シシオウの一戦から間もなくして千子村正との交戦となるエヌラスと兼定だったが、二人ともに手負いのままだ。それを見ても加減する気はないのか、血染めの刀で肩を叩く。足元には赤い泥の血溜まり、村正が歩く都度に呪詛が跳ねる。
笑みを湛えながら大股で近づいてくると、シシオウが倒れていた場所に突き立てられた大太刀とその鞘に目配せする。鞘の下に古ぼけた直刀が落ちているのを見て、村正の注意が逸れた。その隙を逃さず、二人が同時に斬りかかる。
しかし村正は一瞥したままに兼定の太刀を捌き、エヌラスの身体を正面から蹴りつけた。体勢を崩してから渾身の一刀。それを防ぎ、歯を食い縛りながらも二人が後方へ吹き飛ばされる。何とか踏ん張るが、見た目の幼さとは裏腹に剣術も体術も剛毅な太刀筋で芯の通った一撃だ。
両手で太刀の柄を握り、平晴眼で構える村正には隙が見当たらない。それに加えて身に纏う呪いが攻め込む猶予を与えなかった。
エヌラスは内傷を内勁と魔術回路による自己再生で修復しながら、呼吸を浅く静かに整える。
兼定もまた、身体の痛みもさることながら、ミカヅキの話に太刀を鈍らせていた。横目で隣に立つエヌラスを盗み見る。
(裏切れ……裏切れだと? コイツを? 出来るかよ……そんな真似)
シシオウを討った直後、相当な苦戦を強いられたのだろう。雷光に身を焦がされ、雷刃を凌ぎ、大太刀と剣を交えて消耗している。そして、背後に少女達の命を背負いながら前を向いていた。自らの苦を飲み込んで、おくびにも出さない。
──確かに、ミカヅキの言う通りだ。あの日、あの時、多勢に無勢という理由一つで加勢した。自らの宿にも招き、同じ卓で飯を囲み、短い間ではあるが世話になった。数えきれないほどの恩がある。恩返しなど、それこそ飯を作ってやったくらいだ。
そんな兼定の顔を見て、村正が不意に構えを解く。
「なんだなんだ、兼定。その気の抜けた顔は? 考え事をして振るえば刃が鈍るぞ。それほどミカヅキが気にかかるか。そんな余裕がお前さんにあるかね? わしを前にしておきながら何とも移り気なことだ」
エヌラスが先んじて踏み込み、倭刀を振るう。太刀を合わせ、鍔迫り合いに持ち込むと村正が唸った。
「ほう、良い刀だ。よく粘る」
「こんの──!」
「だがちぃとばかり太刀筋が鈍いぞ、若造!」
根を下ろした大木のように村正が受け止めたまま動かない。よく見れば、足元を赤い骸骨が支えていた。それは当人の意思とは別に、呪詛溜まり達の意思によるものだ。
当て身にてエヌラスを突き飛ばして八相の構えから太刀を打ち下ろす。防いだもののたたらを踏む姿に、更に蹴りつけた。斬り込むことも出来たはずだが、敢えてそうはしない村正に兼定が眉をひそめる。
「お前さんらと違って、わしは斬る理由なんぞないからな。せいぜいが活人剣よ。だが、手を抜いたままではこちらも張り合いがない」
村正が着物を脱ぎ、半裸のままに構えた。浮き上がる筋骨たくましい体つきに、呪詛が付きまとう。刀の背で肩を叩き、足元の血溜まりに切っ先を落として血飛沫を飛ばした。
「ほれ、まぁなんだ? 囚われの姫君を助けに行く気概ひとつ見せんか」
血が蠢く。そこから新たに骸骨武者達が這い出すと、手にした刀を抜いて二人を包囲した。
「おい、これはまずいんじゃねぇか。ぬえ?」
「問題ねぇ。俺が片っ端から蹴散らす。今は調子が良いんだ」
「そりゃあ頼もしい限りで! そらよっ!」
「あとはテメェが合わせろ、兼定っ!」
「応ッ!!!」
