【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第五二幕 決戦の地・大和国

 

 

 

 ――ホテルの一室でようやく目を覚ました兼定が、顔をしかめる。額が割れるように痛い。あと身体の節々がやけに痛い。というか全身めっちゃ痛い。骨が折れているとかそういう次元の話じゃない。指一本動かすのも辛い。

 病床に伏せたような心地だ。視線だけで部屋をぐるりと見渡すと、エヌラスは既に出立した後。自分は置いて行かれたのだと理解して――誰かの記憶が流れ込んできた。

 それは、誰だったか。座敷に横たわり、病床に伏せて去って行く仲間の背中を見送ることしかできなかった。この身体が病に伏していなければ。この身体が万全に動くのなら、そう何度思ったことか……。兼定が頭痛に頭を押さえる。

 誰かの記憶が、時々自分の中から湧き水のように出てくる。だが、誰なのかわからない。自分では無いはずだ。

 

「っ……」

 静かに呼吸を整えて、兼定は全身の痛みを堪えながらベッドから起き上がる。浅葱色の陣羽織を掛けた椅子に、刀が立てかけられていた。

 追わなくては。一刻も早く、後を追って――。朦朧とする視界に、膝から崩れ落ちる。それだけで骨が軋む。立ち上がれないほどの痛みに、兼定は這うようにして鞘を掴む。

 道半ばで果てるわけにはいかない。身体が動くのならば、最後まで駆け抜ける。己の誠と士道を信じて、死ぬる時まで。

 歯を食い縛る。歯を食い縛り――立ち上がる。

 裏切ろうと一瞬でも考えた自分が恥ずかしい。ミカヅキにそそのかされて、背後から斬り捨ててしまおうとした。局中法度も士道不覚悟も為していない男を斬って、一人の少女を守ろうとしたところで己の信条一つ守れぬ輩が何を守れる。いいや、なにも。なにひとつ。

 身体の痛みをねじ伏せて、兼定は刀を杖代わりにしてホテルのドアに手を掛ける。その時、ちょうど扉がノックされた。

 彩達が様子を見に来てくれたらしい。だが、血塗れの兼定を見て驚愕していた。エヌラスはしこたまぶん殴ってそのままベッドにぶん投げて放置していったらしく、血が固まっている。それを見た彩が危うく気絶しそうになっていた。

 急遽、兼定の手当が始まる。

 

 イヴが濡れタオルで傷の汚れを拭い、絆創膏や湿布を貼っていく。割れた額にも包帯を巻いて満足そうにしていた。

 

「鉢金みたいでとても似合ってます、カネさん」

「そうかい? はは、そりゃどうも。ところで、今何時だ?」

「今は朝の九時。ホテルのチェックアウトも十時までだから、そろそろ出る準備しないといけないから様子を見に来たの」

「……そちらさんは、どうするんだ?」

「もちろん、あたし達も千聖ちゃんを追って西に向かうつもり。マネージャーさん達も結局撮影中止にしたみたいだし。まるまる一日オフになっちゃったもん」

「ジブンが調べたところ、ここから新幹線でさらに二時間くらいみたいです。お金はちょっとかかりますけれど……千聖さんが心配ですし。お金がどうこう言っている場合じゃありません」

「なら、護衛は俺が引き続き受けようかね。未熟者ながら」

「はい! カネさんがいてくれたら百人力です!」

 しかし、少女達だけで行動することを大人達はよしとするだろうか。先日の騒ぎもある。もしかすると強制的に送り返されるかもしれない。だが、それは杞憂に終わる。

 

「ふふん、そこは心配ご無用。あたしに考えがあるんだー」

「上手くいきますかね?」

「だいじょーぶ。つまりはあたし達全員が駅に到着すればいいんだよね? 兼定さんはあたし達の後についてきてくれればいいからさ」

 

 ――日菜の作戦は、簡単な物だった。

 ネットで予約した新幹線に、駅に駆け込んで乗り込むというもの。座席の予約と、支払いはコンビニで先んじて済ませる。兼定は切符さえ買ってしまえば改札を乗り切れる。

 

「あたし達は休み。だけどスタッフはお仕事。さすがに仕事投げ出してあたし達を追ってこれないはずだもん。それに撮影機材も置いていけないし、駅まで荷物担いで追ってくることはできないからねー」

「で、でもそんなことして大丈夫なんですか? ほら、ジブン達が無断で行動したりしたら事務所からお咎めが……」

「その時は「白鷺千聖誘拐事件黙認」でゆするから大丈夫」

「日菜さん、怖い物知らずておっかないです……」

「えー、でも事実じゃん。千聖ちゃんが連れて行かれたっていうのに警察も動かないし、ニュースも彩ちゃんが見てるSNSも何も動きがないんでしょ?」

「う、うん。あれからしばらく様子見てたんだけど、全然」

「ならこっちのスピード勝負! 毎日レッスンで鍛えてたあたし達ならよゆーだって」

「氷川のお嬢は現代でなけりゃ天才軍師にでもなれたろうな……」

 この子が味方で良かった。兼定は痛みの和らいだ身体の感覚を確かめながら服を着る。エヌラスが最小限の手荷物で済ませていたのは幸いだ。

 

