【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第四四幕 妖刀・千子村正

 大太刀を掲げ、稲光と共にシシオウが打ち下ろす。剛剣をいなして、エヌラスは足で刃を上から押さえ込んだ。刀を足蹴にした挙げ句、綱渡りのようにその腹を足場にして接近しようとするのを力任せに振り上げて防ぐ。

 聴勁によって力の動きを感じ取り、即座にその場で宙返りすると着地した瞬間に跳ねて間合いを詰めた。だが、シシオウは上から抑え込む形で大太刀を叩き落とす。倭刀を背負う形で刃を重ねて逸らしながらエヌラスが回避と同時に回し蹴りを打ち込んだ。裸身を晒した右胸を蹴りつけ、反動を震脚で地面に落とす。

 一拍の整息から、気迫と共に倭刀を横薙ぎに振り払った。大太刀を引き込み、背に手を当てて防いだシシオウの身体が不意に浮き上がる。土埃を巻き上げ、少なくなった骸骨武者を吹き飛ばしながら倭刀の一閃によって大きく吹き飛ばされた。

 先程とは打って変わって、シシオウの手が衝撃に痺れている。

 

「すぅ──」

 左胸の銀鍵守護器官による魔力の最適化はこれまでの不調が嘘のようだ。魔導発勁の調子もすこぶる良い。エヌラスは慣らしがてら、倭刀を弄ぶ。

 背後から斬りかかってくる骸骨武者の刀を見向きもせずに避けて、代わりに裏拳で頭骨を粉砕して倒す。四方から押し寄せてくる刀と槍を、無手で叩きながら倭刀で打ち払い、氣功を打ち込んでことごとく破壊していく。

 その様子を見ていた麻弥達が呆然としていた。さっきまでの苦戦はなんだったのか、とでも言いたげにしているが日菜もご機嫌だ。

 

「ひ、日菜さん。あの……」

「エヌラスさんならもうだいじょーぶっ。今はすっごく“るんっ♪”てしてるみたいだから」

「はい、ヒナさんとの愛の力ですね!」

「そうなのかな?」

 大弓の四連射。三発の直射から、最後の一発だけは曲射で正確無比に狙い撃つ、それだけでもシシオウの武術の腕は驚異的だが、その全てを払うだけに留まらず距離を詰めていくエヌラスもまた度肝を抜く。

 何がおかしいのか笑っていた。シシオウは満面の笑みを浮かべている。

 大弓が決定打にならないと見たのか、地面に突き立てた。口腔から電撃混じりの吐息を漏らすと大太刀を構えて迎撃する。

 通常の武者であれば、馬上から用いる得物をシシオウは怪力と自らの武芸によって自在に振るっていた。刀身すら握りしめて刺突武器としても扱い、それは最早大柄な太刀であるよりも薙刀や槍のように変幻自在に太刀筋を変えている。だが、そのいずれもが恐ろしい膂力で支えられていた。

 一度振るえば風を巻き起こし、二度振るえば土をめくり、三度振るえば雷鳴と共に暴風が荒れ狂う。“雷獣”の名に相応しい益荒男を前にして、エヌラスは倭刀を軽やかに振るい、切っ先を逸らして刃を鳴らしていた。

 太刀を合わせる度に電流が流れ込んでくる。チクリとした痛みが走るが、これを逆手に取る形でエヌラスは“充電”していた。

 雷刃を打ち返し、鍔迫り合いながら迫る。

 

「ッシャアァァァァアッ!!!」

 獅子吼の如く、猛り狂うシシオウ。踏み込みの一歩一歩が重い、まるで重機のような足取りだ。地面を鳴らしながら押し切ってくる相手をエヌラスは正面から受け止めている。互いに放電しながら眼前に迫った顔から視線を外さない。

 斬らねばならぬ。斬らねばならぬ──人の世を乱す輩を。だが、それ以上に今は過去の因縁を断ち切らねばならぬ。己の誉れとして。誇りとして。

 時の帝を病床に臥せ、京の都を恐怖と混沌に陥れた物の怪を。

 ──鵺。

 時代を越えて。姿を変えて。人の言葉を解し、人を誑かし、人を陥れる怪異こそを、今度こそ。

 

「手前は……! 俺が、斬らねばならぬ! 俺が“あの御方”に変わって斬らねば!! 人に仇なす怪異を、人の世に蔓延る魑魅魍魎の尽く!」

 シシオウの怒号と共に、放電が一層激しくなる。力任せに振り抜いた大太刀に弾き飛ばされる形でエヌラスが大きく後ずさった。その全身に紫電が奔っている。

 本丸御殿を横断する形で二人の距離は大きく離れていた。その彼我の距離を詰めることなく、シシオウは自らが持つ全力を尽くして大太刀を振り下ろす。

 黒雲を纏い、雷鳴を轟かせながら破邪顕正の紫電を豪快に振るっていた。

 

