──パスパレ芸能事務所。
「おはようございます」
千聖と彩、イヴがレッスンに顔を出すと、麻弥と日菜が何か話をして盛り上がっていた。
「千聖ちゃん達、今日はいつもより遅かったね? なにかあったの?」
「ええ。まぁ」
「本物のブシドーに会えました! 感激です!」
「んー、エヌラスさんのこと?」
「まぁそれもあるかなー」
三人がハナジョで起きた一連の騒動を話すと、日菜の目が輝く。イヴもその時の興奮を思い出しているのか、手を取って一緒に盛り上がる。
「──ということがあって、とっても良い物が見れました♪」
「えー、すごーい! あたしも見たかったー! 今エヌラスさん何処にいるのかな?」
「ダメよ、日菜ちゃん。これから練習あるんだから」
「じゃあ終わったら探しに行ってみよーっと」
「あははは……日菜さん、来てからずっとこんな調子っす……」
「本当に日菜ちゃんってエヌラスさん好きだよね」
彩の何気ない言葉に、何を今更、とでも言いたげに日菜が眉を寄せた。
「そうかも。男の人だったら一番好きかな。他はわかんないけど。あ、でもおねーちゃんが一番なのは譲れないよ。もちろん、みんなもあたしの一番大切な友達だし。それとこれとはちょっと違うかな」
「どういうこと?」
「あたしのエヌラスさんに対する興味って、動物とかに向ける感じ。生態が知りたい意味合い」
(男性というよりは猛獣扱いなのね……)
どうにもエヌラスが不憫に思えてならない。だが、日菜の好奇心を一身に受けてあしらいつつも決して悪いようにはしなかった。その点では相手方も気にかけてくれているのだろう。
「日菜ちゃん、少しはエヌラスさんの迷惑も考えないと怒られるわよ?」
「うーん、そうは言われても……どうしたらいいのかあたしわかんないし? なにしても怒んないから、じゃあいいのかなーって」
「いつも怒られてない?」
「ううん、叱ってはくれるけど怒ってはないよ? 逆にあたしのこと心配してくれているくらい」
「エヌラスさん、とっても優しい方ですね」
「うん! 顔は怖いし口を開けば暴言を吐くこともあるけれど、基本ツンデレみたいだし、あたしは何を言われても特に気にしないかな」
それは気にしたほうが良い。だが、こちらが言っても日菜は聞いてくれるかどうか。突然なにかを思いついたのか、スマホをいじり始める。
「ヒナさん、なにをしているんですか?」
「ちょっと探しもの。あったあった。注文確定、ポチッと♪」
「……もしかして、るんっ♪てきちゃいました?」
「うん! 楽しみだなー」
嫌な予感しかしない。今度会うことがあれば、それとなく声を掛けておこう。
「そういえば、エヌラスさんがハナジョの天文部顧問にもなったみたいです。ココロさんも喜んでました」
「え、なにそれずるーい! いいなー。あ、でも天文部顧問ってことは合同活動したら一緒にいれるかな? 今度の週末にでも天体観測会でもしてみようっと」
「順調にあの人の逃げ場が塞がれていくわね……」
「止めなくて良いのかな、千聖ちゃん」
「どうにもならないと思うわ。それにあの人も大人だし、自分で何とかするでしょう」
盛り上がるパスパレだったが、ノックの音に整列した。レッスンの講師かと思ったが、事務所からの連絡に少しだけ気を緩める。
「千聖さん、今度の収録の件ですが、少しだけ内容に変更がありまして」
「はい。なんでしょうか?」
「相手方の要望で、千聖さん以外のパスパレのメンバーも一緒に出演してほしいとのことです。何でも、やはりガールズバンドとして活躍しているからには他のメンバーも紹介したいと」
「バンド活動に理解のある方なんですね」
「そうみたいです。ロケも地方になってしまうんですが、大丈夫でしょうか?」
特に問題はなかった。一人を除いて。
「はい、あたしから質問いいですか?」
「どうぞ、日菜さん」
「千聖ちゃんの収録って、地元紹介番組みたいなものでしたよね? ここから遠征ってなるとやっぱり警備の方も気になるんですけれど」
「その辺りは大丈夫だとは思いますが……なにか不安が?」
「最近ちょっと物騒な話が増えてますし、万が一ってことも」
「そうですね、確かに。しかしこちらも警備の方を雇うにしても今から間に合うかどうか……」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、日菜が胸を張る。
「それならあたしに任せてください。とっても頼りになる用心棒に心当たりがあるんです」
あの人だろうな。間違いなく──四人の脳裏に浮かぶのは、犠牲になるであろう人。