倭刀を投げつけ、槍武者の胴体を貫く。無手で刀を捌き、掌底で兜もろともに気を送り込み破裂させた。その技には兼定も肝が冷える思いだが、先程までとは違って一撃一撃の威力が桁違いだ。
「どんな手品使ってりゃそうなるんだか!」
「生身の身体が鋼に劣ると思うってんなら、そりゃお前らの鍛錬不足だ! どぉりゃあ!」
「はっはっは、お前さんのそりゃ気功術ってやつか! 面白いな!」
自らの兵を粉砕されながらも村正は笑っている。異国の技を目の当たりにして興味が尽きないようだ。
裏拳ひとつで骸骨武者が爆ぜる。蹴撃で地面に埋まる相手を踏み越えて兼定とエヌラスが村正に向かう。そのついでと言わんばかりに倭刀を拾い上げていた。
二人の剣撃をそれぞれ別に捌きながら立ち回る村正の剣術は派手さこそないが、高い実力が窺える。それはシシオウの怪異の力などではなく、一介の侍としての腕だった。
息もつかせぬエヌラスと兼定の連携を前にして一歩も引かず、腰を据えた一文字にて二人の刀を同時に押し返す。だが、眼前に開いた掌底が迫り額を打った。それには堪らず後ずさるが、歯を食い縛った兼定が踏み込む。
「っとっと、おうその意気だ!」
弾き、捌き、すり足で脚に砂利を乗せると振り上げて目潰しする。剣術のみならず、実践的な応用力に、やはり村正は笑っていた。だがその隙を庇うように血染めの骸骨武者達が兼定に襲いかかった。背後から突き出された倭刀が頭蓋骨を捉え、まとめて吹き飛ばす。返り血を全身に浴びながら村正が目元を拭う。
気迫と共に、兼定とエヌラスが刀を振るった。左右から迫る凶刃を太刀で払い、片方は体捌きで受け流す。
太刀の起こりを感じさせぬ突きを、エヌラスは自らの身体で受け止めた。刀身の腹を拳で塞ぎ、刀を封じる。急所をずらしてはいるがそれでも妖刀と呼ばれる刃を平然と受け入れる姿にますます破顔した。
「──っ!」
刀が抜けない。しかし、兼定の刃を防ごうと足元の呪詛溜まりから無数の腕が伸びる。
不意に、刀を止めた。虚を突く一撃に村正も一手遅れる。
「ぬかったか!」
「おらぁぁぁっ!」
身を翻しながら脇腹を切りつけ、背後に回った兼定に向けて、エヌラスが村正の身体を蹴飛ばした。
背後で太刀を身体に引きつけて構えていた兼定が胴を貫く。
肉を裂き、骨を断たんと太刀を押し込み、抉り込みながら背に腕を当てて押し上げようとしていた。村正が身を貫く刃を押し留めんとするが、倭刀が閃く。
腹を真一文字に断たれ、ますます血を吐き出すと兼定が刀を振り抜いた。
エヌラスと兼定が同時に村正の身体を貫き、斬り抜ける。自らの血を振りまきながら、村正は血を吐き出しながら突き抜けた笑い声をあげていた。
「はっはっは、はっはっはっはっは! やればできるじゃあねぇか! その意気よ。兼定、そっちの若造もな。今も良い侍がいるじゃあねぇか! ならば良し、世は事もなし! わしも安心して逝けるわ!」
「村正、アンタ……」
「言ったろう、わしはせいぜいが活人剣よ! 斬って殺すのはお前らに任すぞ」
村正は鞘に刀を収め、億劫そうにその場に腰を下ろして胡座をかく。死に際にあってなおも崩さぬ胆力には兼定も驚かされる。
「ミカヅキにゃあ気をつけい。あ奴だけは、何か妙だ。わしらの中でも、一際な」
「アンタ、何を知ってるんだ」
「いやぁ、なぁんも知らぬよ。だがわしは今の世の平和が気に入っておる。故に、ここらが引き際と見た。わしのような妖刀が乱すにゃ惜しいわ」
自らの血に塗れながら、刀に頭を預けて目蓋を閉じた。