「で、でも本当に大丈夫かな……」

「なに、俺に任せろって。いざって時は斬り捨て御免、ってな。いや斬らねぇけども」

「彩ちゃん、アドリブに弱いもんね。いざっていう時は兼定さんがフォローしてあげてね」

「あいよ、任された」

「ところで、その日菜さんの作戦。いつ決行なんですか?」

「え? 一時間後だよ? もうネットで予約しちゃったからこれ逃すとまずいんだよねー」

「いくらなんでもぶっつけ本番が過ぎないっすか!?」

 作戦決行まで、残り一時間を切っている。そこまでは流石に周知していなかったのか麻弥が焦っていた。

 荷物は全部兼定が持ち、後は観光と称して軽く街の中を見て回って、飲み物を買いにいく振りをしてコンビニで支払いを済ませる。

 その後は――駅まで全力疾走。できるだけギリギリの時間を攻めて。

 

 彩が途中でこけたものの、兼定が担ぎ上げて新幹線に乗り込むことで作戦は成功。後は到着までの二時間、のんびりと新幹線に揺られるだけだ。

 

 

 

 エヌラスと大倶利迦羅、ムコツの三人は民宿を後にして関ヶ原へ向かう。そこでミカヅキ達も足止めを食らっているに違いないとみたからだ。

 奥州からここまでの旅路に付き合ってくれた健脚の馬と並走するハンティングホラー。その見慣れない鉄騎にムコツが興味津々だった。

 そして、辿り着いたはずの関ヶ原跡地では戦闘の痕跡が残っていたものの、そこにいるはずの蜻蛉切もミカヅキも、千聖もいなかった。無人の跡地を見渡して、これはどういうことかと首を傾げている。

 

「番人、どこ行った?」

「ここを空ける、となれば……もしかするとミカヅキ達に同行したか? だがなぜだ。東の関門を空けたということは、守る理由がなくなったということか……?」

「……オレが思うによぉ。番人やる必要がなくなったってことは、関所を越える奴が出てきたってことだろ? 腕を見込んで同行したってんなら、そりゃ――面白ぇ! あの蜻蛉切が認めたってんなら尚更ぶった切ってみてぇわな! うわはははは、楽しみだ!」

「なんにせよ、俺たちが遅れてるってことだろう? 大倶利迦羅、ミカヅキ達の居場所がわかるか?」

「ちょっと待ってくれ。この辺りの土地は脈が荒らされていて少し手間取る――」

 大倶利迦羅が馬から降りて、右手で地面に触れる。半分だが、倶利迦羅竜を身に宿しているからか地脈や霊脈を感じ取る能力があるらしい。

 意識を集中させる大倶利迦羅だが、点々と。それこそ無数に何か妙な斑点が霊脈に乗せられていた。それは関ヶ原全域を包むように。

 

「――ここから離れるぞ、急げ!」

「は? どうした、大倶利迦羅」

()()()()()()!」

 大倶利迦羅が叫ぶと同時、カゲミツがばら撒いていた呪符が起動する。無数の魑魅魍魎、悪霊の群れが付喪神のなり損ないとして無数に関ヶ原に召喚されていた。たった三人を包囲する百を優に越える兵力。ムコツが舌打ちしていた。

 

「ちっ、伏兵ってやつか。面白くねぇ!」

「だがこの数だ。無視していくわけにもいかないだろう」

「そりゃ無理な相談ってなもんだ。んじゃまぁ、片っ端から殺して回るかぁ!!」

 大倶利迦羅が抜刀し、ムコツもまた頭上で十文字槍を振り回して構える。エヌラスだけは首の骨を慣らしていた。左肩の調子はよくなったが、それでも全快には至らない。

 整息。無手で構えて、拳で悪霊退散。突き抜けた衝撃が二匹、三匹と巻き込んでいく。

 

「何でもいい。さっさとこいつら潰してミカヅキ達の後を追うぞ」

「頼もしい限りだ!」

「素手でそれとか得物持ったらどんだけだよおめーさんは! やっぱ今ここで殺し合わねぇか! 蜻蛉切の野郎もいねーしアンタで我慢してやっからよ!」

「ミカヅキ達の後だったらいくらでも相手してやっから手を動かせ馬鹿ムコツ!」

 白刃取りから刀をへし折ってエヌラスが悪霊の胸骨を砕き、顎を蹴り飛ばした。ムコツの槍捌きも凄まじく、触れたもの全てを断ち切る勢いで悪霊達が撫で切りにされている。大倶利迦羅も力を抑えていたが、数の不利を前にして舌打ちしていた。

 

「ぬえ! ムコツ! 俺の後ろに下がれ!」

「あん? 何しでかす気だ大倶利迦羅!」

 右眼の眼帯を指で弾き、右腕を包む大布が突如として発火する。蒼炎を纏う太刀を振り上げて大倶利迦羅が口から炎の吐息をもらした。

 

