【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第三一幕 刃と血沸き肉踊る

 

 電車で移動して国立博物館へ到着すると、すぐに紗夜がパンフレットをエヌラスに手渡した。

 国立、というだけあってその展示内容も和洋様々。本館とは別に展示物によって施設も変わる。真っ先に刀剣の展示に注目したエヌラスの表情がどこか子供っぽい。

 

「やっぱ刀剣見たいな、刀剣。他の後回しで」

「男の子ってそういうの好きだよねー」

「そういう年齢とは思えませんけれども、精神年齢は子供なのでしょうね」

「やめて、ちょっと傷つくから。仕方ないだろ、職業柄気になるんだから」

「……オカルトハンターと何か関連が?」

「いやそっちじゃなくて……」

 魔術師といえど千差万別。そして魔術を行使する際には「媒介」が必要になる。媒介・媒体・触媒と三種類があるが、中でも媒介は魔力と密接に関わる。魔術師の杖がその役割を担っており、エヌラスの場合は刀剣ないし銃や刀だ。

 その点を説明すると、あこと燐子、紗夜は馴染みがあるのかすんなりと理解してくれる。しかしリサと友希那だけはいまいちわからないようだ。

 

「そうですね。音楽で言うところのマイクが「触媒」でしょうか」

「なるほど」

「媒介、媒体となるのが声です」

「マイクによって音の響きや音質が違うもの、気になるものよね」

「そういえば、音楽の魔術ってあるの?」

「あるぞ? とびきり凶悪なのとかが」

 歌に魔力を乗せることで精神汚染や、空気の振動を利用した発辰。超振動その他諸々。それらを十全に活用するために歌唱力や肺活量を鍛える魔術師がいたりする。人間ですらないモノは、特にそういった方法を用いる。防ぎようがないか厄介なことこの上ないものの、対処法は簡単だ。

 聞かない・喋らせない。見かけ次第、問答無用が最適解──とのエヌラスに「蛮族……」と紗夜が小さくコメントを残したが聞こえないふりをするのも処方箋。あーあーきこえなーい。

 

 刀剣の展示がされている本館一階の通路を歩く。公共施設、中でも歴史的資料を収集している施設だけあって警備も厳重だ。来館者もそういった美術や芸術を嗜んでいるからか品のある一般人が主となっている。友希那達ほどの年齢でこうした博物館に足を運ぶのは珍しいのか、時折見られていた。それがエヌラスの不審者感からきているものではないと信じたい。

 不安になって紗夜が盗み見ると、意外なほど真剣な表情で通路に展示されている品をひとつひとつ吟味するように鑑賞していた。スポーツサングラスを外し、刀剣を眺めている。自然と口数も減り、足を止めていた。

 

「……なぁ、これなんて読むんだ?」

「これは……って、もしかして漢字読めないんですか?」

「わからんし、なんなら書けないぞ俺」

 全員が面食らった顔をしている。言語が通じればある程度の交流は図れる。だが、それとこれとはまた別だ。そもそもエヌラスは日本語を話していないし、理解もしていない。そう聞こえるように喋っているだけであり、実際は全く異なる言語を用いている。

 あこが何か気になるものを見つけたのか、燐子と一緒に紗夜達から少し離れた。

 国宝として保管されている日本刀を見て目を輝かせている。そちらにエヌラス達も向かう。

 

「国宝だって、すごいよね。りんりん」

「ふふっ、あこちゃんも楽しんでくれてるみたいでよかったです……」

「でも何が違うのか全然わかんない」

「アタシも。友希那はわかる?」

「あんまり興味はないわね」

「エヌラスさんは違いがわかるんですか、こういうの」

「人を斬った刀は一目見りゃ分かる。いやしかし、凄いなコレ。これほどの物がこの国にあるのか……へぇ……」

「良からぬことを考えていませんか?」

「これで斬ってみたいとは思うが」

「絶対に。やめてください」

「やらんて……そんな怒るなよ」

 紗夜に叱られながらも、刀から視線は外さない。

 照らされている日本刀の輝きに魅入られているかのようだが、エヌラスが見ているものは普通とは違う。

 重要文化財指定されている刀剣を見る度に、目の色を変えて真剣な眼差しになっていた。その横顔が剣呑な雰囲気に包まれているのは、果たして。

 

