【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第五九幕 武士道

 

 改まったエヌラスの言葉に、日菜も少しだけ距離を置いた。兼定達には聞かせられない話なのだろう。蜻蛉切は千聖を護衛するという点で目的が一致している。

 

「大事な話?」

「ああ。俺の身体のこと、それと──魔術の話だ」

 魔術──。その単語に麻弥が思い返すのは、明らかに人並み外れた剣と体術の腕。魔術師であるというよりは暗殺者の部類に近い。

 

「説明するのに、ちょっと脱ぐぞ」

「へ!?」

 引き止めるまもなく、心の準備をする暇も与えずにエヌラスは上着を脱ぎ始めた。そして、晒される半裸。

 傷跡だらけの上半身の中でも目につくには、左胸の入れ墨。心臓からやや外れた場所に刻まれている獅子の紋様。そこを指し示しながら、話し始める。

 

「俺の魔力の基点は、ここだ。無限の魔力貯蔵庫、第二の心臓。銀鍵守護器官(ぎんけんしゅごきかん)──これがなけりゃ俺はほとんど魔術が使えない。もしこいつを引き抜かれたら、瀕死に近くなるな」

 魔術師というのは魔力を通す媒介が必要になる。エヌラスの場合は刀や銃がそれだが、何よりも己の肉体が資本だ。

 

「右腕が特にな。駄目なんだ。魔術回路と神経を半々で繋ぎ合わせて動かしている状態だ、今でも気を抜くと感覚がなくなる」

 最初こそ顔を赤くして目を背けていた彩と千聖、麻弥だったがその話に少しずつ顔を向ける。日菜は興味津々に頷いていた。

 

「それで、まぁ。俺の魔術媒介なんだが……実は、自分の血液なんだ」

「血が無くならない限り魔術が使えるってこと?」

「そういうことだな。最悪、自分の身体まるごと爆弾みたいなことも出来る。その昔、故郷じゃ似たような事をした自爆テロみたいなことがあってな。粗悪な魔術回路を全身に施術されたやつを中枢機関に突撃させてまるごとボカーンと」

「うへぇ……」

「まぁ死体なんだけど」

 倫理冒涜にも程があるが、そんな無作法地帯が国内全域なのがエヌラスの故郷。余談だが、国王であるエヌラスの師匠は倍の数の死体を相手に差し向けてアジトを跡形も無く消し飛ばした。

 

「話を戻すぞ。体内を循環している血液に魔力を通すことで俺は自分の身体を強化できるし無茶もできる。ある程度の損傷は自己再生で補えるからな」

「じゃあ電撃とかは……」

「電気信号を魔力で超強化してるだけだ」

 それを体外に発する形で放電する。ちょっとした電磁パルス攻撃にまで昇華させたものもあるが内傷を負うのでできれば多用したくないとはエヌラス談。

 身体に淡く浮き上がる幾何学的な魔術回路。後付の全身施術による回路の基点は、やはり左胸の銀鍵守護器官。中でもやはり右腕だけは葉脈状に広がっていた。

 

「今、光ってる部分が稼働中の回路だ」

「触っても大丈夫?」

「ああ、問題ない」

 日菜がエヌラスの右腕に触れる。淡く光っている回路をなぞるように指を這わせる。イヴも発光している箇所が気になるのか、近づいて観察していた。

 

「血液の魔力濃度が高ければ高いほど強力な魔術が扱えるが、自分の血をぶちまけた方が手っ取り早い」

 媒介が増えればそれだけ術式の行使も容易になる。しかしそれをやるとどうなるか。周囲一帯が血の海になるだけでなく、エヌラス自身の魔力強度も低下する。メリットとデメリットをきちんと使い分ける必要がある。

 

「でも、なんでそれを今話したの?」

「あー……それはだな。環境に適応した魔術の行使に、粘膜接触が必要という話を覚えているか」

「うん、もちろん!」

「出血すると、それも当然一緒に流れ出すわけだから適応力が低下する」

「…………継続的な補給が必要になるってこと?」

「理解が早くて助かる」

 ──それはつまり、事あるたびにキスをしてくれ、ということ? 日菜が口にしようとした疑問に、彩は顔を真赤にしていた。

 

「だけど昨日、その、ゴニョゴニョ……」

「うん、まぁ、なんだ。できれば思い出すな。アレは正直俺もやり過ぎたと思ってる」

「……でも足りないの?」

「足りない」

 はっきりと、エヌラスは断言した。そもそもキスですら加減している、譲歩に妥協を重ねに重ねて十二単衣もいいところだ。

 

「あ、あのもしかしてとは思いますけれど……日菜さんだけで足りないから、ジブン達にも協力してくれってことですかね……?」

「そんな状況にまで追い込まれたら俺は街を消し飛ばす方を選択する。……まぁ、協力してくれるなら助かるが」

「……エヌラスさんのえっち」

「なんでだ」

「あたしだけで満足できないならえっちじゃん!」

「あのな、日菜。お前ひとりで俺を養えたら俺も苦労してないからな」

「……じゃあ、キス以上の粘膜接触の場合ってどうなるの?」

 日菜のふとした疑問にエヌラスが凍りつく。できれば、一番触れたくない核心を突かれた。

 んー、と。顎に指を当てながら考え込む姿に冷や汗が止まらない。

 