「奇遇だな。俺もテメェら尽く斬らなきゃならん」

 独り言のように呟く。倭刀を鞘に収めていたエヌラスは神経を研ぎ澄ませていた。精神集中の一拍、術式解明、雷光を魔術で分解していく。むせ返るほどの瘴気を祓うシシオウの稲妻は、確かにそれなのだろう。破邪の光として人の世を照らし出すものだ。だが、そうであっても踏み躙る形で容易く魔術理論による解明と分解は動きひとつ見せることなく行使される。

 必滅の雷刃は、エヌラスに届く前に四散していた。四方に飛散する紫電を、魔術によって手繰り寄せる。

 シシオウの動きは早かった。戦時における不測の事態に、咄嗟に対応できたのは武芸物としての嗅覚。

 

(あの太刀ならここまでの間合いを詰める時間がある──!)

 惜しむらくは、それが普通であったこと。

 至極残念ながら、最初からエヌラスの射程距離からただの一度もシシオウは逃れ得る術を持たなかった。

 

「“超電磁抜刀術(レールガン)”──」

 魔導発勁を乗せた、神速の居合。外道抜刀術。如何なる距離にあっても、光速で飛来する斬撃を防ぐ術はない。

 

「壱式“迅雷”」

 鞘の内部で陰と陽の二極を極限まで引き合わせ、抜刀と同時に解放する。

 シシオウは防ぐ間もなく、その斬撃を身に受けることとなった。しかし、僅かにだが身をよじったことで左腕が消し飛ぶだけに留まる。痛みもなく、熱だけが顔まで焦がしていた。

 腕一本あれば、まだ太刀を握れる。前へ踏み込もうとした矢先、悪寒が走った。

 振り抜いた倭刀の切っ先を向けたまま、エヌラスが一度だけ整息する。

 

「──絶剣無式・八獄(はちごく)

 

 ()()()()()()()がシシオウの首を狙っていた。肌に焼き付くような気配に、自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「見事也──ぬえ」

「“二輪懸かり(バレルロール)”!」

 太刀が翻る。燕が舞うように、軽やかに。その軌跡をなぞる形で手繰られた雷刃が逆袈裟にシシオウの胴と首を撫でる。痛みはない、ただ鼻に肉の焼けた嫌な臭いだけが立ち込めた。

 その場に崩れ落ちそうになるのを踏ん張り、シシオウは大太刀を地面に突き立ててエヌラスを睨む。

 

「嗚呼……面目、次第もございませぬ……頼政公──貴方様でなければ、俺は……鵺を、討ち取れませなんだ……!」

 目頭が熱く、頬を濡らす一滴の涙が落ちる。

 ──獅子王は、鵺退治に用いられた太刀ではない。それは、怪異退治の褒賞として賜った物。

 そうで、ありたかった。怪異に恐れられるものでありたかったのだ──あの御方のように。

 

 膝から崩れ落ち、仰向けに倒れたシシオウは視界に広がる青空に向けて力なく笑っていた。目だけで周囲を見れば燦々たる有様で。これではまるで己が怪異そのものではないか。

 所詮は己も妖怪かと……二度と目覚めぬ眠りに落ちようとしていたその時に、足音に視線を向けた。自らの傍に、誰かが屈み込んでいる。

 春の山より彩り鮮やかな、桃の髪。恐れに恐れ、なけなしの人情と勇気を振り絞って健気にも震える両手を合わせている。

 斬って、斬って、斬って。殺して殺されての戦場しか知らぬシシオウにとって、その菩薩のような慈悲は何にも勝る褒美であった。

 

「……成仏、してくださいね」

 涙に震える声に、応えようとした。だが、もう声は出なかった。

 ひょー、ひょー、と微かな吐息だけが口腔から漏れる。

 代わりに──笑ってやることにした。

 お天道様の下で、おなごの情けに合掌と合わせて看取られては迷わず逝けよう。

 

 ──シシオウの身体が薄れていく。霧のようにその輪郭が薄れ、やがて消滅した。

 残されたのは、地面に突き立てられた大太刀と鞘。日光を浴びて毅然と輝く一振りがそこには残されていた。

 

 エヌラスは気息を整える。骸骨武者達はシシオウの大太刀で一匹残らず斬り捨てられてしまっていたが、本丸も大変な被害を受けていた。

 シシオウの骸に手を合わせていた彩が鼻をすすっている。だが、エヌラスに気がつくとその場に尻もちをついて大粒の涙を流し始めた。

 

「彩、大丈夫か?」

「…………ふ……」

 あ、これヤバいやつだ。そう思った頃にはもう遅い。彩がボロボロと泣き始めていた。

 