(……顔立ちは整ってるんだけどなー)

 リサもそんなエヌラスの横顔を盗み見ていた。顔はいいんだが、なにぶんちょっと頼りないというか情けない。すっかり年下の紗夜の尻に敷かれている。非常時には頼りになるが、やはり普段から頼りになる人がいい。そんなことを考えながらも、声をかけてみる。

 

「刀、見てて楽しい?」

「俺は楽しい。だが、芸術品として飾られているのを見ると……なんだかな。こいつ等は何のために打たれたんだろうなって思っちまう。世のため人のため、斬る為に打たれたはずなのにこうして見世物にされていると考えると──いっそ、折ってやったほうが幸せなのかもな」

「…………」

 意外だった。芸術品に思いを馳せるとは。刀を見つめている顔が、どこか物憂げな色を含めているのは、同情なのか。それとも自分と重ね合わせているのか。今井リサには分からない。だがひとつだけ分かるのは、決して心無い人なんかではない。刀鍛冶がいて、そこに込められた思いがあって、戦国の世に送り出された刀が今、こうして平和な世の中で見世物にされている。保管されているということは本当に悪いことなのだろうか。

 

「アタシはそう思わないけどなぁ。日本史で戦国の世とか生きてきた刀が、今の平和な時代まで残ってるってすごくない? そう考えると、此処に保管されてるのは強かった証だよ。弱肉強食の世界で生き残ってきたから余生を静かに過ごしてる」

「……俺だったら御免だな。刀に生まれたら、斬って斬って斬って、斬りまくって。平和な時代が来たら自分からお役御免でへし折るさ。そこに俺の居場所は無いからな」

「平和な時代とか見たくないの?」

「見てみたいさ、そりゃ。だから、そこで終わりにしてほしい──俺、ハッピーエンド主義者なんだ。それ以外は見飽きた」

 刀から目を離して、エヌラスが歩き始める。相変わらず、少し理解できない言葉を使う不思議な人だと思いながらリサは後ろについていった。

 

 日本刀の公開展示品を見て回り、東洋の芸術品を鑑賞する。金工や陶器、絵画など挙げればキリがない文化に触れてエヌラスはいたく上機嫌だった。意外なことにそういった技術に精通しているらしい。元々、金細工や鉱石などが盛んな国での生まれだったらしく、他にも人形細工や時計の旋盤加工だけでなく衣装製作もできると言っていた。

 

「エヌラスさん、それで食っていけるんじゃないですか?」

「なんで好きでもない相手に製作してやらなきゃならねぇんだ、ぜってぇ嫌だ」

「子供ですか」

「俺は技術の安売りなんかしたくない。まぁ……紗夜達になら作ってやってもいいか。何かと世話になってるし」

「お値段は?」

「金はいらん」

「先程、技術の安売りはしないと言ったばかりでは?」

「金で売り買いする間柄か?」

(……つまり、私達のことが好きって、言ってるような……)

「りんりん? どうしたの、顔が赤いよ?」

 国立博物館から出て、近場のカフェテリアで休憩していると、ふと燐子が紅潮した顔を紛らわせるようにエヌラスに質問する。

 博物館が近いからか、店舗もその景観を損なわないように全体的にクラシックで落ち着いた雰囲気となっている。

 

「あの、刀剣の鑑賞をしましたけど……エヌラスさんの使っている刀は、どういった……?」

「ん? あー、アレか。日本刀とはちょっと違うな、やっぱ。むしろこの国の刀を模倣した形になったが、俺が使ってるのは材質からしてちょっと別物だ」

「オリハルコンとかアダマンタイトとか!?」

「なんだそれ……魔導合金って材質なんだが、便利なもんでな。最初に話したと思うが、魔術の媒介としての側面もあるし、気功術に合わせて使えるように調整した。それなりの強度でそれなりの効果がある」

 多様性に富んだ刀だが、当然ながら折れやすい。しかし魔力で鍛造できることに燐子が興味を惹かれた。

 