花咲川女子学園に一時拘束されていたエヌラスだったが、緊急職員会議の決定によって非常勤講師兼天文部顧問として学園への出入りが許可された。兼定は知人、ということで今回だけ特別に出入りさせてもらっている。弦巻家の底知れない影響力に感謝しながらもエヌラスは学園を一通り見て回っていた。
その後ろにぞろぞろとついて来る女子高生の群れに後ろ髪を引かれる思いになりながらも、兼定が相手をしてくれているのでこちらは安心して校舎を見学できる。
盗み見ると、兼定は快活な笑みを浮かべて生徒達と会話を弾ませていた。視線に気がついたのか兼定が隣に並んで小声でエヌラスにこぼす。
「何言ってるかほっとんど理解できない」
「心配すんな、聞き耳立ててる俺もあんまり理解してないから。交代するか?」
「任した。俺疲れたわ」
選手交代。兼定を先に歩かせると、今度は香澄達ポピパやこころを筆頭にしたハロハピが前に出てきた。気のせいか、それとなく他の生徒たちが距離を置いている。
「エヌラスさん、剣道とかやってたんですか?」
「え? いや武術を少々嗜んでるだけで」
「お前さんのあれ、武術っつーか明らかに殺人剣だったけどな」
「おいちょっと兼定黙ってろ。っつーかその手の話はお前の方が詳しいんじゃねーか?」
「いや俺なんてまだまだ。武術を少々嗜んでるだけで」
「嫌味か貴様!!!!」
「ぬえの剣は殺気が強すぎる。そのくせ太刀筋が読めないんだからどうなってんだ」
どうなっている、と言われても手と頭が別々に動いているというだけだ。魔術を行使する理論に基づいた体捌きで武術を行っている──だからこそ、外道外法とまで蔑まれている魔導発勁は兼定も嫌悪しているようだ。
「エヌラス。天文部の顧問になったのなら今度天体観測をしましょう」
「いいなー、私も一緒に行っていい? こころちゃん」
「ええ、もちろんよ香澄! みんなで行ったほうが楽しいわ!」
「助けろ兼定」
「すまん無理」
「この薄情者が!」
「無茶言うな! こちとら記憶喪失状態で右も左もわかんねぇってのに!」
「はーなんだおまえマジ使えねえ!」
「なんだとこの野郎、それに助けられたのは何処の誰だ!」
「此処にいる俺だがそれがどうした!」
「開き直りやがって!」
喧々囂々とお互いに罵り合いながら睨み合っているエヌラスと兼定だが、会ったのは今日が初めてだ。そのはずなのに、まるで古くからの知り合いのように馴染んでいる。
取っ組み合ってお互いの頬を抓っている姿はまるで子供のようだ。そんな二人の姿に心和ませつつ、一部は心弾ませている。なるほど有りだ──なんて考えながら。
「……っていうか、なんで平然と校舎歩いてんだ」
有咲の素朴な疑問に、胸ぐらを掴み上げていた二人が顔を見合わせる。
「俺はちょっと警備ついでに。学園七不思議も気になるしな」
「帰り道わかんねえし、面白そうだからコイツについてきてる」
「待てや兼定、お前この先どうすんだ?」
「いやーはっはっは! どうしような? アイツ等追いかけようにも何処行ったかわかんねぇし」
「とりあえずお前、家に泊まってけ。何もねぇけど部屋持て余してるし、聞きたいことも山程あるからな」
「お、そうか。悪いな、ぬえ」
「ぬえ?」
「そ。名前が言いにくいから、俺はこいつをぬえって呼ぶことにした」
「ぬえ……」
じっとエヌラスの顔を見つめて、たえは静かに微笑んだ。
「おぬえって呼ぶと、私とお揃いになりますね」
「できればお前達は普通に呼んでくれ……」
「……かわいいのに」
「もーおたえちゃんはすぐそういうこと言って俺を困らせる! なんなんだちきしょう、どいつもこいつも俺をいじめて楽しいか!」
「私は楽しいです」
「天然ドSおたえちゃんめ! 頭花園!」
「この人、いじめると面白いね」
「お、おたえちゃん……あんまり怒らせちゃだめだよ?」
エヌラスと兼定は一通り花咲川女子学園を見て回り、特に異常が見られないことを確かめる。しかし、元はと言えば燐子が紗夜と図書室で異変に巻き込まれたのが原因だ。火のないところに煙は立たない、現場の調査に戻ることにする。
図書室の中は静まり返っており、書物に異変は見られなかった。だが、この室内そのものが少しばかり歪んでいる。おそらく、そこからこの世のものではない輩が紛れ込んだのだろう。
「なにしてんだ、ぬえ?」
「ちょいとばかり魔除けのおまじない」
このまま放置していれば、異界の入り口になりかねない。エヌラスは図書室の隅に屈み込むと、魔術文字を描いて四隅に設置した。手を一拍鳴らすと、不思議なほど反響する。音の振動によって歪みを修正すると、心なしか図書室の空気が清涼感を取り戻す。
