」と遅れて反応する。

 

「普段からそれくらいきちんとした格好をしていればいいんですけれどね」

「はははそーっすねー俺が悪いのかこれは」

 乾いた笑いと共に髪型を整えるが、その雑さにリサが見かねたのか手を伸ばした。

 

「アタシがやってあげるから、ほら座って」

「悪い。自分のをやるのは慣れてないんだ」

「そうなんだ。じゃあ誰かにやるのは慣れてるの?」

「まぁな」

「へー、意外」

 ポーチからヘアブラシを取り出して、エヌラスの髪を梳きながら後ろ髪をハーフアップにまとめていたリサの手がふと止まる。

 

「……もしかして、結構髪の手入れしてる?」

「いや? なんでだ」

「思ったより傷んでないから」

「あぁ、多分そりゃ魔術のせいだ」

 自己再生の適用は、何も身体の損傷だけではない。傷んだ髪や日焼けも含まれる。そちらに割かれる魔力があまりに少ないためエヌラスも意識したことがない。身体に残る傷跡の場合は、再生を後回しにした結果。よほど深手を負わない限りは目立たないか残らない程度に回復できる。

 

「傷んだキューティクルとかも回復できるんだ。そういうのってやっぱり難しいの?」

「別に。俺はほとんど無意識レベルでやってる」

「だからといって自分のことを蔑ろにするのは感心しませんけどね」

「紗夜ちゃん俺に手厳しくない……?」

「あはは、紗夜はいっつもこんな感じだからねー。あ、でも最近はそうでもないのかな」

「以前に比べたら、そうね」

「今井さんも湊さんも何を言っているんですか!?」

 自分はいつもと変わりないと主張する紗夜の顔が少しだけ赤くなっていた。

 

「エヌラスさん、魔術ってやっぱり“どかーんっ”て感じのとか、黒魔術みたいな!?」

「黒魔術……? 俺は属性寄りだから、そこまでのやつは」

「なにか、違いがあるんですか……?」

「色々とな。俺の師匠とか属性とかそういうレベル通り越してるし。俺が使ってるのは電気と風……というか氷か。あと炎の三つだな。これだけあれば大概どうにかなるってことで文字通り叩き込まれた」

 使いこなせ、さもなくば死ぬぞ──有言実行の修行時代初期。

 あこと燐子は魔術に興味があるようだが、残念なことに一朝一夕で扱えるようになる代物ではない。氷川日菜が異常なだけだ。

 

「……家電製品みたいね。電子レンジと冷凍庫とコンセント」

 話を聞いていた友希那の率直な感想に、一斉に押し黙る。笑いを堪えているのだろうか、リサの手が震えているのがエヌラスには髪を通して伝わってきていた。

 

「どうかしたの?」

「……ふふっ。いや、ちょっと友希那、その言い方はどうかなって。はい、終わったよ」

「ありがとな、リサ」

 結い上げてもらった髪に触れると、確かに自分でまとめた時よりも髪が落ち着いている。

 

「前髪は自分でね」

「やってくれないのか」

「いや、ほら……そのー……そういうのまだ早いかなって」

「? まぁいいや」

 エヌラスが前髪を自分で留めると、ようやくベンチから立ち上がった。

 

「で。もう一回聞くんだが、どうして全員勢揃いで?」

「もしかして、二人きりだと期待していましたか?」

「それはそれで悪くなかったんだが。まさかこんな大所帯とは思わなくてな」

「知り合ってから日が浅い男性と二人きりで外出とはいきません。今井さん達に相談した結果、この形になりました。何か問題が?」

 強いて言えば俺の世間体、とは紗夜に言い出せず、静かに首を横に振る。

 

「紗夜、それじゃそろそろ行こっか。まずどこから行くの?」

「まずは電車で移動ですね。美術館でしたらそう遠くない場所にありますし、近場に博物館もあるようです。図書館に関しては白金さんの案内でよろしいですか?」

「は、はい……」

「では行く前にひとつだけ。エヌラスさん」

「なんだ」

「絶対に。私達から指示が無い限り。勝手な行動は謹んでください。わかりましたか?」

「そんな強く言わなくても……」

「いえ、この人の手綱はキツめにしておかないと大変なことになりますので。猛獣を放し飼いにしているのとはワケが違うんですよ、今井さん」

(なんか紗夜からの当たりが前より厳しくなってるような……)

 何かあったのだろうか、と勘ぐるもそれを素直に話してはくれないだろう。駅の使い方、電車を知っているか、などなど。色々と質問攻めにされているエヌラスの顔を見てもそんな紗夜のことを満更でもなさそうにしていた。怒られ慣れている、叱られ慣れている、というよりも、どちらかというとそんな風に気遣ってくれるのが嬉しそうに見える。

 

「──私の話をちゃんと聞いていましたか?」

「はいはい聞いてます聞いてました他になにか」

「返事は一回で十分です」

「はい……」

 まるで大型犬の調教さながら。わかればいい、とでも言いたげに紗夜が頷く。

 

