【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第五七幕 聖徳王・七星剣降臨

 

 ──ミカヅキは、思い出す。あの日、あの時、あの夜。顕現したその時のことを。

 

 見ず知らずの場所で自らが人の姿をとっていたことに大いに驚いた。手がある。足がある。自分の体を、自分の意思で動かせる。刀剣として生まれた自分にとってそれは未知の感覚であった。

 不思議なことに。その施設で所蔵されていた皆が皆、同じような有様だった。

 これこそ天の思し召し、神からの贈り物に違いないと感謝したものだ──だが、思えば。既にその時から道を違えていた。

 舞を奉納しようと。祝詞を言祝ぎ、捧げようと。感謝の言葉を納めようとした。

 見てしまったのだ。舞を通じて。祝詞を通じて。

 人間を見る、神の姿を。

 言葉にするのもおぞましい。ひとであってひとでない。もののけであれば、獣の姿をしていただろう。妖怪であれば、人が恐れる姿をしていただろう。怪異であれば、人々の恐怖が思い描く姿をしていただろう。だが違った。違うのだ。恐ろしく、おぞましくも、どう言葉を選んでもそれはひとの姿をしていたのだ。頭と、体と、両の手足があって、指が五本ずつあって。だがそれがひとではないのだ。ひとであって、ひとではない姿かたちをしていたのだ。目があって、鼻があって、口があって、耳があって。しかし精巧な人形の如く唇ひとつ動くこと無く言葉を発したのだ。

 西へ。

 ただ一言。

 斬らねばならぬと、その瞬間に思った。我らは全てその傀儡であるのだと。世を乱す怪異としてこの世に命を賜ったのであれば、それはあってならぬことなのだ。

 所詮我らは付喪神。妖怪なのだから。人の社会にどれほど馴染もうと、人ではないのだ。どれほど束になろうとも神に抗う事など出来ない。神に逆らうことなど、ましてや敵うはずもない。ならばどうすべきか。如何するべきか。我らの命を、我らの力を、我らが刃の閃きを人の世のために振るうには、如何か。

 斬らねばならぬ。斬らねばならぬ。人の世に命を賜った怪異ことごとく。

 すまぬ童子切。すまぬ鬼切。すまぬ大典太。すまぬ数珠丸。すまぬ、嗚呼すまぬ。あゝすまぬ。どれほど斬ったのか覚えてすらいない。何を斬ったのか覚えてすらいない。記憶ですら朧気になってきている。

 神に当てられたのだ。あの瘴気と神気と邪気を浴びて、俺はくるってしまった。

 月が見ている。月の影から宇宙の奥から俺を見ている。今か今かと時が満ちるのを待っている。月が欠けていくほどに己の力が増していくのを感じている。だから、より鮮明に見える。より明確に他の付喪神の所在が手にとるように見える。

 あの、月から──ふたりの神が、俺を見ている。あれには敵わぬ。ひとがかなうはずがない。

 おれはあと、どれほど保つだろう。おれの気が触れるよりも、さきに。

 人の世をたばねた御方に、このことを伝えねばならぬ。おれはどうなろうとかまわぬ。おれはどうあろうとかまわぬ。

 おれたちは、全て。神のおもちゃだ。邪なる神の傀儡に選ばれただけの玩具に過ぎぬのだ。気を保て。

 

 剣を振るい、人のいなくなった寺院にてミカヅキは日没を待つ。皮肉なことに、己の力が最も増す時間にならねば顕現させられるほどの法力を得られない。夜の間は己も曖昧だというのに。

 だが果たして。かの聖徳王であってもなお、神の声を聞き分けることが可能であろうか。そしてそれを聞いたその時、己と同じように狂わずにいられるだろうか──いや、いいや。否。此処まで来たのだ。ここまで斬ってしまったのだ。もはや誰にも止められるわけにもいかぬ、ミカヅキは一心不乱に舞を通じて七星剣を呼び起こそうとする。

 もはや、祈りも通じぬだろうか。玉のような汗と、精神のすり減る音に、擦り切れていく心にミカヅキが歯を食い縛る。

 茜色の空が沈んでいく。昼と夜の境界線が曖昧になっていく。もはやこれまでかとミカヅキが折れかけた瞬間──朽ち果て、錆びついた青銅の剣は応えた。

 

