【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第四七幕 白鷺千聖の珍道中

 

 

 

 ――千聖はミカヅキ達の旅路に同行することから、それが容易なものではないことは想像していた。そして当然ながら徒歩で山中を移動するという点から、現在地の特定も難しい。そこまでは想像の範疇だ。だからこそ、自分の持っているスマホで彩に写真を送ったのだが……ひとつだけ予想外だったことは、思いのほかミカヅキとカゲミツの二人がスマホに興味津々だったということ。

 相手もそれを使って連絡を取り合うことを容認したということだ。

 

「ほほぉ、なるほど。それでご友人と連絡を取り合うと。その奇妙な板きれで写し絵を送り、我々の位置を教えているわけですな?」

「……そうとわかっていて、どうして止めないのですか?」

「言ったはずですが? 私は、あくまでも貴方の護衛を引き受ける事で貴方に付き添っていただいている。ならば、こちらから危害を加えてしまっては前提が破綻してしまう。つまりはそういうことです」

「私がすることを止めるつもりはない、と」

「まぁ、忠告程度はするおつもりですが。許されよ」

 ミカヅキが頭を下げると、三日月の髪飾りが静かに音を鳴らす。耳にするだけで心安らぐような清らかな音色。

 収録現場からミカヅキに連れられてカゲミツと合流したのは日が傾いてからだった。山中で合流できたのは、あらかじめ通る道を決めていたからだろうか。千聖は自分のスマホを握りしめて、ミカヅキを睨みつけていた。自分を痛めつけようと思えば、赤子の手を捻るより簡単なはずだ。

 

「ふむ……どうやらまだ私の言葉に不信感を抱いているようですね」

「当然です」

「一向に構いませんがな? 我々としてはその小さな板で道案内さえしてくれれば」

「……俺の符術だって負けていないぞ」

「文明の利器に張り合うな、カゲミツ。お前のそれとて戦の役に立つのだから」

 少しだけ機嫌を損ねたように言うカゲミツをなだめつつ、ミカヅキは千聖を連れて西へと向かう足取りを緩めなかった。

 森の中を歩くだけでも深緑の香りと涼しげな風が肌を撫でていく。こんなことなら虫除けも用意しておくんだった、そんなことを考えながら前を歩くミカヅキの背中を見つめる。最後尾はカゲミツだ。

 青い着物に、金細工。腰に帯びた刀に、艶のある長い黒髪。それでいて長身、決して細身ではない。飄々とした雰囲気からどこか得体の知れなさを感じ取れるが、人によってはそれを幻想的と捉えるだろう。千聖はあまり好ましく思わなかった。

 

「もし、足を痛めるようなことがあれば申されよ。その際は私の肩を貸しましょう」

「ご親切にどうもありがとうございます。ですが今は結構です」

「それは健脚なことで」

「……おい、ミカヅキ。ところでさっきの話は本当なのか? シシオウが討たれたというのは」

「ああ。残念なことにな……村正殿も足止めをしてくれていたが、果たしてな」

 言葉に嘘は無い。

 シシオウはエヌラスに敗北した。だからこそ、こうしてミカヅキは先んじて移動させたカゲミツと合流することができたのだ。しかしそれになにか不信感を抱いているのか、視線で訴えかけている。それはすぐに気づいたのか肩をすくませていた。

 

「おいおい、なんだ? 何か言いたいことでもあるのか、カゲミツ」

「……最古の一振り、シシオウが持っていたはずだな。それは、どうした?」

「はて。私は預かっていないが? お前も持っているはずだ」

「俺は肌身離さず持っている。兼定に奪われたのなら、取り返すべきだ。それともお前には何か別な考えがあるというのか?」

「そうさな……それならば、いっそ持ってきてもらうことにしよう。彼女はそのための人質でもあるのだから」

 どこまでいってもミカヅキの手のひらの上。シシオウが持っていた一振りが奪われたところで問題は無い。だがそうなるともうひとつの疑問が浮かぶ。

 

「ミカヅキ。シシオウが討たれた時、お前はどこで何をしていた。加勢するべきではなかったのか? よもや見捨てた、などということはないだろうな」

「私も兼定の相手をしていた。残念ながらな」

「その割には随分と軽薄そうだが? まるで、既に、見限ることを予定したかのように」

「我々が全員無事にこの旅路を終えるという確証はない。その犠牲が、たまたまシシオウだったというだけのことだ」

「……それは、俺であってもか。ミカヅキ」

「――何が言いたい?」

「この際だから白黒つけよう。お前――何を企んでいる?」

 カゲミツが足を止めた。それにつられて千聖も立ち止まり、ミカヅキが一歩、二歩と進んでから振り返る。

 

