こころ達から逃げるようにしてエヌラスと兼定はマンションに戻ってきた。現代の趣に馴染めていないのか、興味津々な様子で兼定は家屋や室内を見て感心している。
記憶喪失と言っていたが、ミカヅキの言い分では「顕現したばかり」と。理解力はあちらが上であろう。
「ほー、ほほう。ほうほう……なるほどなぁ、今の日本はこんな生活してんのが当たり前か」
「部屋を借りてる手前、下手に暴れるなよ? 適当にくつろいでてくれ」
「借家みてーなものか。あいわかった」
エヌラスはクローゼットの中から替えの服を探しだし、取り出すと兼定にも見繕って投げた。間の抜けた顔で受け取り、洋服を広げている。
「なんだ?」
「いや、お前も着替えろ。その格好、めちゃくちゃ目立つから」
「着替えろったってなぁ……」
しかし、人目を引く格好は流石にお互い動きにくい。着物を脱いで、シャツに袖を通す。
それほど多いバリエーションを持っているわけではない。上は白いシャツにジャケットを羽織らせておいた。ズボンも動きやすいものにすると、兼定は慣れない着心地に顔を渋らせている。
「なんか窮屈だな。これ、どこに刀差せばいいんだ」
「持ち歩くな」
「は? なんで!?」
「帯刀してたらとっ捕まる時代なんだよ」
「んじゃどうやって身を守るんだ?」
「俺が聞きてぇよ!?」
「しかしコイツを置いていくのは何か心許ないっていうか、落ち着かないっていうか……」
「俺の影の中にでもいれておくか?」
「いやだ」
「てめぇ」
どうあっても持ち歩きたい様子に、エヌラスも頭を悩ませた。それならば、偽装するのが手っ取り早いだろう。
魔力で蜘蛛の糸を編むと、それを刀を包むギターケースに定着させた。僅かな魔力で作ったものなので維持費も安上がりで咄嗟に取り出せるように強度も薄くしてある。兼定は容れ物の形に疑問が浮かぶが、持ち歩けるのなら何でもいいらしい。
「抜く時は強めに叩きゃ割れる」
「こうか」
「言ったそばから実践しやがる!」
「ただちょっとかさばるな。もう少しこう、華奢にできないか?」
要望通りに作り直す。矢筒程度にまでサイズを落とすと、それは馴染んだのか満足そうに頷いていた。念の為、金属探知にも引っ掛からないように内部を二重構造に作り変えておく。こうした作業は得意だが一銭の得にもならない。特に現代日本では。
お互い服を着替えて外を出歩いても違和感がないようにすると、夕飯の買い出しに行くことにした。なにせエヌラスは自炊能力が死んでいる、壊滅的だ。
早速矢筒に入れた刀を肩に掛けて、兼定はエヌラスの後ろについていく。向かった先は近くのスーパーだった。
宿の礼も兼ねて、夕食を作ると言い出した兼定に料理の腕を尋ねる。少なくとも食えるものは出すと言っていたので大丈夫だろう。だが、店内に入ってから目に入る情報量の多さに兼定が目眩を起こしていた。
「なんかの祭りじゃないんだからこんなきらびやかでなくていいだろ?」
「サングラス持ってるが、かけるか?」
「なんだこの黒眼鏡……おー、こりゃいいな。目が眩しくない。ちょっと失敬」
「あとで返せよ? んで、メシを作ってくれるって話だが、何が作れるんだ」
「なにって、そりゃ米を炊いたり味噌汁作ったり魚焼いたりする程度だ。あと漬物」
「全部売ってんだよな……」
インスタント食品としての乾燥味噌汁や魚の缶詰を見せると兼定は目を白黒させている。しかし作ると言った手前、意地があるのか何がなんでもインスタントには手を出そうとしなかった。そうなると、スーパーよりも商店街の方が質の良い物が揃っているだろう。調味料だけ購入して店を出ることにした。
その足で商店街に向かうと、夕飯前の時間帯はどこも混雑している。主婦達で溢れかえる商店街の通りに兼定はスポーツサングラスの下で笑っていた。
「いやぁ、毎日こんな祭りみたいに盛況してたら生活苦労しねーなー。ははは、良いもんだ。確かに刀持ち歩くこたぁない時代だ」
「っていうかお前のいた時代どんなだよ……」
「曲がり角で即抜刀するような時代だ」
「俺の地元かよ」
ひとまず、八百屋と魚屋を探す。人混みに揉まれながらも、二人は何とか目的の店舗に辿り着いた。
「ふーむ、鍋でも作るか? ほれ、食い盛りの育ち盛りだろ?」
「お前もな」
「んじゃ決まりだ。肉に野菜に魚と、調味料はさっき買ったので間に合う。後はそうだな、明日の朝飯に味噌汁と焼き魚と漬物だな」
「品定めはお前に任せるよ、兼定」
「おうよ、任しときな! ちょいと御免よ!」
店の軒先で声を張り上げ、店員に呼び掛ける。兼定の顔と人当たりの良さ、心地の良い爽やかな快活さを気に入ったのかおまけまで貰った。頭を下げて店の豊富な品ぞろえと質の良さに感謝を述べると後にする。次は魚屋だ。そこでも同じように兼定に任せると、魚の話で盛り上がっている。生憎と料理はしないのでエヌラスは眺めることしたできなかった。
そんな調子で店をはしごしていると、蘭達と遭遇する。
「よ、蘭。巴達も一緒か」
「……こんにちわ。そちらの方は?」
「俺は九十九兼定、よろしくなお嬢さん方。ちょいと旅の行きずりで訳ありだ」
兼定が差し出した手に、蘭がおずおずと握手をした。笑みを浮かべてすぐに手を離す。
「それ、商店街の?」
