一時騒然となった花咲川女子学園だったが、その騒動は収まらずいまだハナジョの生徒達は好奇心に惹かれて一室を覗き込んでいた。
生徒会長の白金燐子と風紀委員の氷川紗夜。そして、学園に不法侵入してきた問題の人物──エヌラスが腕を組んで椅子に腰を下ろしている。三人の顔を見比べてから、教師はメガネを直す。
「えー、君は氷川さんと白金さんのお知り合いの方?」
「そうですが?」
「学園に何の御用でしょうか」
「まぁ、ちょっとした心霊現象が起きまして」
「は?」
「最悪、学園で変死体が並ぶはめになりそうだったので不法侵入しました」
エヌラスは、堂々と断言した。一応敬語で対応してはいるが、その実、内心は穏やかではない。かなり沸点が低い状態だ。隣に座っている紗夜もその不機嫌さは手に取るようにわかる。
「……そういえば、最近生徒たちの間で噂となっているオカルトハンターというのは、あなたのことですか?」
「そうですが?」
「どういった意図がおありで生徒達と接触しているのかはわかりませんが、困りますね」
「あ?」
「エヌラスさん、ステイ」
紗夜の一声に深呼吸して喉元まで出かかっていた暴言罵詈雑言を飲み込む。いっそ目の前で魔術でも使って現実的にぶちのめしてやろうかとも血迷ったりしたが、深く息を吐き出して感情を制御する。大丈夫大丈夫、俺はやればできる子。自分に言い聞かせながら、エヌラスは教師を睨みつけていた。
「氷川さんと白金さんに限って、まさかそのようなことはないと思いますが……どういったご関係なんですか?」
「はい。ライブハウスで知り合った外国人の方です。そうですよね、白金さん」
「あ、えっと……はい……」
突然話を振られて戸惑いながらも燐子が紗夜の言葉に相槌を打つ。
「こちらの方は、様々な事情がありまして。オカルトハンターと名乗ってはいますが、手品師のような方です」
「手品師……?」
疑わしい眼差しを向けられて、エヌラスは不機嫌さを隠そうともしなかった。むしろ逆に睨み返している。凶悪な人相だけに教師も視線を逸らしていた。しかしそうなると今度は逆に疑問が湧いてくる。
「えー、あー……では、その手品師の方がどうして学園に?」
「さっき述べた通りですが?」
「そのー、心霊現象……?」
「ええまぁそのとおりですが他になにか?」
同じ事を二度も言わせるな、とでも言いたげにエヌラスは不遜な態度を崩さなかった。しかし教師はその言葉をまったく欠片も信じていない様子で何か用紙に書き込んでいる。ろくでもないことだろうとは容易に察しがつく。
このままでは隣の狂犬が暴れだすだろうと紗夜は助け舟を出そうとしたが、そこへ乱入してきたのは弦巻こころだった。中の様子を覗き込んでいる生徒達をかき分けて、エヌラスの顔を見るなり腰に手を当てている。
「やっぱり、エヌラスだったわ! どうして学校に?」
「こころ? どうしてってそりゃ……」
「もしかして、オカルトハンターのお仕事かしら?」
「そうなんだが、この先生が俺の話をまったく信じてくれなくて困ってた。いっそ魔術でもぶっぱなして分からせてやろうかとも」
「おやめください」
「はい」
腰を浮かせようとするエヌラスを再び紗夜が制止した。頬に指を当てながら、こころが首を傾げている。
「そうなの?」
「そうなんだよ。このままじゃ俺は女子校に不法侵入した罪で警察のお世話になってしまう」
「それは大変だわ。もしそんなことになったらオカルトハンターのお仕事ができなくなっちゃうじゃない」
「短い間だったがお世話になったな……」
教師の顔がみるみる青ざめていった。
「つ、弦巻さんのご関係者……!?」
「? ええ。エヌラスはハロハピの七人目よ?」
「ちょい待て、勝手に数に入れるな」
「だってオカルトハンターのお仕事は笑顔を守ることなんでしょう? それじゃあ同じよ!」
(弦巻さんの関係者とあっては下手なことは……!)
ダラダラと嫌な汗が吹き出してくる。一転して、教師が言葉を探し始めていた。
「──い、いやぁ~。そういえば、最近生徒達の間でも学園の七不思議とか、世間でもオカルトブームとか、ありましたよね? それに、氷川さんも白金さんも成績は大変優秀でいますし、そのような間違いはないでしょう! そう考えるとオカルトハンターさんが学園にきたというのも納得がいきますね!」
「へ? 突然何言ってんだこの教師」
「いやぁ~私どもも大変手を焼いていたのですよ。そのような信憑性の低いオカルトの話題に人員と時間を割くわけにもいかず、いやぁそれなら心強いですね!」
「おい紗夜。こいつクスリでもキメてんのか」
「それを貴方が言いますか……?」
(と、時々エヌラスさんって怖い……)
掌を返してしきりに頷く教師に、エヌラスは冷ややかな視線を投げている。
「でも学園に幽霊さんが出てくるとなると大変ね……なんとかして滞在できないかしら?」
「そうだ! それでしたら弦巻さんは天文部でしたよね! 花咲川女子学園でも初となる部活ということでまだ顧問が決まっていませんでしたし、ちょうどいいのではないでしょうか」
「お前も天文部かよ!!!」
「ええ。先生が作ってくれたのよ」
(弦巻さんにそんな口を聞いて平気とは、一体何者なんだこの人……!?)