「少しばかり――本気を出す」

「言うのが、おせぇ!」

「南無八幡大菩薩……!」

 八相の構えから、一息に踏み込んで刀を振り下ろす。大地を鳴らし、霊脈に乗せた青い浄炎が悪霊をたちどころに焼き祓っていく。

 

「六根清浄。せめて安らかに眠れ」

「ははは、やっぱお前もすげーわ! おもしれぇおもしれぇ、うわははははは! やっぱ日本はこうでなくちゃあなぁ! つえーやつらがのさばってこその日ノ本だ!」

 馬鹿笑いしながらもムコツは的確に相手の急所を突き、鎌首で動きを封じながら手早く悪霊を蹴散らしていく。エヌラスだけは素手で悪霊の頭蓋を粉砕していた。

 

 

 

 ――その動きは、術者であるカゲミツの手に取るように伝わっている。

 兼定達が自分達を追っていることは知っていた。だからこそ、関ヶ原にも足を踏み込むだろうと考えて大量の呪符を置いてきたのだ。まるで負け戦、追われる身となっているがそれはさほど問題では無い。千聖を助けるためにここまで追ってきていることに感心していた。

 

(ふむ。これは兼定ではないな。となれば、あちらも他の仲間を引き込んだか……数は二人。しかし、この力は人のものではないな。あやかし、か? いや……俺と同じ倶利迦羅竜のようだな)

 相手との距離は開いていく。足止めに用意していた伏兵達は効果があるようだ。カゲミツは一度だけ先導するミカヅキの背中を見て、それから蜻蛉切に背負われた千聖に視線を向ける。

 写真を撮影し、遙か遠くに見える市街を彩の携帯に送信していた。

 ゴウと太郎、次郎の三人も周囲を警戒しながらミカヅキの後を追っている。殿を務めているカゲミツは考えていた。

 果たして、これ以上千聖を連れて歩くことでこちらが優位を得られるだろうかと。人質を取らずとも兼定は自分達を斬りに来るはずだ。ならば、千聖を危険に晒すことはない。元の生活に戻してやるべきではないか。

 持たせた呪符に念を込めれば、今なら他の場所に転移させることもできるだろう。だが、大和を前にして高まる緊張感に下手な動きは見せることはできなかった。

 鞘にくくりつけた、最古の一振りが鳴いている。それは自らの力を求め欲しているかのように。

 これを使って、何をするつもりなのか。カゲミツはミカヅキにだけは心を許していない。いっそこの場で刀を取りこぼして隙を作り、千聖だけを逃がしてやろうかと考えた矢先にミカヅキが振り返った。

 

「おぉい、カゲミツ! あちらの動きはどうだ?」

「――ああ。目論見通り、関ヶ原に足を踏み入れた! 今は足止めをしている、問題ない!」

「ならばよし! 蜻蛉切殿が大勢討ち取ってくれたおかげでお前も存分に力を振るえるだろう」

「このような技は出来ればやりたくないがな!」

「まぁ許せ。目的地も見えてきたことだ!」

 驚くべき事に――既に、もう見えている距離まで来ていたのだ。千聖が目を覚ました朝の六時から、ずっとここまで走り続けている。だというのに、誰も息を切らしていない。恐ろしい速度で悪路を駆け抜けている。これでは車で追跡するなど以ての外だ。

 

「……千聖殿。お疲れではないか」

「私のことはお構いなく、蜻蛉切さん」

「もうしばしの辛抱にございます」

「はい……」

 背中で揺られ続けていたが、不思議と不快感はない。身体のブレもほとんどなく、足取りは重いが決して遅くない。さながら重戦車だ。千聖を気遣ってか、時折ゴウが軽口を叩いている。

 

「いやしかし、まさかねぇ。蜻蛉切がおなごを背負って走るとは! こりゃ騎馬戦でも負け知らずだろうよ、あっはっは!」

「おや失礼、ゴウ様。手が滑りました」

「おじさん山肌滑りおっぼぉあああー――……!?」

 大太刀の鞘で足を払われてゴウが踏み外し、山の斜面を転がり落ちていった。だが誰も気に留めることなく走り続けている。その後必死に追いかけてきたゴウから聞くに堪えない罵詈雑言が飛んできたものの、今度は次郎太刀の手によって川に落ちていた。とても雑な扱いをされているが本人が一向にめげない上に懲りないものだからほとほと困っている。

 大和に辿り着く頃には約一名ほど疲労困憊、満身創痍となっていた。

 

「一体おじさんが何をしたって言うのかね君らさぁ!」

「ははは、強いて挙げるとするならば白鷺の姫君に対する無礼と不躾と無作法ですかな?」

「何もしてないよね!? むしろそれおじさん全否定だよね! 口も聞くなってか!」

「と、大罪人が申しておりますが。如何しましょうか、千聖嬢」

「放置でお願いします」

「承知致しました。ではそのように」

「打ち首じゃないだけ感無量ですわこんちきしょーーー!!!」

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