本丸を見学に来ていた一般客も巻き込んでの合戦、天守閣から飛び出して御殿に降り立ったシシオウは彩を中に下ろした。ぺたんと座り込み、呆然と見上げてくる姿に向けて口の端をつり上げて笑みを見せる。
「お嬢は此処で座って待ってろ」
「ひゃい……」
間の抜けた、魂の入っていない返事にシシオウはさらに笑い声をあげた。その後ろでは無数の骸骨達が錆びた刀や折れた槍、曲がった軍旗をはためかせながら行軍している。白昼百鬼夜行に現実感をすっかり喪失しているがこれは夢でも幻でもなく現実の出来事だ。それを消化するのに彩は少々時間を要している。
「いやしかし。たった二人相手に合戦備えとは少々過剰評価が過ぎるか、まぁいい」
大弓を傍らに置いて、シシオウはその場に腰を下ろした。
本丸御殿の外からは人々の悲鳴と剣戟の音が鳴らされている。さながら戦国絵巻の一幕、自分が囚われの身となった今となっては生きた心地がしない。だがシシオウは不安そうに身を縮める彩のことなど気に止めていなかった。
「い、一体何が目的なんですか……?」
「うん? そりゃあ知る由もねぇ。そういうのはカゲミツとミカヅキの二人に任したからな。戦働きが出来りゃ俺は十分よ。今となっちゃ、自分の力をどれだけ引き出せるかが楽しみで仕方ねぇ」
初めて見た時は肩当てくらいだったが今となってはシシオウは武者鎧に身を包んでいる。兜はないが、鎧が窮屈そうでもあった。大柄な体躯に合わせた物が用意できなかったのか、それとも自分自身を抑え込んでいるかのように。
大鎧をどこから調達してきたのかもわからないが、それは彩にとっては些細なことだった。
「わた、私をどうするつもりですか……?」
「別にどうも。ただ此処で座って待ってればいい、あの魑魅魍魎は村正の指示で動いてるようだからな。顔出して斬られても責任は取らん、なんせ戦だ。敵味方の区別がつくほどの頭があろうがなかろうが、死体なんざどれも一緒よ。射られて斬られて死んでりゃ、語る口も無し。誰が討ち取ったかなんか二の次よ」
ゾッとするような言葉に、しかしシシオウは快活に笑い飛ばす。
「まぁ安心せぇ! 俺が此処であの二人の素っ首落としたらお嬢は俺が貰ってやる。そうでなけりゃあ元の鞘に収まればいい」
「死ぬのが怖くないんです、か……」
恐怖感が麻痺してきたあまり、口からするりと出てきた言葉にシシオウが腕を組んで首を傾げていた。
「怖くないはずがなかろうよ? だが恐れてどうする。いつ死ぬかもわからんのに。死に場所も死に方も選べる時代なら、いやそうかもしれんがね。戦に向かって戦で死ぬんだ、それは武者の誉れよ。縁者に看取られ穏やかに息を引き取るのもまた一つの在り方かもしれんが……生憎と、この時代この場所に忠を尽くす帝もおらん手前、戦って死ぬしかなかろうよ! はっはっはっは!」
ひとしきり笑い飛ばしてから、顎を撫でながらどこか物寂しげに彩を見つめる。
「なぁ、お嬢。ひとつ聞きたいことがあるんだが、いいか? 今の時代に生きる手前にしか聞けないことだ」
「はい……?」
「……いい時代か?」
彩は、その言葉の意味がわからなかった。ただ、ぎこちなく頷く。それにシシオウは、一度だけ唸るとじっと目を見つめていた。
「そうか。いい時代か。なら――斬らなきゃならんよなぁ」
大弓を手にしてシシオウが立ち上がる。それと同じくして、徐々に騒ぎが近づいてきていた。どうやら二人が本丸にまで乗り込んできたようだ。
