【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第五一幕 独眼竜・大倶利迦羅と狂槍・人間無骨

 

 

 

 ――夜空をハンティングホラーで駆けていたエヌラスだったが、眼下に広がる夜景にちらほらと映る戦闘の気配に気を取られていた。

 山に囲まれて都市とは距離のある村の中を転々としている。放っておこうかとも思ったが、このまま戦闘を継続されて都市に移動されては日菜達に危険が及ぶ。そう考えてハンティングホラーの機首を下げて村に向かって下りることにした。

 

 そこで火花を散らしていたのは、十文字槍を扱う付喪神と、右目に眼帯を付けた刀の付喪神。かたや血塗れで、顔すら識別するのが難しいほどだった。横槍を入れられて二人が飛び退く。

 

「おい、テメェらも付喪神か。何してんだ、こんなド田舎の村ん中で」

「……誰だ、お前」

「訳ありの旅行者だ。んで、そっちの――」

 眼帯を付けている方はまだ話し合えるようだが、十文字槍の付喪神は満面の笑みでエヌラスに向かって槍を振り上げていた。

 

「うわはははははは! おまえつえーな、つえーだろ! つえーに決まってんだよなぁ、ちょいと殺し合わねぇか! ぎゃははははは!」

「俺の話に聞く耳持たねぇな!?」

「名乗れや、どこのもんだ! オレは人間無骨ってんだ、ムコツでいい!」

「おい、ちょっとテメェ、人の話を! 聞きやがれぇ!」

 十文字槍を捌き、エヌラスが倭刀で弾きあげると即座に顔を殴りつける。そのままみぞおちに向けて地面との反発を利用した紫電蹴撃をたたき込むと、勢いよく咳き込んでいた。

 

「ゲッハ、ゲホッ、おっぶぇ! っげ、ははははは! いてー、すっげぇイテェなうわははは!」

「…………なんなんだこいつ」

 眼帯を付けていた刀の付喪神が背後から首に向けて強烈な打撃を加えると、一歩、二歩と歩いてからムコツが気絶する。そこでやっと、深々と息を吐き出して刀を収めた。

 

「……助かった。アンタが来てなかったらどうなっていたか」

「いや、俺もどうしてやろうかと思ったんだが……俺はエヌラス。お前は?」

「独眼竜。大倶利迦羅だ。奥州から西へ向けて旅している」

「なら目的地は俺と同じだな。俺も知り合いが付喪神に連れて行かれて西を目指してる」

「なるほど。だが、どうもコイツは西から来たらしい」

「は?」

 地に伏せているムコツは、ピクリとも動かない。付喪神達が全員西を目指して動いているというのに、一人だけ違う行動をしていることにエヌラスは疑問が湧いた。

 とりあえず拘束してから、エヌラスは大倶利迦羅が世話になっているという宿に同行する。

 

 そこは、老夫婦の民宿だった。昔から経営していたらしいが、近年は閑古鳥が鳴く。そこに偶然大倶利迦羅がこの地を訪れたことで世話になっているようだ。年齢もあってか、ろくなおもてなしも出来ないが、と断りを入れられたものの大倶利迦羅が逆に世話をしている。

 奥州、という聞き慣れない土地がどこかとエヌラスが聞くと、遙か東。東北地方から馬を使ってここまで一人で旅をしてきたようだ。道中で何度か他の付喪神とも交戦してきたが、なんとか切り抜けてきたらしい。だが関ヶ原の関門を前にして攻めあぐねて此処で足止めを食らっていたところをムコツに襲撃された、というのが大倶利迦羅の事情だ。

 エヌラスも此処に来るまでにあった出来事を話す。どうやら敵対する意思はないようだ。

 

 宿の外に繋がれている馬に大量の野菜をぶら下げているのは、どうも大倶利迦羅がそういった村々を主にして移動してきた先で貰ってきたものらしい。それを使って民宿で料理を振る舞ってはお礼に新鮮な野菜を貰っての繰り返し。親切心の循環によって食事には困っていないが、そもそも付喪神なので食事も要らない。なので料理を振る舞うが――の堂々巡り。

