【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第三二幕 抜刀

 

 

 

 ──『Roselia』と解散し、エヌラスは燐子が代わりに借りてくれた日本に関連した書物を持ってマンションへ戻る。

 すっかり日が暮れてしまった。今日の夕飯をどうするか考えて、面倒なのでファストフード店で済ませてしまおうと荷物を置いてから再び部屋を後にする。

 

「あっ」

 と思った時にはもう遅い。そういえばノートを貸したままだった。万が一、日菜のように誤作動でも起こそうものなら、霊子に作用するかもしれない。人型以外はそういった些細な現象に敏感ですぐに反応する。次に会った時は忘れずに言っておこう。

 他のノートは全部焼ききれてしまった。日菜の書いたノートも含めて。またあれを一から書き直すと考えると、げんなりする。二度とやらない、やりたくない、頼まれたってやるものか。

 ファストフード店に入るとカウンターに行列ができていたのでおとなしく並びながら何を注文するかぼんやりと考える。何気なく店内を見渡してみても知り合いと思わしき相手はいなかった。

 

「よっ、まん丸彩ちゃん」

「お山が抜けてます……」

「バイト大変そうだな」

 案内されたのがちょうど彩のレジだったので、エヌラスは気さくに声をかける。髪をまとめているのに気がついたのか、物珍しそうにしていた。

 

「あれ。いつもと髪型変わってません?」

「これか。リサにやってもらったんだ」

「へー、似合ってるじゃないですか。夜の街にとても溶け込めそうで」

「ははは。何なら一緒に行くか? 冗談だ、とりあえずこのセットにポテトL三つで」

「た、食べますね……」

「これでも足りないくらいだ」

 番号札を持ってエヌラスが待っていると、新たに来店した客と目が合った。休日のポピパと遭遇し、片手を挙げて挨拶すると香澄がすぐに気づく。

 

「エヌラスさんだ! こんにちわー」

「こんちゃー、そっちもこれから夕飯か?」

「はい。そんなところです」

「バンドの練習上がりに新作のハンバーガー食べに行こうって話になったので」

「いつもと違う髪型で新鮮ですね」

「ん、そうか? おたえもそう思うか」

「はい。なんかウサギの尻尾みたいでかわいい」

「この髪型やめるかな……」

「……かわいいのに」

「それ言われるのが嫌なんじゃねーのかな……」

 テーブル席で待っていると、香澄達も隣に座ってきた。

 ポテトを頬張りつつ、飲み物で口を潤しながらハンバーガーにかぶりつく。

 

「エヌラスさん、今日は何をしてたんですか?」

「ん? 今日は『Roselia』の案内で美術館とか行ってきた」

「へー、何だか意外です」

「顔に似合わず文学的なんですね」

「言ってくれるなよ、ポテト投げるぞ」

「食べ物粗末にしちゃダメですよ」

「人をさりげなく罵倒するのもダメだからな、おたえちゃん?」

 ポテトをつまんでいると、こちらをじっと見つめながらジュースを飲むたえの視線が気になって仕方がない。

 

「……おたえ。食べにくいんだが、さっきからどうした」

「食べてるところ、うちのオッちゃんみたい」

「おっちゃんって歳に見えるか?」

「ううん、全然。でもそっくり」

「ん?」

「ん?」

「おたえ……多分会話噛み合ってないよ?」

「でも後ろの髪、ウサギの尻尾みたいで」

「あ、ほどいた」

 躊躇なく、エヌラスは後ろ髪をハーフアップにまとめていたヘアゴムを外してポケットに雑に突っ込んだ。ついでに前髪もいつも通りに戻すと、たえが心なしかしょんぼりする。

 

「エヌラスさんといえばその髪型が落ち着きます」

「そんなに俺の髪型見慣れてるか?」

「目撃情報が多数寄せられてるので!」

「なんだその俺の扱い!?」

「あ、えっと……オカルトハンター観察日記、みたいなのがハナジョで流行ってて……」

「夏休みの宿題かなんかか!」

「やっぱり有咲よりツッコミ適正高いよこの人」

「ポテトうめー」

 他人の苦労で芋が美味い。有咲はいつも苦労する役回りなだけに、こうして他の誰かが引き受けてくれるだけでも落ち着いて食事ができる。

 沙綾がなにか思い出したようにポケットを探ると、古びた金貨を取り出した。

 

「そうだ。コレ、返しますね」

「いや、いいよ。沙綾が持ってろ」

「いやいやいや……これ、貴重なものでもの凄い値打ち物なんですって。こんなの受け取れませんからお返しします」

「とは言われても、俺もいらねぇしなぁ……んじゃちょっと待ってろ」

 沙綾から金貨を受け取り、エヌラスが店内を一通り見渡す。

 

「なんかアクセサリとか持ってるか? “鋳造”するから参考までに」

「? じゃあ……これとか」

 差し出されたのは付けていたネックレス。それを受け取り、しばし見つめる。

 