「今ちょうど買い物しててな。兼定がメシ作ってくれるってんでこっちに来たんだ」
「いやーここの商品はどれも新鮮で品揃えも良いと来た。現代様様だな、はっはっは。人当たりも良いし、捨てたものじゃないな。活気もあっていいことだ。毎日こんな調子ならさぞ退屈しないだろう」
「よかったね、巴。褒められてるよ」
「はは、なんか自分のことみたいに嬉しいな。気に入ってくれたならあたしも気分がいいよ」
「これからも機会があったら贔屓にさせてもらうさ。その時はよろしくな」
巴はその言葉に気分を良くしたのか、兼定に対して笑顔を向けた。エヌラスは自分の持っている袋を一度持ち直し、精肉店を探す。そこには元気に客の呼び込みをしているはぐみと店主である父親が親子仲睦まじく接客に勤しんでいた。
「カネさんや、一足先に精肉店行ってるわ」
「おう、ぬえさんや。豚肉を頼む」
「くれぐれもほっつき歩くなよ、それと余計なこと喋るなよ」
「人のことを痴呆症みたいに言うな。わかったわかった」
『Afterglow』の相手を兼定に任せ、エヌラスは北沢精肉店に人混みをかき分けながら何とか顔を出す。すると、はぐみが他の来客よりも明るい笑顔を向けてきた。
「あ、エヌラスさん! いらっしゃいませ!」
「ちょいと豚肉を買いにきたんだ。今夜は鍋にしようと思ってて」
「怪我は大丈夫なの?」
「メシ食って寝りゃ治る、心配しなくても大丈夫だ。でもありがとな」
「じゃあたっくさん食べないと! お父さん、コロッケもオマケしてもいい?」
はぐみとどういった関係かと勘ぐられたが特にこれといった進展もないごく普通の知り合いということで何事もなくコロッケのオマケ付きで豚バラ肉を購入する。エヌラスが店を離れると、まだ兼定は蘭達と話し込んでいた。
「これこれ、カネさんや。買い物は終わったぞ」
「おー、ぬえさんや。ご苦労さん、ってなんだそれ?」
「なんかオマケで貰ったコロッケだ。しまった、ソース買ってねぇや」
「醤油でいいだろ、食える食える。よくわからんけど!」
「俺はソース派なんだよ! いいからソース買いに行くぞ兼定ぁ!」
「あーれーご無体なー。ははは、それじゃまたなー」
エヌラスに引きずられながら兼定が蘭達に手を振る。その姿が雑踏の中に消えるのを見送って、呆気に取られていた。
「なんかすごい爽やかな人だったね、蘭」
「うん。びっくりした……あの人の知り合いだからちょっと警戒してたけど」
「だよねー」
「あたしはそんなことなかったけどな。信用して良さげな感じだったし」
「……見た目ほど悪い人じゃないのかな?」
蘭は少しだけ、エヌラスに対する認識を改める。ひまり達も兼定の人当たりの良さにすっかり警戒心を緩めていた。
「まぁ、モカが興味持ったくらいだし。そこまでヤバイ人じゃないと思うけど」
「リサさんと順調に交友を深めているみたいだよー。最近シフトが一緒になるとあの人の話も混ざるようになってきたから」
「そうなんだ。……湊さんとは、どうなんだろう」
「お? これは恋のライバルの予感か?」
「ち、ちが……そんなんじゃなくてっ。バンド活動のサポーターの枠、空いてるかなって思っただけで……」
「じゃあ、また今度会ったらちゃんと聞いてみないと」
蘭をからかっていた巴達だったが、へそを曲げてそっぽを向いてしまった。それに謝りながらみんながついてくる──そんな、いつもの日常。
──マンションに戻ってきてから、兼定が早速鍋の用意をする。しかし、調理器具の使い方が分からない男が二人。当然ながら何事もなく料理が出来るはずもなく。
「……どうやって作りゃいい?」
「俺に聞くな。コンロくらいは使い方分かるが」
「米を炊くのも釜じゃないのか」
「ほら、これ。炊飯器ってのがあってだな」
「こんなんで炊けるのか!? どうなってんだ!」
「俺が知るかぁ!!」
「と、とりあえず野菜切るの手伝ってくれ」
「斬るのは得意だ、任せろ」
「……手つきがこえーんだよ。こうだよこう、猫の手!」
「うっせぇわ切れりゃいいんだよ! こうだよこう! これでいいんだよ!」
「人参の皮も剥かずに切る奴がいるか! ほんっとうに料理できねぇんだな!」
「悪かったな!」
結局、夕飯にありつけたのはすっかり日が暮れてからだった。時刻は夜の十時。六時前には夕飯の支度を始めたはずだったのだが、あれやこれやとお互いに足を引っ張り合っていたらこんな時間にまでずれこんでしまった。
しかし、兼定は自分で言う通り料理の味付けは悪くない。素材の良さもあるが、味を殺さない調味料の絶妙なさじ加減は胃に優しく染み渡る。少々薄味ではあるが、それがまた白米を進めた。
「兼定、おかわり」
「自分でよそってくれ」
「いいのか? 俺は炊飯器の中身平らげる男だぞ」
「茶碗よこせ! 俺も食うんだから、ちったぁ遠慮しろ」
「俺はメシ食わなきゃ死ぬんだよ」
「そんなん全人類共通だっての! ほらよ大盛り!」
「ありがとよ!」
「あ、ぬえテメェいつの間に肉食いやがった! 野菜食え野菜!」
「コロッケ食ってるからいいんだよ。芋は野菜だ! よって健康! 問題なし!」
「こんにゃろう!」
お互いの箸を弾きながら自分の獲物を巡って二人は火花を散らす。
──結局、食い終わったのは日付が変わってからだった。