【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第三三幕 一難去って女難有り

 

 

 朝。何気なく過ごす一日の始まり。エヌラスはいつもどおりに商店街へ向かっていた。最近は日課となりつつある朝の散歩。

 

「よー子猫ちゃん、おまえはいつもここにいるなー。よーしほれほれ」

 尻尾で返事をする子猫を撫でつつ、まだ肌寒さの残る朝の新鮮な空気を吸い込む。

 平和なものだ。コレが本来あるべきこの国の自然風景。だが、エヌラスの魔術師としての感性は別な気配を捉えていた。

 今朝のニュースをドラッグシガーの一服をしている間に聞き流していたが、全国各地から刀剣の盗難が相次いでいる。それは博物館や美術館に展示・保管されているものに留まらず、個人で所有しているものも含まれていた。十中八九、オカルト絡みと見て間違いないだろう。

 その証拠に、世界各地に溢れる常人の目に見えない霊子の動きが普段とは異なる。漂う、というよりは何処かに向かって流れていた。それを辿ろうにも本日はバイト。世知辛い。

 

「あ、エヌラスさんだー! おはようございまーす!」

「おー、はぐみ。おはよう」

「最近猫ちゃんと戯れる姿が見られるって噂本当だったんだ」

「おーっと、俺は女子高生に監視されてるのか? こりゃ下手なことできないなーはっはっは」

 おまわりさんあの子達です、と泣きついて言いたいところだがそんなことをすれば飛んで火に入る夏の虫。身分証明書パスポートその他未所持で不法滞在外国人であるエヌラスが自滅する。自分のことは自分で解決、それが大人というものだ。泣き寝入り確定。

 虎柄の子猫は差し出されたエヌラスの手に頭を擦り寄せている。それを見てはぐみも手を伸ばそうとするが、するりと逃げられてしまった。

 

「あ。逃げられちゃった……エヌラスさん、どうやってるの?」

「どう……どうって聞かれてもな。こう、気さくに声を掛けながら」

 あまり考えたことはない。動物と会話する手段も修行の中で身につけてしまった。そうか、普通は会話できないものなのか、エヌラスは学んだ。次から控えようそうしよう。

 

 にゃーん。

 

「ういっす。今日も良い毛並みだな」

 しまったつい癖で。人の顔見て我が振り素知らぬ顔で猫が歩き去っていく。はぐみからの視線がとても痛い、輝きが痛い。眩しい、直視できない。なに見てんだ太陽ぶっ壊すぞ。

 

「コツとかあるの? ネコちゃんの気持ちになるとか? にゃーんにゃーん」

「くそかわいいけどそうじゃないからな?」

「にゃーん……?」

 違うの? とでも言いたげに小首を傾げるはぐみの頭をつい撫でたくなるが、この子はネコじゃない。女子高生。人間の女の子。エヌラスは自分に言い聞かせてから、朝の空気を吸い込む。

 

「ほら、朝から俺がはぐみのことにゃんにゃん言わせてるとかいう風評被害が広まる前に学校行ってきなさい」

 自分で言っててとても恥ずかしくなってきた。だが、はぐみは素直に頷くと太陽に負けないほどの笑顔を向けて駆け出す。

 

「はーい、いってきまーす! それじゃーまたねー!」

 ほっと一安心したのも束の間、通学路を歩いているクラスメイトと合流すると早速──。

 

「おはよー、はぐみちゃん。オカルトハンターさんと何の話ししてたの?」

「はぐみとにゃんにゃんの話をしてたんだー」

 全力で追いかけて訂正させた。

 

 

 

 ──街の中を歩く、一人の男性。現代にそぐわぬような、時代錯誤のような着物姿は人目を引いた。何より目につくのが、腰に帯びた一振りの刀。しかし人々はそれを映画の撮影やコスプレと一瞥するに留めた。

 爽やかな春風のように凛とした雰囲気を持つ好青年があてもなく街を歩いている。

 浅葱色の陣羽織を肩に掛けて、風を切って。雑踏も、肌を撫でる空気も、青空を見上げて眩しさに目を細める。

 気がついたら、此処にいた。気がつけば、自分がこの国の、この場所に立っていた。あてもなく歩き出した足は止まらない。

 

「…………何処だ、ここは?」

 寝起きにも似た思考の鈍さで、口をついて出た言葉に顔をしかめる。頭痛が走り、声が響く。

 ──西へ。

 ただ一声。それだけが頭を割らんばかりの痛みを訴えた。すぐに頭痛が治まると男性は再び歩き出す。

 西へ向かえという、お告げにも似た声に従って。

 

「何だってんだ、まったく……」

 違和感の残る頭を押さえながら、男性は街を歩く。しかし不意に、雑踏の只中で立ち止まる。

 街を包む不穏な気配が集まりつつある場所へ向けて、再び歩を進めた。

 

 

 

