【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第五八幕 魔刀・菊一文字

 

 京の夜は怪異が跋扈する。当然、それを良しとする住人は居ないし、かといってそれを解決に導くことができる者もいなかった。少なくとも人間には。

 バケモノの相手は、バケモノが務めて然るべき。菊一文字がゴウ達を引き連れて道すがら普段はどうしているかを話し始めていた。

 

「いつもは虎徹さんが暴れに暴れて大立ち回り、私はそのおこぼしを処理、という形ですかね」

「日没から日の出まで? そりゃとんでもねぇな」

「虎徹さんは体力馬鹿ですから、放っておいてもいいんですけれど。そうすると私がとても怒られるので。ええ、とても怒られるので」

 まるで経験談のようにしみじみと深く語る。むしろ一晩中逃げ回ることが出来たのならそれは素晴らしく逃げ足の早い話だ。

 日が傾いてからというもの、住人たちはいそいそと住居に避難している。

 

「菊ちゃーん、頑張ってねー」

「今夜も頼んだよ、菊さん」

「はいはい、現世壬生狼志組におまかせして皆さんは避難しててくださいね」

「後ろの人達は新人さんかい?」

「あぁ!? 誰が新人だ婆ぁ! あぶねーから引っ込んで養生してろや!」

「槍持った途端にこれだよムコツくんは……」

 菊一文字を筆頭にした現世壬生狼志組に声援を投げかけながら、人々は手を振っていた。それに応えて、足を止める。

 雲に隠れていた月が覗く。そして──なにか、呻くような声が地の底から響いてきていた。地面の隙間、柱の陰。あらゆる場所から這い出すようにして、それらは現れた。

 真っ黒な、のっぺらぼうの亡霊達。悪霊とだけ認識していた菊一文字は静かに呼吸を整える。

 

「あれが京都を騒がす悪霊の皆さんですよ」

「斬ってどうにかなるのか?」

「駄目な時は死ぬまで斬るか、殺すまで斬るか、どうせ死ぬなら斬ってから死ね。というのが虎徹さんの言葉ですね」

「何が何でも殺してから死ねと」

「はい。ああ、それと一つ警告しておきます」

 道を埋め尽くす魑魅魍魎を前にして、菊一文字が構えた。

 

「刀を抜いた私の前に立たないでくださいね。うっかり、斬ってしまいますので」

 踏み込んだ、次の瞬間──姿が消える。石畳を凹ませて、爆音と風を残して菊一文字は駆けていた。目を白黒させて、大倶利伽羅が固まっている。

 

「……」

 何処に行った、とは誰も口にしなかった。

 黒いのっぺらぼうの体が一閃されていく。それも一匹二匹ではなく、十や二十。瞬く間に斬り伏せて、ようやく菊一文字の姿を捉えた。相手の肩に足を掛けて踏み台にすると、地面に叩きつけられている。反動で回転しながら電柱に着地すると、再び姿が消えていた。

 恐ろしく、速い。抜刀している合間の菊一文字が捉えられなかった。

 わずか、三秒。道を埋め尽くしていた怪異達を斬り伏せて、菊一文字が一同の前に滑り込むようにしながら戻って納刀する。

 

「──と、まぁ。このような具合に。私、身体が弱くてですね。長時間抜刀できないんですよ」

「俺らいらんくね?」

 ゴウの一言に大倶利伽羅は無言で刀を抜いて歩み出た。

 

「いや、そうも言っていられない。増えてるぞ」

「あーあーあーどうすんのよこれ? さっきより増えてるんだけど!?」

「うわはははは、知るかぁボケェ! 斬って斬って殺して回りゃ全部一緒よぉ!」

「ムコツ様が行ってしまいましたね」

「兄者、我らも」

「うむ」

「おじさんちょっと下がるわ。ムコツに喧嘩売られたくねーもの」

 尻を大倶利伽羅に蹴り飛ばされて、ゴウが渋々前に出る。案の定、怪異もろともに斬られそうになっていた。

 しかし──なにか、いつもとは違う奇妙な感覚に菊一文字は顎に手をやっている。

 いつもならばフラフラと徘徊するような動きをしていた。しかし、今夜に限っていえば明確な敵意のようなものを感じられる。攻撃の頻度も高く、ムコツとゴウが先手を打っていた。太郎太刀と次郎太刀もまた、大太刀を一直線に振り下ろして薙ぎ払っている。

 

「……なにか、妙な──」

 不意に、あまりのまどろっこしさに敵陣に突入していたムコツが弾き飛ばされるようにして戻ってきた。

 異様な気配が近づいてきている。あまりに異質で、異常が起きていた。

 意思を持たぬはずののっぺらぼうの怪異達が道を譲るように左右に別れる。

 白髪のミカヅキが、まるで夜の散歩もかくやというゆったりとした歩調で菊一文字達の前に姿を現した。大和から、ここまでどれほどの距離があると思っているのか。付喪神の身体能力があるにせよ、あまりに早すぎる到着に、しかし、誰も疑問には思わなかった。