「エヌラスさんの魔術……凄いですね。色々と出来て……」

「やれるようになるまでが大変なんだコレ」

「おししょーさんはどれぐらい凄いの?」

「……」

 あこの無邪気な質問に、エヌラスがこめかみを押さえながら言葉を必死に探す。

 

「ずびゃーん! どかーん! って感じ?」

「いや、どっちかっていうと、そうだな……“ずどーん”“ぼかーん”な感じだ。規模は桁違いだが」

「どれぐらい?」

「蹴りの一発で街が消し飛ぶ」

「怪獣ですか?」

「怪獣も飼ってる」

「飼ってる!?」

 歩く超常災害は伊達じゃない。追加でチーズケーキとチョコレートケーキとパンケーキを注文するエヌラスがホットコーヒーをおかわりする。

 

「甘いの好きなんだ」

「ん? 基本的に俺は食ってばかりだぞ? そのぶん消費量上回るし。ただやっぱ回復量は低いけどな……」

「魔力の消耗量、激しいんですね……」

「まぁな。楽して勝てる戦いなんて無いし」

 その言葉に、静かに紗夜が目を逸らした。

 

「どうしたら……回復できるんですか、その消耗した分は……?」

「俺の魔力は下限値はあるが上限がない。で、一定量を下回ると調子でないんだ、やっぱ。今もそうだしな。現地の土地柄に合わせて魔力の質を調整しないと魔術が安定しない。その調整を食事で補っている感じなんだ」

「他には……どういった方法が……?」

 白金燐子の素朴な疑問にエヌラスが遠い目をしている。言葉を必死に選んで、選びに選んで、探し回って脳内幾星霜。はたしてどう伝えるべきか頭を捻っている。

 

「あー…………あー、うん……。一番手っ取り早いのは……まぁ、うん。なんていうか……その土地で生活している相手との粘膜接触が早い。ほら、そこの環境で育ってるから身体も風土に合わせて成長してるわけだし、そうなると遺伝情報とか免疫機能とかも自然と馴染みがあるわけで。そうなるともう、そっから情報を得るのが確実で早いんだ……あんまこういうこと言わせんな、俺もこっ恥ずかしいんだから……」

 顔を赤くしながらエヌラスが『Roselia』から目を逸らしてブラックコーヒーを口に含んだ。言葉の意味を汲み取って、若干気まずい空気が流れる。

 

「……粘膜接触、ということは……キス、とかですか……?」

「俺はそういう体質なんだよ……言っておくがそんな気は全然ないからな……」

「私達をそういった目で見ていないということですか?」

「そんなはずねぇだろうが、異性として意識してるから尚更俺が気を遣ってんだよ」

「…………」

「…………」

 思わず、咄嗟に口から出てきた言葉にエヌラスが自爆した。紗夜も顔を赤くして聞かなかったふりをして動揺を隠しているが、ケーキを切り分けようとして逆に崩している辺り相当に隠しきれていない。

 

「……甘いねー、友希那」

「そうね。でも私はリサのクッキーがいいわ」

(そういう意味じゃないんだけど、まぁいっか)

 あこだけはちょっと言葉の意味を理解していないようだが、燐子がうまくフォローをいれてくれていた。エヌラスはそれに胸中で感謝しながらも、気まずい雰囲気の中運ばれてくるケーキの山を頬張って誤魔化す。ついでにホットコーヒーを一気飲みしてむせていた。

 午後からも引き続き燐子の案内で図書館に向かい、利用方法などを教えてもらう。午前中と違って終始ちょっと気まずい空気が流れていたが、読書に夢中になっていたエヌラスはすっかりそんなことを忘れていた。

 

 

 

 夕方から練習に向かうリサと友希那は図書館を後にして、エヌラスは閉館時間ギリギリまで読書に専念することにする。紗夜と燐子とあこは残っていた。

 図書館も豊富なラインナップによって退屈しない。その中でも目をつけたのは、日本の歴史や妖怪といった伝承だった。

 

「やはり、気になりますか。そういったものは」

「ああ。今となっちゃ“お伽噺”で切り離せない話だからな」

「……“本物”が出たりする可能性が?」

「あの双子が世界中でばら撒いたせいでな。日本じゃ特に」

 ズレた宇宙、世界線。怪現象やこの世のものではないものが顔を出してもおかしくない。だからこそ、事前情報による対策をとる。堅実な地盤固めに紗夜は感心していた。

 

