【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第四十幕 天下人の妖刀

 

 

 

 氷川日菜達は待ち合わせ場所である駅前でスタッフ達と共に車内で待機していた。撮影に使用される衣装の用意と、台本に目を通す。スケジュールの管理もスタッフの仕事だ。週末ロケになったのも学生アイドルということに配慮したものであり、現地への滞在時間はあまり長くない。一泊二日の修学旅行のような心構えで良いとも言われた。

 日菜は台本を一通り読んで、すぐに閉じる。暇を持て余して外の雑踏の中から用心棒を探すと、それはすぐに見つかった。予定時刻の十分前に駅前で人目を引いている二人組。

 声を掛けるのを思わず躊躇うような二人だった。シャープリムのスポーツサングラスを掛けた長髪長身、双方ともに黒髪。

 万が一カメラに映る可能性も考慮した服装だからか、今回は気合いを入れている。

 エヌラスは相変わらず黒を基本としている。七分丈シャツから覗く黒のインナーシャツ。ベストも併せて軽装だが、サイバネコートを羽織ることを考慮してのことだ。下はスリムパンツで無難に締めている。

 九十九兼定もまた似たような格好をしているが、こちらは赤い。現代の服装が窮屈であまり好ましくないのか、シャツにペインターパンツと若干ルーズな組み合わせだ。しかし、上着に黒のレザージャケットを羽織っている。エヌラスが上着一枚では何かと問題だろうということで渡したものを渋々着込んでいた。

 色合いが少々地味ではあるが、なにぶん顔立ちの良さと肩に掛けている刀袋のせいで人目を引いてしまっている。それが二人にはまったく思い当たらないのか顔を見合わせていた。

 それにパスパレも気づく。

 

「……あのお二人、目立ちますね」

「雑誌モデルが街中歩いているのとそう大差ないわね……」

「カネさんもエヌラスさんもとっても似合ってます」

 問題は、誰がアレに声を掛けるかということだが……そうなると真っ先に飛び出すのが我先にと氷川日菜。一応変装として帽子と眼鏡を掛けてはいるが、エヌラスはその姿を見た瞬間に手を挙げて近づいた。

 

「なんか今日はちょっと気合い入れてる感じ?」

「アイドルと行動するってことでな。今日はよろしく頼む」

「うん! スタッフさん達もあそこの車で待機しているから早く行こ。目立つし」

「そうか?」

「そういや何度か声を掛けられたけど、先を急いでるってことで断ったな。俺としてもお茶くらいなら付き合いたかったとこだったんだが」

「多分お前が想像しているお茶とは少し違うぞ兼定。いいから行くぞ、これ以上長居してたら身動き取れなくなる」

 車内に乗り込み、荷物を預けるが二人とも刀袋だけは手放さなかった。なんとか預けてくれないか、というスタッフの言葉にサングラスを外したエヌラスが一瞥するとそれきり手荷物に関して言及することはなくなる。そもそも車内で抜刀すること事態難しい。ならいっそ無手の方が有効だ。

 

「えー……と、では。今日は『Pastel*Palettes』の用心棒、よろしくお願い致します。日菜さんからの紹介ということでしたが……」

「オカルトハンターのエヌラスです。こっちは臨時助手の九十九兼定」

「よろしく。何もわからんから流れに任せるわ!」

 ここまでくるといっそ清々しい兼定の開き直りに、エヌラスはスタッフから現地ロケのスケジュールについて耳を傾ける。

 新幹線で片道二時間の移動。現地に到着してから撮影準備に説明会、順調に撮影が進めば夕方以降は自由時間となるようだ。宿泊するホテルについても部屋は用意されている。ミニライブは翌日の昼以降の撮影になるらしい。戻ってくるのは翌日の夕方。夜までにはここに帰ってくる。

 そこまでの話を一通り聞いてから、エヌラスは収録内容について確認していた。

 

「元々地方紹介番組だとかで、予定が変わったと日菜から聞いていたんですが。その理由も番組内で紹介予定だった刀剣の紛失とか」

「はい。日本各地で起きている刀剣盗難事件の被害に遭ったとかで……警察の調べだと大規模組織の犯行とか……」

「その紛失に遭った刀剣、どんなものなのかは?」

「日本の歴史において、戦国の歴史に終止符を打った偉人の用いた刀とかで。すいません、自分もそこまで詳しくないんです」

「……兼定、知ってるか? お前の方が詳しいだろ」

「いや知らん。多分名前聞けば思い出せるけど」

 役立たずめ。エヌラスは内心毒づきながらも、紛失したという刀剣もミカヅキ達と同様に顕現したと見当をつける。

 この数日、お互いに時間があれば日本文化と現代文化についても座学した。それによって多少は理解が深まったが、いくら時間があっても足りない。

 二人の顔色を窺ってから、スタッフが口を開いた。

 

「えー、と一応確認させていただきたいのですが……パスパレ、特に日菜さんとはどういったご関係で?」

「え? 別に大した関係じゃありませんが」

「あたしの命の恩人、ってところかなー。ねー」

「あー……まぁそういうことで。それ以上のことは特に無いです」

「……それにしては随分と懐かれているようですが」

 距離が近いことを気にしての発言だったが、日菜の顔を見てからそれとなく離れるエヌラスに日菜が再び距離を詰める。

 

