「おーおー、お前か! お前が兼定か! うわはははは! 俺のこと知ってっか!? あん知らねぇ? そんなこたぁどうでもいいわ! お前つよいか、つえーよな、そうだよな当然だよなっつーわけでちょいと軽く殺していいかいーややっぱ今やるわ往生せいやぁぁぁっ!」
「なんだこいつ、なんだこいつ!? おい、ぬえ!? おまえ何連れて来たんだよ!?」
兼定に容赦なく歩み寄りながらムコツが十文字槍を突きつける。口元の血を拭いながら逃げ回る姿を見て、ゴウが胸を撫で下ろしていた。
「た、助かった……」
「なに休んでんじゃおどりゃあぁぁぁ!」
「節操なしの殺生よくないとおじさん思うんだけどなぁ!? 後生だから堪忍してつかぁさい!」
手がつけられない暴れん坊のムコツに、エヌラスが脳天をかち割る勢いで踵落としを叩き込む。流石に気絶したようだ。
太郎太刀、次郎太刀も大倶利伽羅から離れて、互いに交戦していたが刃を止めている。
「ぜー、ぜぇー……お、おい……ぬえ。本当に、なんなんだ……っていうか、なんだ、こいつらは? お前の、仲間?」
「昨日出会った大倶利伽羅と人間無骨だ。そっちの三人はミカヅキ達と一緒にいたのを見つけたムコツが問答無用で斬りかかったから俺も知らん。誰だお前ら」
「おじさんは日本号! 覚えなくていいからね!?」
「太郎太刀です」
「同じく次郎太刀」
「ほー、似てると思ったが兄弟の付喪神か。そういうのいるよな、うん」
「お前が兼定か。そしてそっちが例の、あいどる、とやらか……ほう。うん。いいんじゃないか」
大倶利伽羅が太刀を収め、右目を眼帯で塞ぐと馬から替えの布を降ろして右腕に巻きつけた。そうしていないと力が抑え込めないらしい。
瞬く間に大騒ぎとなった街に、すぐ警察がやってくる。帯刀した集団が暴走しているという通報からすぐに駆けつけてきたようだ。
「そこの集団! 下手な抵抗はやめておとなしくしなさい!」
「あー、おじさん達のこと? いや間違いなくおじさん達の事だよねこれね? なんか番所に突き出されそうな雰囲気なんだけど?」
どう頑張って言い訳をしても悪い方向にしか転がらないことは容易に想像できる。全員お縄になるか、それともより騒ぎを大きくするか。パスパレもまたどうするべきか考えていた。
「……この人達、白鷺千聖の誘拐犯なんですって言ったらどうにかならないかな?」
さりげなく日菜が恐ろしい事を呟いた気がする。その場にいた全員が聞こえない振りをした。しかし、意外なことに警察官の前に歩み出たのはエヌラスだった。
咳払いを挟み、身振り手振りを交えて説得を試みている──。
「いやね、おまわりさん。これ映画の撮影なんですよ。え、聞いてない? 実際の被害出てる? いやぁすいません、無許可はまずいっすよねーははは」
「いいからキミ。なにか身分証明書」
「これでいいですか」
……身分証明書? エヌラスが懐から取り出したのは、一枚の紙切れ。それをまじまじと眺めていた警察官が目頭を押さえていた。
「キミ、名前は?」
「
「あー、うん。ソラくんね? はいはい……いやぁ、困るんだよね。こういうことされちゃうと」
「本当に申し訳ないです。いやほら、映画撮影のサークルなもんで。今度売り出す予定なので完成したら是非どうですか、刀剣活劇浪漫劇場」
「いやぁ興味はあるけどねぇ……」
違う、これは説得ではない。ただの洗脳だ! 次から次へと矢継ぎ早に流れるように出てくる口から出任せと詐欺と虚偽の言説に、警察官も魔術に対する抵抗力が皆無だからかすっかり信じ切っている。あっという間に打ち解けて肩を組みながら談笑していた警察官と別れ、エヌラスがこれみよがしに舌打ちしてから、何故かゴウをぶん殴っていた。
「くそちょれぇわ」
「なんで殴ったの!? なんで俺殴られたの!? もうやだ現代の若者超怖い!」
「エヌラスさん、何をしたんですか?」
「洗脳魔術。本来は専門外だけどな」
相手の意識や印象に直接魔力で干渉することによる認識操作。対象の精神力や防御力次第で術の強度も大幅に変わってくるが、残念なことに現代で精神に魔力防護壁を形成できる人類は存在しない。そのため初歩中の初歩。魔術による暗示は子供騙しレベルでも通用していた。エヌラスはそれがどうも不本意らしい。