「今の世は、今を生きる奴らで何とかせぇ。うちの三河武士に負けん気迫で行くが良い──」
最期まで村正は笑って、そのまま静かに姿を消す。残されたのは、ただ一振りの妖刀。
エヌラスと兼定は本丸に漂う瘴気の気配が消え失せたことを確信してから刀を収めた。
玉のような汗を拭い、兼定は村正を拾い上げる。
「……こうして見りゃあ、本当に俺たちは付喪神ってだけの妖怪なんだな」
「兼定。ミカヅキは千聖を連れて西へ向かっているんだな?」
「ああ間違いねぇ。どういう思惑があるんだか知らねぇが」
「だったら今すぐにでも追いかけるぞ!」
「どこに行ったのかもわかんねぇのにか!?」
「だから今すぐ行くんだろうがよ!」
相変わらず血の気の多いエヌラスだが、顔色が優れない。左肩を押さえたまま顔をしかめる。
「お、おい。大丈夫か」
「ちょいと身体に入り込んだ呪いを解毒してるだけだ。気にすんな。一晩寝りゃ治る」
「だったらミカヅキ追うのは明朝からでも遅くはないだろ?」
「俺のことよか千聖が気がかりだ」
「…………」
自分の命より他人の命。ミカヅキに押し負けていた自分の未熟さを痛感する兼定は静かに鞘を握りしめる。
シシオウの傍まで歩み寄り、野ざらしの大太刀を鞘に収めると、その下に隠れるように落ちていた古い直刀を見つけた。錆付き、刃が劣化によって欠けている。相当な歳月を感じさせるだけでなく、刀身から何かの気配を発していた。
「こいつは……」
「どうした、兼定。なんか見っけたか?」
「あ、いや……なんでもねぇさ。アンタこそ、今は身体を休めておけよ」
兼定は拾い上げた刀を鞘と一緒に陣羽織でくるむ。
ようやく治まった本丸の騒ぎに離れていた彩達が駆け寄ってくる。エヌラスの左手から滴り落ちる血を見て、日菜が顔を見上げていた。
「エヌラスさん、また怪我してるよ?」
「この程度、どうってことねぇ。それより、悪い。千聖は連れ去られたらしい」
「で、でも千聖ちゃんなら多分大丈夫だと思います……何か考えがあるって言ってましたし」
「……本当か?」
彩が深く頷く。それは、千聖への信頼の裏返しでもあった。
「え~とですね……とても言いにくいことなんですけれど……」
「どうした、麻弥?」
「これ、どうするんですか? それに日菜さんの思いつきで撮影しちゃいましたけど……絶対ただ事じゃないですよね?」
エヌラスと兼定が顔を見合わせ、それから呆然としている撮影スタッフ達に視線を見やる。もしも一連の出来事が放送でもされようものなら、大騒ぎだ。現時点でも相当な騒ぎとなっているが。
首を慣らし、静かに息を吐き出して──エヌラスが体内の魔術回路を起動させて一度だけ踏み込んだ。カメラマン達に向けて放たれた紫電が地を這い、電子機器をショートさせる。
突然壊れたスマホやカメラを不思議そうに見つめていた。
「エヌラスさんって電気ネズミみたい」
「その気になりゃあ街一つ停電させられるぞ」
「とにかくお二人の手当もしませんと。救急車を……」
「呼んだりなんかしたらそれこそ騒ぎが大きくなるよ? 普通の身体じゃないんだから」
「じゃあどうするんですか」
エヌラスは放っておいても治るが、兼定はそうもいかない。
「とりあえず、めちゃくちゃ疲れた……先にホテルで休ませてくれ……」
「それが一番だよね。後のことはあたし達に任せて、二人は休んでた方がいーよ」
「そうです。チサトさんを取り返すにはお二人の力が必要不可欠ですからしっかり傷を癒やしてください!」
「……なら悪い。ちょっと休ませてもらう」