「日菜、お前な……」

「ダクトテープあるよ?」

「やめろよ!? しかも聞いてもないからな!?」

 兼定の隣にはイヴが座っていた。

 

「カネさん、羽織は持ってきていますか?」

「当然。あれが無いと落ち着かないからな」

「それもブシドーですか?」

「あれに袖通してるとなんか気が引き締まるっつーか。目が覚めるっつーか、とにかく気合い入るんだ。半端な覚悟なんか吹っ飛ばしちまうくらいに」

「やっぱり誠の鉢金も一緒に持っていますか?」

「鉢金はさすがに持ち合わせてないな」

 現役アイドル、元モデルのイヴと並んでも遜色ない兼定は裏表のない爽快な人柄で親しまれているようで、違和感なく馴染んでいる。その一方でエヌラスは執拗に迫ってくる日菜を押し留めていた。この人本当に用心棒として頼りになるのだろうか、という不安すら覚える。

 

「と、とにかく今回はよろしくお願いしますよ……?」

 スタッフの不安な声と共に、発車した。

 

 

 

「はースゲー! はえー! しんかんせんってすげー!」

「車内ではしゃぐな兼定。ちょっと落ち着け」

「そう言いながらアンタその弁当何杯目だよ?」

「五杯目だがそれがどうした」

 新幹線ではしゃぐ大の大人が二人。子供のように和気藹々と初めての新幹線を満喫していた。一緒にいた千聖達が逆に恥ずかしくなるくらいには今回の旅行を楽しんでいる模様。

 

「…………酔った…………」

「だーから言わんこっちゃねぇ。ほら、お茶でも飲んで休んでろって」

「俺が煎れた茶の方が美味い」

「文句言うな、飲んでろ」

 乗り物酔いで兼定がダウンした。

 

 

 

「はーすげー。あれがこの国の城か」

「城くらいでそんな感心しなくてもいいだろうに」

「何言ってんだ、城だぞ城。拠点だぞ。どう攻め落とすか考えるもんだろ」

「いやすまん、普通は考えない。しっかし城攻めか……どう行く?」

「そうだな、まず俺だったら――」

「なるほどな。んじゃこういうのはどうだ――?」

 収録現場に到着してからも、現地で挨拶をするスタッフとパスパレをよそにエヌラスと兼定があーでもないこーでもないと物騒な話をしていた。

 

「あの二人、私たちよりも今回のロケを楽しんでない?」

「なんだか見てて微笑ましい気分になってきます」

「修学旅行ではしゃぐ男子中学生って感じだよねー」

「これじゃどっちが保護者だかわかんないよ」

「エヌラスさーん、カネさーん。遠くに行っちゃ駄目だよー?」

 日菜の声がちゃんと聞こえているのか二人が手を振って答えている。それを見ていた彩が携帯を取り出した。収録までまだ少し時間がある。

 

「ねぇねぇ。みんなで写真撮らない? せっかくだもん、記念に」

「ナイスアイディア。あの二人も撮っておこ」

「それ、間違ってもSNSにあげたりしちゃ駄目よ? スキャンダルになるから……」

「気をつけるね、千聖ちゃん! お二人もどうですかー!」

 彩が再び声を掛けてみるが、今度は聞こえていないのか何か真剣な表情で考え込んでいた。

 

「いや、やっぱこっからだったら二手から攻めた方が良いだろ?」

「そもそも大前提が間違えてないか? なんで二人で落城する話なんだよ、戦力考えろ」

「いいか兼定。俺は大真面目だ。馬鹿正直に、俺たちでどう城を落とすか、という話をしているんだ。俺が本気出したらこっから城真っ二つにして終わるぞ」

「天守閣から本丸まで一撃とかそっちのがおっかねぇわ。そんなんできるのか」

「……今はできない。やるにはちょっと、日菜達の協力がいる」

 苦い顔をするエヌラスに、兼定は気にするなとでも言うように笑って肩を叩く。

 

「ま、心配しなさんなって。俺がいるからよ、なんとかなるさ!」

「一応。頼りにしてるからな、兼定」

「応よ! で、話の続きだけど――」

「なるほどその手があったか。ならやっぱり――」

 物騒極まりない会話が弾んでいるようなので早めに止めることにした。警察のお世話になるのだけは絶対に阻止しなくてはならない。

 お叱りの結果、二人は車内待機を命じられた。そんな物騒な話を公共の場でするようなのを引き連れて歩いていたらパスパレが何を言われるかわかったものではない。

 

「はしゃぎすぎました、ごめんなさい」

「つい日本文化に触れて気が触れました。もうしません」

「いいから待機していてください」

「「はい……」」

 千聖に怒られて落ち込むエヌラスと兼定をよそに、パスパレは早速打ち合わせを始めていた。緊急時以外出ないようにとも釘を刺されたので車内からその様子を眺める。

 普段の顔とは違って、ひとまず撮影の流れを掴むためにカメラの前で自己紹介を始める五人。慣れている千聖を筆頭にして順調に収録を進めていく。刀袋を手にして、肩に当てながら二人はその様子を見守っていた。