一連の出来事が難なく(?)収まってから、ムコツが目を覚ました。
「ふが……? あー、頭いてぇ……うお、血ぃ出てるわ」
「起きちゃったよ暴れん坊が」
「まーだ生きてやがったのか日本号てめぇこの野郎! まぁいいわ早速ぶっころ──」
「そこまでです!」
ムコツが十文字槍を手にしてゴウに斬りかかろうとしたのを止めたのは、意外なことにイヴだった。この明らかに危険人物通り越した放し飼いの狂犬の前に手をかざして制止させる。
「あぁ? なんだ嬢ちゃん! その髭の味方するってのか!」
「おじさんの髭関係なくない今! そこ指摘しなくてもいいじゃない!」
「この勝負、若宮イヴが預かります! 私が許可を出すまで勝負はお預けです!」
「…………」
「…………」
「……まぁ、嬢ちゃんがそこまで言うならそいつの命は預けとくわ」
意外なことに。
ムコツはイヴの言葉をすんなりと聞き入れた。女子供を斬ったところで槍の切れ味が増すわけではない。判断基準は、要はそれだ。斬って捨てて楽しいかどうか。殺し合って楽しいか否か。現代の女の子を斬ったところで手応えも歯ごたえもない。だから斬らない。勝負を預かると言われた手前、勝手に斬るわけにもいかなくなった。
イヴの咄嗟の行動に、ゴウが胸を撫で下ろす。
「いやあ、ありがとうなぁ嬢ちゃん。こいつ止めてくれないと本当に周囲が血の海になるから助かったわ」
「一度言ってみたかったので、気にしないでください!」
「思いつきってこえー……」
それ、駄目だったら自分達がどうなってたかとか考えなかった? ゴウはその行動力に助けられたので何も言えなかった。
ひとまず、手短な寺院に逃げるように駆け込み、そこで互いに腰を落ち着かせて話を始める。
──カゲミツ達に追いついた瞬間、ゴウの顔を見たムコツが一番槍に突っ込んだ。蜻蛉切に背負われる形で白鷺千聖を確認したものの、太郎太刀と次郎太刀が迎撃に動き、それを止める形で大倶利伽羅とエヌラスも交戦に入った。
そして兼定もまた、ミカヅキの目的を明かす。全ての付喪神を消す為に最古の二振りの協力を仰ぐためにここまで来たのだと。そのうちの一振りは兼定が所持している。
「……つまり、ミカヅキさんは“天下布武”を敷くつもりなのですね?」
「でも、もう一振りはカゲミツさんが持ってるんだよね? 急がないとまずくない?」
「そうは言われてもねぇ。おじさん達もミカヅキの目的は知らなかったわけで」
「あぁ? てめぇ知らずに協力してたってのかよ、馬鹿かよ! やっぱぶっ殺しといていいかこいつ! 首から上だけでもいいからよ!」
「それ即死だから! さらし首とか斬首刑とかそういうの! 冤罪の打ち首獄門とか閻魔も同情するわ!」
「じゃかぁしいわ、黄泉返りしたらもっぺん殺すから問題ねぇ! なんだったら閻魔に喧嘩売ってくるわ!」
もはや制御不能の殺意と衝動のままに動こうとするムコツをイヴが睨む。
「むぅ~……!」
「……ちっ。わかった、わかったっての。そんな子犬みてぇな目で睨むなや」
「はいっ! ムコツさんもいい人ですね!」
「本気で言ってるのこの子……大丈夫? 眼鏡かける? 多分似合うよ?」
「俺もそう思うわクソ髭」
「ぬえくんひどくねぇ!? 賛同するか罵倒するかどっちかにして!」
「髭」
「罵倒に傾倒しおった!」
忙しいゴウを尻目に、太郎太刀はなにか考え込んでいた。
「少し良いだろうか? つまり、そちら方は千聖様を助けるために遠路遥々ここまで来た。我々にしても彼女は命の恩人だ。平穏無事な生活に戻れるというのなら尽力しよう」
「それは助かります。いやぁ、正直エヌラスさんと兼定さんだけでは不安だったと言いますか」
「悪かったな、麻弥。俺だって好きで手加減してるわけじゃねぇんだよ」
「手加減してるんですか? それで?」
「本気でやったら街が消し飛ぶが、いい「駄目っすね」──」
食い気味に麻弥が応える。そんなの誰が許可するものか。
