──獣道を駆ける三人。月夜の下で目指すは西日本。
ミカヅキを先頭に、シシオウとカゲミツが続く。青い着物に身を包んだミカヅキの背中を見失わないようにしながら二人が後を追う。
現代に顕現した自分達の中でも、ミカヅキの理解力はずば抜けていた。すっかり司令塔として定着してしまっている。シシオウ自身もその剣術に一度は打ちのめされているからか以前のように言葉を荒げるようなことはしなかった。その身に秘めた激情は別として。
「おい、二人とも。ちゃんとついてきているか? はぐれていないだろうな?」
「手前こそすっ転んだりするんじゃねぇぞ!」
「問題ない」
「ならばよし」
ミカヅキは二人の言葉に微笑むと、すぐに前を向いて速度を上げて走り始めた。
「目指すは西だ、彼の地へ向かい最古の二振りを呼び起こす!」
「ミカヅキィ! 手前はそれでいいのか!」
「すべては神の思し召しとあらば致し方あるまい。それほどのことを成さねばこの世に平和が訪れること能わずとまで託宣を受けたのだ」
こうして三人が夜も寝る間を惜しんで西を目指しているのは、つまりはそれである。神託を賜ったミカヅキの言葉に嘘はない。裏もない。虚実を交えて言葉を交わすことに意味はない。
森を抜け、月光の下に照らし出されたミカヅキの髪が白くなっていた。毎晩、必ず月の下に出ると髪が白く輝く。錦糸のように細やかで、それは人のものとは思えぬほど幻想的で美しい。だからこそ恐ろしささえ覚える。
「どうも俺の体は、月夜の間は化生の類に近くなるらしい。だから今は調子がよい、機嫌もな」
「はっ、手前の背中を見てたらまた叩っ切ってやりたくなってきやがった!」
「ほほう、流石は怪異斬りで名を馳せたシシオウだ。その勇猛果敢な振る舞いは驚嘆に値するよ」
「抜かしやがれ、今となっちゃ手前も天下五剣が一振りだろうが! そうだろう、国宝カゲミツさんよぉ!」
「俺は興味がない。今の人の世は弱すぎる」
「然り、然り。故にこそ、強くあらねばなるまい。いや、強くあってもらわねばならない」
先陣を切るミカヅキが不意に足を止めた。それに遅れて二人が止まる。
「どうした?」
「ふむ……どうやら、我らが向かう先にもう一振り。顕現したものがいるようだ」
「ほう、そりゃおもしれぇ! どっちの方角だ!」
「市井の方だな。いやこれは如何したものか。仲間に引き込めれば良いが、何分我らの姿形は人の目を引く。厄介なことに」
「今は日も落ちている。闇夜に紛れて接触を図ってはどうか、ミカヅキ」
「それが良かろうな。――あちらも気づいている。勘が良い」
三人が見つめる先には現代の人の世が照らす灯りが無数に煌めいていた。昼夜を問わず、夜の恐怖も寄せ付けぬほどの煌びやかさに目が眩む。それを哀れむようにミカヅキは目を細めた。どれほど文明が進もうと、人類が闇夜を越える恐怖など無いというのに。
目を凝らしてシシオウが眉を寄せて夜の城を睨む。金の鯱が特徴的な一対の大天守に腰を下ろしている不届き者がいた。
本来、あり得るはずがない互いの視線の交差に、しかしミカヅキはやはり笑っている。
「ほほう……あれはまた、随分と」
「知ってんのか」
「いやぁ、なに。どうやら夜の俺は随分と目が利くようだ。一目見ればある程度察しがつく」
「あれはどこのモノだ?」
「うむ。どうやら――かの天下人の一振りらしい。だが随分と無気力そうだ、当方に一切のやる気なしといった具合だな」
「で、あいつの名前は? それぐれぇわかんだろ手前なら」
「ああわかるとも……」
西へ向かわなければならない。無視してもいいのだろう。だが、これほど面白い出会いもない。
時代は変わった。これから向かう先は、かの美濃を越えねばならない。
知らぬ者はいないだろう。天下分け目の合戦、その地を越えねば辿り着くことはない。
ミカヅキは夜空を見上げて一人笑っていた。背筋が寒くなるような、化生の笑みを浮かべて。
「ああ、まっこと……この世は飽きぬなぁ?」
「で、どうするよ」
「無論、接触を試みよう。可能であればこちらへ引き込む」
「そうでなければ?」
「捨て置くのも一考だ。まかり間違って抜いてくれるなよ、シシオウ」
「相手の出方次第だ。だが手前が随分と慎重なことだな」
「当然よ――相手がかの妖刀と名高い千子村正とあってはな」
日菜からの誘いから数日、エヌラスは週末に決まったロケに向けて準備をしていた。兼定を連れていくこともあって支度するものが多い。というのに、学園から呼び出しを食らった。その使者として氷川紗夜が送り込まれたのだが、非常に不服な顔をしている。どうして自分が選ばれたのか不満そうにしていた。何もそんな顔に出さなくてもいいだろうに。