「彼女の同行の件についても、疑問が残っている。なぜ連れてきた。彼女自身の意思があったにしても、なぜそうした? 他の方法があったのではないか」

「例えば?」

「この国は確かに文化が大きく進展した。だが国の形自体はそう変わっていない。それなら、ただ場所を教えてくれるだけでよかった。違うか。この旅路に際してもそうだ、西へ向かうという漠然とした目的。お前は神託を賜ったと言っていたな。ならば、なぜ、あの日。あの時。あの夜――その場にいた全てを切り捨てた」

(……切り捨てた?)

 カゲミツの疑問に、困ったように首を横に振っていた。

 

「やれやれ。それを説明しなくてはならんか、カゲミツ?」

「ああ。偶々、生き残ったのが俺とシシオウの二人だった。それからなし崩しに同行してきたが、お前を完全に信用しているわけではない」

「返答次第では刃を交えることも辞さないか?」

「当然だ」

 刀に手を掛けるカゲミツに、しかしミカヅキは額に手を当てるだけで抜く素振りを見せない。

 

「彼女を連れて歩くというのは我々にとって危険過ぎる。戦いに巻き込むということだ」

「今更、何を?」

「俺が言っているのは! 人の世を乱す輩を斬ると言っていた貴様が! それと同じ事をしている事に疑問があるというのだ! 蛇の道は蛇という、だがお前はなんだミカヅキ! 最古の二振りを盗み出し、それをあまつさえ我々に預け、旅に同行願うだと? 思えばお前の動きは一貫して迷いが無かった。最初からそうすべきであったかのようにな」

「当然だろう? 私が一番最初に神託を受けたのだから。お前達より、先に成すべきことを成しただけのことよ」

「ならばこそ! 貴様が一人でやるべきではなかったのか!? 不要に戦火を広げたのは他でもない貴様であろうに!」

「この日本に、どれだけの刀剣があると思っている? それら全てを私一人で相手するには少々荷が重い。今でこそ天下五剣の一振り、随一の美しさと褒め称えられているが、結局のところ私とて刀の一振りだ。限度、というものがある。それを理解してはくれまいか? これ以上仲間を失いたくは無いのだ」

「手駒の間違いではないのか?」

「ほう……」

 そのひと言には流石に頭にきたのか、ミカヅキもまた刀に手を伸ばしていた。そんな二人に挟まれていた千聖は腕を組み、これ見よがしにため息をつく。

 

「お互い、思うところがあるのはわかりました。ですが、ここは収めてください」

「…………それはなぜ?」

「先を急いでいるのでしょう? 善は急げ、私も忙しい身分ですので一刻も早く解放してもらいたいんです。ですから、カゲミツさん。矛を収めてはいただけませんか? ミカヅキさんに対する不信も、私は理解しているつもりです」

「…………わかりました。他ならぬ貴方がそうまで言うのなら、従いましょう」

 気丈に振る舞ってはいるが、内心は不安なはずだ。カゲミツとて鬼では無い。人の心がくみ取れないほど、在り方を失ってはいなかった。だからこそ、この場は千聖の顔を立てることにする。ミカヅキもまた、頭を下げていた。

 

「これはこれは、大変申し訳ない。貴方様に気を遣わせてしまいましたな」

「そう思うのなら、急ぎましょう」

「では、そのように。カゲミツ、俺を背後からばっさりと斬り捨ててくれるなよ?」

「ほざけ」

 そんな隙など微塵も見せないくせに、よくもいけしゃあしゃあと。カゲミツは毒づきながら二人の背中を見守りながら歩きだした。それとなく、千聖に呪符を手渡しながら。

 

「…………?」

(それを渡しておきます。なにかあれば、念を込めてください。貴方でも扱えるはずです)

 静かに会釈して感謝を伝えると、千聖はポケットの中にカゲミツの呪符を忍ばせた。

 

 

 

 山を越えて、休憩を挟む。辛うじてアンテナが立つ場所取りをしたのはミカヅキがそう配慮したからだ。

 

(電池の消耗も考えて……あんまり使わないようにしないと)

 スマホの充電器も持ってきていない。今はこれが命綱だ。連絡が途切れたら彩達も追ってこれなくなる。最終目的地が大和国であることは知っているだろうが、それよりも先にミカヅキ達を止められるに越したことは無い。ミカヅキとカゲミツの不仲が露見したことで居心地はお世辞にも良くないが、この二人を取り持っていたのがシシオウだと考えるとやはり仲間を失ったことは痛手だった。千聖を挟んで背中を見せている。