「なら、俺からも提案だ。ここはお互い協力して、その女の子をミカヅキ達の手から取り戻そうと思うのだが。反論はあるだろうか?」
「蜻蛉切はどうすんだ」
「それについては心配ご無用。彼女が元の生活に戻ることを蜻蛉切殿も望んでおられるはず」
「結局、俺たちの敵はミカヅキとカゲミツの二人ってことか。なら、数の有利でこっちがなんとかなりそうだな」
エヌラスの言葉に、大倶利伽羅が少し浮かない顔をしていた。
寺院から地脈を通して周囲の状況を監視していたが、何やら妙な事になっている。
「どうかしたんですか、大倶利伽羅さん」
「いや、こちらへ向かって凄まじい速度で接近してくる付喪神がいる。西の方……京の都からだ」
「あん? そりゃあ大天狗じゃねぇか? アイツがこっち来てるってんならオレが相手してやんよ! 山ならともかくここら辺なら互角の戦いができそうだしな!」
「……数は二人だ」
「はぁぁぁ? 片方誰だよ、どこのどいつの何様だ。なんかぶった切りてぇわ」
「お前ほんと殺すことしか頭にねぇのかよ」
あんたが言うのか──エヌラスに視線が殺到する。
「──二手に別れた。片方はこちらにまっすぐ向かってきている」
「おーしぶっ殺す!!!」
「誰かコイツ沈めとけ」
「落ち着けよ、まだ敵と決まったわけじゃないんだから」
「いーや敵だろうが味方だろうがぶった斬ってみりゃあわかるわ!」
「誰かコイツ斬っとけ」
エヌラスと兼定が言っている間にも、寺院に向かってきている影に大倶利伽羅が鯉口を切っていた。その方角へ向けて一斉に警戒心を強める。
塀を飛び越えて、一同の前に降り立ったのは左肩に浅葱色の陣羽織を掛けた剣士。
長く伸ばした白髪をうなじで縛り、垂らしている。どこか落ち着いた雰囲気ながら穏やかな印象を受ける。細身で、肌が色白いのはどこか不健康な印象だが女性的でもあった。
額に巻いた鉢金の一文字に、イヴが顔を輝かせている。
「新選組、一番隊の方ですね! お会いできて光栄です!」
「身バレすんのはっやいな!」
「イヴさん、新選組大好きですから無理もないかと……」
キョトンとした顔をして、降り立った隊士は照れくさそうに頭をかいていた。
「いやぁ、これなら名乗る必要もなさそうだ。お久しぶりです、兼定さん。私です、覚えていますか?」
「……いやすまん、知らん。誰だお前?」
「…………えぇー、それはないですって兼定さん。ほら、私ですって。新選組一番隊の菊一文字ですよ。覚えてないんですか?」
「すまねぇ。俺はどうにも、記憶がないらしくてな……」
「あーあ、それを聞いたら局長がどんな顔するやら……。まぁいいです。その局長からの命令でしてね、大和への侵入者を斬ってこいって話だったんですけれど──」
錚々たるメンツに、菊一文字と名乗った付喪神は首を横に振る。
「なーんか、混み入った事情がありそうなので話を聞くだけ聞いておきましょう」
「菊ちゃんだけに?」
「すいません、つまらない冗談は斬り捨てたくなるんですよ。いいでしょうか」
『異論なし!』
「あるよ! 異議あるよぉ! なに平気な顔でみんなおじさんのこと犠牲にする気満々なの!?」
物腰穏やかに見えて、その実かなり物騒な人斬りのようだ。左肩に掛けた陣羽織で刀の動きを悟らせない。袴によって脚の動きも見極めにくいようにされている。
「もうひとり、大天狗さんはもう片方に向かっていきましたよ。どうも、東の番人だった蜻蛉切さんにお話があるようでして」
「おいおいおい、とんでもねぇことになってんじゃねぇか! えぇおい! うわはははは、こりゃ俄然面白くなってきたぁ! よっしゃ行くぞ今行くぞすぐ行くぞ! ミカヅキの野郎もぶった斬っておきてぇからな!」
「……失礼、こちらの玉ねぎ食った狂犬みたいなちょっと頭がアレな方は?」
「気にすんな……こいつずっとこんな調子だから」
「わかりました。できるだけ視界にいれないようにします」
菊一文字の毒舌が冴え渡る中、ムコツが暴れないように肝を冷やしながらエヌラス達はミカヅキ達がいる寺院に向かって先を急いだ。
目的の寺院に辿り着こう、という矢先にカゲミツと蜻蛉切は手負いのミカヅキと合流する。そして、その直後に大天狗が四人の前に立ちはだかった。