「他にも適任者がいたはずですが」
「それを俺に言われてもな……」
一緒に歩くのが嫌なのか、心なしか紗夜が早歩きだった。エヌラスもそれに追いついて並ぶと、目つきを鋭くして睨んでくる。
「なんで怒ってるんだ?」
「貴方以外に理由があると思いますか? なぜか先生達に頼まれてこうして仕方なく迎えに来たというのに……」
「そりゃ悪かった。でもそんな怒らんでも」
「怒りたくもなります。なぜか貴方に関する質問が私に投げられているんですから」
「なんというか、本当にごめんな……」
「いいから早く行きますよ。私もギターの練習がしたいので早く帰りたいんです」
早歩きで花咲川女子学園へ向かう紗夜と共に校門をくぐると、すぐにその姿を見かけた帰り際の生徒達が駆け寄ってきた。
「あ、エヌラスさん。こんにちは」
「はいどうもこんにちわ。なんか先生が呼んでるらしいな」
「氷川さんもお疲れ様です」
「ええ。本当に。というよりも、貴方は連絡手段ないのですか? 携帯電話は?」
「一応持ってるが……、ちょっと待ってくれ」
ポケットを探り、エヌラスがスマホを取り出す。電源を入れると、すぐに起動した。しかし、電波が悪いのかアンテナが立っていない。
「紗夜、ちょっと携帯貸してくれるか?」
「……なんでですか?」
「電波繋ぐから」
「かまいませんけれど……」
紗夜の携帯を借りて、通信規格を合わせる。あまりに高機能が過ぎて性能を落とさなければ機能しなかった。結局使用できる機能が通話とメールだけ。アプリなどのインストールは不可能だ。実にアナログな携帯電話のできあがりである。
最新モデルのスマホとはまた違った形状の携帯に、興味を惹かれたのか紗夜が覗いていた。
「そちらは?」
「自作。ほい、ありがとよ」
「本当に手先は器用なんですね」
「手先は、な。紗夜、連絡先」
「…………………………はい? ど、どうして私と連絡先を交換しなければならないのか理解できないんですが!?」
「ちゃんと他の奴にも連絡先は聞くけど今はお前いるし」
「だからといって一番に私のを登録しなくても……」
「……嫌ならいいけどな」
「嫌なんて一言でも言いましたか、私」
(うーん、女子高生って気難しい……)
紗夜と連絡先を交換して、そこからついでに『Roselia』のメンバーも登録していく。一通り入力を終えてから、エヌラスは本当に電波が繋がっているかどうか紗夜に電話してみる。着信音が鳴り出して、顔を見ながら着信を取った。
「……もしもし?」
「おー、ちゃんと聞こえる。これなら大丈夫そうだな、おし。俺のは緊急連絡先としてでも登録しておいてくれ」
「――他の用事がある時に電話をしても?」
「ん? いや、そりゃ別に構わないが……」
「そうですか。わかりました」
そっぽを向いて逃げるように立ち去る紗夜を引き留める暇もなく、取り残されたエヌラスは自分の携帯を見下ろす。
元々はどこでも連絡が取れるように、と開発したものだったが結局無用の長物と化してしまっていた。しかし、こちらからどんな顔をして連絡をしてやればいいのか。エヌラスはポケットに携帯をしまうと職員室へと向かう。
どうやら非常勤講師ということで担当する教科を選ばなければならないようだ。そんな話を聞きつけたのか、こころがまたもや乱入してくる。
「よ、こころ」
「こんにちわ、エヌラス。もう学校は終わっちゃったわよ?」
「まぁ、そうなんだがちょっと呼び出されてな。担当教科を選んでくれってことなんだが、むしろ俺が教えてほしいくらいでな」
「それなら、オカルトハンターの授業がいいわ。とっても面白そうな話が聞けそうだもの!」
「あー……霊能学とか? 俺もそんな大した話はできないが、そもそもそんな教科必要なさそうだしな……」
「霊能学? それもオカルトに関係しているの?」
「まぁ、女の子ならみんな好きであろう占いとか……」
「とっても素敵じゃない! ぜひ授業を受けてみたいわ!」
そんな簡単に話が進むものなのか? エヌラスが職員室の先生達の顔ぶれを盗み見ると、引きつった笑みを浮かべていた。
「で、ではそのように取り計らいますね!」
「多感な年頃ですし! いや~私も占いとか大好きでして!」
「それではその、え~っと、霊能学? とやらに必要な教材とか取り寄せますね!」
「いや、なんもいらねぇから……」
まさに鶴、もとい弦巻の一声。
