【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第五十幕 白鷺に千の望みを

 蜻蛉切を前にして、五人が並び立つ。初めて顔を合わせて、同じ場所を目指しているという理由だけで共闘する。足並みが揃うかどうかは問題ではない。何よりも、この中に生きて帰れる者が何人いるか。一人か、二人か。それとも誰も生き残れないのか――。

 千聖は割れた刀を見つめて、もしも付喪神がその大本となった物を壊された場合どうなるのか考えていた。形を保てずに消え去るのだろうか?

 

 太郎太刀と次郎太刀は持ち歩いていた大太刀の鞘から鯉口を切った次の瞬間、天高く放り投げて抜刀する。落ちてくる鞘を背負い、上段と下段で構えていた。

 日本号もまた、首の骨を大きく慣らしながら両肩で担いでいた大槍を振るって気だるそうにしている。

 カゲミツも抜刀し、左手に呪符を握りしめて小さく呼吸を整えていた。

 ミカヅキはそんな四人から一歩引くようにして腕を組んで関ヶ原中央に陣取っている蜻蛉切へゆるりと歩み寄っている。

 不意に、蜻蛉切が動いた。それだけで一気に緊張感が高まる、残り百メートル。

 

「…………」

 兜の下から覗く眼光に射貫かれて、思わず五人が足を止めた。予想が正しければ、生前の主に起因した逸話をその身に宿しているはずだ。しかし、後生のこととなると知る由も無い。ミカヅキの眼で見られるのはあくまでも銘だけだ。どういった権能を有してるかまではわからない。

 腕を横に伸ばし、地面に突き立てた大槍を掴む。半身を向けて、ゆっくりと穂先を五人へ向けて止まった。月光に照らされて閃く矛に、ゴウが軽口を叩かずにはいられなかった。

 

「うひゃあ……おっかねぇ、帰りてぇ……」

「背中に傷を負ったら笑い飛ばして死ね」

「カゲミっちゃん俺の事嫌いでしょ!」

「誰がカゲミっちゃんだ! 次そんな風に呼んだら斬るからなお前」

「…………おみっちゃん?」

「よーし良い度胸だ、今すぐ斬ってやる。そこに直れ、正座しろ、腹を切れ。首を切り落とす」

「切腹要求とか酷すぎない!? おじさん泣いちゃう!」

「あー、そこの二人? ふざけている場合ではないぞ」

 ゴウの言葉にカゲミツが既に刃先を首筋に当てていたが、ミカヅキの言葉に舌打ちしている。蜻蛉切は構えたまま動かない。しかし、これ以上近づけば仕掛けてくることは明確な殺意で応えていた。

 

「うし、俺に任せんしゃい。ちと話かけてみるわ。なぁに同じ日ノ本生まれ、話せばわかってくれるに違いない」

「俺は駄目な方にこいつの首を賭ける」

「私も駄目な方にゴウ殿の首を賭けよう」

「俺もそうしよう。弟はどうする?」

「兄者に倣ってそうするとも」

「君ら全員俺の事嫌いすぎないか! ちくしょー、見てろよ!」

 咳払いを挟み、ゴウが蜻蛉切に近づく。さりげなく他の四人はその場から横に退いていた。嫌な予感がしたからだ。

 

「やぁやぁやぁ、これはこれは天下に聞きしに勝る蜻蛉切殿! 俺は日本号、一度は名を聞いたことはないだろうか」

「…………無い」

「おっと……ごほん。いや、まぁなんだ。俺たち同じ槍の付喪神、日本生まれの日本育ち。何が起きて第二の生を得られたのかわからんがここは戦国のよしみで通してはくれんかね?」

「ならん……」

「いやほら!? 群雄割拠の時代と違うし、現代! 平和に過ごしている民草を俺たちの戦に巻き込んで阿鼻叫喚なんてやりたいかやりたくないよな俺はやりとうない! 槍だけに!」

「知らん」

「お、おおう。おじさんちょっと泣きそうよ? 大体ほら、なんで関ヶ原で番人やってんのよ! ただ西に行きたいだけだぞ俺等! ちょっと通してくれればそれだけでいいんだよ、な? 此処で矛を交える理由ないだろう俺たち! 何も殺して殺されての仲じゃないし、な!? 頼むよ蜻蛉切さんよ、後生だ一生に一度のお願いだ、どうか聞き届けてはくれんかね! この通りだ!」

 頭を下げるゴウに、しかし。関ヶ原の空気が一気に重みを増した。それが蜻蛉切の放つ闘気による威圧感とは千聖も気づかない。

 