「おお……おお──!」

 歓喜に棟が打ち震える。刀が光を発し、まばゆく周囲を白く焼き尽くす。正しく顕現した七星剣は、人の身を受肉したことに驚き、放心状態であった。

 白を基本色とした和装に身を包み、上から青い羽織をかぶせている。手には笏を握り、どこかぼんやりとした表情のまま空を見上げていた。黒く艶のある長髪は、もみあげを長く伸ばしている。

 青く澄んだ瞳を二度、三度瞬きをすると深く目を閉じた。息を吸い込み、耳を澄ませている。

 

「……些か、雑音が多いな」

 ぽつりと嘆くような言葉だった。ミカヅキは刃を収めて、その場に腰を下ろす。それに気づいていたのか、ようやく七星剣は顔を向けた。

 深々と頭を下げる。

 

「そちは?」

「私の名は、三日月宗近。かの聖徳王の佩刀、七星剣と見込んで不躾ながら、無礼を承知でお頼み申し上げたいことがございます」

「聞こう」

「ありがたく。もはや、我が身は保ちませぬ。おれは、俺の狂気をもはや止めるすべがございませぬ。そこで貴方様にはコレより先、人の世を乱す輩を斬っていただきたく」

「ふむ……」

「神の声を、お聞きになられましたか」

「……ああ」

 苦虫を噛んだような、渋い顔をしていた。

 

「やかましいので、聞かぬことにした。われは人の世を治める聖徳王なれば。しかしさて、この世は大いに乱れているやうだな?」

「──はい」

 やかましいの一言で、神託を切り捨てていることに驚きながらも、ミカヅキは言葉を続ける。

 

「丙子椒林剣はどうした? 途中までわれと共にいたが」

「今は、相手方に奪われております」

「取り返しにいくのか」

「もとより御二方が揃える算段でおりました」

「らしいな? 言葉にせずとも、聞こえておるよ。われは耳が良いからな?」

 からかうような笑みを浮かべながら、七星剣は見下ろしていた。

 

「この世に生を賜った以上、われもそちも、悪しきものを呼ぶ。ならば、これを討つだけの力あるものを選別するつもりであろう。実に勝手なものだが、まぁそういう定めなら仕方あるまい。三日月宗近」

「はっ」

「これは、神の言葉などではなく。大和国を治めた人の王、聖徳王よりの勅命である──敵地へ赴き、丙子椒林剣を起こせ。手段は問わぬ」

「承知いたしました」

「神に冒され、穢れた身でありながらよくぞ此処まで持ちこたえた。それに免じて、われも大和国のために尽くそう。もし、何者もわれらを越えられぬのであれば、この国は終わりだ」

「……もったいないお言葉にございます」

「この法隆寺より離れれば、そちの心は瞬く間に狂気に蝕まれるだろう。今夜が山場だ、気張れよ三日月宗近。そちの戦働き次第だ」

「ご安心を。相手方も、不足はありませぬ。後世のことながら、我らもまたこの国の為に命を尽くして参りました」

 静かに涙しながら、ミカヅキは平伏していた頭を上げる。

 

「人の世のため、悪と定めた者を己の士道に基づき斬り伏せる。悪即斬を志した者たちがおりますれば、これほど己の敵方に相応しきものもおりますまい」

「ほう? そのものの名は?」

「名を、新選組。あるいは、壬生浪士組と」

「なるほど興味深い……だがひとつ。解せぬことがあるのだがな、よいか」

「はい。存分に」

「……ただひとりだけ。付喪神ならぬ存在がいるようだが、何者だ? 人でもなく、獣でもなく、かといってこれはもののけでもない。しかしとても人によく似ている」

「…………わかりませぬ。名も、知りませぬ。だからこそ、我らはかの者をこう呼びます。人の世を乱し、時の帝を悩まし、苦しめた京の都の大妖怪──“ぬえ”と」

 七星剣もまた、静かに頷く。ならばそれに従って呼ぼうと。

 

「行け、三日月宗近」

「ではあとのことはお頼み申す。これにて」

「…………」

 七星剣は日の沈んだ空を見上げる。

 

「良い月だ」

「いいえ。忌まわしきものにございます」

 ミカヅキは短く吐き捨てるようにして言葉を残し、立ち去った。

 

「……嗚呼、そうであろうよ。写し身であるそちの目には、そう映るだろうな」

 

 

 

 ──菊一文字と大倶利伽羅の京野菜をふんだんに使った夕飯を囲み、腹を満たしたエヌラス達のもとへようやく稽古を終えた兼定と虎徹がやってくる。竹刀ではなく木刀で打ち合っていたからか打撲のあとが残っていた。しかし、腰に手を当てて大笑いしている。

 