「それでは行きましょう」

「あー、のさ……紗夜となんかあった?」

「え? いや別に? 特に何もなかったはずだが」

「──貴方は、あれを何もなかった、の一言で片付けるんですか。死に目に遭っていたじゃないですか!」

「それだけだ。実際、世の中何事もなく回ってるんだからいいじゃねぇか」

「……あれだけ瀕死の重傷負っておきながら、よく平気な顔をしていられますね」

「ああ。()()()()

 それは、嘘だ。痛みに慣れる人間なんていない。それが本音だとすれば、狂っている。あるいは壊れている。むしろこの人の場合は、壊れてしまった、というべきか。あんなものを相手にどれだけ長い間、孤独に戦い続けてきたのか。一介の人間である氷川紗夜には知りえない。

 エヌラスにとって、日本はどれだけ平和な世界なのだろう。

 本当なら、この人は世界中の人間に感謝されるべきだ。なのにおくびにも出さない。傷だらけの身体を抱えて平気な顔をしている。

 あの日のことを知っているのは自分と日菜だけ。他の人は何も知らない。邪神なんてものを果たして誰が信じるのか……あこなら目を輝かせて信じるかもしれないけど。

 アレは、人類が触れていい相手ではない。人類が相手していい存在ではない。だが、しかし。だからといってたった一人に全てを背負わせていいものなのか──なにか、少しでもしてやれることはないだろうか? そんな考えのもと、お礼を兼ねて今回のデー……もとい、社会見学に誘った。

 

 明らかに二人の間に何かがあったことは火を見るより明らかだった。友希那でさえ怪訝な表情を見せている。

 

「瀕死の重傷? とてもではないけれど、そうは見えないわ」

「それは……」

「ま、いいから行こうぜ。せっかくの休日を俺のために使ってくれてるんだ、つまらん話なんかして潰したくないだろ。で、駅はどっちだ?」

 強引な形で話題を逸らすエヌラスに渋々と言った様子で紗夜が押し黙る。しかし、友希那達は気になるらしい。それに「後ほど詳しく話します」とだけ伝えた。

 

「……それにしても、意外です……」

「なにがだ?」

「もっと、怖い人だと思ってました……」

「自分の感情を制御できないやつが魔術なんか使えないしな」

「やっぱり、そういうのは……コツがあるんですか?」

「好奇心旺盛で後先考えず無計画で無鉄砲なやつは魔術師に向かない」

 自分の力量も弁えないのも付け足して、エヌラスは両手をポケットに入れたまま背筋を伸ばしてまっすぐ歩く。体幹の軸を揺らさずに静かに歩を進める姿は魔術師である、というよりも武道家のそれだ。足音も聞こえてこない。刀を使っていたことからそちらにも精通している事は容易に想像がついた。

 

「そういえば、美術館とか博物館ってこっちだと何を展示してるんだ?」

「今だと、確かー……何だったっけ。世界の名画?」

「博物館の方ですと、日本刀の展示がされているそうですよ。エヌラスさん好みだと思いますが」

「……ニホントウ?」

「……貴方が普段から使っている、それは、何なんですか?」

「そうか、日本刀って言うのかこれ……初耳だ」

「今まで知らなかったんですか……?」

「あの形状の刃物を“刀”ってカテゴライズされてるのは耳にしてたが、へぇ……」

 反りが浅く、長すぎない刃渡り、そして軽量。当然のように魔術加工されている刃物を扱いやすい形にすると似通ってしまう。名称を気にした事はなかった。

 

「しかし、刀の展示か……」

「なにか気になることでも……?」

「んー? いや別に。どんなのがあるのかちょっと期待してるだけだ」

「あこも気になるー! もしかしたらすごい力を秘めた剣とかと出会えたりするかもしれないし! そうしたら我が右手に宿りし邪神の力が解放されて……されて……う~ん」

「はははそんなおっかないこと言ってるとあこちゃんの右手とはさよならばいばいしないとな」

「ひえー。りんり~ん!」

 笑いながら言っているが、日菜に向けて銃を突きつけた時の目は本気だった──紗夜はあこと談笑しているエヌラスの後ろ姿を見て気が気でなかった。

 その袖をリサが軽く引っ張る。

 

「ねぇ、紗夜。やっぱさ、何かあったんでしょ? どうしたの、険しい顔して。それに、死に目に遭ったとか……」

「……私達が今日もこうして平和に過ごせているのは、あの人のおかげなのが少々信じられませんけれど事実です。あまりにオカルトじみていて、非現実的で私もまだうまく受け止めきれていませんが」

「また、あのバケモノみたいなのと戦ってたの?」

「……バケモノ、というだけならまだ良かったんですけれどね」

 人の形をしたバケモノを、なんて呼べばいいのだろう。

 そんなことを考えていると赤信号でもお構いなしに進もうとしていたエヌラスの腕を掴んで引き戻す。

 

「子供ですか貴方は!?」

「いや、すまん……」

「はぁ……本当に自分のことになると危機管理能力が死にますね」

「死んだことねぇからな、」

「その言葉。二度と言わないでください。わかりましたか」

「……はい」

 怒り心頭の紗夜に、エヌラスは子犬のように縮こまるばかりだった。

 本当に、あの日の夜と同一人物なのか疑わしくなる一方である。

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