「……言い残すことは、それだけか」

「駄目だとりつく島もねぇや! 無理だよこれ。話通じねぇわ!」

「よーしあいつの首を刎ねよう今すぐ刎ねよう即刻刎ねよう。蜻蛉切の前に」

「カゲミツをここまで怒らせるとは、ゴウ殿は人の神経を逆なでする才能があるようだ」

「それ褒めてんのか! 本当に褒めてんのかミッちゃんよ! あ、だめだカゲミッちゃんとかぶるわ! みーちゃんでいいかお前!」

「ははは、カゲミツ。珍しいな、私も君と同意見だ。今すぐゴウ殿の首を刎ねようと思う」

「物騒極まる乱世の会話やめてくんねぇ!? ここは現代俺死にたくない!」

 一人でわめくゴウに、蜻蛉切が動いた。戦国に用いられた軍用の大槍が閃く。その長大な間合いから放たれた刺突は空を裂き、離れていたはずのゴウの頬を掠める。僅かに首を横にずらしたことで辛うじて避けることが出来たが、もはやその場から動かずに切り裂いてくるとは思いもしなかった。頬から垂れる一滴の血を拳で拭いながら、日本号を突きつける。

 

「あーこりゃ駄目だ。屍を越える以外ねぇわな」

「お前の屍は晒して捨てておく」

「カゲミツくん俺の事ほんっとうに嫌いだな! 俺が何をした!?」

「強いて言うなら存在そのものが気に食わない」

「生理的嫌悪感かよ!」

「――くるぞ!」

 ミカヅキの緊迫した声に、蜻蛉切が動いた。

 ほんの、僅かな動き。最小限の動きによる隙のない連続突き。間合いから明らかに離れているというのに身の毛がよだつような寒さにミカヅキが刃を躍らせる。何もないはずの空間で火花が散った。引きつった笑みと共に、その場に腰を落として見えぬ刃を防ぎ続ける。

 辛うじて感じ取れる、斬撃を凌ぎながらどのような技が可能としているのか分析していた。

 ゴウが接近するが、身体を大きく捻った横薙ぎの一撃で吹き飛ばされている。

 太郎太刀、次郎太刀の二人も重量に任せた打ち下ろしで蜻蛉切に迫るが、呆気なく防がれた挙げ句に拳と蹴りで大きく吹き飛ばされていた。

 カゲミツは近づくことすら許されない。槍というものは刀よりも圧倒的に間合いが長い。それを如何にして詰めるかが勝負の分かれ目だが、そもそも近づけない程の突きの鋭さと重さを兼ね備えて軽々と振るわれている。蜻蛉切が大きく身を翻して振るった一撃によって巻き起こされた風圧によってカゲミツも空中で受け身を取りながら吹き飛ばされていた。

 

「近づくことすらままならんか!」

「だが、あちらも不用意にその場から動きたがらないようだな」

「で、あるならば。兄者!」

「応!」

 二人が大太刀を掲げ、頭上で振り回す。回転の度に旋風を巻き起こしながら、重い風切り音と共に遙か離れた蜻蛉切めがけて振り下ろした。地面を切り裂きながら迫る風の爪痕に、蜻蛉切は一度穂先を地面に対して斜めに振るう。それから突き刺して――()()()()()()()()

 背丈を優に越す、自然の大楯が太郎太刀と次郎太刀の風の刃を防いだ。

 

「おいおいおい、畳じゃねぇんだぞ地面ってのは!?」

 ゴウの悲鳴じみた叫びに、カゲミツの耳がその後ろで蜻蛉切が大きく槍を振る音を捉える。横に突き飛ばし、自らもその場から飛び退いた。次の瞬間、垂直に土の大楯が断ち切られる。崩れ落ちる土砂に蜻蛉切が石突を水平に構え、目にも止まらぬ連続突きで手頃な石と巻き上げられた刀剣を打ち出した。殺意の流星群が降り注ぎ、ミカヅキ達は自らの身を守ることで精一杯だった。

 

「凄まじい切れ味と強度だ、惚れ惚れする! 実に天晴れなことだ!」

「言っている場合か、なんとかならんかミカヅキ!」

「こればかりはどうにもならん! 実力で乗り越える以外に無いが、しかし!」

 ゴウが槍を回して土砂を防いでいたが、蜻蛉切の一転した薙ぎ払いを受けて地面を転がる。のみならず、太郎太刀と次郎太刀の息の合った連携攻撃も難なく凌がれていた。上段、下段と防御の手を揺らすような動きから足を払い、空いた片腕で殴り飛ばしている。二丈余の大槍を軽々と振るう豪腕だ、その威力たるや、槍に劣らず凄まじい。

