【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第四幕 世界最安値の安全保障

 

 

 

 最初こそ茶化しながら怪談話をしようとしていたモカだったが、リサが本気で怖がるので話の内容を切り替えていた。

 そんな風に年相応の話をする二人が差し掛かったのは、薄暗い夜の闇が心細く街灯で照らされる殺風景な森林公園。都会の中でせせこましく息づく自然がまだ肌寒い陽気の、冷えた空気に撫でられる。緑葉が擦れて枝を撓らせ、騒々しく鳴いた。

 

「────」

 目を背けて、必死に意識しないようにする。

 いつもの帰り道のはずなのに。いつもと変わらない町並みのはずなのに。なのに、耳に入ってくる音が心を乱してくる。

 

「リサさーん?」

「へ? ごめん、モカ。なんか言った?」

「怖いものが苦手なのに、どうして怖いの見ちゃうんですかね~?」

「意識しちゃってしょうがないんだってば」

「怖いものよりモカちゃん見たほうがいいと思うんですけど~」

「……拗ねてる?」

「そんなことありませんよ~」

 そっぽを向くモカだが、リサを置いていこうと歩き出した。その後を追いかけて、隣に並ぶ。

 しかし──どうしても帰り道というのは途中で別れなければならない。

 できるだけ早く帰りたい、という思いから普段は通らない近道をしようと相談して森林公園とは別に、公園を抜ける道を選んだ。

 

 人気の多い道を選ぶべきだったと後悔したのは、灯りが遠ざかって環境音だけが耳に入ってきた頃で。その時には既に半ばほどまで差し掛かっており、引き返すのも躊躇われる距離だった。

 公園というのは、基本的にはのどかな場所で閑散としている。休日にともなれば親子連れや散歩にきた一般人で多少は賑わう。夜の公園というのは静かで、逆に普段耳にしないような音がよく通るものだ。

 綺麗に舗装された歩道を歩き、芝生を見渡して不審な影がないか確認する。リサはそこに人影も動く物陰もないことをちゃんと見てから息を吐き出した。考え過ぎだ。昨日の今日で、偶々、偶然にも、自分とモカが事件に巻き込まれるなんてことは。

 しかし、半歩先を歩いて並んでいたモカが不意に立ち止まった。つられてリサも立ち止まる。

 

「どしたの、モカ?」

「……うーんとですね、リサさん~」

「うん」

「夜の公園に一人でいる人って、どういう人だと思います?」

「……なんか唐突だけど。そうだなー、アタシはなんかやんごとなき事情があって途方に暮れている人とか、かな。どうしたの突然」

 モカが無言で顎で指し示した方向。ちょうど自分達の進路上にある歩道に設置されているベンチが一箇所だけ不自然に黒く塗り潰されていた。夜の暗さに目が慣れてくると、それが人影であることが辛うじて分かる。

 黒。一言で言えば、それだけだ。髪の色、服装はそれこそ上着から爪先まで黒一色。ベンチに腰を下ろして、背中を預けながら空を仰いでいる。途方に暮れているようにも見えた。

 髪は襟足を伸ばしている。ただ髪型には無頓着なのか、伸ばしっぱなしだ。

 こちらにはまだ気づいていない。

 背格好から、成人男性。ただ何をするでもなく、月を見上げている。

 

「……モカは、どう思う?」

「見るからに不審者かな~と」

「確かにそれは否定できないし、心当たりもあるけど。そうとは決まらないじゃん」

「昨日のオカルト特番でもあんな感じの人影が撮影されてましたし、もしかすると──」

「あー、もう! 怖いのやめてってば!」

 夜の公園に、リサの声がよく通る。しまった、と思う頃には遅かった。恐る恐る振り返ると、成人男性は特に反応していない。ただ月を見上げて息を吐きだしていた。

 