「天文部は問題児しか務まらないとか、そういう?」
「そんなことないわよ? 日菜も同じ天文部だから合同で天体観測ツアーをする時もあるわ、その時は一緒に行きましょ」
「俺を過労死でもさせたいのかお前は。そもそも俺、教員免許持ってないぞ」
「無くても大丈夫じゃない?」
いや、無いとダメです──とは教師も強く言えなかった。
「で、では非常勤講師という形でどうでしょうか。こちらも部外者をおいそれと学園へ侵入を許したとあっては世間体に関わりますし……」
「……俺も事なきを得るに越したことはないわけですが」
「それでは手続きをしてきますね!」
逃げるように教師は席を立ち、その場から立ち去る。深く息を吐き出す紗夜と燐子、エヌラスは笑顔を浮かべているこころに視線を投げた。
「こころ」
「なに?」
「助かった。ありがとよ」
「どういたしまして」
「……っていうか、さっきの先生。気になること言ってたな、学園の七不思議ってなんだ」
「よくある話です」
「なんでお隣さんみたいな気軽さでオカルトと同居してんだよこの学園!」
「えっと……羽丘女子学園にも、似たような話が……」
エヌラスが頭を抱える。
「マジで言ってんの……? 冗談キツイんだが、どうなってんだ教育施設……」
「そうは言われても、他愛ない、どこにでもある怪談です」
「俺はその何処にでもある怪談が何よりも怖いんだが?」
教師が立ち去って、なんとか一難は去ったが──また一難。むしろ最難関門。
花咲川女子学園のど真ん中に踏み入ったエヌラスは、格好の獲物だった。
噂のオカルトハンターを耳にしていた生徒は多い。しかし、実物を目の当たりにするのは初めてだった。
誰とどういった関係なのか、血液型やら生まれやら歳はいくつやら何やらかんやら好みのタイプはどんな人かと聞かれてすっかり注目の的となっている。その質問攻めにエヌラスも辟易してきた頃に、昼休みの終わりを告げるチャイムが学園に鳴り響いた。
紗夜が手を叩いて生徒達を誘導する。
「皆さん、お昼休みは終わりですよ。続きは午後の授業が終わってからにしましょう」
「え、まだ続くのかこの拷問」
「そう簡単に抜け出せると思わないでください」
女子高生は好奇心が強く行動力があるのだ。エヌラスが肩を落とすと、空腹から腹が鳴る。そういえば昼食を摂っていなかった。アルバイトも本業があるといって抜け出してきた、今頃まりなは呆れているだろう。
「エヌラスさん、よかったらこれ食べますか?」
「え、いいのか?」
「購買で買った余りのパンですけれど……」
「んー、背に腹は代えられない。悪いがもらってもいいか?」
「はい!」
生徒の一人からパンを分けてもらい、早速封を開けて食べ始める。味は悪くないが、やまぶきベーカリーには届かない。生徒達の顔ぶれの中から沙綾を探すと、香澄達と一緒にすぐに見つけることができた。目が合うものの、声を掛けるには少々距離がある。
「ひょういやあの先生戻ってこねぇにゃ」
「食べながら喋らないでください」
「もぐ……」
紗夜に怒られたのでエヌラスは黙って貰ったパンを食べることにした。
何気なく外を見てみる──そこでは教師と、三人が何かを話し合っている。いずれも帯刀していた。身に纏う雰囲気が人のソレではないことは、ひと目見て分かる。だが、あまりにも気配が薄すぎた。朧気な人影にエヌラスが険しい表情で席を立つ。
その横顔に、紗夜はすぐ異変を感じ取った。
「またなにか?」
「二回戦開始だ、行ってくる」
「くれぐれも──」
「わかってる。あの時みたいに魔術は使わねぇよ」
「……」
「? 違ったか?」
「いいえ。あってますよ、お気をつけて」
少し引っかかる言い方をされながらも、エヌラスは窓に足を掛けて中庭へ飛び出す。
(……怪我をしないでください、なんて言いたかったところですが……)
どちらにしろ、無理な相談だったか。なんて諦めながら紗夜達はエヌラスの背中を見送る。
──教師を前に足止めを食らっていた三人組は、奇妙な格好をしていた。
ひとりは豪華な着物姿。
ひとりは黒漆塗の肩当てをつけた黒服。
ひとりは、竜の具足をつけている。まるで時代劇の撮影からそのまま抜け出してきたような三人組だったが、エヌラスの姿を見るなり教師の横を通り過ぎる。