 

「──嗚呼、そうか。お前達は皆、そちらがわか」

 どこか虚ろな言葉。少しばかりたどたどしい。気が触れたかのような危うさに背筋が凍る思いだった。

 ゴウは最初、それがミカヅキだとは思えなかった。蜻蛉切を前にした時、言葉を交わした相手と同じとは到底考えられないほど、おかしくなっている。

 

「ああ。うむ。それは、よいな……うむ。それは、たすかる……」

「……ミカヅキ?」

「兼定は、何処だ。あいつでなければ、いかんのだ。あいつでなければ、おれは斬れぬのだ」

「あん? んだとこの野郎。オレがお前のこと斬れねぇとでも思ってんのか!」

 ムコツに手を向けて制止させると、ミカヅキは焦点の定まらぬ瞳を手で覆った。

 

「──おれは、もう。くるってしまった。これいじょうは、耐えきれぬ」

 指の隙間から覗く瞳が、金色に輝いている。怖気が走るほどに、それを美しいとさえ思ってしまった。神気を宿し、邪気を孕み、瘴気を漂わせて、ミカヅキは正気を失っている。辛うじて、まだ言葉を話せるだけの理性が残っていた。

 

「兼定を、頼む……おまえたちでは、ともに、くるってしまう……」

「……菊一文字。今のミカヅキは妙だ。俺たちでどうにか足止めをする」

 大倶利伽羅の言葉に、菊一文字は静かに笑う。その横顔を見て寒気が走った──とても先程までの爽やかな青年とは思えないほど、凄惨な笑みを浮かべている。

 

「菊一文字……?」

「ああ、いえ。ちょっと、嬉しくてですね……あれが例のミカヅキ、とやらでお間違い無いですか? まかり間違って斬ってしまうとえらいことになるので、再三確認させていただきます」

「そうだ。天下五剣の三日月宗近にして、ぬえ達が追っていた相手だな。しかし、貴様どうやって此処まで追ってきた。健脚なことだな」

「ああ、それはかんたんな話だ──夜のおれは、ありかたがおかしくなる」

 ミカヅキが横に手を伸ばし、妖魔達を動かす。それは統率の取れた動きで周囲を嗅ぎ分け、走り出した。縦横無尽に駆け出す妖魔に気を取られた太郎太刀と次郎太刀が互いに頷く。

 

「市井に被害が出る前に我ら二人で迎え撃つ! よろしいか!」

「頼みますよ、御二方」

「次郎、行くぞ!」

「応、兄者!」

 大太刀で自らの身体を跳ね上げながら宙で数匹をまとめて切り捨てて、二人が遠ざかっていった。大倶利伽羅も目の前の敵よりもそちらを脅威と見たのか、右目の眼帯を外して蒼炎を纏いながら妖魔を焼き払っていく。

 菊一文字が一歩、前に歩み出た。そしてミカヅキに向けて会釈する。

 

「お初にお目にかかります、天下五剣。私の名前は菊一文字則宗。ご存知でしょうか」

「ああ、うむ。よく、しっている……兼定の、なかまだろう」

「なら自己紹介は割愛させていただきます。いやぁ、虎徹さんの定めた局中法度を破るわけにはいかないので。人に害なす者を断つ。付喪神同士の交戦を禁ずるって、まぁようは単純なものなんですけれど──あれ、私のために用意されたものなんですよね」

 肩幅まで足を開き、腰を落としながら菊一文字が柄に手を伸ばす。

 

「人を斬りたくて、斬りたくて堪らない。その点、膝丸と髭切のお二人は、いやぁ……とても、とても()()()()()

 

 ──大和守安定も、加州清光も、鬼神丸国重も。怪異と化した二振りに討たれてしまった。だが菊一文字はそれを意に介さなかった。

 今度こそは。

 今度こそ、主に代わって駆け抜ける。斬って、斬って、斬って斬って斬って斬り捨てて最期まで駆け抜けるのだと己に課した。

 五度に至る変生の魔刀、そのうち、三度を菊一文字は斬殺した。

 主は、病の身に臥せていた。己を握ることも敵わぬ時もあった。だが今は違う。人の手から解き放たれた己の剣術を存分に振るえる。しかしそれは、行き過ぎた魔境に至っていた。

 人が扱う為に人の手で打たれた人の剣では、とても耐えきれない。

 故に。交戦時間は限られる。抜刀していられる時間はごく僅か。それらを研鑽し、至った境地の歩法こそ──縮地抜刀術。

 