彩に向けて大弓の弦を三度、鳴らす。病魔退散の願掛け。
「
「……あ、あの!」
「うむ?」
背を向けて本丸御殿から出ようとするシシオウを、思わず呼び止めてしまった。ただの乱暴者というだけではなく、話し合えば刃を交えなくて済むのではないかと思って。しかし、それは獅子のような誇りに泥を塗るようで……。
「あ、えっと……あの――頑張ってくだしあい」
そんな、月並みな言葉すら噛んでしまった。
恥ずかしさで顔を真っ赤にする彩に向けて、シシオウが破顔する。歯を見せて、指差した。
「まこと愛い女子じゃ。桃のように彩る髪に、紅葉の頬が良く似合う」
斬らねばならぬ。斬らねばならぬ、人の世に蔓延る魑魅魍魎のことごとくを。だからこそ、行かねばなるまい――シシオウは蹴散らされている骸骨の群れに交じって本丸まで乗り込んできた二人を笑って歓迎していた。
肌にひりつく緊張感、死の気配が纏わりついてくる悪寒も、高揚感も何もかもがみな懐かしい。
これを知らぬ人の世は、どれほど幸多きことか。
「来たか手前等ぁ! もはや名乗りはいらねぇなぁ!! 叩っ切ってやらぁ!!」
兼定は太刀を振るい、突き出される穂先をいなして距離を詰めると首を切り落とした。靄となって消え失せる骸骨武者に、休み無く振り下ろされる曲がった刀を捌くと胴体を両断して蹴飛ばす。気息を整えて本丸へ乗り込んだ。
エヌラスは倭刀を片手で軽やかに振るって相手の攻撃を受け流しながら、拳で頭を粉砕しながら進撃している。
「アンタ、素手で骨砕くとかどうなってんだ」
「鍛え方がちげぇだけだ。おら行くぞ」
「応よ」
どう鍛えたらそうなるんだ? そんな兼定の疑問をよそに、二人は魑魅魍魎を蹴散らして表二之門を越えて本丸御殿で腕を組み仁王立ちしているシシオウに臨む。
そんなエヌラスと兼定の様子を離れた位置からついてきていたパスパレと撮影スタッフ達、テープを回してはいるがなにせ急な出来事で間に合わせの収録だ。日菜の提案による撮影にエヌラスが苦言を呈していたものの、邪魔をしなければいいとのこと。
これは凄い物が撮れるぞ、と。最初こそ事務所も尻込みしていたが、いざカメラを回すと二人の殺陣と大立ち回りの迫力にのめり込んでいた。
麻弥は眼鏡を直しながら、実戦の迫力に息を呑んでいる。イヴは浅葱色の陣羽織を掛けた兼定の太刀にすっかりご機嫌だ。日菜だけはあまり浮かない顔をしている。
吠えるシシオウが大弓を引いた。弾かれる雷矢を二人がそれぞれ左右に別れて横っ飛びに避けるとそのまま駆け出す。だが、それを阻むように骸骨武者達が並び立っていた。
断ち切り、殴り飛ばし、蹴り飛ばしながら迫ろうとするもののお構いなしに雷矢が立て続けに四発飛んでくる。それをエヌラスが骸骨武者の腕を切り落として奪った刀を投げて威力を弱めると、手短な相手を盾にして防いだ。
「ほう! なるほど。一度に射ることが出来るのはせいぜいが四発か」
弓掛も無しに、小指から人差し指まで用いて弦を鳴らす。その都度、飛んでいく雷にシシオウは静かに頷いた。腰に差した太刀を抜くまでもない。
「だったらこいつぁどうだ!!」
「そんなんありかよ!?」
不意に大弓を掲げ、手首を返しながら弦を放す。曲射された雷矢が兼定の頭上に向かって降り注ぎ、これは堪らぬと逃げ出した。エヌラスめがけて同じく放つと、骸骨武者を蹴り上げて防ぐと同時にシシオウめがけて走り出す。
雷光弓を肩に掛けて太刀を引き抜くと倭刀を防いだ。
「天守閣で待つんじゃなかったのかテメェ等」