「どうします~?」

「挨拶で先手を打って、ヤバそうだったら走って逃げるってのは?」

「……声を掛ける勇気はあるんですね~」

「黙って通り抜けようとして後ろから追いかけられても怖いじゃん。店長も言ってたし? お客様に挨拶するのは万引き防止も兼ねてるって」

「じゃあそういう方向で~」

 コミュニケーション能力には自信がある、リサはモカの手を引いて早歩きで男性の座っているベンチに接近する。できるだけ自然に声を掛けようとして、輪郭がはっきりとしてきた辺りで相手も自分に近づいてくるのが分かったのか、空から視線を外した。

 

 ──血のように赤い瞳と、目が合った。だが、男性はすぐに視線を逸らしている。前髪を左側だけ伸ばしているのか、左右非対称の髪を垂らしながら二人を見ようとしない。

 

「あの、こんばんわ!」

「こんばんは~」

「……あー……こんばんわ?」

 リサの声掛けに、モカの挨拶に、男性はワンテンポ遅れて無気力そうに返答した。

 顔立ちは悪くない、むしろ良い方だ。髪型のせいもあるが、目つきの悪さも相まって不審人物を通り越した危険な人相をしている。しかし、全くと言っていいほどやる気が感じられない。無気力にして脱力、倦怠感に身体を委ねきっていた。何なら、返事をするのも億劫といった様子である。

 

「こんな時間に何してるんですか?」

「いやー……別に何も」

(お、いい感じかも♪)

 外見上こそ不審者だったが、リサは少しだけ警戒心を弛めた。だが、モカはまだ気を許していないのかリサの手を離さない。いざという時は手を引いて走れるようにしていた。

 

「夜の公園に一人でなにしてたんですか~?」

「特になにも。強いて言うなら、見張ってた。人払いしといたはずだが……おかしいな」

「? 人払い?」

「何でもねぇ。そういう二人はどうしてここに?」

「アタシ達、今バイトの帰りで」

「近道しようと思って、ここを通ろうーって話を~」

 男性は目を細める。気怠げな相槌を打ちながら今井リサと青葉モカの二人を僅かに観察していたが、また夜空を見上げた。

 前髪の隙間から覗く左目に刀傷が見えた気がして、リサは気になって尋ねてみる。

 

「あのー、どうして左側だけ前髪伸ばしてるんですか?」

「やんごとなき事情で。色々聞かれるの面倒だし、いちいち答えるのめんどい」

「あー……じゃあ、これ以上聞かないようにします。それじゃ行こ、モカ」

「は~い。さようなら~」

 会話を切り上げて、早々に立ち去ろうと二人が男性に背を向けて歩き出そうとした瞬間──この世のものとは思えない音が聞こえた。

 それは、まるで地獄の釜の蓋が開くかのような。地響きや地鳴りにも似た振動音。思わず冷や汗をかくと共に立ち止まってしまう。

 

「……なに、今の音?」

「映画館で聞く感じの、ゴゴゴゴゴーって感じでしたね~」

 振り返っても、先程の男性がベンチに座っているだけ。乾く舌の根に、生唾を飲み込む。

 ──ぐごごごごきゅるるるる……。

 またもや、同じような音。だが、公園にそんな音を発生させるものなど何もない。

 頭を掻いて、男性が口をへの字に曲げながら二人に声をかけた。

 

「……すまん。俺の腹の音だ。気にすんな」

『…………………………』

 今井リサと青葉モカの肩から、バッグがずり落ちる。少なくとも人体が発していい音ではない。ちょっとしたサウンドエフェクトだ。

 

「お腹、減ってるんですか?」

「この五日ほど固形物を口にした記憶がまるっきりない。というか、最後に飯食ったのいつだっけな……」

「……アタシ、クッキーくらいしか持ってませんけど食べます?」

 バッグの中を探して、途中まで食べかけだったクッキーの袋を取り出す。なんというか、放っておけなくなってしまった。

 差し出されるかわいらしいデザインの小袋に、男性は眉をひそめている。受け取ろうか悩んでいる様子に、何となく野良犬を想像してしまう。

 

