──花咲川女子学園で突如として斬り結ぶ五人に、窓に張り付くようにして生徒達は授業そっちのけで見入っていた。オカルトハンターの件もそうだが、特に若宮イヴにとってはそれこそ夢のようなワンシーン。浅葱色の羽織は憧れのブシドー、新選組のもので間違いない。
エヌラスは慣れない短刀の二刀流で苦戦しているが、兼定はその援護に回っていた。確実に相手の太刀に合わせて刀を振るっている。お互いの動きも分からないままに、よく合わせられていた。
シシオウとカゲミツも攻めあぐねており、その様子を終始ミカヅキは下がった位置から見守っていたがやがてしびれを切らしたシシオウは切っ先を突きつける。
「つーかよぉ、手前は見てるだけか! えぇ、ミカヅキ!?」
「相手の力量を見計らうのは戦の道理だろう? 故に、な。まぁ許せ」
「ケッ! ったく、手前がいなくたってぶった切ってやらぁよ!」
「あまり熱くなり過ぎるなよ、シシオウ。今回は挨拶代わりだ」
「仕掛けるったのは手前だろうが!」
仲間内であっても、シシオウは躊躇なく刃を振るう。剛剣の一閃に、やんわりとミカヅキが刃を合わせて流水のようにすり抜けた。
「ははは、その勢いを相手に向けてはくれないか。私とて君とはあまり刃を合わせたくない」
「っだぁぁおらぁぁあ!!」
「おいおい聞く耳持たずか……」
シシオウの太刀を難なく捌き続けて涼しい顔をしているミカヅキは余裕綽々といった様子だ。カゲミツだけはその様子を見て、呆れている。
「おい、ちょっと二人とも。こっちはどうする」
「すまんがカゲミツ、そちらは今しばらく一人で凌いでくれ。おっとっと、危ないな」
「手前のらりくらいと逃げてんじゃあねぇ、待てこらミカヅキぃぃぃっ!!」
「はっはっは、これはマズイな! 仕切り直そう!」
大きく飛び退いて、ミカヅキは太刀を収めた。それを逃さまいと、武者上段に担ぎ上げたままシシオウが駆ける。まさに獅子のような俊敏な踏み込みと、力強い打ち下ろし。その刃が額を割らんばかりの勢いで迫り、そして──ミカヅキの姿がかき消えていた。
地面を打つ切っ先に、背後で納刀の音を聞いてシシオウは身体に走る鋭い痛みと鈍い痛みに意識を失う。何が起きたのか、知るよしも無いだろう。だが、それはエヌラス達も同様だった。
ミカヅキの姿は、一瞬だけだったが消えていたのだ。文字通り、霞のように。
手応えを確かめるように、手を握り、開く。それに充実した笑みを浮かべていた。
「ふむ。なるほど……悪くない。実に……悪くない、身体だ。すまんな、シシオウ? さてカゲミツ。ここは退くとしよう」
「あ、ああ……わかった」
何事もなかったかのように、ミカヅキは大柄な体格のシシオウを担ぎ上げて会釈する。それを追う兼定とエヌラスの前にカゲミツが立ちはだかり、一呼吸置いて地面から土煙を巻き上げた。
「これより我らは西へ向かう。旅の無事を祈ってくれないか、それでは失礼! はっはっはっ!」
「……くそ、逃げられたか」
土煙を切り払い、兼定が踏み出すがそこには三人の姿はない。エヌラスも自分の身体の怪我を確かめていた。血振りを行い、手首を翻して納刀すると、改めて互いに歩み寄る。
「そっちは無事か?」
「お前よりは怪我してるな。慣れない二刀流なんかやるもんじゃねぇや」
「命に別状ないなら大事無いさ」
「で。結局お前は何者だ?」
「さてね。俺もよくわからんのさ。ただ気配を追ってきたら、アンタがあの三人とよろしくしてたってことで加勢させてもらった。大きなお世話だったか?」
「いや、助かったよ。カネサダ」
「そりゃよかった。えぬらすもな、アンタの名前なんか言いにくいな。ぬえって呼んでもいいか」
「いやまぁ、別に構わんが……それよりも、だ」
「?」
エヌラスが、花咲川女子学園の窓際に視線を投げた。それにつられて、兼定も目を向ける。
「……どうすんだこの状況」
「旅は道連れ世は情け、ってことでなんとかよろしく」
「俺が言いてぇよ!!!」
──またもや学園の一室に拘束されるエヌラス。隣には九十九兼定。なぜか再び紗夜と燐子が喚び出されていた。ついでにこころも何故か座っている。
神妙な面持ちで先ほどとは別な教師が五人の前に座っていた。
「……とりあえず警察に連絡した方がいいでしょうか?」
「すいません、ちょっと待ってもらえますか。おい兼定」
「んぉ? なんだ」