通り過ぎる一般観光客や地元住民達も何事かと一瞥するが、それだけだった。不用意に動かない以上は下手な騒ぎにもなっていない。
ただ、視線だけで大天狗と蜻蛉切は言葉を交わす。──かような仕儀があって此処へ立ち入ったのか。言葉次第では刃を交わすことも辞さない大天狗を前にして、カゲミツが動く。
「俺は、小竜景光。そちらの銘は」
「……
「成程。では、東の番人である蜻蛉切殿とは面識がお有りか?」
「如何にも。ゆえにこそ、問いたい。この魔境、大和国へ何用か」
大天狗は既に鍔に指を乗せている。刀を抜かせたら最期、地に伏せることになるだろう。
「これはこれは。西の番人、大天狗殿。私は三日月宗近にございます。お見知り置きを」
「天下五剣が一振りか……なるほど。魔性の如き美しさに合点がいった」
「我らが今日、この日、こうして此処へ馳せ参じたのはかの二振り。うち、一振りを顕現させようと思った次第にございます。名を、七星剣、ならびに丙子椒林剣。カゲミツが持つは、七星剣」
「ほう……かの聖徳王を呼び起こすと。なにゆえ、そのような事を」
「全てはこの日ノ本のため。一時の乱世は致し方なく、今、この国は危機に晒されております。ならばこそ、先達の恩恵に授かりたく」
「……道理だな。我らが現世に顕現した理由、未だ明らかにされておらぬ」
「では──」
「だが──」
天狗の面、その下の眼光に射抜かれてミカヅキが凍りつく。
「貴様、本当に付喪神か……?」
「────はてさて。何のことやら?」
「某の目を誤魔化せるとは思うまいな。その身に宿す邪気、その心に秘めた狂気、その振る舞いでは隠し通せぬ瘴気。ミカヅキ、貴様は付喪神ではなく。もっとおぞましい何かではないのか」
「これはこれは、とんだ御冗談を。私はご覧の通り、付喪神。天下五剣が一振りでありますれば。身に受けた権能は化性の異能でありますが」
「ほう……妖怪でありながら、ますます化性に近くなると? ならばそれは、斬っておくべき邪な存在に他ならぬはずであるが」
「……ここで、刃を交える気か」
「是非もなし。何故通した、蜻蛉切。このような怪物を」
大天狗の問いに、蜻蛉切は背負った少女を下ろした。──彼女が人質となっていた、と察すにはあまりに容易なことだ。
衝突は避けられないことに、カゲミツは呪符を蜻蛉切に忍ばせる。そして、大天狗にも。こちらへ向けて駆けてくる兼定達の気配も手に取るように察していた。
「大天狗殿。そちらの姫君はお預け致します」
「なに?」
「この男とは、此処まで付き添った旅の仲間。ならば、それを感じ取りながらも静観に徹した自らの不徳の為すところ。蜻蛉切殿も、よろしいか」
「……」
「カゲミツさん。何を──?」
刹那、ミカヅキが抜刀してカゲミツの背後から斬りかかる。その気配をまざまざと感じ取っていたのか、刀の鞘で防いでいた。手首を返し、器用に斬りつけながら鞘にくくりつけられていた最古の一振りを弾くと掠め取る。
兼定達が駆けつけ、カゲミツは呪符をばら撒いた。それは方陣を描き、自分とミカヅキを除いて範囲内に収める。
「然らば、御免! 後はお頼み申す! オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ!」
手首より滴り落ちる血を手にした呪符に染み込ませて、霊脈に乗せて術を発動させた。まばゆい光を放ち、その場から兼定達の姿がかき消える。
ミカヅキは目を細めて、カゲミツを見つめていた。能面のような、虚無の表情。
「カゲミツ。彼らを、どこへやった?」
「さてな、宵の口の貴様なら俺に問うことなく視れただろうよ」
「何故遠ざけた?」
「──我らの争いは、我らの間でのみ片を付けるべきだ。貴様との因縁は、此処で決着をつける」
「嗚呼そうか。貴様は白鷺の姫君を案じたのか。大層な思いやりだ。だが彼女はもはや無用の長物だ。蜻蛉切殿にしても、枷であろうよ。いかな天下無双とて、戦の心得ひとつないおなごを抱えたまま大槍を振るうなど出来ぬ話だ。だから、か? カゲミツ……私と一騎打ちを所望したのは?」