 花咲川女子学園の昼休みは賑やかな喧騒に校内が包まれていた。日常風景、いつものハナジョ。

 燐子は、紗夜にとある話を持ちかけて図書室へと訪れる。手にしているのはエヌラスから借りていた術式暗号のノート。

 以前、図書室で違和感を覚えた。その正体を探れるかもしれない。風紀委員として、学園に爆弾を抱え込んでおくわけにはいかなかった。怒られるだろうが、そこはそれ。

 

「え、えっと……でも、大丈夫でしょうか……? もし万が一なんてことがあったら……」

「開いて、すぐに閉じましょう。何も起きなければそれに越したことはありませんし」

「…………」

「不安ですか?」

「はい……やっぱり、怖いです……氷川さんは……?」

「私もですよ。ですが、もっと怖いものを経験したので多少は大丈夫です。さ、では始めましょうか」

「は、はい……ふふっ……」

「? どうかしましたか?」

「いえ……学校でこんなゲームみたいなことをするようになるなんて、思わなかったので……」

「そうですね」

 何かあってもすぐに逃げ出せるように図書室の扉は開けておき、合図と共に燐子がノートを開いた。身構えていたが、何も起きない。

 やはり、あの時の違和感は自分達の気の所為だったのだ──そう思っていた矢先に、異変が起きる。燐子が見つめていたページの文字が、淡く輝きを放ち始めた。

 

「氷川さん……!」

「ノートを閉じてください、早く!」

「は、はい!」

 ページを閉じようとするが、燐子の意思とは裏腹に勝手にページが捲れていく。次から次へと溢れ出す術式の暗号が紐解かれていくと、光の帯がノートから浮かび上がった。それは図書室の一角に隠れ潜むように本の隙間へと吸い込まれていく。そして、それきり二人だけの図書室は静まり返っていた。

 ──異変は起きた。だが、それだけ。紗夜だけは違和感を覚えていた。

 そう、これはまるで……結界の中に身を置いた時と同じ感覚。気づいた時には燐子の手を引いて図書室から出ていこうとする。しかし、それを阻むかのように目の前で扉が勢いよく閉じられた。

 

「きゃっ!?」

「っ、この……!」

 紗夜が開けようとするが、扉が見えない力で押さえつけられているのかビクともしない。背後で音を立てて本棚から本が落ちていく。それに燐子が怯えて振り返ると、光の帯が吸い込まれた本棚の隙間から“何か”が這い出そうとしていた。黒い、意思を持ったドス黒い汚泥のような“何か”は、何かを求めるかのようにあちこちに触手を伸ばしている。

 

「ひ、氷川さん……」

「落ち着いてください、白金さん……まだ私達に気づいた様子はありません」

 カタツムリのようにゆったりとした動きで本棚の隙間から這い出すと、そのまま壁伝いに動き出した“何か”から目を離さずに二人が静かに距離を取った。

 

「あれは……何でしょうか……?」

「わかりません。ですが……触れてはいけないということだけは解ります」

 息を呑みながら、時計を確認する。秒針も分針も時針も狂ったように回り続けているばかりで、時間の感覚など分からない。不安に怯える燐子の手を引きながら、図書室を這いずり回る黒い泥のような生き物──と言っていいのかも定かではないソレから一定の距離を保って動く。

 スマホで助けを呼ぼうにも、圏外どころか液晶画面すら乱れて使い物にならない。なんとか、なんとか抜け出せないか。一刻も早く助けが来て欲しいところだが、それがいつになるのかも分からない。不安と恐怖と戦いながら紗夜は黒い泥を睨みつける。

 

 ──なおーう。

 

(……今のは、ネコ?)

 あまりに、場に相応しくない猫の鳴き声が図書室に響いた。どこから、と室内を見渡す。

 一匹のロシアンブルーが窓際に座り込んでいた。紗夜と燐子をじっと青い瞳で見つめて、前足を上げると窓を叩く。それが、まるで開けてくれと言っているようだった。

 カリ、カリ、と爪を立てて窓ガラスを叩いてる。猫の手も借りたい状況で、二人は黒い汚泥から目を離さずに刺激しないよう、ゆっくりと動いて窓の鍵を開けた。すると、ロシアンブルーはすぐに中へ入ってくる。

 

「どこから……?」

 まっすぐ黒い汚泥に向かって進み、近づいていくと“何か”が蠢いた。泥にも似た液体が膨張し収縮し、沸騰しては形を変える。やがて、その黒い液体から何かが浮かび上がった。薄汚れた黄色い瞳。意思を感じさせぬ無知蒙昧な瞳孔に寒気がした。だが、二人を守るようにロシアンブルーは爪を立てて牙を剥き出しにして威嚇する。

 それを嘲笑うかのように、形を変えた。一匹のチェシャ猫は、真っ黒な身体の真っ黒な毛並みで薄汚れた瞳を向けながら口を開いて嗤う。耳まで裂けようとせんばかりに生え揃った真っ白な牙をロシアンブルーへ向けながら。

 

 

 