「あーいてぇ超いてぇ。あっはっはっは! おい菊、今日の飯はなんだ!」

「いつもの食事です。お客様がいるので少々豪勢ですけど」

「で、俺の分残ってんのか?」

「……まぁ多少は」

 危うくエヌラスが平らげそうになっていたが、千聖達に止められて事なきを得ていた。

 蜻蛉切と大天狗は食事を摂らずに周囲を見張っている。ムコツ達は腰を落ち着かせて茶を飲んでいた。言葉も少なく、妙な緊張感に包まれている。

 それは、恐らく付喪神全員が感じ取っていたのだろう。七星剣の顕現。

 

「……今夜が峠だわな」

 ムコツの静かな呟きが、まるで通夜を告げていた。夜を明かすことができるものが果たしてこの中に何人いるだろう。それをゴウも茶化すような真似だけはしなかった。

 

「な、何を言ってるんすかムコツさん。みなさんが一丸となって挑めば向かうところ敵なしじゃないですか」

「そうは言うけどな眼鏡の嬢ちゃんよ……これからオレ達が敵に回すのは、聖徳王とミカヅキの野郎だ。王ってのは、そう呼ばれるだけの実力があるのよ。政治だの軍略だのに通じてなけりゃ務まらん仕事だ。その中には当然、剣術だの馬術だの弓術だのある。人の世を治めただけってならいいが、その時代は人間だけか?」

「どういうことですか?」

「ムコツが言いたいのは、つまり。七星剣には法力、もとい神通力が備わっているということだろう?」

「超能力、みたいなものかしら……」

 だが、それを言ったら全員が備えている能力ではないのだろうか。千聖の疑問に、大天狗が口を開いた。

 

「某が身に宿すのは、生前の主に則った逸話から来るものにございます。例えば、我が身であれば型を見れば即座対応可能となるもの」

「オレの場合は血を浴びれば切れ味増すってやつだわな」

「皆さんそれぞれの特技があるみたいですけど、それとは別に?」

「神に通じる力、と名前だけは大層なもんだけどなー」

 ゴウが緑茶を啜る。

 

「こてっさんは? どんなんがあるんだ?」

「あ? ねぇよそんなもん。大体俺ぁ贋作だ。むしろどれが真打だとかわからんしな。他の虎徹ぶった斬って最後に残ったのが俺だから、俺が虎徹名乗ってるだけでそんな力とかねーよ」

「それ言ったら兼定さんもどんな力があるのか分かんないんですけどね」

「うるへ。記憶が無いんだから仕方ねぇだろうが」

 虎徹と一緒になって遅い夕飯を平らげる兼定の箸がぶつかった。虎徹と火花を散らしている。なんか見覚えがある光景だ。エヌラスは縁側に腰を下ろしながら倭刀の手入れに戻る。隣にはすっかり定位置と化した日菜が興味深そうに見ていた。距離が近い、肩が触れそうなほどだ。反対側にはイヴが座っている。

 

「むしろ、この場にいる付喪神全員が思っていること言っていいか」

「なんでしょうか、ゴウ様」

「そこの縁側で嬢ちゃんはべらせているおまえは何者なんだよ」

「自称オカルトハンターで職業魔術師。ライブハウス『CiRCLE』アルバイトの花咲川女子学園非常勤講師担当教科「霊能学」の『Pastel*Palettes』ボディーガードだ」

「情報過多でおじさんの脳みそぶっ壊れそう」

「加齢だろ」

「ツッコミがムコツの槍より切れ味鋭いんだけどぉ!?」

 現代の日本人ではなく、かといって付喪神でもない。そして自分達と対等に渡り合えるだけの剣術の腕前。南蛮人という雰囲気でもない。一切正体不明の存在に、ゴウ達は警戒していた。だからこそ、ぬえと呼んでいる。

 

「エヌラスさんはエヌラスさんだよ? 何を隠そう本物の魔術師なんだから」

「そうです! とってもブシドーな人です!」

「いやー、若宮の嬢ちゃんの言うブシドーからかけ離れてる気がすんだよなぁ、そいつ。まともな太刀筋じゃねぇもの」

 太郎、次郎の二人も短い打ち合いでそれをまざまざと感じ取っていた。エヌラスの倭刀は純粋な物質ではない。

 

