【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第四六幕 氷川日菜の勝利?と白鷺千聖の機転

 ホテルで休んでいたエヌラスと兼定。日が暮れてからスタッフ達との話し合いを終えた彩達がやってきた。事情聴取が始まるかに思えたが、なんとも微妙な顔をしている。あれだけの騒ぎがあったというのに、そそくさと逃げるように二人から離れていった。

 一連の事件をまとめてしまえば、表向きは白鷺千聖の誘拐。その本性は、日本の刀剣が付喪神と化して悪事を働いているという実にオカルトハンター向きの案件だ。問題の解決には千聖の現在地と相手の目的地が判明しなければ動きようがない。その頼みの綱も今は彩だけだ。

 千聖の話では、何か考えがあって同行したようだが……。

 

「……それで、結局どういう形で話がまとまったんだ?」

「機材の故障に、千聖ちゃんの誘拐。さすがに誰かが警察に通報したみたい。でもそこはあたしが上手くやったから大丈夫。超自然的現象とかそういう感じで」

「よーし警察の出る幕じゃねぇって事を誠心誠意込めて説明してやったんだなよくやった」

「ものすっごく怪しい目で見られたけど、ほらオカルトブームだし?」

「平和ボケしてんなぁ日本!」

 そんなんでどうにかなるのか。甚だ疑問だったが、どうやら真実は少々事情が異なるようだ。

 

「でも実際のところ、どうやら上の方から圧力がかかったみたいなんですよ」

「そういえば、プロデューサーさんやスポンサーの人たちも電話掛かってきてからさっきの事件に口を出さなくなったような……」

「どういうことだ?」

「わかんないです。あと、気になってSNSも覗いたんですけど動画の投稿が一件も見つからなくて……」

「…………それは妙だな」

 明らかに情報規制がかかっている。しかし、そんなことが出来そうなのといえば――いた。心当たりがある。一人だけ。あの家なら間違いなくできるだろうというそんな確信があった。

 

(だけどそんなことして弦巻家になにかメリットでもあんのか?)

 国家の安全保障上そういった情報統制も必要とされているのなら、相当な事態だ。いやだって日本狭いんだもん。かといってそれを免罪符にしてまかり通るわけにもいかない。いっそバックアップに弦巻家がついてくれたら思う存分破壊活動できるのに、なんてことを考える。

 ――今までずっと自分の破壊活動を金銭面からサポートしてくれていた口うるさい吸血鬼の顔を思い出して、エヌラスはすぐに振り払った。

 

「エヌラスさん? どうしたの?」

「いや、なんでもねぇ。とにかく、今はこっちのことだ。彩、千聖から連絡は?」

「まだなんにも来てないです……どうしよう、このまま千聖ちゃんの連絡がなかったら」

「泣くな。まだ向こうも状況が落ち着いていないんだろう。兼定、お前はどう見る?」

 ぼんやりと、ベッドに腰を下ろしたままなにか考え事をしていたのか反応がない。肩を叩くと、そこでようやく気がつく。

 

「え? ああ、なんだ?」

「だから、お前は現時点の状況をどう思うって聞いてるんだ。どうした、悩み事か? そんな調子で大丈夫かよ」

「はは、わりぃ。俺なら大丈夫さ。そうだな……ミカヅキも下手に街中を動き回ったりはしないはずだ。そうなるとやっぱり山中の移動が主になってくる。人目を避けて自分の足で移動してるとなると現在地の把握は厳しいんじゃないか?」

「いっそ山ごと潰していいなら西日本消し飛ばすんだけどな」

「やめろや」

 スパーン、とスリッパで兼定がエヌラスの頭を叩いた。お返しに、とやり返すと二人が取っ組み合いを始める。

 

「あーもー、二人とも。そんな暴れたりなんかしたら傷口開いちゃいますよ」

「そーだよ。ほら、エヌラスさんなんて左肩真っ赤になってるんだから」

「お相撲、ですね! 近くで見たのは初めてです」

「あわわわわ、血がたくさん出てる……」

 兼定の刀傷は浅手のものが多いが、エヌラスはその倍はあった。シシオウと村正に関しては国の文化財、ということで警察に引き渡したらしい。曰く付きの代物を取り扱う相手方の不憫さを鼻で笑いながら、止血する。

 