 跳ねた黒髪。右目には黒い眼帯。右腕全体を覆うように大布を巻いている。革を用いた上着に、ズボン姿。動きやすそうな服装だが、道中の戦闘によって胴着が駄目になったらしい。現代の服装を着用しているのはどこかで貰ったものらしい。

 エヌラスは大倶利迦羅が作った味噌汁と山菜の天ぷらを頬張りながら話に耳を傾けていた。ムコツは拘束術式でがんじがらめにして部屋の片隅に転がしている。槍も遠ざけていた。

 

「……なるほど」

「大回りをして、東の関門から別な方角から向かおうかとも思っていた矢先に、コイツだ」

「ムコツに襲われた、と」

「ああ」

「ならあいつから話を聞いてみないとな」

 トントン、と襖が叩かれ、老婆が顔を覗かせる。お茶と菓子を持ってきてくれたようだ。

 

「くーちゃん、お茶だよ」

「助かるよ、ばぁさん。足が悪いんだ、そこまでしてくれなくても」

「お友達さんかい? ゆっくりしていってねぇ」

「あー、お気遣いなく……大倶利迦羅、お前付喪神じゃなくて村で暮らしてた方が馴染むんじゃないか?」

「……やめてくれ、正直西に向かうのやめようかと本気で考えたくらいなんだから」

 根は良心的らしい。だが、お茶を煎れた匂いにつられたのか、ムコツが目を覚ました。

 

「ふが…………あー…………寝てた、のかオレ? あ? 動けねぇぞおい」

「起きたのか。暴れるなよ」

「なんだ、粗茶か? いいねぇ、茶は心和むからな! っつーわけでオレにも一杯くれねぇか。暴れねぇからよ、頼むぜ」

「…………どうする、大倶利迦羅」

「話を聞かないことにはなんとも。おい、変な動きを見せたら折るからな」

「うわはははははは、暴れたりしねーよ。茶の席で」

 もののついでに、ムコツにも夜食を振る舞う。その腕前に舌鼓を打っていた。

 

「うめーなおい! 大倶利迦羅っつったっけ! これうめーわ! 惚れ惚れするぜ!」

「こいつ忙しい奴だな……んで、ムコツだっけ? お前、西から来たって?」

「ずずず……、ぷはーっ。おう。アンタ名前は?」

「エヌラス」

「えぬら……? ぬえでいいや面倒くせぇし」

「テメェも兼定と一緒かよ……」

 ピタ、と手を止めてムコツが茶碗を置いてエヌラスの顔を睨む。

 

「アンタ今、兼定って言ったか? 兼定って言ったよな? オレの聞き間違いじゃなけりゃ、そう言ったよな?」

「ああそうだよしつけぇなお前、なんなんだ」

「なんだよ知り合いかよ! あいつの知り合いならそう言えっての! うわはははは、斬りかかったりなんかしてわりーわりー、うっかりぶっ殺しちまうところだったわ、ぎゃはははは!」

「お前マジでなんなんだよ!?」

「兼定ってアレだろ、和泉守兼定だろ! オレも実はそうなんだわ! マジか、あいつも顕現してんのか!」

「いずみの……? いや、俺の知ってる兼定とは違うな」

「あん? んじゃアレか。二代目、之定の方か? でもねーのか、んじゃ知らねぇわ。誰だ?」

「九十九兼定って名乗ってたが」

「んじゃ九字の方か」

「九字……?」

「なんだよアンタまじなんもしんねーのか。そんな如何にもな風体で本当に日本妖怪かよ」

「俺は日本生まれ日本育ちじゃねぇんだよ! なんなら日本文化とか欠片も知らねぇわ! 勉強中だっつうの馬鹿!」

 大倶利迦羅はさりげなく二人が空にしている茶碗に白米をよそいながら差し出した。ついでに湯飲みにも緑茶も注いでおく。

 

「九字っつーのは道教の呪文でよ。ま、ようは厄払いみてーなもんだわ。修練道、陰陽道だのなんだのある。んで、「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」ってのがあるんだが、こいつが九字護身法って……あー、理解してねぇ? 理解できてねぇな。簡単に言うと「九字を切る」って呪文で厄払いの祈念だ」

「……なるほど?」

 いまいち何が何だか理解していないが、なんとなくエヌラスも魔術師としての感性で理解した。魔除けの呪いとしての詠唱がそれなのだろう。

 