「こころ、お前本当にすげぇな……いやお前の家がすごいのかどうかともかく」
「? 先生達はみんないい人達よ。エヌラスの授業が今からとっても楽しみだわ」
「ただ今週はちょっと予定があるから、やるとしたら来週からだな」
「あら、そうなのね。せっかく天文部顧問になってもらったのだから天体観測をしようって話を香澄達としていたのだけれど……残念」
先生方の顔が少々青ざめている。こころの機嫌を損ねたりなんかしたら自分達がどんな目に遭うのかわかったものではない、そこはなんとか予定を取り下げて食いついてくれなければ……! という先生達の思いも空しくエヌラスは我が道まっしぐら。
「それは悪かった。俺もちょっと急用ができてな。できるだけ早く戻ってくるつもりだが、何も起きないとは限らないし、予定通り戻ってこれないかもしれん。そのうちな」
「ええ。そのうちね!」
「一応俺の連絡先教えておくから、なんかあったら電話してくれ」
自分の番号を書いたメモ用紙をこころに渡すと、つい手が伸びる。頭を撫でそうになる手を止めて引っ込めると、こころが首を傾げた。
「どうかしたの?」
「いや、なんていうかつい……お前の頭を撫でそうになった」
「どうして?」
「なんだろうな。癖みたいなものなんだ。褒めたり、慰めたり、なにかと」
「だからどうしてやめたりしたの? あたしはかまわないわよ?」
「あー……嫌じゃないのか? 普通は触られたりするの嫌がると思うんだが」
「その普通がどうなのかよくはわからないけれど、エヌラスは褒めてくれようとしたのよね。それなら、ちゃんとあたしの頭を撫でてくれないと」
頭を差し出して、今か今かと待ち構えている。それに、少しだけ躊躇したが手を置いてエヌラスが髪を撫で始めた。できるだけ乱さないように手櫛で整える。マッサージにも似た撫で方にこころもリラックスしているのか、目を閉じていた。
「とっても優しい撫で方ね。なんだか落ち着くわ」
「……こころの髪もずっと撫でてられるくらい心地よいんだが、これくらいで終わりな。俺も帰って支度しなきゃならんし、忙しいんだ」
手を離すと、少しだけ寂しそうな顔をするこころに悪く思いながらも職員室を後にする。必要な書類に必要な情報は書き込んだ。後日マンションに資料やら届けられるだろう。弦巻家の手配で。
これ以上厄介事に巻き込まれる前にエヌラスはできるだけ足早に花咲川女子学園から逃げ出すことにした。
マンションに戻ってきたのは、結局日が落ちてから。すっかり遅くなってしまったが、アルバイトを疎かにする訳にもいかない。しかし週末はパスパレ護衛の件もあって休みをちゃんと貰った。
部屋のチャイムを押すと、内鍵を開けてエプロンを着けた兼定が顔を覗かせる。
「おう、遅かったな」
「いやー、なんかまた面倒事になってな。飯は?」
「任せとけって、今日は自信作だ。ちゃんと炊飯器とやらで米も炊いたし」
テーブルの上には二人分の夕飯が並んでいた。少し冷めてしまっていたが、それでも部屋の中に漂う香りは空腹を促す。
白米に漬物に味噌汁に焼き魚、朝食と同じような献立だが、一つだけ追加されていた。
テーブルのど真ん中に鎮座している鍋である。
「また鍋かよ」
「食わなきゃ戦えないだろ、食える時に食うってのは大事だ。もしかしたら最後になるかもしれんわけだし」
「最後に食うのがお前の飯なんて死んでも死にきれるか」
「言ってくれるな。それなら生きて帰ってきたら、飯を食いに行こうじゃないか」
「そん時は焼き肉だな。そっちは支度、できてるか?」
「もちろん」
旅支度――というわけではないが、兼定は刀を持ち歩かないとならない。それに加えて羽織りも手放したくないのか、一緒にくるめていた。荷物は必要最低限。エヌラスも同様に、倭刀を現地で取り出すわけにはいかないので予め準備していた。
刀袋に包んで壁に立てかけてある。そして、それは自分達の手が届く範囲に置かれていた。同じ卓で食事の席を共にして、それでも尚、お互いに一線を引いている。
鍋と炊飯器を空っぽにした二人が手を合わせた。
「「ごちそうさまでした」」
後片付けをして、風呂に入り、就寝。エヌラスはベッドで眠り、兼定はフローリングに敷いたシーツに横たわっていた。そちらの方が落ち着くらしい。
(……こんな生活を、今の時代じゃ誰でもしてるようなんだから。良い時代になったもんだ)
だからこそ――斬らねばならぬ。それを脅かす者を。
己の士道に従って。
兼定は静かに目を閉じて眠りに就くことにした。