「あたしがやってあげる」

「あ、おい」

「いいからいいから。ほら、じっとしてて」

「…………」

 現在。エヌラスは怪我の手当をするために上着を脱いでいた。肌着を着用してはいたが、それを脱がなければ包帯は巻けないわけで……つまりは、日菜達の前でエヌラスは半裸にならないといけない。嫌な汗が吹き出してくる。だというのに、目を輝かせて日菜が身を乗り出してきていた。

 

「いや、ちょっと、まっ」

「どうして?」

「いやどうもこうも、な? 脱げってことだよな……?」

「うん」

「俺に、お前の前で脱げと」

「うん!」

「よーしいい笑顔だ馬鹿野郎! 誰が脱ぐか、出てけ!」

「えいっ」

 隠し持っていたダクトテープを取り出すと日菜がエヌラスの両手を縛り始める。咄嗟のことに反応できず、抵抗しようとして左肩が痛んだ。

 

「日菜さん、何をしているんですか!? けが人相手にまずいですよ!」

「これぐらいしないと、エヌラスさん絶対抵抗するもんっ!」

「もんっ、じゃなくてそもそもけが人にやることじゃねぇぇぇ……!!」

 彩は顔を赤くしながらベッドに押し倒されて日菜の手で脱がされようとしているエヌラスを見ている。兼定は考え事をしているのか、背後で起きている騒ぎに関与しようとはしなかった。

 このままでは怪我が悪化する一方だと観念して、おとなしく日菜の治療を受けることにする。

 

「~♪」

「……」

 何が楽しいのか、鼻歌混じりに包帯とガーゼを手にして開いた傷口の血を拭う日菜を見つめてから、エヌラスは視線を逸らした。変に意識してしまう。

 落ち着け、相手は女子高生だ。それもアイドルだ。ついでに言うと紗夜の双子の妹だ。その唇を半ば強引な形で奪った――もとい、押しつけられた。どう責任取れと?

 

「そういえばさー、エヌラスさん」

「なんだよ」

「あたしのキス、どうだった?」

「おっふ!? 今それを聞くのか! この状況で!」

「だって聞かなかったら絶対あやふやにするでしょ? それに今なら落ち着いて話ができるし」

 心中穏やかではないので話ができるかどうかと聞かれたら非常に怪しいところ。我が道を突き進む日菜は周囲の状況などお構いなしに話を進めてくる。彩に至っては顔を真っ赤にしていた。イヴは今頃思い出したように手を叩いている。

 

「そうです、思い出しました。エヌラスさんはヒナさんの愛の力で強敵を倒したんですよね」

「ちょっと待って。俺の顔から火が出そうだからそういう言い方はやめて」

「? 違ったのですか?」

「いやぁアレが決して好意からくるものとは――」

「あたしエヌラスさんのこと好きだよ?」

「んんんんんんっ!!!!」

 先回りするんじゃないっ! 人の話は最後まで聞きなさい! ――エヌラスは顔を覆った。大胆な告白には聞いているだけの麻弥も彩も赤面している。

 

「い、いやぁジブンもエヌラスさんを間近で見るのは初めてでしたけど……日菜さんからの話通りの方ですね」

「……どんな」

「ひと言にまとめると、見てて飽きない人っすね」

「ちくせう」

 何が面白いのか、日菜が抱きついてくる。ベタベタとくっついちゃいけません、女の子なんだから。エヌラスが引き離そうとするが、今度は頬をすり寄せてくる。猫かお前は。

 

「男の人にこういうことするなって、紗夜から言われなかったのか?」

「言われたことないよ?」

「どうなってんだよお前の家……みだりに肌を許すなっての」

「?」

「あーこれぜってぇわかってねぇ顔だなお前ー?」

「それを言ったらエヌラスさんだって」

 日菜が傷だらけの背中を指でなぞり、つつく。

 

「女の子の前で平気で脱いじゃいけないって教わらなかったの?」

「だって俺、親いねーもん。師匠なんか人のこと修行の名目で殺しにきてたし」

 ――変な沈黙がおりる。俺変なこと言ったか? エヌラスはその空気をなんとか流すために口を開いた。

 