 

「……兼定。あいつ等の気配はわかるか?」

「近くにいればわかるんだがね。微妙なところだ。だが、そう遠くないところにいることだけはわかる」

「どの方角だ?」

「……ほれ、あの天守閣のあたり。薄気味悪い感じがする」

 エヌラスが言われたとおりに城のてっぺん。一対の金の鯱が並んだ大天守を見つめた。確かに、何か靄が掛かったようになっていた。それは人間の目に本来見えないものだ。凝視していると、やがてそこに一人の人間がいたことに気づく。こちらを視ていた――。

 気だるそうに屋根に腰掛けて、自分達と同じように刀を肩に当てて座り込んでいる。何をするでもなく、ただ眺めていた。

 白髪の青年。袴に、ゆるく着流した黒の着物。三つ葉葵の紋様が特徴的な意趣が織り込まれていた。その隣には青い着物に金細工をあしらった華美な長身の男性――ミカヅキが並んでいる。それに気づいたのは、果たしてどれほどいただろうか。

 

「兼定。ミカヅキだ、天守閣の辺りにいる。もう一人は初めて見る顔だ」

「なに? あいつ等もうここまで来てたのか?」

「それ言ったら俺たち二時間でここまで来たからな?」

「しんかんせんって本当にすげーんだな!?」

 改めて現代文化に衝撃を受けながら、兼定は気持ちを切り替える。

 パスパレはまだ撮影の打ち合わせ中だ。撮影スタッフ達と何か話し合っている。この場から離れるべきか、それともこちらから打って出るべきか。だが相手は白昼堂々と抜刀して斬りかかってくるような無法者の輩だ。安全を考えるならば、撮影を中断させてこの場から退避させるべきではあるが――。

 

「何か動きは?」

「いいや。俺たちに気づいてるのは片方だけらしい……いや、待て。あいつら三人組だったはずだよな。あとの二人はどこだ!」

 

 

 

 天守に腰を下ろしている白髪の青年は、刀で肩を軽く叩いていた。その隣に立つミカヅキは、敬うように頭を下げている。

 

「……奴らか? 市井を乱す輩というのは」

「はい。どうか、お力添えをご一考頂ければと」

「…………まぁよかろ。わしも今の世が気に入っておる。天下泰平の世か……このまま眺めていたいものだが、一時の戦乱は致し方なし」

「では、我らもご助力致しましょう。彼らとは少々縁がありますゆえ」

「気が利くな。その策は」

「まずは人質を取ります。いささか非道に過ぎますが、そうでもなければ無用な被害を出すことになりましょう。シシオウとカゲミツを向かわせております」

「ほう、人質と……? なにゆえに」

「交渉の余地あり、と見ておりますので。そのためにはまず場を整えなければなりますまい?」

「一理あるな。ミカヅキ、少々策を弄し過ぎるなよ。わしがひとたび抜けばどうなるか……」

「ええ、存じておりますれば。そのために私が残ります。人質を確保した後は、カゲミツを先んじて西へ向かわせましょう」

「シシオウはどうする」

「ここで切り捨てます」

 ミカヅキは、あっけらかんと断言した。涼しい笑みを浮かべたまま。青年――千子村正として顕現した付喪神は邪気を静かに放って威圧する。

 

「平然と、まぁぬかすものだ」

「これにも理由があります。何しろ我らは、我らの力を知りませぬ。それを知るためには無傷とは行きますまい? 言ってみれば初陣も未だとする若武者同然。自らの力量を知ることこそ長寿の秘訣と」

「ゆえに切り捨てるか」

「ええ。敵方の戦力を知るためにも」

「そのこと、シシオウは存じておるのか?」

「はっはっは、いやまさか。そのようなことは。忠節を尽くすような間柄でもございませねば――ひと言足りとてシシオウの耳には入れてませぬ」

「食えん男だ」

「天下を食らったお人のご愛顧なされた方にはとても頭が上がりませぬとも」

 これまたわざとらしくミカヅキは深く、深く頭を垂れた。雅な立ち振る舞いも、その内に秘めた思惑も策も感じさせないための演技でしかない。しかし、村正は一瞥しただけで城下を見下ろしたまま立ち上がった。

 瓦屋根伝いに駆けるシシオウとカゲミツの背中を見ながら、目を細める。

 

「どうもわしは、妖刀としての側面が強く顕現したらしい。故に、一度抜けば呪いを振りまくこととなる」

「心中、痛み入ります。このミカヅキも月夜の晩は化生の類に近くなります」

「が、あのシシオウは違うようだな」

「ええ――なにせ、怪異退治で名を馳せた一振り。虚実入り交えた逸話をその身に宿したもののようで。さて果たして……あの二人はどう出るか見物です」

「……日ノ本最古の二振り。呼び起こせばこの世を嘆くか?」

「さぁ? それこそ――神のみぞ知る、といったところかと」

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