「そりゃあミカヅキの話だ。俺が打って出て文句はあるまい? なぁに、五体満足。怪我一つしちゃいない」
刀を弾き、体当てからの前蹴りでエヌラスを押し出すと、上段に構えた太刀を打ち下ろす。身を引きながら防いで、裾から短刀を投擲した。あの日、シシオウから奪ったものだ。それを払い、追撃の足を止める。
「手癖の悪いこった」
「一番悪いのは女癖だけどな」
「はっ、そりゃあ結構なことで。一人はそこの御殿で待ってるぜ、尤も俺の首を落とさない限り返す気はねぇがな!」
太刀を振るい、今度は稲妻を纏わせるとエヌラスに向けて斬撃を飛ばす。骸骨武者を巻き込みながら飛ぶ三日月状の衝撃を気息と共に打ち払った。手元に流れ込んでくる電流を自分の魔力で分解すると、わずかに顔をしかめる。
(くそ、発勁に載せた電流操作もうまくいかねぇか……)
一度だけ、離れた場所で見守っている日菜達を盗み見た。
「兼定! お前は天守閣に行け、こっちは任せろ」
「いいのかよ、一人で。そらよっ! 二人で片付けた方がいいんじゃないのか」
「こっち片付けて後から行く。大弓凌げないお前とかマジ足手まとい」
「アンタがおかしいだけだろうがよ! 仕方ねぇ。そこまで言うなら先に行ってるぞ、
兼定が頭を一度だけ掻いて、骸骨武者を押し退けながら天守閣へ向かう。シシオウはそれに見向きもせずに眉間にしわを寄せていた。
「…………ぬえ? ぬえだと……?」
エヌラスの顔を睨みつけて、歯を食い縛る。太刀の纏う電流が激しく迸る。
「手前……そういやぁなんかおかしいと思ってたが……、そうか。ぬえってのか……!」
「あ? 兼定が勝手にそう呼んでるだけだ、それがどうした」
「この世に
怒りに任せた叫びは、獅子吼の如く。雷鳴にも似て轟く怒声と共に、太刀がどこからともなく落雷に打たれて姿を変えていた。
太刀から、大太刀へとその様を変えてシシオウは身体に黒雲と紫電を纏う。武者鎧もその衝撃に耐えきれなかったのか、焦げ落ちていた。後ろへ流した短い金髪も獅子のたてがみのように伸びて輝いている。
右半分だけ着崩してシシオウは改めて大太刀を担ぎ上げていた。
「怪異、絶つべし――!」
「てめぇ鏡見て言いやがれ」
身体から発せられる殺意と覇気に、エヌラスは思わず毒づく。倭刀を翻しながら構え直した。
その一部始終を、ミカヅキ達は天守閣から眺めていた。当然、こちらへ向かって駆け込んでくる兼定の姿も捉えている。しかし、注目すべきはシシオウの姿。
「ほほう、アレが……さしずめ“雷獣”獅子王と言った佇まいか」
千聖も気になって見ていたが、こんな状況でもカメラを回している撮影スタッフと様子を見ている日菜達に少し安心した。こんなことになっていても変わらない姿は逆に安心感が得られる。
「ああ、ありゃあ手を焼くのう。怪異退治で名を馳せたもんが、怪異に成り下がっておるわ」
「いやいや、成り下がるとは言いますまい。むしろあれこそが我らの在るべきところ。妖怪なりますれば」
「ま、人を斬っただの物の怪を斬っただのと後生に吹聴されては無理もないか」
興味深そうに頷き、眺めている村正が何かの気配を捉えてか不意に視線を外した。
「ほう。あいつは随分と勇ましいことだ。さっきより駆ける速度が上がっておる、じきに着くだろうよ」
「ならば歓迎せねばあるまい。さて、私としてはシシオウの全力も見られたことで満足です」
「……あんなのが、日本中に? とても信じられませんけれど」