「俺の家族なんて妹だけだったし、親の顔なんか知らん。その妹も事件に巻き込まれて亡くなったし、なんなら師匠もやんごとなき事情により死別した」

 ますます重くなる部屋の空気に耐えかねたのか、兼定が腰を上げる。ちゃんと上着も着込んで、思い詰めた表情をしていた。

 

「ちょっと外の空気吸ってくるわ。すぐ戻る」

「ああ。わかった――とまぁ、俺の身の回りの事情は色々と複雑でな。そんな環境だったから常識なんてあってないようなもんだ。よって俺のことはどうでもいい」

「…………」

 おかしい、なんとか取り繕おうとしたのにますます空気が悪い。エヌラスが他になにか話題を探そうとしていると、日菜が頭を撫でてきた。

 

「もしかして、エヌラスさんってものすごく不器用だったりする?」

「手先は器用だぞ。自慢じゃないが」

「うーん、そういうことじゃないんだけど……」

「そういうところですよ、エヌラスさん」

 麻弥が眼鏡を直しながら指摘するが、いまいち納得がいっていない顔で首を傾げている。

 左肩の傷口が普通の刀傷ではないことに日菜も気づいているのか、できるだけ触れないようにしていた。ガーゼで留めてテーピング。包帯を巻いて固定する。あの双子の時の怪我は今となってはすっかり完治していた。そのことに疑問を抱いたのか、日菜がペタペタと額や腕や腰周りまで触ってくる。

 

「どうした?」

「エヌラスさん、この間の怪我。もうとっくに完治してるんだなーって今更思っちゃって」

「…………手つきがいやらしいですよ、日菜さん」

「お、男の人の身体にそんな簡単に触れちゃっていいの?」

「いいのいいの。気にしてないみたいだし」

「めっちゃ気にしてるからな……? お前がまったく気に留めないだけで」

「でも前に比べたら全然触らせてくれるよね」

「そりゃお前――あんなことされたら、まぁ、多少は俺も許すけどよ」

 つい、日菜の唇に意識が向かってしまっていた。すぐに視線を逸らしてなんとか考えないようにするが顔を近づけてくるものだから、エヌラスは自分の唇を手で塞ぐ。それに眉をつり上げて頬を膨らませてさらに顔を近づけてきていた。

 

「待て、日菜。頼むから」

「なんで? エヌラスさん、あとでちゃんとしたキスをしてくれるって言ってたじゃん」

「時と場所を考えろ!?」

「今。ホテルの一室。これ以上無いと思うけど?」

「あー、ほら。彩と麻弥とイヴもいるし!?」

「さっきは公共の場だったけど、それに比べたら身内しかいないし」

「ちっくしょーこの天才美少女手に負えねぇ! あー、もー、わかったからちょっと待て! 俺も心の準備ってのがあるから!」

「やったっ♪」

 今か今かと期待する日菜を落ち着かせてから、自分の不甲斐なさに顔に手を当てる。イヴ達も好奇心から二人を見ていた。できれば壁でも見ていてほしい。

 エヌラスは隣に腰掛ける日菜の頭を撫でて、髪を梳く。頬に手を添えてから、ゆっくりと指の腹で肌を慣らしていくと頬が紅潮していった。今更恥ずかしくなってきたのか、日菜が視線を外す。

 

「なんか、ちょっと手つきがいやらしいよ……?」

「日菜」

「ん……」

 エヌラスが顔を近づけていくと、まぶたを閉じて小さく唇を突き出した。ほんの、短い間ではあるがキスをするとすぐに顔を離す。それに日菜が不満そうにしていた。

 

「ほら、もういいだろ」

「やだ」

「やだって、お前な……」

「もっと、大人っぽいのがいい」

 思いのほか要求レベルが高い。おそらく、舌まで入れたキスをさせられたことの恩返しがしてほしいのだろうとはエヌラスも察しがつく。

 

「あのな。俺も色々我慢しているんだから勘弁してくれよ……」

「我慢してるんだ?」

「………………どうして俺はこう、自分の墓穴を掘るのか」

 これでは棺桶がいくつあっても足りない。入る予定もないのだが。

 視線が気になって、不意に麻弥達の方を見やる。案の定、顔を赤くしながら事の顛末を目に焼き付けんばかりに見つめていた。これはただの公開処刑では? もしや俺は今、女子高生アイドルに人生の手綱を握られているのではないだろうか? 今後上手く日本で生活できるかどうか全部日菜達に委ねられる事態に陥ってはいないか? ――だが、そんなエヌラスの葛藤をよそにして日菜は首に手を回して上目遣いでねだってくる。