「……よし」
「ほー、大したもんだ。なんつうか、不愉快な感じが消えた」
初歩中の初歩、基礎中の基礎だがやっていれば嫌でもコツは掴める。それでも独学ゆえに限界はあるが教材は手元にない。
ひとまず、校舎の中で気になる箇所は全部直しておいた。人の出入りが多い場所では、どうしても良くないものも紛れ込む可能性が高い。そしてそれらが引き起こす霊障も多い。そうなるとどんどん膨れ上がっていく。いずれは手の施しようがないほどになる。極端な例、エヌラスの故郷。
放課後の花咲川女子学園では部活動に向かう生徒達も多い。これ以上長居しても迷惑だろう、やることも終わったのでエヌラスは兼定を連れて学園を後にする──のだが、何故かぞろぞろとついて来た。
「……なんでついてくるんだ?」
「これから有咲の家でバンドの練習があるんです!」
「ちょうど帰り道がこっちなので」
「そういうことか」
「あれ、ていうことはエヌラスさんの家も同じ方角ってこと? 今どちらに住んでるんですか?」
マンションの名前を出すと、心霊物件として最近名を挙げているらしい。だがそれもネットの評判だ。今ではすっかり落ち着き払っている。たまに恨めしげにマンションを見上げる幽霊がいたりするがエヌラスは見かけ次第蹴り飛ばして除霊していた。
「げっ。そのマンションって事故物件じゃ……」
「ああ、俺が除霊した。その御礼に一室借りてるってだけだ」
「それじゃあこれから遊びに行ってもいいかしら?」
「ダメに決まってんだろ何言ってんだこころ!? こんな大人数入れるか!」
(あ、怒るのそっちなんだ。女の子が男の部屋に上がり込むなとかじゃなくて……)
「それに、女の子がそんな簡単に男の家に遊びに来ちゃいけません。そういうのはちゃんと好きな人とかの」
きちんとそういった点に関しても注意を促すエヌラスに、兼定もうんうんと頷いている。だが、こころは首を傾げていた。
「あら、あたしエヌラスのこと好きよ? それじゃダメなのかしら?」
「…………すまん兼定、俺は今日本語が理解できなかったんだが翻訳してくれるか?」
「そちらのお嬢さんが。お前に対して。好意を抱いている。それに問題があるかどうか、という意味だ」
「懇切丁寧に翻訳してくれてんじゃねぇよ」
「お前さん、その理不尽さでいっぺん引っ叩かれろ」
こころの純真無垢な爆弾発言に、美咲達も驚いていたが何より衝撃を受けているのは電柱の影から見守っていた黒服達。ノーモーションで致命傷を負ったようなものだ。
「あ、黒服さん達が崩れ落ちてる……」
「よっぽどショックだったのかな……?」
「いや、まぁ、そりゃあそうだと思うけど……」
次点で衝撃に言葉を失っているエヌラスは顔を覆っている。香澄達も面食らっていた。兼定だけは面白がっている。
「よっ、色男!」
「歯ぁ食いしばれ兼定ぁぁぁぁっ!!!」
「あっぶねぇなおいっ!?」
流石は武芸者、咄嗟に拳を受け流していた。外したことに舌打ちすると、呼吸を整える。
「俺が好まれる理由がまったく思い当たらない、それに俺じゃなくてもいいだろう?」
「美咲も好きよ。花音もはぐみも薫も。みんな大好きよ、あたし! もちろん香澄達も!」
「ああ、そういう意味の好きか……」
「? エヌラスの好きとは違うわよ?」
「おーっと俺はこれ以上聞かないことにしておく。取り返しがつかなくなるからな! んじゃあ兼定、買い物して帰るかー!」
「逃げた……」
有咲の幻滅したような呟き声を聞かなかったことにして、エヌラスは兼定を引きずり回す勢いで走り去っていった。
「エヌラスに逃げられちゃったわ。なにがいけなかったのかしら?」
「こころはなんも悪くないよ。あの人が甲斐性なしなだけだと思う」
「う、うん……でも、驚いちゃった……こころちゃん、あの人のこと好きだなんて……」
こころはなにか思うところがあるのか、エヌラスが去っていった方角を見つめている。
「なんで逃げたりしたのかしら?」
「そりゃ、いきなり好きなんて言われたら驚くよ」
「驚くのはわかるわ。でも、好きって気持ちから逃げていたらずっとひとりぼっちよ。そんなの寂しいじゃない」
「じゃあ、もうちょっとアプローチ方法考えないとね。今日みたいに突然言うんじゃなくて」
「ええ、そうするわ。そのためにどうしたらいいかみんなで考えましょ♪」
(……悪気がないだけに、止めようがないもんなぁ)
なんとかして止めてやりたいが、他人の恋路を邪魔するやつはなんとやら。自分にできるささやかなことは、とんでもない方向に舵を切らないように軌道修正してやるくらいだ。