「市井に害なすものは断つべし。現世壬生狼志組一番隊、菊一文字則宗──参る」

「天下五剣、三日月宗近──お相手仕ろう」

 狂ったように笑いながら、抜刀する。そして、ムコツとゴウの前で起きたのは、最早剣術合戦ではなかった。

 爆音と衝撃を残しながら迫る菊一文字の居合、それに対してミカヅキは妖術を含めた剣技で鍔迫合っている。凄まじい速度で繰り出される応酬に、ゴウは目で追うのがやっとだった。

 

「もうやだ姫路に帰りてぇ……白鷺城に引きこもりてぇ……なんだこの魔京……」

「うわはははははは、はははははは、ぎゃーっはっはっはっは! なんだなんだこりゃあ、ええ、おもしれぇ!! 相手にとって不足なし、むしろ十二分! まとめて叩っ斬ってやらぁよ! 行くぞおらぁぁぁぁああああああっ!!!!」

 己を鼓舞するように吠えながら、ムコツはそんな二人めがけて突っ込んでいく。猪突猛進にも程がある。とてもではないがついていけないゴウは、大倶利伽羅達と合流した。

 

「ゴウ。こいつらは恐らくミカヅキの命令で動いている!」

「せやろな!? だって明らか動きが活発化してるもの!」

「こんな状況で一夜を明かすのはとてもではないが身が保つかどうか! ふっ!」

 刀を持ち替えて、妖魔の頭を掴むとそのまま発火させて焼き尽くす。大倶利伽羅はそのまま呼吸を整えていた。

 

「毎晩こんなのを夜明けまで相手していて、よくもまぁ狂わずにいられたものだ!」

「おじさんはもうお布団かぶって夢だと自分に言い聞かせて昼まで寝たいわ……」

 ぶつくさと言いながらも、ゴウを大槍を振るってまとめて貫いている。身体を維持できなくなったのっぺらぼうの黒い人影はそのまま霞となって消えていった。

 

 

 

 ──都の騒ぎに、虎徹と兼定も気づく。蜻蛉切と大天狗もまた、ミカヅキを感知していた。

 エヌラスだけは縁側に腰を下ろして刀と銃の手入れに専念している。夜の帳が降りてから、魔京へと変貌した様子などまるで日常茶飯事だと言わんばかりに。

 彩達もその異様さには流石に気づいたのか、妖魔達の鳴き声に加えて剣戟の音が響いてくる。

 

「ひ、ひえぇぇ……!」

「大丈夫よ、彩ちゃん。だから、あの、ちょっと苦しいんだけど……」

 千聖にしがみついて離れようとしない彩はすっかり腰が抜けているようだ。麻弥もそわそわと落ち着かない。

 イヴは、虎徹と兼定を見習って飯台について正座していた。

 日菜だけはエヌラスにちょっかいを出しながら隣に座っている。

 

「……ミカヅキが来たか」

「左様。しかしながら、我ら一同が大挙して迎えば守りが疎かになる」

「俺が引き受ける。お前達は行って来い」

 スピードローダーに弾丸を装填して懐にしまいこんだエヌラスが、短く答えた。自分だけは頑なにこの場から動きたくない、という意思表示も兼ねて。

 

「俺の仕事は最初から日菜達の護衛だ。兼定もそうだ。こんなとこまで来ちまったけどな」

「こんなとことか言ってくれるなや、人の屯所を。いや借りてんだけども」

「うっせぇわ虎徹。飯食ったんならさっさと支度して出ろ」

「我が物顔してるが客だよな!? まーいいわ。うっし、んじゃ着替えてくるわ。ちと待ってろ」

 虎徹が重い腰を上げて部屋を後にする。

 

「某は顕現なされた七星剣が気がかりだ」

「……往け、大天狗。こちらは拙者が承る」

「よろしいのか、蜻蛉切」

「構わぬ」

「……では、達者でな」

 大天狗は音も立てず、庭から飛び去っていった。交わした言葉は互いに最小限なものだったが、そこには全幅の信頼が込められている。今生の別れであったとしても、惜しむほどの命ではない。

 思いつめた顔で兼定は空にした湯呑を置いて、エヌラスの背中に声を掛ける。

 

「ぬえ、改まって話がある。聞いてくれるか」

「戻ってきたら聞いてやる。だから行って来い」

「…………」

「どうせミカヅキは俺がやる、とか言い出すんだろお前。二度も出し抜かれた相手に、三度目の正直で勝てると思ったら大間違いだけどな」

 驚いた。兼定は、自分が言おうとしていたことを先回りされていたことに唖然としている。それに呆れるようにエヌラスは肩をすかした。

 

