【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第五五幕 鞍馬山にて

 

 ──エヌラス達が転移させられた場所は、霊脈に沿って流されたとある寺院。カゲミツの大掛かりな符術によって、千聖達も同様に鞍馬山の寺へ同時に転移させられていた。

 大天狗は周囲を見渡し、そこが自分が縄張りとしていた京都の山岳であることをすぐに察する。

 木造の毘沙門天立像に見下されて、日本号は目を伏せて手を合わせた。

 

 小竜景光。またの名を「覗き竜景光」と呼ばれることもあるが、それは倶利伽羅龍の彫り物が為されていることからだ。日本号もまた、柄にその拵えがなされている。

 

「……すまねぇ、カゲミツ。気ぃ遣わせちまったな」

 もしもあのまま。白鷺千聖を奪還するために自分達が衝突していたら大和は地獄となっていただろう。それを案じて、自らの死期を悟っていながらにしてミカヅキから自分達を遠ざけた。

 

「ここは……?」

「鞍馬寺だな。大和から京都まですっとばされたってことだ」

「あーあ、これじゃ私は局長にどやされてしまいますね。仕方ない、兼定さんの顔を立ててなんとかしてもらいますか」

「それ、白羽の矢が立てられてねぇか?」

 付喪神達はこれから自分達の取るべき行動を考える。

 蜻蛉切は、咄嗟に庇っていた千聖の背中を彩達に向けてそっと押した。静かに深く頷く。

 彩達もその姿に気づいて、駆け寄って抱きしめていた。

 

「千聖ちゃ~~んっ!!」

「きゃっ。もう、彩ちゃん。突然抱きついたりしたら危ないでしょう?」

「だって心配だったんだよ! ものすっごく心配で眠れなかったんだから」

「そうですよ。怪我とかしてませんか?」

「ええ、大丈夫よ。彼らは本当にただ私を道案内人にしただけだから」

「それじゃあこれでチサトさんも自由の身ですね」

 ミカヅキの手から逃れた今となっては、これ以上周囲に面倒を掛けるわけにはいかない。急いで戻ろうにも、見知らぬ山の中だ。

 泣きじゃくる彩の背中を撫でながら、千聖はここまで自分を追いかけてきてくれた事に深く感謝する。そして、エヌラスと兼定にも頭を下げた。

 

「ありがとうございます、お二人も」

「いや、いーってことよ。そういう護衛の話だったしな」

 素直に感謝の言葉を受け止める兼定と違い、エヌラスは何も言わずに一団から背を向ける。

 鞍馬山総本山。鞍馬寺の奥の院。文化財である毘沙門天立像を見上げ、それからすぐに外へ出ていった。

 

「? どうしたのかしら……」

「千聖ちゃんも無事に合流できたし、あたし達はどうしよっか?」

「どうするって、ちゃんと事務所に連絡して謝らないと」

「えー、でもあたし達なにも悪くないよ? むしろ事件に巻き込まれた側なんだから被害者だし、千聖ちゃんが誘拐されたっていうのにスタッフの人達も動いてくれなかったんだよ?」

「……それは変ね」

「あたし、エヌラスさんのこと追いかけるね。なんか放っておいたら一人でどこかにいっちゃいそうだし」

「お願いね、日菜ちゃん」

 相槌を打ってから、日菜が鞍馬寺を後にしたエヌラスを追う。

 

 

 

 その姿はすぐに見つかった。石段に腰を下ろしている。その隣にすぐ座り込むと、日菜は顔を見上げていた。

 どこか物寂しげで、疲れたような表情をしながら遠くを見つめている。

 

「どうしたの?」

「別に。少し外の空気が吸いたくなっただけだ。この辺、俺とは相性が悪いからな」

「そうなんだ」

「まぁな。それで、千聖は無事だったんだろ。なら、お前達は新幹線乗って帰れ」

「もー、またそういうこと言うんだから」

「お前ら明日学校だろうが。それに、紗夜も心配するだろ」

「おねーちゃんには昨日の夜のうちにメールしておいたから大丈夫。収録が長引くかもしれないって言っておいたもん。学校もあたし達の事情は知ってるし」

「学業に響くだろうが」

「別に?」

「これだから天才は……」

 また自分たちを危険から遠ざけようとしていることは分かっていた。それよりも、日菜はエヌラスの寂しげな表情の方が気にかかる。まるで自分だけ仲間はずれにされたような子供みたいな顔をしていた。それが気にかかる。

 

「……エヌラスさん。もしかして仲間外れなの気にしてるの? ほら、兼定さんは新選組の仲間と出会ったし、他の人達はみんな付喪神だし。あたし達も千聖ちゃんと合流できた。でも自分だけは他と違うから一人ぼっちだー、なんて考えちゃったりして」