 ミカヅキはあかね色の空を見上げていた。じきに日が沈んでくるだろう。夜になれば、その時は本領を発揮できる。兼定を圧倒しておきながら、まだ本気ではなかった。

 千聖もまた、一人、物思いに耽る。まだ状況が飲み込めない。

 

「……ミカヅキさん」

「なにか?」

「カゲミツさんの話では、あなたは顕現したその日に仲間を斬り捨てたというのは本当ですか?」

「ええ。致し方なく」

 ポツリとカゲミツが「よく言う……」とこぼしていた。

 

「なぜ、協力を仰がなかったのですか? 天下五剣、貴方以外にも四振りいたはずです」

「…………」

 ミカヅキの背中を見ながら、千聖は言葉を続ける。確か覚えている限りでも、国立博物館から無くなったのは三十数本。そのうちのほとんどは近隣で発見されていた。

 

「貴方の実力は兼定さんを圧倒していました。素人目に見ても、そう見えました。なら、他の方も同等の実力があったはずです……それを、どうして」

「ふむ……さて、なんと答えるべきかな。強いて挙げるとするなら、方向性の違いかと」

 童子切安綱。数珠丸怛次。鬼丸国綱。大典太光世。だが、それらはあくまでも際立つ名刀として広く知られているだけであり、そのように歴史上で扱われたことはない。刀の付喪神として顕現したミカヅキ達は、そのことを他でもなく自分自身達が理解していた。そう名乗った方が他も理解が早くて助かる、というだけ。

 しかしながら――ミカヅキは中でも随一の美しさとされていた。だからだろう、千聖から見ても麗しい。和服は当然、おそらくどんな洋服であろうと着こなしてみせるに違いない。ファッションモデルにでもなれば書面の表紙を華々しく飾るであろう。警戒心を絆すような柔和な笑みを常に浮かべている甘い誘惑を香らせる顔に、どこか不気味な影が感じられる。少なくとも千聖にとってミカヅキという付喪神は、恐怖の対象だった。

 

「彼らは、拒絶したのです。西へ向かうという神託を。世のため人のため、人の世を乱す者を斬らねばならぬ。それを彼らは拒否した。それは出来ないと」

「……なぜですか?」

「さて、今となっては皆目見当もつきませぬが……そうですな」

 ミカヅキは、不意に空から視線を外して千聖に向ける。どこか、寂しげな笑みを浮かべて。

 

「彼らは、もしかすると知っていたのかもしれませぬ。自分達こそが、世を乱すかもしれぬと」

「彼らの言い分が正しかったように思えますが?」

「大事の前の小事とも言います。我々が動かなければ、より、人の世は乱れるでしょう。そのためならば多少の被害は頭を下げるしか」

「私のこともですか?」

「それについては、全面的に私が責任を持ってお守り致しますとも」

 その言葉だけは不思議と嘘では無く、真実の言葉だと感じ取れた。

 

「さて。カゲミツ。へそを曲げるのもいい加減にしてくれないか? これから先の旅路、これまでより難所が多い」

「特に、関ヶ原の跡地だろう? ああ、あそこだけは妙に霊脈が乱れている。お前は何か知っているのか?」

「昨晩のうちに月見がてら確かめたところ、どうにも番人がいるようだ。東より西へ向かおうとした者達はことごとく、息絶えている模様」

「なるほど、道理だな? ならばそこより西の者は?」

「それも逃さず相手取っているようだ。いやはや、とんでもない猛者を立たせたものだ」

「我ら二人で越えられる関所か?」

 関ヶ原の難所、だからこそ“関所(せきしょ)”と例えたカゲミツが愛想笑いを浮かべる。冗談を言えるだけ機嫌は直ったようだ。

 

「さてどうだか。運良く、どこからともなく加勢してくれるような味方が来てくれることを祈ろうか?」

「ここまで来て神頼みとは……」

「ははは、多聞天の化生とまで言わしめたのだろう? お前の主だったものは」

「それを俺に言われてもな。その加護を呪符にこめる形で扱っているだけで、俺自身にそこまでの加護はないぞ」

「と、なれば。天に采配を任せる他あるまい! はっはっは!」

 破顔して匙を投げるミカヅキは、自分の額をはたきながら冗談のように言ってのける。

 二人は不安しか覚えなかった。この男、どこまでが本気なのかと。

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