「おや。見るのは初めてでしたか? はてさて……」
なにか腑に落ちない様子でミカヅキが顎に手を当てて考え込んでいる。
「白鷺の姫君、お聞きしますが……もしや、怪異は初見ですかな?」
「ええ。こうして目の当たりにするのは」
「なるほど。うむ、なるほど……よほど身を隠すのが上手かったのでしょうな」
「? どういうことですか」
「あなた方の学び舎に、なぜ我々が姿を現したかお分かりですか? それは、人の世を乱す怪異の気配が漂っていたからです」
「……………………まさか」
「ええ、そのまさか。アレこそが人の世を乱す輩に相違ありません。いや――乱した、というのが正しいかもしれませんがな。故に、斬らねばなりません。我々が」
確かに、何か違和感はあった。しかし、まさかそこまでとは考えにくい。それを言ったら、自分達はどうなのか。
「ならどうして、全員で力を合わせて一丸となり、討とうとしないのですか?」
「それは、我らが力及ばぬからです。なにせただの“あやかし”ですからなぁ。相応に力を持つ者でなければ……例えば、神仏の域に達した者など――無論、求められれば貴方を贄として差し出すこともやぶさかではありませんが」
「――――」
寒気すら覚える能面のような笑みに、千聖が後ずさる。だがミカヅキは頭を軽く下げた。
「冗談にございます。仰ったように、我らの旅路に付き添いいただく貴方には神であろうと指一本触れさせませぬ」
「……笑えないですよ」
「妖怪なりの気遣いゆえに、無礼も笑って許されよ」
「力及ばぬと知っていて仲間をけしかけたのも、冗談や無礼で済ませるつもりで?」
「それも策のうち。この先、何が起こるかわかりませぬからな」
「貴方には、人の心というものがないんですか」
嫌悪感を露わに、千聖が軽蔑の視線を向ける。村正はそれに同意するところがあるのか、静かにミカヅキの背中を見つめていた。
不意に、微笑みが消える。ミカヅキは笑顔の能面を外して、素顔を露わにして答えた。
「ありませぬ。人ではないので。私達は姿形がそれというだけのこと。それが、なにか――?」
ただ、無。なにも感じさせなかった。
目の前にいることすら危うい存在感でミカヅキは千聖に言葉を返す。
「おう、そこらにしておけ。そろそろ此処まで迫ってきておるぞ」
「おっと、失礼を。では貴方様は村正殿のお側にてお待ちを。矛を交える可能性が高いので」
勇ましい足音が老朽化の進んだ天守閣の骨組みを軋ませていた。
ただ、座して待つ。全ては万事つつがなく、計画通りに進んでいる――。その思惑が何れの者かは定かではないにせよ。
「――ミィカヅキィィィィッ!!!」
「来るなりの歓迎だな、兼定。まぁまずは掛けたらどうだ? 道中ご苦労であったな」
近衛兵として置いていた一回り体格の大きい骸骨武者を蹴り飛ばしながら、兼定は天守閣に辿り着く。腰を下ろしているミカヅキの顔を見るなり太刀を向けるが、村正が太刀を抜かず鞘で殴り返していた。頬面を強烈に打たれて床に倒れる姿に、鼻を鳴らす。
「猪武者の大うつけ者が。掛けろと言うておろうが、どっこら……」
浮かせた腰を再び落ち着かせ、鞘を手元に置く。あぐらをかいて頬杖をつくが少々機嫌を損ねていた。兼定も出会い頭に一撃を食らい、咄嗟に斬りかかろうとするがミカヅキの静かな佇まいに加えて千聖が二人の背後で正座している姿を見て刀を鞘に収めると乱暴に腰を下ろす。
「それで良い。さて……では、斬り合いの前に話し合うとしよう」