「お前とは短い付き合いだがそれがわからんほど鈍くねぇぞ、俺は」

「……すまねぇ」

「ただし、生きて帰ってこい。死んでも帰ってこい。何なら腕の一本、足の一本無くてもいいから何が何でも。戻ってこいよ」

「ああ、必ず」

「てめぇが戻ってこなかったら一人で焼肉食いに行く羽目になるんだから」

「……おい!? 今のちょっとしたしんみりとした空気返せよお前! ぬえテメェこの野郎! ちょっと人が覚悟決めた時にそんな間抜けな事考えてたのかよ!」

「うっせぇわハゲタコボケナスビ! そんな元気あんならミカヅキぶった斬ってこいやテメェ!」

「あーあ、また始まっちゃった……」

 立ち上がるなり二人揃って胸ぐらを掴み上げていたが、不意に笑い出す。こんな馬鹿な真似ができるのも、今日が最期かもしれない。

 

「あっはっはっは、いや、うん。そうだな! 俺はやっぱ、後悔してねぇわ。アンタと一緒に過ごすの悪くねぇなって心底思うぜ」

「俺は御免だけどな。ちゃんと冷蔵庫の中身の材料片付けろよ、俺料理できねぇんだから」

「戻ったら鍋にすっか!」

「他に作れねぇのかお前は!?」

 肩を叩いて、兼定は立て掛けていた太刀と羽織を手にする。すると、ちょうど戻ってきた虎徹が和装を投げつけた。

 

「忘れるとこだった。ほれ、おめーの分だ。兼定」

「へ?」

「間の抜けた顔してねぇで着替えろ」

「新選組の衣装ですね! お似合いです、コテツさん」

「いやいや、新選組を名乗るなんておこがましい。今の俺達は、現世の壬生狼を志す者の集まり。っつっても二人だけだったが──よく戻ってきた、兼定。俺とお前と菊がいりゃあ御の字よ」

 誠の鉢金を巻いて、虎徹は浅葱色の陣羽織を着込んでいる。新選組の隊服は顕現したその時からずっと共にあった。他の虎徹を名乗る者たちもまた、同様に。あまりに斬りすぎて少しばかり赤黒い染みが出来てたりするが、まぁそれはそれとして。

 

「そうだ、ぬえ! おめーさんも着てみるかコレ! せっかくだ、壬生狼志組名乗れ!」

「断る。俺はこいつで十分だ」

 言いながら、エヌラスは黒一色のサイバネコートを揺らして虎徹に見せる。

 

「黒羽織か……なるほど。それはおめーさんにお似合いだろうよ」

「? エヌラスさんのコートが、どうかしたんですか?」

「いやなんでも。ただ色合いが鬼神丸の着ていた羽織そっくりだと思っただけよ」

 和服に袖を通して、更にその上から羽織る。鉢金は生憎と予備が無いらしく、今はそれだけだ。しかし、身が引き締まる思いで兼定は太刀を差す。

 揃いの隊服に身を包んだ兼定と肩を組んで虎徹は破顔していた。心底嬉しそうに笑っている。

 

「はっはっはっは、やっぱこーでなくちゃあな俺らは! 行くか、兼定! テメェの因縁に決着つけんのに俺も付き合わせろ! 死出の旅路にくれぇ付き合ってやっから遠慮なくくたばれ!」

「それで元気付けてるつもりなら言葉選んだ方がいいんだが……」

「なぁに言ってんだ、こんぐれぇで丁度いいのよ! 後顧の憂い無く、後先考えず突っ走れるくらいじゃねぇとな。士道なんて、何処まで行っても道半ば。立ち止まったその時に、覚悟決めて揃えて口にするんだよ──武士道とは、死ぬことと見つけたりってな。おら行くぞ!」

 背中を叩いて、虎徹は一切の躊躇なく死地へ向かう。兼定も頭をかいて、笑いながら後についていく。

 自分は、周囲に恵まれすぎたほどだ。背中と命を預けるに足る仲間に、こんなにも恵まれた。

 出陣する虎徹と兼定に向けてイヴが一度だけ呼び止める。

 

「おふたりとも、頑張ってください! ブシドー、です!」

「応、任された! 管理人の夫婦によろしく言っといてくれ! 多分帰ってこねぇからよ!」

 後ろ手に一度だけ手を振って、二人はまっすぐな足取りで去っていった。

 残されたエヌラスも再び縁側に腰を下ろして、倭刀とは別な太刀を取り出すと手入れを始める。蜻蛉切はただ庭で立ち尽くしていた。

 ──二人が去って、少ししてからエヌラスは一度だけため息をつく。

 

「……俺からお前達に話がある。大事なことだ」

 そう呟いて。

 これまで黙っていようと思っていたことを話し始めた。

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