「なにか欲しい資料はありますか? よければ持ってきますけれど」

「いや、いい。ありがとな。むしろ読み方教えてくれ……なんて読むんだよこれ。何語だ」

「十割が日本語です」

 むしろ日本人でも読めるか怪しい漢字があったりするのだが。

 

「これは、カッパですね」

「カッパ」

「はい。雨合羽とかレインコートといったものもありますが、それとは別に妖怪の河童を指していますね」

「水棲生物は苦手なんだよなー、変に生命力高いし。タフだし。コイツあれか、頭の皿が弱点か。脳天叩き割りゃいいんだな?」

「相撲が好きですね。負けた相手の尻子玉を抜くとか」

「シリコダマってなんだ」

「……知りませんよ。次のページにいきましょう」

「お、おう……」

 紗夜に急かされてページをめくる。手元の文字を覗き込むようにしているからか、髪が垂れていた。それを時折手でかきあげる仕草をする度に、シャンプーの香りがエヌラスの鼻をくすぐる。

 絹糸のように流れる青い髪を見つめていると紗夜が眉を寄せていた。

 

「……なんですか?」

「紗夜、髪綺麗だよな。いい匂いするし」

「…………」

「…………なんだ」

「席を外しますね。白金さん、少しお願いします」

「は、はい……」

 睨んでから席から離れ、早歩きでその場から姿を消した。代わりに燐子とあこがエヌラスの読んでいる妖怪辞典を覗き込んだ。

 

「なんか、紗夜怒ってたか? 今日はあいつ怒らせてばっかだな……」

「えっと……怒っていた、というよりも今のは……」

「ねぇりんりん、これなんて読むの?」

「あ、えっと……付喪神、ですね。エヌラスさん、知ってますか?」

「ツクモガミ……神様の一種か?」

「いえ、妖怪の一種です……古い物に魂や霊が宿ることで生まれたりして……悪さをするんです」

「へぇ。それなら馴染みあるな──それって、やっぱり昼間に見た刀剣も含まれるよな」

「? はい。そうですけれど……?」

「…………なるほど」

 

 ──アタシはそう思わないけどなぁ。日本史で戦国の世とか生きてきた刀が、今の平和な時代まで残ってるってすごくない?

 

 リサの言葉を思い出す。

 

 ──そう考えると、此処に保管されてるのは強かった証だよ。弱肉強食の世界で生き残ってきたから余生を静かに過ごしてる。

 

 強かった。だから折れることなく、焼失されることなく、現代まで“生き残った刀剣”が保管されていた。そして、人を切りもしたのだろう。激動の時代を駆け抜けたのだろう。

 仕手を失い、静かに過ごしている刃は、どう取り繕おうと凶器に変わりない。獣がそうであるように、一度血の味を覚えたら忘れられない。人の身体から溢れる温かい鮮血、皮膚一枚を隔てて密に詰まった筋肉と骨を断つ感触は、手に馴染んでしまった。

 それを刃が求めて彷徨いだせば最早それはどれほどの名工が手がけた逸品、国宝であろうとも妖刀に様変わりする。そして、今はそれが歩き出してもおかしくないほどの状況だ。

 

「……どうか……したんですか?」

「もしも昼間に見た刀がツクモガミになったら、そりゃあ手強いんだろうな。楽しみだ」

「……楽しみ、だなんて……怖いこと、言わないでください……」

「ああ。悪いな、燐子。心配すんな、もしそうなったら一本残さず叩き折るからよ」

「えっと……一応、重要文化財なので……できれば折らない方が……国宝もありますし……」

「そりゃ、俺の骨が折れる話だな」

 比喩表現抜きで。だが、折れたところで治るので特に問題はない──と、いいたいところだが眉をつり上げて怒る紗夜の姿が目に浮かぶ。うん、できるだけ折らないように努力しよう。

 二重の意味で。三重の意味で、心も含めて。刀も身体も心も、一度折れたら治らないものだ。

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