「うぅぅえぇぇ~~ん!!」

「あー、うん、こわかったよな。ごめんな、大丈夫か? もうこっちは終わったから安心していいぞ、だから泣くな」

 頭をくしゃくしゃに撫でてやり、立てるかと手を差し出すが腰が抜けているらしい。背中を何度もあやすように叩いてやるとしがみついてくる。胸に頭をうずめてぐずる彩に怪我一つ無いことに安心していたのも束の間、エヌラスは駆け寄ってくる日菜達に預けることにした。

 

「アヤさん! ご無事ですか!?」

「うん……ぐすっ……こわかったぁ……」

「あーあ、メイク落ちちゃってるよ。はい、ハンカチ」

「ありがどぉ日菜ぢゃん~……!」

 やはり友達に囲まれているのが一番安堵していられるのか、ますます大泣きしている。

 あとは、天守閣に向かった兼定の方が気にかかる。エヌラスは額の血を袖で乱暴に拭うと彩達に背を向けて合流しようとするが、見上げた先で兼定が瓦屋根に身体を打ちつけていた。

 

 

 

 外の騒ぎが一段落した頃に、村正は重い腰を上げる。外の決着がついた以上、ミカヅキをここに留めておく理由がない。

 

「そこまでぃ!」

 あわや、額を割られようとしていた兼定を守るようにムラマサはミカヅキの腕に鞘を打ちつけていた。横からの衝撃に、柵に刀を取られてようやく太刀を収める。

 

「まったく、お前さんも先を急いでいる身分だろうに。ほれ見てみぃ、外はもう仕舞いじゃ。わかったらさっさと城から出ろ」

「これはこれは、申し訳ありません村正殿。私としたことが、つい。兼定、勝負は預けよう」

「待ちやがれ、勝ち逃げするつもりかテメェ!」

 背を向けたミカヅキに向けて手を伸ばす兼定の襟首を掴み、村正は片手で床に叩きつけた。背中からの強烈な衝撃に咳き込んでいる間に千聖を抱えてミカヅキは会釈する。

 

「では、村正殿。後はお頼み申します」

「おう。道中気をつけてな、ミカヅキ。白鷺の姫さんも、コイツを渡しておこうか」

「? これは……」

「何かあったらわしの名と共に出しとけば知っとる奴は悪いようにはせんじゃろうて。では達者でな」

 それは、三つ葉葵の家紋が入った扇子だった。千聖はそれを大事そうにポケットに入れると、ミカヅキに抱えられて城から飛び出す。

 兼定が立ち上がると、それを容赦なく村正は蹴飛ばした。

 

「お前さんはちぃっとばかり気合が足りとらんようじゃのぅ、わしが一発入れ直したるわ」

 老朽化していた柵が崩れ、兼定は天守閣から下の階層の屋根瓦に身体を打ちつける。

 

「しっかし、あの若造。奇妙な剣術を使うのぅ……おぉい兼定! 今そっち行くから待っちょれ」

 鞘を振り上げながら飛び降り、着地際に頭に向けて振り下ろす。転がり避けながら立ち上がる兼定の胴を突き出し、態勢を整えようとするところへ前蹴りで更に蹴り落とした。

 今度こそ高所から落下することになった兼定を、駆け出していたエヌラスが何とか受け止める。

 天守閣から小天守、本丸に飛び降りた村正は首を慣らし、肩を回して歩み寄った。

 

「おぅ、天晴な戦ぶりだったぞ若造! わしは千子村正、お前さんは?」

「エヌラスだ。おい、兼定。千聖はどうした」

「げほっ、悪い……ミカヅキのやつに連れて行かれた。だが姫さんも何か考えがあるらしい」

「まぁそういうこっちゃ。悪いがここでわしの相手してもらうぞ」

「そんな暇ねぇんだよ、退きやがれぇ!」

「おぅいおい。人の、話を、聞かんか」

 問答無用に斬りかかるエヌラスの小手先を鞘で打ち、胴を蹴飛ばし、鞘を突き出して押し返す。まるで殺気を感じさせない動きに、しかし実力の高さが窺える。

 

「抜く気はなかったが、まぁ二人掛かりならええか」

 村正がそこで、ようやく鯉口を切った。柄を握り、刀を抜こうとするが異様に遅い。引き抜くのを何か見えない力で抑え込まれているかのように。

 

「──わしはな、呪われとる。先の屍はわしの尖兵じゃ。そいつらの無念も怨念も怨恨も全部わしが背負わされた。人は言う、妖刀村正と。まぁこうなっちまった以上は四の五の言う気はないが……気張れや二人とも」

 ぞぶり、と。まるで赤い泥のように鞘から溢れ出す怨念、怨霊。村正の足元に広がる血溜まりからは無念の声が囁かれていた。だが、それでいて村正自身は気にせず笑っている。

 

「わしとて今の世の平和は気に入っとる。まかり間違って戦国なんぞに戻さんでくれよ?」

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