──パスパレ名義のホテルの一室で、エヌラスと兼定は救急箱を開けて怪我の手当をしていた。事態の収束は日菜達に任せるとして、二人は治療に専念する。
傷口を消毒して絆創膏を貼り、包帯を巻きつける。
「ぬえ、アンタの肩口の傷。背中まで抜けてるぞ」
「知ってる。まったく、流石は妖刀と名乗るだけはあったわあの野郎」
傷口から入り込んだ村正の呪いは魔術回路によって解呪しているが、濃密な呪詛の気配はそう簡単に治りそうもない。調息と魔力の運用を同時に行い、左肩から全身に巡らないようにするので今は手一杯だった。
「……すまねぇ。俺が未熟なばかりに」
「あーまったくだ。テメェが未熟なばかりにこんな無茶した挙げ句に千聖が連れて行かれた」
「っ……」
まったくもってその通りだが、何も追い打ちをかけなくてもいいだろうに。兼定が悔しさに歯ぎしりするが言葉を堪える。
「だから俺より先にくたばるなよ。テメェにゃ千聖を取り返すまで働いてもらうからな」
「……嗚呼。誠にかけて、必ず。アンタこそ、あんまりそんな無茶すんなよ。あの子達が悲しむだろうが」
「俺の無茶は今に始まったことじゃねぇ。身体の傷跡見りゃ分かるだろうが」
背中合わせに腰掛けているエヌラスの背中までもが傷だらけだ。普通ならば逃げ傷と蔑むところだが、共に戦った仲だからわかる。敵を前に逃げるようなことだけは絶対にしない男だ。誰かの命を理由もなく背負って、どんな絶望だろうと立ち向かっていくだろう。だからこそ、こうして共にいて危うさも手に取るようにわかる。
自分の命の価値をあまりにも無碍に扱い過ぎる。ずっと独りだったのだろう、誰かに辛うじて引き止めてもらわなければどこともしれない戦場で命を落としていたはずだ。もしくは、そうして誰かが引き止めていたからこそ、立ち止まれなくなっているのか。
「……アンタがそうまでして戦う理由が、あの子達にあるのか?」
「────」
唇に触れた微かな感触を思い出す。
氷川日菜の献身を思い出して、エヌラスは自分の中にある感情を整理する。それは決して口には出さない。自分が手にしてはならないものだ。この世に生きる、この時代の人間が得るべきもの。だから、その幸せを彼女達自身が安心して手に入れることが出来るように身を粉にする。そのためなら骨が砕けようと肉が断たれようと構わない。
まだ死ぬわけにはいかない。まだ、自分の始めた戦いは終わっていないのだから。
「戦う理由なんてのは、最初からひとつだけだ。それに巻き込まれたアイツ等を放っておけるか。そんなの、後味が悪いだろ。見捨てたりなんかできねぇよ」
「……その理由ってのは?」
「お前にゃ関係ないだろ。そんなん言ったら、なんで俺に肩入れするんだ。兼定は」
「そりゃ……一宿一飯の恩義があるからだ」
「むしろ飯の恩は俺の方なんだけどな」
「ははは、アンタ本当に飯作れねぇんだからお笑い草だ」
「うっせ。いいんだよ、他人の作った飯ほど美味い飯はないんだから」
「作る方の苦労も知らずによく言うぜ」
「飯にありつく苦労も知らんくせに言ってくれる」
間を置いて、やがて二人が笑いだした。
ひでぇ奴だとお互いにお互いを笑い飛ばす。
傷だらけでも、生き残った。まずは互いにその健闘を讃える。
「兼定、全部終わったら焼肉行くぞ」
「アンタ、肉を真っ黒にしそうだけどな」
「うるせぇ。焼き肉だけは作れるんだよ」
「焼くだけじゃねぇかよ、卵も割れないくせによくそんなこと言えるな!」
「じゃかぁしい、傷に響くから大声出すな!」