「外道っつーか邪道っつーか、とにかくまともな武術じゃねーものを使うやつをブシドーとは呼ばない」

「うっせーな髭。俺がどんな戦い方しようがてめぇ等に関係ねぇだろうが、ぶっ殺すぞ」

「エヌラスさん。そんなこと言ってはいけません! みんな仲良く、です!」

 イヴからの注意に、ため息をつきながらエヌラスは銃の手入れを始める。

 五十口径マグナムリボルバー。ショットシェル使用可能なレイジング・ブルのバレル下部にはバヨネットを折りたたんで格納している。装弾数五発。頑強なフレームに拍車を掛ける形で補強するようにストライクフレームを取り付けた『マキシカスタム』の整備を始めた途端に、付喪神達は揃って嫌な顔をしていた。

 

「エヌラスさん、その銃どこで手に入れたの?」

「半分自作の半分地元」

「弾は?」

「腐るほど持ってきてる」

「それ、狩猟用ですよね……?」

 恐る恐る実銃を見て麻弥が尋ねる。エヌラスが弾を抜いて渡すと、両手で保持することもできないほど重く、冷たい鉄の質感に背筋が凍る思いだった。だがグリップの握り心地は悪くない。使い込まれた木製グリップ独特の味わい深さを感じながら麻弥は息を呑む。

 弾丸も薬莢に呪文を彫刻してある。使っている火薬も薬包も全てエヌラスが加工していた。実質全てハンドメイドされている。

 

「もしかして、エヌラスさんって手先器用?」

「銃の手入れと整備と点検くらい自分でできなきゃやってけねぇからな」

「ご飯は作れないのに?」

「戦闘の役に立たねぇもんは全部いらん」

「人間性切り捨て過ぎじゃ……」

「死ななきゃいいんだよ、殺すから」

 いつもと違う雰囲気に戦々恐々としながらも、麻弥はエヌラスに銃を返した。日菜はその横顔をじっと見つめて「戦闘モード」の観察を始めている。

 普段と何も変わらないはずなのに、まるで別人のようだ。

 横から頬を突いてみるが、まったく反応無し。

 

「じーっ……」

「日菜ちゃん、銃刀法違反とか気にしないのかしら……?」

「好奇心が勝ってるんだと思います……」

「法律気にした方がいいんじゃ」

「千聖ちゃん、この状況だとものすごく今更な気がするんだけど……」

 パスパレ以外、全員該当。それだけ現実に感覚が追いついてきた、ということだろう。

 茜色の空が沈み、夜が訪れつつあった。虎徹の差し出したお椀に白米をよそい、兼定のおかわりにせっせと働く菊一文字だったが、二人に食事を用意してから立ち上がる。

 

「さて。ではそろそろ──時間ですか、局長」

「俺はもうちょい飯食ってからいく。先に始めてろ、菊」

「私としてはあまり長引かせたくないので徹頭徹尾お任せしたいところなんですけどねぇ」

「食器片したらいくっつの。それまで遊んでろ」

 エヌラスも京都を包みつつある瘴気の気配に顔をあげていた。大倶利伽羅達も湯呑を置いて立ち上がっている。

 

「飯の礼もある。俺たちも手伝おう、菊一文字」

「はは、助かります。斬るのは好きなんですけれど、どうにも体がついてこなくて」

「根っからの人斬りじゃねぇか、こわっ」

 あまり気乗りしない様子だがムコツもゴウ達についていく。蜻蛉切と大天狗はやはり動かなかった。銃の整備点検に戻り、弾を込めてからエヌラスは小首を傾げる日菜の顔を見つめた。

 

「なに?」

「お前さっきっから人の邪魔して楽しいか」

「うん、楽しかった!」

「こんにゃろう」

「むにぇえぇぇえええぇぇ~~」

 顔を掴まれてもみくちゃにされる日菜がよくわからない鳴き声を発しているが、嬉しそうにしていた。その様子を傍目から眺めて、飼い主に構ってもらって尻尾を振る犬を思い浮かべてしまう。撫でて乱れた髪をちゃんと手櫛で整えて戻し、それからエヌラスは虎徹に声を掛けた。

 

「向こう、任せていいのか?」

「あーいいんだいいんだ。菊のやつに任せとけ。俺らはこっちで腰下ろしてりゃいいんだ」

 のんきに構える虎徹に、兼定も疑問に思ったのか眉をひそめている。こうして腰を下ろしていてもわかる。

 魔京へと変貌していく外の気配に、これまでたった二人でどう渡り合ってきたのか。

 

「ま、俺から一言だけおめーらに言えることは──菊一文字を前に瞬きしたら、死ぬぞ」

 あいつはそういうやつだ、と付け加えて虎徹はたくあんを頬張りながら白米で流し込んだ。

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