 その一方で、花咲川女子学園の塀を駆け上がり、飛び越える人影があった。

 エヌラスと並走していたトラ猫は塀の上で止まると背中に声援を送る。

 楽しい時間を邪魔する形になって心苦しい思いをしながら、一室に視線を向けていた。元々、燐子に渡していたノートは結界の構成術式の一部だ。それが作用して、小型の結界を発動させてしまったらしい。よりにもよって悪い方向に。

 それを誰よりも早く察知した野良猫達がバイトをしていたエヌラスに教えてくれた。だからこうして駆けつけることができたのだが、よりにもよって昼休み中とはツイていない。教室に拘束されている授業中ならまだしも、生徒達は自由に校舎を歩き回っている。そうなればどうしてもエヌラスの姿は目を引いてしまう。それもなりふり構っていられない。

 敷地に着地した瞬間、エヌラスは両脚に紫電を一瞬だけ纏わせる。爆発的な瞬発力と共に、地面から自分の身体を撃ち出す勢いで踏み込むとすれ違う生徒達のスカートを巻き上げながら校舎の中へ入り、階段を駆け上がった。

 

「あら? エヌラスじゃない、どうしたの──」

 なんか今とても無邪気な声と共に嫌な予感が過ぎ去ったような気がするが後回し、二の次!

 

 すれ違う生徒達の短い悲鳴を置き去りにして、エヌラスは図書室の扉に手をかける。だが、内部から鍵を掛けられているのか開きそうもなかった。一度だけ呼吸を整える。

 拳を作り、扉を力任せに殴りつけた。衝撃で結界の構造術式を振動させて、核の位置を割り出すと二発目の衝撃で粉砕する。超常的な理論による施錠を破壊してエヌラスは自分の影から倭刀を取り出すとロシアンブルーと取っ組み合っているチェシャ猫を睨みつけた。

 

『────』

 笑っていた猫が額からさらに眼を開くと、素早くロシアンブルーが身を引く。エヌラスの動きは迅速かつ、的確だった。

 逃走しようとする黒いチェシャ猫目掛けて左手に召喚した白銀のリボルバーを発砲して撃ち落とすと、すかさず距離を詰めて倭刀を振り下ろす。断ち切るのではなく、射抜くように刺突で床に縫いつけると刀身を奔る紫電によって魔力分解された。

 そこまで一呼吸でやってのけてから、エヌラスは深く息を吐き出して身体を伸ばすロシアンブルーに目線を投げる。

 

「ありがとよ、今度の報酬は二尾でいいか?」

 シャーッ。不満らしいので四尾に増やすと伝えると、尻尾を揺らして窓から姿を消した。

 銃を魔力に分解し、刀を影に落とすと隠れていた紗夜と燐子を睨みつける。半ばひったくるようにノートを奪うと、目の前で燃やした。瞬く間に火だるまとなった努力の結晶を影の中に捨てる。──ハンティングホラーが不機嫌になった。すまんて。

 

「……あ、あの……」

「…………色々言いたいことと聞きたいことはあるが最優先事項。怪我はないか?」

「はい……」

「は、はい……」

「ならよし。俺、下手に開くなって言ったよな?」

「……はい」

 燐子が泣きそうな顔をしている。紗夜も、今回ばかりは自分達の見通しの甘さを痛感しているのか反省していた。

 

「紗夜、なんか言うことは?」

「……今回は完全に私達の落ち度です。すいませんでした……」

「二度と。俺のいないところでこういうのと関わり合いになるな。わかったな」

「はい……」

 話をキチンと聞いてくれるだけありがたい。二人に限って二度も三度も同じようなことをしたりしないだろうし、巻き込まれそうな時はちゃんと対処してくれるとエヌラスは信じることにした。

 

(まぁ、でも……流石に無茶言い過ぎか。巻き込んだのは俺の不注意が発端だしな)

 素人に魔導書の欠片を預けた自分の監督不足。寝不足とは恐ろしいものだ。こんなことが師匠に知れ渡ったらどんな罰が待っているか想像もしたくないし、半殺しでは済まされない。

 手を伸ばして、燐子と紗夜の頭に手を置くと二人が身体をすくませる。鷲掴みにされるかと強張るが、髪を梳くような優しい手付きで撫でられた。

 

「え……あの……あ、えっと……なんで……撫でて……?」

「ちょっとぐらい報酬よこせ。あーもー、まったく、本気で心配したんだからな。反省しなさい二人とも」

「……髪を撫でるだけでいいんですか?」

「他になんかあるか。女の命って言うだろうが。あーめっちゃ手触りいいわー」

「…………」

(くすぐったい……)

 穏やかな時間も刹那の出来事。

 此処は花咲川女子学園。そして昼休み中。

 

 ……当然ながら、不法侵入者は通報されるわけで。

 

「あー、ちょっとそこの君? それと氷川さんと白金さんも、ちょっと来なさい」

 駆けつけた先生に呼び出しを食らうのも、当然の処置と言えた。

 塀の上の猫が欠伸をこぼしている。

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