「お、おい君達!」
「失礼」
着物姿の一人が、教師の意識を奪う。崩れ落ちる姿を見下ろしてから、エヌラスと距離を詰めてから、刀の間合いに収めて立ち止まった。そして、一歩踏み出すと静かに会釈する。
「お初にお目にかかります。近くにまで来たので、ご挨拶をと思いまして」
どこか、軽薄な印象を受ける言葉にエヌラスはポケットに入れていた両手を出して静かに身構えていた。
頭を上げると、髪飾りが音を立てる。
「単刀直入に聞くぞ。何者だ、テメェら。人間以外の臭いがする」
「何者か、と聞かれれば我々はコレとしか答えようがありません」
そう言って、腰の刀を見せる相手にエヌラスは眉を寄せた。
「なにぶん、我々も“
「……で、お前らは何をする気だ?」
「異なことを仰る。何をすべきかなど、当然──」
鯉口を切り、着物姿の相手が静かに間合いを詰めてくる。それは自然な脚捌きで、まるで舞踊の一歩のようにエヌラスを刃に収める。
「あなたを、斬らねばなりますまい。天下泰平、人の世に仇なす災い為すものを」
「知るか」
白刃を閃かせて斬り上げてくる刀の腹を横から掌底でズラす。残る二人も抜刀し、迫る。
「つぉらぁあ!!」
黒服の相手は大振りな上段からの打ち下ろし、だがその刀による風圧は驚異的だった。
もうひとり、竜を模した具足をつけた相手は静かに詰めてエヌラスの逃げ場を塞いでいく。
「ああ、自己紹介が遅れましたな。名乗らず斬るのは無礼でしたか──私は、ミカヅキ。そちらの二人はシシオウとカゲミツ。よしなに」
「おいミカヅキィ! こいつ今やっちまっていいんだな! ははははは!」
「仕留めるに早いことはない、やれるならばな?」
白昼堂々と、まさか仕掛けてくるとは思いもしなかった。狙いは自分の首なようだが、倭刀を取り出すにしても学園から生徒達の視線をひしひしと感じている。魔術を使うな、と言われた手前、抜くわけにもいかなかった。
エヌラスは気息を整え、相手の一挙動の隙をついて小刀を奪うとカゲミツの刀を受け止める。そして同じように相手の短刀を奪い、距離を取った。
「手前、この盗人が!」
「うっせぇわ、こんな真っ昼間っから斬りかかってきやがって。正気かよ」
短刀の重心とバランスを回しながら確かめて、頬を拭う。──浅手だが、冷や汗が流れる。
この僅かな時間で、早くも傷を負った。剣の腕は本物だ。魔術のようなものではなく、純粋に腕が良い。太刀筋も速く、重く、鋭い。達人級を三人相手取るには無手では些か心許ない。
「ふむ。ご挨拶、のおつもりでしたが……好機を逃す気も無し。お覚悟を」
「ど畜生が」
毒づきながらも、シシオウの太刀を小刀で捌く。カゲミツとの絶え間ない連撃に反撃の機会を窺うが、ミカヅキが控えている。自らは一歩引いた位置で観戦しているが、それはこちらの戦力を見計らおうとしているようだ。
徐々に追い込まれ、浅手の傷が増える。ふと、カゲミツが手を止めた。
「おい、どうした」
「誰か来る」
「ほう?」
頬の血を拭うエヌラスが、校門を盗み見ると新たにもうひとり──浅葱色の陣羽織を肩から掛けた着物姿の男性が駆け寄ってきている。既に腰の刀に手を伸ばし、柄を握っていた。
それを見ていたミカヅキは、思いがけない出会いに気さくに片手を挙げて挨拶をする。
「おお、これは重畳──」
「ちょいと失礼、そらよぉ!」
「おぉっと!?」
すかさず抜刀、ミカヅキは咄嗟に自分めがけて振るわれた刃を弾いていた。その勢いのままに駆け出し、シシオウとカゲミツを追い払うとエヌラスの前で男性は足を止める。
「おいアンタ、大丈夫か」
「まぁな……お前。あいつらの仲間か?」
「さてね。どうだか。寄って集って一人を狙うなんざお里が知れる、今はアンタの味方をさせてもらうぜ」
「……そりゃ助かるが、いいのかよ」
疑いの眼差しを向けられるが、浅葱色の陣羽織を翻しながら男性は笑った。
「いいのさ。俺は俺の士道に従うまでだ」
「……俺はエヌラス。お前は」
「そうだなぁ……俺は兼定。今は
兼定と名乗った男性は、屈託のない笑みを残して背を向ける。
一人で戦ってきたエヌラスにしてみれば、正気を疑うような行動だった。敵とも味方とも知れない相手に、背中を預けるなど。