「親元が一緒だから兄弟みてーなもんだと思ってたんだが、なんだちげーのか。まぁいいか、ぶった切ってみりゃわかるわ! うわははははは!」

「夜中だから静かにしてくれ」

「おう、わりーわりー。んでお前、大倶利迦羅っつったっけ。半分、倶利迦羅竜だろ? 人間じゃねー部分の匂いが竜そっくりだわ」

「…………」

 呆れたため息を吐き出して、大倶利迦羅が右目の眼帯と右腕の大布をほどく。

 縦に割れた金色の瞳。右腕に巻き付くような大きな竜の入れ墨が目を引いた。

 

「よくわかったな」

「三手打ち合えばわかるわ、意図して力抑えつけてたみてーだしな」

「独眼竜ってそっちかよ。まぁそれはそれとして、だ。ムコツ。聞きたいことがある」

「どうせオレが西から来たことだろ? 実は道に迷ってたんだわ、うわはははは!」

 ああ、ただの方向音痴かコイツ。二人が同時に肩を落とす。

 

「顕現したその日にオレの写し名乗る奴いたから気に食わなくてぶっ殺してそのまま大和目指してたんだけどよ、山で天狗に襲われるわ、京の都は魑魅魍魎が跋扈してるわでひでー有様でよ。しかも付喪神が徒党を組んで揃いも揃って「無銘旗本狩り」やってるっつー話で付き合いきれなくて引き返してきたんだわ」

「無銘旗本狩り?」

「おう。オレ達付喪神のなり損ない、出来損ないみてーな奴らが毎晩都をうろついてるから夜明けまで殺してんだとよ。オレもやらねぇかって誘われたんだが、面白くなさそうだったから断ったんだよ。やっぱ殺すならつえーやつだろ、んで返り血浴びてる方がおもしれーわ! オレの十文字槍もそうした方が切れ味増すからよ! そういう能力らしいんだわ!」

「だからお前、あんなに殺し合いしたがってたのか」

「ああ、それはオレの趣味」

 駄目だコイツ、早くなんとかしないと。こんな狂った鎧武者放置しておいたら何が起きるかわからん。エヌラスと大倶利迦羅は目配せして互いに頷いた。考えることは一緒らしい。

 

「そんで? 東の関門の関ヶ原にゃ、あの蜻蛉切がいるっつー噂を聞いたのよ。そりゃもう殺して殺されての血で血を洗うような合戦したくてたまらなくてよぉ。だけどこのまま行ったところで返り討ちに遭うのは目に見えてるから、片っ端から付喪神殺して回ってたんだわ! 確か大倶利迦羅で…………わりぃ、忘れたわ! 日本号とかとやり合ってたんだが逃げられちまったし、十から先は数えてねーしな! つーかどこだ此処、うわはははははは!」

「……」

「……」

「なんだよ、その可哀想な物を見る目は?」

 駄目だコイツ、マジでなんとかしないと。だが、面倒見の良い大倶利迦羅は懇切丁寧に説明を始めていた。ついでに煎餅をかじりながら。

 

「――つまり、オレ達は全員目的地同じってことだろ? ぬえも、ミカヅキに連れて行かれた知り合い助けに行かなきゃならねーし。大倶利迦羅とオレも西に行かにゃならんし。となると今あいつらも関ヶ原の辺りにいるんじゃねぇかな」

「だったら」

「やめとけ。蜻蛉切はマジでやべー奴だ。関ヶ原を一度覗き見たけどよ、こっから東の連中は皆殺しにされてる。霊脈も乱れるくれーぶっ殺してるみてーだわ。少なくとも百は超えてるぜ」

「なら、ミカヅキ達もそこで足止めを食らっていると見ていいな」

「大体よ、なんだって天下五剣が西に行く必要があるんだ? そもそも西ったって、それこそ京の都と大仏様くれーだろうが。あとなんかあったか? 寺しかねーだろ。神頼みでもしに行くってのか、俺等が? 大和の神といやぁ八百万、どこにでもいんだろうがよ」