 

「……む~」

「日菜。お前は世間一般における常識で考えて自分が美少女であるということを一度本気で自覚した方が良い。そしてその上で言わせろ。くっそかわいいからなお前大概にしろよ人の理性をぶん殴ってくるの」

「あたしだって初めてで舌入れたのに、してくれないんだ?」

「…………」

 観念したように一度だけため息を吐くと、日菜の身体を抱き寄せる。驚くのをよそにしてエヌラスは顔を再び近づけた。

 

「そこまで言うなら少しばかり本気で相手してやる」

「んふぇ――!?」

 もういい、この際加減は抜きだ。日菜の唇を塞ぎ、息継ぎを繰り返しながら何度もキスをする。短く、短く、長く――舌を入れて、口内に潜んでいる日菜の舌に触れると驚いたように身体をすくませるが、逃がすものかとしっかりと抱きしめる。

 

「はぷっ、ん、待っ――」

 誰が待つかこの野郎。人のこと散々遊び倒してくれやがって。エヌラスはここぞとばかりに日菜に反撃していた。

 その様子を見ていた三人は赤面して絶句している。一転して攻勢に出た相手に手も足も出せず、舌を絡ませては唾液を飲み込み、ようやく解放された頃には日菜の息が荒くなっていた。

 

「……わかったら、二度と、こういうことするんじゃねぇぞ」

 唇に伸びる銀糸を指で拭いながら、エヌラスも赤い顔で唇を離す。それに小さく何度も頷いていた。お仕置きついでに十分なほど粘膜接触した事により、魔力の調子が幾分か良くなる。ほぼ絶好調と言ってもいいが、左肩の刀傷だけは今すぐにという訳にはいかなかった。刺し傷だけでも数十人分はあろう呪いの解毒は時間を掛けるしかない。

 もしも、村正が本気でこの呪いを振りまいていたらどれほどの規模になっていたことか。少なくとも町一つは飲み込む規模の兵力を宿していたに違いない。それを考えると、本気で兼定に発破をかけるためだけに命を賭したのだろう。

 

 すっかりしおらしくなった日菜を彩達に預けて、エヌラスは自分の顔を両手で覆った。

 

「……俺は紗夜に刺されるか殺されるかもしれんな」

「日本のことわざにありますね! 後の祭り、です」

「これ以上無く的確な表現ありがとうなイヴちゃん! トドメ刺しにきやがって!」

 キョトンとした表情で首を傾げ、満面の笑みを向けてくるイヴに深く息を吐き出す。

 兼定の戻りが遅いことを気にしながら、エヌラスは帰りを待っていた。千聖からの連絡も未だに無い。彩もそれを待ちわびているようだった。

 ふと、そのとき。部屋に間の抜けた音が鳴った。

 “ピロリン”と彩のスマホからの電子音にすぐに反応する。

 

「千聖ちゃんからだ!」

「ホントですか!? そ、それで!」

「えっと…………」

 彩がすぐにアプリを開く。トークルームに貼り付けられていたのは、一枚の写真。文面は添付されていなかった。

 見渡す限りの大自然に、しかし遠方に辛うじて道路の看板が見える。それを覗き込んでからエヌラスは眉を寄せた。一見すれば、ただの風景写真だ。だが、それを送ってきたということは現在地を教えてきているということだろう。

 

「あ、もう一枚きた!」

 今度は、なぜかミカヅキが映っている。しかもノリノリでピースサインなんかしていた。さらにもう一枚。カゲミツとミカヅキが撮影されていた。こちらも笑顔で二人そろってピース。

 

「…………なんか、楽しんでませんかこの二人」

「馬鹿にされてる気分ですげぇ腹立ってきた」

 しかし、それをわざわざ撮影させたということは千聖の目論見を理解した上で、ミカヅキもカゲミツも止めるつもりがない。その意図が読めないが、ともあれこれで千聖の現在地を割り出すことができる。山中であれば電波もそう強くない。限られた状況の中で、辛うじて電波の通じる場所から送信してきた。

 これなら、こちらから追いかけることも出来る。千聖の機転に感謝しながらエヌラス達は深く頷いた。

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