「ちょいと耳を貸せ」
エヌラスが耳打ちする──とりあえず、俺がなんとかするので話を合わせてくれ、と。それに兼定が頷く。
「コホン。えー、まぁ、その。先程のはちょっとした芝居と言いますか、知り合いのー、その、映画撮影でしてね? 殺陣のシーン撮影が確認したかったということなんですよ」
「あなた手品師では?」
「バイトでして」
「オカルトハンターで?」
「手品師やりながらオカルトハンターをやりつつ知人の映画撮影のスタントマンも兼ねているんですよ、それでこちらの九十九兼定さんは約束すっぽかしていた俺を迎えに来てくれたんです」
「……え、ああ。俺か。おう、そうだ。いやー、おぬえがどーこほっつき歩いているのかわからなくて苦労しました」
「ほんとなー、御免な約束忘れてて、あっはっは」
「そういえば貴方、ライブハウスでもアルバイトしてませんでしたか。生徒達からそういった話をよく聞きますけれど」
「兼業アルバイトです! はい!」
とても元気な返事をして、エヌラスは何とか勢いで誤魔化せないかと引きつった笑みをした。見え透けている嘘が果たしてまかり通るのか非常に怪しいところだが、教師は生返事で「はぁ……」とだけ返す。
「そのー、弦巻さんや氷川さん達もそういったことはご存知ですか?」
「いえ、初耳です」
「わ、私も……知り合ってから日が浅いのでなんとも言えません……」
「あたしも詳しくは知らないけれども、さっきのは凄かったわ! 見ていてとてもハラハラドキドキしたもの!」
「だ、そうですが……」
「兼定、助けろ」
「さっきと言ってることが違くないか、ぬえ……」
お前さっきなんとかするって言ってなかった? 俺の聞き間違い? 兼定が腕を組んで頭を悩ませていると、自分に熱い視線が向けられていることに気がついた。
それは、覗き込んでいる若宮イヴから向けられている。会釈して挨拶すると、眩しいほどの笑顔を咲かせた。同伴している彩と千聖に教師も気がつく。
「言われてみれば……貴方の着ているその羽織も、新選組の陣羽織ですね」
「しんせんぐみ……を、題材にした映画の撮影をですね」
「どちらのスタジオで?」
「個人の趣味です! はい! 言うならコスプレ撮影会みたいなもんで! ははは、どうですこの羽織、よく出来てるでしょう!?」
「あ、おい。勝手に触んな」
口八丁手八丁。ちょっとだけ魔術も使って、先程のは『知人の映画撮影のスタントマンが自分を迎えに来て突発的にアクションシーンの確認をした』ということでエヌラスは押し切ってなんとか乗り切った。今後二度とやりませんとだけ教師に頭を下げて、学園側もこころの関係者とあっては強く言えないのかそういうことにしておいた。
椅子からエヌラスがずれ落ちる。
「……紗夜、俺を慰めてくれ……労いの言葉をくれ」
「お疲れ様です」
「ありがとうな……」
「……ところで、怪我は大丈夫なのですか?」
「え?」
燐子が頬を指差すと、エヌラスが血を拭う。出血は止まっているが、傷口は完全に塞がっていなかった。
「あー……まぁ痛みはないしな」
「傷口から菌が入ると大変です。消毒くらいした方がいいと思いますが」
「それは大変だわ。ちゃんと保健室に行かないと」
「なんかもう、怪我の手当するのも面倒なくらい疲れた……」
「おいおい、大丈夫かよ。ぬえ、肩貸すか?」
「テメェもその原因のひとつだよこんちきしょう、何ならここでぶった斬ってやろうか!?」
「エヌラスさん、ステイ」
「はい……」
(氷川さんの言うこと、ちゃんと聞くんだ……)
エヌラスをすっかり手なづけてしまっている紗夜に感心しながら燐子も心配していた。
教室を出ると、早速イヴが兼定に声を掛ける。待っていましたと言わんばかりに。
「はじめまして! 若宮イヴと申します!」
「俺は九十九兼定。はじめまして、何か用向きでも?」
「はい! カネさんに聞きたいことがあります」
「俺でよければ」
「ありがとうございます。カネさんは、本物のサムライですか?」
「本物かどうかはわからんが。俺は俺の士道に則って行動するさ。さっきの奴らは俺の士道に反する、だからこっちの味方をした。それだけのこと」
おそらく、本来は自分も“あちら側”なのだろう。だが、自分の中で納得がいかなかった。塞翁が馬、後は万事野となれ山となれ。右も左もわからないこの国に現れた自己の存在意義を他人に譲ることなどできやしない。正しいと思った道を行く、それが兼定の士道だった。