 

 ――名のある五人が総出でかかって、防戦一方。その迫力に千聖が固唾を飲み込み、考えを張り巡らせていた。

 

(蜻蛉切……私の記憶が正しければ確か……)

 戦場において常勝無敗。ただの一度も戦で傷を負った事の無い武将が扱っていたとされる大槍。まるで伝説のように語られている。ならば、能力もその逸話に則ったもののはず。しかしそれを解決したところで武人としての腕前がそもそも桁違いだ。その差を埋めることが果たしてできるだろうか。

 カゲミツが呪符で槍を防ごうとするが、濡れた障子を貫くように意味を成さなかった。

 思わず腰を浮かせて、ふとポケットに当たる違和感に手を入れる。

 ――丸印の三つ葉葵の家紋。それに、千聖が閃いた。

 

「皆さん! 一度ここは退いてください!」

 声を張り上げると、すぐにミカヅキが手負いのカゲミツを担いでその場から大きく飛び下がる。太郎太刀と次郎太刀も身を翻しながら大槍を打ち払いながら退いた。ゴウもまた、蜻蛉切と一度だけ打ち合うが石突で殴り飛ばされて戻ってくる。

 

「ゲホッ……ただいま姫さん……」

「首の骨折られて死んでないだけ流石だなゴウ」

「そこまで毛嫌いしなくてよくねぇ!?」

「さて、そちらの喧しいのは放っておいて。なにか考えがおありですかな、白鷺の姫君?」

「やかま……!?」

「上手くいくかはわかりませんけれど……もしかしたら、なんとかなるかもしれません。説得してみます」

「はぁ!? 本気で言ってる!? あの言葉が通じているようで通じていないような同じ日本生まれの武将とは欠片も信じられない巌のような蜻蛉切を!? いやいやいや、なんとかなったらそりゃすげぇや。姫さんのこと天下一の白鷺姫と褒め称えてやるわ!」

「太郎、次郎。その髭黙らせろ」

「「承知! はっ!」」

 二人が同時に足を踏みつけた。ゴウが痛みのあまり悶絶してもんどり打っている。

 千聖は一度身だしなみを整えて、大きく息を吸い込んだ。静かに吐き出して心を落ち着かせる。

 無数の刀剣が落ちている野原を歩み、蜻蛉切へ歩み寄っていくと、相手も千聖のことを無害な女子と悟ったのか大槍を傍らに突き立てた。それだけでも身をすくめるような迫力ではあったが、千聖はじっと蜻蛉切の顔を見上げたまま近づく。

 槍の間合いに入り込み、更に歩み寄る。残り二メートル。そこで、千聖が立ち止まった。

 

「――お初にお目に掛かります。かの武勇を振るったとされる天下の名槍とまみえること、光栄に思います。私は、白鷺千聖。白鷺の姫、などと彼らには持てはやされてはいますが現代に生きる普通の女の子です」

「…………おなごが、戦の場に身を晒し、拙者に何用か」

「貴方を、かの武将配下の方と存じた上でお渡ししたいものがあります。こちらを……」

 千聖がポケットから取り出したのは、村正から預かった家紋入りの扇子。両手でそれを差し出すと、蜻蛉切は静かに身を屈めて拝領した。兜の下から覗く眼が、どこか慈しみを込めて見つめている。

 

「…………これを、どこで」

「道中で出会った千子村正殿から、預かっていました。――何かあれば、わしの名を出せ、とも」

「…………」

 

 ――蜻蛉切の脳裏によみがえるは、顕現した日のこと。変わり果てた時代の中で、変わらぬ城を目指した。そこにいたのはかつて仕えていた主の愛刀が一振り。呪いを賜ったが、何よりも今の時代の平和を愛した。

 わしは此処に残る、と言っていた。お主は西へ向かうのだろう。お見通しだった。その慧眼に感服しながらも頷き、関ヶ原に陣を敷いてただ待ち構えていた。

 

『――蜻蛉切。かつて最強の武将であったお主にわしからひとつ頼みがある』

『承ります、大殿』

『これより東の地より、西を目指す者どもがおるだろう。それこそ無数に、戦国さながらの様相でな。お主には、この悉くを打ちのめしてもらいたい』

『御意にござります……』

『西には、何かがある。ゆえに、もしもお主を越えられる者がおったら力を貸してやってくれぃ。まぁもっとも越えられる者などいるはずもないのだが』

『……お戯れを』

『それと、まぁそうだなぁ……わしの気まぐれで、見初めた者に“手形”を渡しておこうと思う。もしもその者と出会ったら、お主が守ってやってくれんか? わしゃ呪われとるし、不用意に抜くわけにもいかんくてな?』