「じゃー、あたしからも~……パンをどうぞ~」

(買っておいて食べるの忘れてて、期限間近ってさっき話してたような気が……)

「…………いいのか? なんかあったりしないか?」

「むしろ疑ったお詫びというか、それも兼ねて。いいからどうぞ」

 手を取り、半ば無理やり押しつける形でクッキーを手渡した。モカも一緒にパンを渡すと、男性はどうするか悩んでいたようだが、やがて小さく呟く。

 

「まぁ……その、ありがとよ……」

 お礼を言うのが気恥ずかしいのか、小さな声で。そっぽを向きながら。

 しかし空腹なのは事実なのか、クッキーの封を開けるとすぐに一枚を頬張る。口に入れて、すぐにその豊かな風味にリサの顔をじっと見つめていた。

 

「口に合わなかった、とか……?」

「……これ、手作りか?」

「アタシの手作りです」

「リサさん、クッキー作りは超一流なんですよ~」

「いや、それはちょっと言い過ぎな気がするけども」

「……うん、まぁ。俺が今まで食ってきた中で、二番目には美味いんじゃないか」

(一番じゃないんだ……)

「リサさんより美味しいクッキーなんて食べたことないですけどね~」

 むしろ、その一番美味かったクッキーがどんなレシピなのか気になる。

 数えるほどしかない枚数だったからか、すぐに袋が空になってしまった。モカから貰ったパンを口にすると、少し微妙な顔をしている。

 

「あたしのパンはどうですか~?」

「んー……まぁ、なんというか。貰っておいて言うのもなんだが、微妙だ……」

「確かにリサさんの手作りクッキーの後では劣りますよね~」

「一枚くらい残しておきゃよかったな。──ごちそうさん、助かった。命の恩人だな」

「いやぁ、そんな大げさな」

「むしろどうしたらそんな餓死寸前になっちゃうんですか~?」

「財布とか持ってないんですか? 落としたとか?」

「いや、そもそも財布持ってねぇし。この国に来たのもつい三日前だ」

「……日本語、上手ですね」

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 言葉に、なにか違和感を覚えながらもリサとモカの二人は今度こそ男性と別れようとした。

 

「──そっちの道を行くなら、今夜はやめておけ」

 だが、背中に投げかけられた声に足を縫い止められる。顔を見合わせて、何故か、と理由を尋ねた。すると、良くないことが起きるから、とだけ。

 冗談を言っているようには聞こえなかったが、ベンチから立ち上がった男性は二人に歩み寄ると自分から手を差し出した。

 

「手相。見せてくれ」

「えっ?」

「まー、ちょっとした占い師の真似事だが」

 リサが手相を見せると、男性が指でなにかのマークをなぞる。それを静かに掌に吸い込ませるようにすると、モカにも同じようにしてみせた。

 

「……今のー、なんですか~?」

「そうだな。まぁ、命の恩人ってことで“魔除けのおまじない”だ。とにかく、今夜はこっちの道は危ないから引き返してくれ。帰るんなら……そうだな。もう少し遅い方が今夜は安全だ。十分くらいしたら、そっちの通りが良いだろうな」

 男性の忠告に従ってリサとモカが公園を引き返す。

 少しだけ時間を潰してから、言われた通りにすると何事もなく二人は帰宅することができた。

 

 ──果たして。あの人は一体何者だったのだろうか、という疑問が残ったものの。

 自分の右手をじっと見つめる。

 魔除けのおまじない。掌と手の甲を何度見直してみても、いつもとなんにも変わらない自分の掌だった。

 夜の恐怖を紛らわせようとしてくれたのだと思うことにして、なんだかどっと疲れたリサは早めに就寝することにした。明日はモカに出来たてクッキーを一番に手渡さないといけない。

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