「まぁな」

「もー素直じゃな──…………え?」

 すぐに否定されるだろうと思っていた日菜にとって、その肯定の言葉はあまりに意外だった。

 

「俺が入り込む余地なんて最初からないって分かってたことだが、それでもやっぱお前の事を見ていると思うよ。巻き込むべきじゃなかったって」

「…………」

「だから、帰れ。俺は誰かを手元に置いたまま戦えるほど器用じゃない。人間なら尚更だ」

「これから、どうするの?」

「ミカヅキを殺す。それまでアイツ等は置いておく」

「兼定さんも?」

「…………そうだな。アイツも、付喪神だしな」

「どうして? あんなに仲良かったのに」

「ミカヅキのやつを見て、どう思った。日菜」

「……なんか、凄く嫌な感じだった。どろどろっとした感じの雰囲気で。綺麗なのに醜い感じ」

 言い得て妙だ。そして、それに気づける“人間”というのはそう居ない。

 エヌラスは深く息をつきながら、ミカヅキに対して感じていた違和感の正体を口にした。

 

「兼定も。シシオウもカゲミツも。それ以外の付喪神は大したことないが、ミカヅキは別だ。アイツだけはおそらく、邪神の眷属だ」

「眷属?」

「ああ。まー、ようは信仰者ってことだな。どうしてそんなことになっているのかはわからんが」

「んー。でもティアちゃんもティオちゃんもあたしのこと眷属にしなかったよね?」

「あのクソガキ共は知らん。もし増やされていたらねずみ算式に増えてただろうし、そんなことされてたら俺はそれこそ国潰す気でやらなきゃならんかったけどな」

「その眷属がいたらなにか問題あるの?」

「大問題だよ。呼び水みたいなもんなんだから」

 エヌラスに銃を向けられた時のことを思い出して、日菜が身震いする。

 現状、満月に一度だけ。一柱が地球に降り立つことが出来る。だが、眷属が居た場合。それを無理やり広げる形で召喚することが可能となる。万が一、そうなってしまったらエヌラスとしては人類を守るどころではなくなってしまう。

 今はまだミカヅキが最たる脅威だからこそ対策を練っているが、他の付喪神がそうならないとは限らない。それは兼定も例外ではなかった。

 エヌラスにとって付喪神は例外なく敵だ。だから努めて交流を深めたいとは思わなかった。いつか手に掛けなくてはならない相手。

 それが、どうしても──自分にとって忌まわしい記憶を想起させる。だから今だけは目を逸らしていたかった。

 

「……できることなら。俺の預かり知らないところで勝手にくたばっててくれねぇかな、あいつ等全員」

 不意に、エヌラスの頭が撫でられる。日菜が手を伸ばして慰めるようにしていた。その手を払うのも面倒だったのでされるがままにしている。

 

「あたしの知らないところで、勝手に死んだりしないでね」

「俺がそうくたばるかよ。お前からまだ報酬貰ってないのに」

「報酬?」

「焼き肉食べ放題割引券、忘れてねぇからな」

「そ、そのためだけにここまでするって相当食い意地が張ってるような気がするんだけど」

「食わなきゃ死ぬんだからどっちみち同じ事だろうが」

 人間どっちみち、生きていくためには食わなければならない。

 

「やっぱりエヌラスさんって面白いね。うん、じゃあ追加報酬もあげる」

「何をくれるんだ?」

「あたしと一日デート権」

「もうちょっと別なのにしてくれ……」

「えー? う~ん、じゃあ……一日好き放題できる権利?」

「いらんわそんなの。俺の身が持たねぇ」

「あたしのこと好き放題したくないの?」

「………………………………………………いや別に?」

「なんか、今ものすっごくいやらしいこと考えなかった?」

 考えないはずがない。なんたって健全な男の子。……子?

 とにもかくにも、エヌラスは思考を振り払う。それから、日菜の頭をお返しに撫でていた。

 

「そういうこと言うのは、相手をちゃんと選べよ。俺にはもったいねぇんだから」

「あたしはエヌラスさんがいいのに?」

「んんー、ちょっと男の心弄ぶのも大概にしろよこの美少女め」

 背後からの気配に振り返ると、そこには菊一文字が朗らかな笑みと共に立っている。どうやら中の方で話がまとまったようだ。

 

「兼定さんがお世話になったそうで、感謝します。これからの方針が決まりました」

「いや、こっちこそ世話になったよ。主に飯で。それでこれからどうするんだ?」

「ひとまずは、うちの屯所に。局長には私から話しておきますので。この山の中でいつまでも管巻いて油売っているわけにもいきませんし」

「ああ、わかった。ならまずは下山だな」

「はい。よろしくおねがいします、ぬえさん」

「本当に付喪神共は俺の名前言えねぇのかよ……」

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