「…………なんか好きなものとかあるか」

「んー、ヘアアクセ集めるの好きかな? なんで?」

「リクエストあれば聞くぞ。柄とか」

「じゃあ、やっぱり香澄が星好きだからスターで」

「わかった。これ返す」

 エヌラスはネックレスを返すと、ストローを噛んで先端を潰した。そして、もう一度だけ店内を見渡す。

 

「少しだけ集中したいから静かにな。五分も掛からんと思うが──」

 金貨を右手に持って、静かに魔力を注入していく。左手でストローを使って表面を削ぎ落とすようにサビを払っていく。

 香澄達は、職人のように金貨とにらみ合う横顔を見つめていた。

 

「……顔は整ってるから真剣な表情だとちょっとドキッてしちゃうよね」

「顔はって言ってやるなよ……」

「有咲がツッコミに返り咲いた」

「そのポジションには返り咲きたくねぇ」

「でも、すっごく集中してるね」

 りみの言葉通り、エヌラスは店内の喧騒も耳に入っていないのだろう。こまめにストローを動かしている姿はまるで精密機械のようだ。トレーにサビが落ちている。

 紙ナプキンを手に取り、表面を撫でる。金貨を左手に持ち替えて再び作業に没頭していると、カウンターの方が騒がしくなった。

 どうやら彩のカウンターでなにかトラブルが起きたらしい。エヌラスも最初は無視していたが客が怒鳴り声を出した瞬間、作業を中断して立ち上がる。

 頭を下げる彩を他所に怒鳴る客の頭をカウンター叩きつけて、顎を横殴りにして意識を奪うなり首根を掴んで自動ドアまで引きずり、蹴り飛ばした。連れの三人組も、呆気に取られている間にもうひとりを黙らせる。残った二人の頭を鷲掴みにして耳打ちした。

 

「黙って出てけ、ぶっ殺すぞ」

 エヌラスはそのまま真っすぐ自分のテーブルに戻ると、再び作業に集中する。出来が気に食わないのか眉を寄せていた。再度、ストローを噛んで形を整える。

 納得いく形にまで整ったのか表面と裏面を確認すると両手で包み、仕上げに魔術で加工する。一回りほど小さくなったが、その分純度は上がっている。錆びついた金粉を紙ナプキンで払うと最後に出来栄えを確認して頷いた。

 

「沙綾。ほい」

「へ?」

 静まり返った店内が何事もなくざわつきを取り戻し始める。騒ぎを起こした客もすごすごと店から出ていっていた。

 間の抜けた顔で受け取った沙綾の手には、錆びついた金貨から生まれ変わった可愛らしいデザインの金貨が載せられていた。サビを落とされ、丁寧に削り、リクエスト通りにデフォルメされた流れ星が彫られている。

 顔が引きつり、硬直して、目眩すらした。天文学的な歴史的価値のある金貨が、自分の一言で瞬く間にかわいらしくデザインされてしまった。

 もしかして私は取り返しのつかないことをしてしまったのではないか? コレ大丈夫? 法的に訴えられたりしない? そんな疑問が脳内をぐるぐると回る沙綾のことなど露知らず、香澄が目を輝かせている。

 

「わー、すごい! さーや、見せて見せて! あ、ちっちゃいのにずっしり来る!」

「さっきの作業ってもしかして、これ彫り直してたの?」

「だから“鋳造”って言っただろうが。なんか小汚かったし、デザインも気にいらなかったと思ったから直した」

「すごいね、魔法みたい。……沙綾、どうしたの? 頭抱えてテーブルに突っ伏したりなんかして?」

(私は悪くない、うん、悪くない! だって貰ったものだし! それにほら、もしかしたらただの似通ったデザインでそれっぽかっただけかもしんないし!)

 そういうことにしよう、うん、そうでもないと気が狂いそうになる。顔を上げて、なんとか笑みを浮かべながら沙綾はエヌラスにお礼を言った。

 

「アリガトウゴザイマス……」

「いや、礼はいい。元々パン貰ったお返しだしな」

(その値段が欠片もつり合わないんですけど!?)

 何ならやまぶきベーカリー一年間無料でもつり合わない。しかし、沙綾よりも香澄の方が気に入ってしまったのかすっかり夢中になっている。

 

「手先、器用なんですね」

「ま、ちょっとした副業というか、趣味の範疇で色々やってきたしな」

 ポテトをつまみながら、エヌラスは喜ぶ香澄の顔を見ていた。そこまで喜ばれるとは思っていなかっただけに、少しくすぐったい気持ちになる。

 

「そこまで喜ばれると、悪い気はしないが」

「私にも何か作ってくれたりしますか!」

「おい、香澄。お前はまたそうやって……」

「別に作るぶんには構わないが」

「かまわねぇのかよ……」

「ただやっぱ、材料とか必要になるな。別途用意してもらえればこっちで加工するし」

「ベッドの用意とか、いやらしい」

「耳にウサギでも詰まってんのかおたえちゃんは」

 自分の耳を確かめるたえだが、そこにウサギはいない。いるはずがない。それに残念そうな顔をしていた。

 