『大殿の命とあらば、是非も無し……この蜻蛉切、謹んでお受け致しましょう』

『うむ。頼んだぞ――今の世は、今の人間の手でなんとかしてもらわんとな』

 

「…………」

 月の下で交わした村正との会話を思い出しながら、蜻蛉切は扇子を広げて、それから千聖の顔を見つめる。

 ただの女の子だ。どこにでもいるような、童だ。戦にはあまりに似つかわしくない。

 藤の花のように鮮やかな瞳。秋に見られる黄金の稲が風に揺られるような輝かしい髪色。恐怖を飲み込んだ、嗚咽を押し込んだように顔色を強くしている。

 恐れがあるのだろう。怖ろしいのだろう。刀が、槍が、刃が、穂先が。命を奪うに足る凶器のことごとくが溢れかえっていることに。

 だがそれでも、今の時代を生きんとする少女のなんと儚く健気なことか。

 己を恥じる。今の世に生を受け、命を賜った己を恥じる。ならばこそ。

 

「……名は、どう書くのだ」

「白鷺の、千の望みと」

「ならば……拙者にその望みをひとつでも良い。どうか、守らせてはいただけまいか」

「――――それでは」

「不肖ながら。この蜻蛉切、御身を守るためにこの大槍を振るいたく御座います……こちらは、お返し致す。大殿よりの献上品なれば、貴方様がお持ちすべきだ」

 両手に載せた扇子を千聖に返そうとするが、首を静かに横に振って手を重ねた。ゆっくりと握らせて、蜻蛉切に差し出す。

 

「いいえ……それは、貴方にお譲り致します。忠義、忠信に尽くすは武士の誉れでしょう」

「…………勿体なきお言葉に御座います。御慈悲ともなれば、謹んで拝領致しましょう」

「これより西へ向かうこと、お許しいただけますか?」

「……この地より西は、魔境に御座います。悪しき影響が色濃く、危険が伴うでしょう。それでも御身を危地へ晒しますか」

「お恥ずかしながら、私は囚われの身。西を目指す旅路の案内が役目なので。どうかご理解いただけませんか?」

「承知……」

 重く頷き、蜻蛉切が腰に下げていた脇差しを千聖に差し出した。一瞬、戸惑うがそれをすぐに受け取って抱きしめる。守り刀として、厄払いを込めての気遣いに感謝しながら立ち上がる蜻蛉切を見上げていた。

 

「この蜻蛉切。御身を命に代えてもお守り致します……白鷺千聖殿」

「貴方のお力添えがあれば、恐れるものはありません。感謝します、蜻蛉切さん」

 頭を下げて、千聖が安堵した笑みを蜻蛉切に向ける。恐怖からの解放感、緊張の糸が途切れた瞬間のことだった。それまで堪えていた疲労が一気に押し寄せてくる。その気疲れを悟っていたのか蜻蛉切が手を伸ばして身体を支えた。

 

「相当な無理をされた様子。まずは休息を。明朝に起こします」

「……ありがとうございます」

 その場に腰を下ろしたと思った次の瞬間、身体を預けて千聖が寝息を立て始める。その身体を片手で支えながら蜻蛉切は静かに座して夜明けを待った。

 

 ――その様子を眺めていたゴウ達が唖然としている。まさか、かの蜻蛉切を味方に引き入れるとは考えもしなかったからだ。

 

「なんとかなっちゃったよおい!? これは夢か幻か? 誰か殴って確かめてくれね?」

「承知」

「了解」

「「仰るのならば」」

「四発は多くねぇ!? あ、現実だわこれ! だってすげぇいてーもん!」

「お前、台無しだからな!? 腹切って詫びろよ!」

 カゲミツの怒号に、蜻蛉切が怒りを込めた視線を向けてくる。その圧倒的な威圧に押し黙る他になかった。今夜は此処で夜を明かすことにする。

 ――ただひとり、ミカヅキだけは腹の中でそれをあまり良しとしていなかった。

 

(はてさて、随分とまぁ俺の筋書きから離れていくな。これは少々困り果てたものだ……だが、まぁ良い。こちらのが面白いか)

 笑みを気取られぬように、カゲミツ達から顔を背けながら欠けた月を見上げる。

 どちらにせよ、明日が勝負だ。

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