「天下五剣と天狗になった貴様にせめて一太刀浴びせなければ、捨て置かれたシシオウに申し訳が立たんからな!」
左手首の出血を呪符で押さえつけながらカゲミツが刀を抜く。その様子を見ていたミカヅキは視線を外して自分達を遠巻きに眺める外野を見渡して──薄く微笑んだ。背筋が凍りつくような優しさで、語りかける。
「そうさな。受けて立とう。しかしな、カゲミツ……地の利はこちらにあるぞ?」
そして、あらぬ方向へ駆け出していた。そこには、女性の観光客が呆然と立ち尽くしている。
刃を閃かせて──カゲミツが間一髪のところで凶刃を防いだ。
「何の罪もない人々を斬ることに、お前は躊躇いを覚えるだろう。それは自らの士道に反すると口にするだろう。そしてその通りにするだろう。──俺は知らぬ。何人斬ろうが、何人裏切ろうが、どれほどの犠牲が出ようと同じ事!」
「貴様は……! 貴様は、どこまで堕ちた!」
「嗚呼、どこまでも! 奈落か、冥府か、黄泉の国か! もはや俺にはどうでもいいことだ! だがまずは貴様だ、カゲミツ! 貴様の首をかの御仁の供物と捧げよう! 全ては神の思し召し……どこまで逃れようと掌の上だ!」
ミカヅキの凶刃が人々に向けられる都度、カゲミツはその全てを自らの身を挺して庇った。
誰一人として民草に傷をつけまいと語った夜を思い出す。儚くも強く生きようと振る舞う少女の顔を思い出す。白鷺千聖と交わした言葉を思い出す。
「俺は──斬らねばならぬ! 斬らねばならんのだっ! カゲミツ!」
初めて、ミカヅキが己の感情を顕にした。何処か焦りを含めた、怒りと悲哀に満ちた覚悟の言葉だった。幾度となく口にしてきたはずの台詞は、それこそがミカヅキの本音。
「人の世に仇なす全てを、斬らねばならんのだ──己も、貴様も、全てを! だが、嗚呼、なにゆえ神はそのような大義を俺に背負わせたのか……!」
苦痛に顔をしかめ、だが次には笑っていた。もはや、壊れたように。
「ならば、はっはっは、ならば致し方あるまい!? 何を斬ろうとおなじこと! 転がる骸に如何様な違いがあろうか、俺にはわからぬ! 俺には、もう、何も分からぬのだ──! ははは、はははははははは、くははははははははっ!!!」
おぞましいほどの狂気、瘴気、邪気と神気を匂わせてミカヅキの刃はしかし、澄んだ清流の如く怒涛に押し寄せる。カゲミツも刃を捌くことで手一杯だというのに、凶刃が無辜の民へ向けられるたびに自らを犠牲にしていた。
笑いながら涙を流し、だが、その目は笑ってなどいなかった。
「カゲミツ。逃れ得ることなど誰にも出来ぬのだ。誰にも。──月が見ている。俺を見ているのだ。この世の全てを見通すように、我らを見下ろしているのだから。救いなど何処にもない」
「…………救いがあろうとなかろうと、道を外れればことごとく外道に落ちぶれる! お前がそうであるように!」
「この俺がどの面下げて正しく在ろうというのだ」
カゲミツの刃がミカヅキの胴を捉える。
仕留めた──! そう信じた次の瞬間、刃は空を切っていた。霞を切ったような手応えに悪寒が走る。だが既に、その時に決着はついていた。
己の背後から納刀する音を聞いて、体に走る一文字。熱を感じたと思えば、肉と骨を断たれて鮮血がカゲミツの体より溢れる。
「俺が聞いた神の声は、果たして正しくあったのかどうか。今となっては知る由もない」
「────」
薄れゆく意識の中、カゲミツは激しい後悔の念に襲われていた。
最初の一歩から、間違えていた。ミカヅキだけが聞くことのできた神託。
それこそが、本当に正しい神の声であったものなのか──。
「お、のれは……さいしょに、聞くべき神の声を……間違えたのか──」
崩れ落ち、だが、最期の力を振り絞って刃を背後に向けて振り抜いたカゲミツ。しかし、それは呆気なく防がれた。
スラリと刀を抜き放ち、ミカヅキの恐ろしく冷たい顔に見下されながら自嘲気味に笑う。
「……おれに、多聞天の加護はいらぬ──力なきものにこそ、能わるべきだったな」
「さらばだ、カゲミツ。俺は貴様が嫌いであったよ」
よく言う──ただの一度も、誰も信じなかったくせに。