「とにかく、なんかそういう雑貨欲しかったら言ってくれ。暇があったら製作してやるから、ごちそうさん」

「え、いつのまに食べたんですか!?」

「話しながらずっとつまんでただろうが。そっちもあんまり遅くならないようにな」

 エヌラスは空にしたトレイを片付けて店を出ようとすると、彩に呼び止められる。

 

「あ、あの。さっきはありがとうございました」

「どういたしまして。災難だったな」

「さっきのお客さんもじゃ……」

「自業自得だ。マナーも知らん相手に礼を尽くす必要なし。気にすんな」

「それと……最近日菜ちゃんと何かありました?」

「日菜と? なんでまた……」

「なんかエヌラスさんの話をする時が増えたっていうか……」

「あんにゃろうは……。何も、ねぇよ。心配すんな」

 むしろ何を話しているのかが気になった。参考までに。

 

「ちなみに、どんな話をするんだ。その、俺のこと」

「昨日は「どうやったら捕獲できるか皆で考えよー!」って言ってました」

「全力で引き止めて、お願い彩。何なら一発くらいは俺が許可するからぶん殴れ」

「え、えぇ!?」

 どうやら見知らぬところで暴走していたようだ。早めに何とか手を打とう。

 

 ……どうやって? エヌラスはマンションまでの帰り道でずっと頭を悩ませていた。

 

 

 

 ──国立博物館。

 

 暗闇の中、静寂の中。保管されている美術品工芸品その他刀剣は、ただ夜明けを待つ。

 音もなく声もなく“それ”は起きた。

 それが如何なる超常現象なのか。超自然現象なのか。はたまた、オカルトなのか。

 その日の夜を堺に、日本各地で保管されていた刀剣が紛失するという事件が相次いで発生した。監視カメラの映像は揃って、その時間だけ映像が激しく乱れていて記録が残っていなかった。

 北は東北、南は関西まで。あらゆる場所で保管されていたはずの刀が、一斉に。

 それは新たなオカルト現象として人々の間に知れ渡ることになった。

 

 宵闇を裂いて、白刃を閃かせながら剣と共に舞う。現代にそぐわぬ豪華絢爛な着物の袖を振りながら、その男は()()()()()()()()()()歌うように言葉を紡ぐ。

 

 神よ。この身を御身に捧げます──。どうか我らを導きたもう──。

 

 新緑の季節。その男は人知れず、刃と共に踊り舞う。

 月明かりの下で。天高く刀を掲げながら、金細工を鳴らして。

 

 斬らねばならぬと申し上げるならば、“我ら”は神仏さえをも斬り捨てること厭わず。

 

 風光明媚。まるで自然と共に踊る姿は幻想的にすら思える。だが、それは起こり得てはならない現象であり、いてはならない存在であり、余すとこなく邪悪に穢れていた。

 

 あゝ。斬らねばならぬと言うのなら。斬らねばならぬと申されますか。

 この天下泰平の世に我らの刃を閃かせることを許したもう。嗚呼、口惜しや。

 

 口を三日月の形に歪めながら、刀を振るう。

 その舞を眺めていた者たちに向けて、男が口を開いた。

 

「──勅を、賜った。この生命を授かった。この天下泰平の世に、我らの如き血に餓えた刃を必要と迫る神託とあらば致し方ない。屍山血河は見慣れたものよ。ことごとくを斬り伏せてみせよう。祓ってみせよう。無辜の民を刃にかけよう。白刃を血に染めよう。それでも。それでもと──斬らねばならぬ者がいる」

「神代は、なんと?」

「まずは同胞と合流を図れと。戦力は大いに越したことはない。しかし、衝突も避けられないだろうな」

「ならば?」

「当然、斬り捨てるまで」

「それでこそ。では行こうか──ミカヅキ」

「うむ、カゲミツ。既に何振りかは手折れてしまったが、仕方のない犠牲だ。シシオウ」

 二人の背後にもうひとり。太刀を背負った男がいた。その足元には無数の刀剣が無造作に投げ置かれている。

 顔についた返り血を拭いながら、身体の感覚を確かめるようにしていた。

 

「身体は、どうだ?」

「悪くねぇ。んで、どうすると?」

「まずは近隣より攻めよう。後に、西へ向かう」

「西? なんでまた」

「神世に棲まう者より、そう仰せだ。御神託とあらば仕方あるまい」

 三人は顔を見合わせて頷く。

 次の満月までに、為さねばならぬことは二つ。

 ひとつ、仲間を探すこと。

 ふたつ、西へ向かうこと。

 そして。最終的な目標は──神託に従って、斬らねばならぬ者がいる。

 

「最古の二振。けして手放すな」

「おうよ」

「当然。遥か西の都を目指し、そこで二人を喚ぶのだろう?」

「然り、長い旅路となろうがそこは袖振り合うも多生の縁ということでよしなに頼もう」

「ま、振り袖はおまえさんだけだ。ミカヅキ」

「無い袖を振れとは言わぬさ」

 シシオウ、カゲミツの二人は古刀をしかと持って立ち上がる。ミカヅキだけは、水面より地に足をつけると静かに歩み出した。

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