「その羽織も、新選組を代表する浅葱色の陣羽織ですね!」
「しんせんぐみ……」
「? ご存知ないですか?」
「あー、いや……なんだろうな……初めて聞くんだが、どうにも懐かしい気がしてならない」
「すいません、イヴちゃんが……」
「いやいや、お気になさらず。そちらは?」
「白鷺千聖です」
「まん丸お山に彩りを! 丸山彩です!」
「よろしくな、まん丸お山ちゃんと白鷺のお嬢」
「私だけなんかちがーう!?」
疲労困憊といった様子のエヌラスと、快活な笑顔を振りまく兼定は紗夜達に案内されて保健室へ入る。
先生たちは先程の騒動もあって緊急職員会議で不在だった。午後の授業も自習となっている。紗夜は消毒液と包帯を薬品棚から取り出す。
「さて、ではエヌラスさん。じっとして──」
「ひゃ……!?」
背後から燐子の小さな悲鳴が聞こえた。
紗夜が振り返ると、エヌラスが上着を脱ぎ始めている。赤く血の滲んだ白いシャツを見て、げんなりとした顔をしていた。
「あーあ、まったくこれだからオシャレはしたくねぇんだ……すーぐダメになるしよ」
「な、な、なんで脱いでいるんですか!? 」
「なんでって、そりゃ手当するなら上着邪魔だろ」
「ぬえ、生娘に肌を見せるの躊躇なさすぎだ」
剣術だけなら互角。だが、今は魔術回路の調子が悪い。土地柄に合わせた調整をしないまま魔力を使用しているだけあって怪我の治りも遅かった。
傷だらけの上半身を見つめて紗夜が固まっている。何なら千聖も顔を赤くしてそっぽを向いていた。彩も見ていたが、千聖の手で隠されている。燐子は手で顔を覆っていたものの、指の隙間から覗いていた。
そんなことはお構いなしに、エヌラスは兼定に背中を向ける。
「背中の方、傷あるか?」
「どらどら……背中は大丈夫だな、ただ脇腹も掠めてる。ひぃ、ふぅ……全部で十六箇所。全部浅手だ、俺がやってやるよ」
「助かるよ、兼定。あとお前、刀持ち歩くな。せめて隠せ。あぶねーから」
「武士の魂だぞ、手放せるかよ」
「現代じゃ色々問題なんだよ。はよ」
「わかったよ」
渋々、兼定は腰から下げ緒を緩めて日本刀を外し、陣羽織でくるむ。紗夜に手を差し出して、消毒液の入ったボトルを見つめて固まる。
「……使い方がわからないんだが」
「私がやります」
「紗夜、あたしも手伝ってあげるわ」
「ありがとうございます、弦巻さん」
平静を保ちながら、紗夜はエヌラスの顔に消毒液を染み込ませた木綿を押しつけた。すぐに傷口から染み出した血液を吸い込み、赤く染まったコットンを捨てる。優しく叩くようにして綺麗にすると、絆創膏を頬の傷に貼りつけた。
こころもエヌラスの身体に触れている。何を思ったのか、真新しい傷に直接触れた。
「いってぇ!? 何すんだ、こころ!?」
「弦巻さん、何を?」
「ダメよ、痛いなら痛いって言わないと。それじゃ誰も助けてくれないじゃない。我慢ばかりは身体に悪いわよ?」
「今こうしてお前達に助けてもらってるからいいの! 大体これくらい、いつもならすぐ治る」
それを気にしているのか、紗夜は視線を逸らす。その、いつも通りが出来ないほど今は調子が悪い。何が原因なのかは、すぐに思い当たる。普段どおりの生活を送っているが、それまでだ。先程の殺陣も身体が思うように動かなかったのだろう。特に右側の刀傷が多い。罪悪感に苛まれるが、だからといって自分になにができるのか。
(……粘膜接触……キスをするには、少々日が浅すぎますね)
エヌラスのためにしてやれることは、日常的なサポートが今は精々だ。もっとお互いのことをよく知ってから、次の段階へ進もう。手遅れになりそうな時は、その時はちゃんと自分が引き止めればいい。
間に合わない、なんてことはないのだから。
「──紗夜、いたい」
「え? ああ、すいませんでした。何も言わないので、つい」
「つい!? つい、でお前は人の傷口に執拗なまでに消毒液を染み込ませてくる!?」
「ですから、謝罪したではありませんか」
「はっはっは、ぬえ。お前さんの身体にでも見惚れてたんじゃないか?」
「九十九さんも黙っててください!」
「おー、こわ……」
手元が狂って新しいコットンを口に押し込まれているエヌラスを気遣ってくれる人物はその場に居合わせていなかった。