「は? 日本に神様ってそんなにいんのかよ馬鹿じゃねーの?」

「おーテメェ人様の故郷虚仮にしてくれて良い度胸だな、ぶっ殺して良いか」

「朝飯抜きにするぞムコツ」

「やっぱやめとくわ。飯食わなきゃやってらんねーし」

 なんだかんだお前等良いコンビなのでは? エヌラスはそう思いながら、考える。

 そもそも、ここまで追ってきたはいいが――ミカヅキ達の目的がわからない。西を目指しているだけならばそれこそただの旅でいいはずだ。そして、付喪神同士で争う理由もわからない。……ムコツは置いといて。

 東の関門、西の関門を設けられている理由も定かでは無い。そうまでして大和に誰も近づけさせない理由が必要なのか。

 

「なぁ、ムコツ。お前が西で会った、その天狗ってのはなんなんだ?」

「大天狗。将軍家剣術指南役だとかで、天狗の面付けてたわ。山の頂上だっつーのにあの野郎、大木ごとぶった斬るわ森の中飛び回るわでマジで天狗みてーな野郎でよ。オレの十文字も満足に使えねぇから逃げてきたんだわ」

 平地ならなー、と愚痴りながらムコツは肩を落としていた。よほど斬りたかったのだろう。

 

「ま、ミカヅキの野郎も大方、寺に向かってんだろう。あの辺にゃ神仏の加護がまだ色濃く残っているみたいだしな。だから西に向かうほどオレ達付喪神も力を増す。あれだ、土着神ってやつだな! だから――」

「……大倶利迦羅。日本の神様の話、なんかあるか?」

「ああ。それこそごまんとある」

「だが付喪神ってのは妖怪だ。まかり間違っても神様なんか降ろしたりなんかできねーとオレは思うね。確信がある。確かに神頼みだの何だのと神仏に祈ったりはするけどよ、マジもんの神様なんてだーれも手を貸しちゃくれねぇよ。言うだろ、我が子には旅をさせよって。うわはははは!」

 本当にそうだろうか。エヌラスは何か腑に落ちなかった。

 

「……あ、いや待てよ? それはあくまでもオレ達の話か? 前の時代ならできんのか。生前の主の逸話を身に宿してるオレ達付喪神ん中でも、とりきわやべーのがいるとしたら……」

「…………心当たりがある」

 大倶利迦羅の静かな声に、二人が言葉の続きを待つ。

 

「ムコツ、お前も聞いたことはないか。俺達の時代から、さらに千年ほど遡った時代にいたとされる御方の話を」

「あー、知らねぇわオレ。目の前の敵以外興味ねーし」

「ぬえ。恐らくミカヅキが西を目指している理由はそこにある。俺達では神降ろしは出来ないが、神の声を聞くことが出来る付喪神が降ろされれば話は別だ。あの御方ならもしかすれば……」

「誰だ、大倶利迦羅」

「聖徳の王。耳が良く、頭が切れることから「豊聡耳」とも呼ばれている御方だ。帯びていたとされる刀が二振り――七星剣と丙子椒林剣だ。恐らく、ミカヅキはその二振りを喚び起こすつもりだろう。付喪神として顕現すれば神の声すら聞き分けることが出来るかもしれない」

 神の声を聞く。それが、どれほどのものなのか。エヌラスは歯噛みしていた。

 

「……神様なんて連中はどいつもこいつもろくでなしの人でなしだ。ましてや、人間のことなんかこれっぽっちも考えちゃいねぇ。自己中心的で唯我独尊、そんな奴らが今の時代に生きる人間の都合で動くとは思えねぇ」

 脳裏に浮かぶのは、危険に晒される今の時代を生きる少女達の顔。

 

「これ以上は俺の我慢も限界だ。片っ端から皆殺しにしてやる」

「奇遇だな、俺もそうしてーと思ってたのよ! 気が合うなオレ等! 面白そうだし手ぇ貸すわ、ぬえ! 大倶利迦羅はどうする?」

「元々西へ向かおうと思っていた。だが、ぬえの話を聞いた以上は黙っているわけにはいかないな……手伝おう」

「助かる。ならまずはミカヅキ達を止めるぞ」

 これ以上――日菜達を危険に晒すのだけは、我慢ならない。

 例えそれが神であろうと、許さない。邪神ならば、尚更だ。

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