「粘膜接触……体液とかだよね……? 唾液以外だと……」

「そこから先はR指定だ。やめろ日菜。お前達にはまだ早い」

「えっちなことすると、どうなるの?」

「とんでもねぇことになる」

「具体的には?」

「俺が正真正銘の全力と本気が出せる。そうなるとな、どうなると思う? ──日本が沈没する可能性が出てくる」

 その、誇大表現のような言葉に「まさか」と笑う者はいなかった。ここまで、明らかにエヌラスは手加減をしていた様子があったからだ。むしろ、自分達こそが足を引っ張っているのだという自覚すらある。特に日菜は、これで二度目だ。

 その理由は、明らかに自分達を気遣ってのこと。そうでなくても、シシオウの時ですらそうだった。城に被害が出ないように。外野に被害が出ないように、と。まるで足元の蟻を気にしているかのような、そんな素振りが感じられた。

 日菜と紗夜だけが知っている。エヌラスの魔術は、大規模な被害をもたらすものだと。とてもではないが、何処にも、誰にも危害を加えないようにするなどできやしない。たった一夜で羽丘女子学園は廃墟と化した。それどころか、戦闘の規模が桁違いだ。邪神の二柱であるティオとティアと戦った時でさえ、結界を張って“その程度”で済んでいる。それも、自分が致命傷に近い傷を負っていながら──翌日にはピンピンとしていた。その現実味の無さが夢だったのだと錯覚させられてしまう。

 きっと、この人にとって自分達は「制限装置(リミッター)」なのだ。

 いなかったら、きっと何処までも暴走する。それこそ、自分の体が壊れても、自分の心が壊れても止まらない。本人もそれを自覚しているからこそ日菜達の傍にいる。

 以前はそんなことしなかったのだろう。地球全土で、三ヶ月に及ぶ“怪異狩り(オカルトハンター)”をしていた時は。各国政府は秘密裏に世界地図を修正している。それは、エヌラスの戦闘規模がそれほどのものだからだ。音沙汰がなくなり、困惑しているさまをよそにこうしてエヌラスは日本で過ごしている。

 

「だからな。本当は、付喪神なんて目じゃないんだ。こうしてお前達と出会って、その当たり前の日常をできるだけ壊さないように気遣っている結果が──このザマだ。未熟の限りだよ」

 もっと上手くやれたはずだ。もっと上手くできたはずだ。そうしたらこんなことにはなっていないはずだという自責の念が感じられる言葉だった。どこまでも、不器用なだけ。器用なのは手先と立ち回りだけ、それ以外はとんと駄目。戦闘の役に立たないモノ以外は限りなく削ぎ落とした。残されたのは必要最低限の人間性と社交性。あまりある戦闘能力。この世界に不釣り合いなほどの。

 

「とっくに、手遅れかもしれんけどな」

「……あたしは出会ってよかったと思ってるよ。“るんっ♪”てするもん」

「はい、私もです! エヌラスさんのおかげでカネサダさん達に出会うことができました! こうしてコテツさんにも、キクさんにも、皆さんとも出会うことができました。こういうのを、千載一遇って言うんですよね!」

 ……一期一会、とは千聖はあえて指摘しなかった。どちらにせよ、同じことだろうと思ったからである。

 それでも、この先慣れない環境の、慣れない状況に身を置きながらエヌラスは戦い続けなければならない。

 

「……どうしてですか?」

 不意に、千聖が疑問を口にした。

 

「日菜ちゃんからの話では、貴方は魔術師で。自称オカルトハンターで、それだけのはずで。私達にそこまでしていただく理由が思いつきませんけれど……」

 エヌラスは、そこで日菜があの日の夜の出来事を他の誰にも話していないのだと思い当たる。

 

「……私のためだけ、とは考えられません」

「お前がいなけりゃ『Pastel*Palettes』じゃないからな。五人全員でこそ、だろ?」

「────」

「俺も兼定も、そうだよ。千聖と、日菜達四人が全員揃っていなけりゃ納得できない。彩だって、イヴだって、麻弥だって、日菜だってそうだろう? 『このチームなら、このメンツ』っていう()()があるだろ。要はそれだよ」

 それこそ、本当に自分が守りたいものであると言わんばかりに目を逸らした。

 

「……俺は捨てたものだからな。ならせめて、巻き込んだお前達のそれくらいは壊さないようにしてやりたい。なんて、気恥ずかして言えるかよ、忘れろ」

 それは──自分が手にすることができなかった幸福をこそ、手にしてほしいという純粋な願いだった。千聖はそれが理解できずに困惑していたが、その一部始終を見ていた蜻蛉切が静かに口を開く。

 

「千聖殿。その者、嘘は言っておりませぬ……言葉に偽りなく、この戦乱に巻き込んだこと後悔されておられる様子」

「……」

「拙者などではなく、ぬえ殿にこそ命を預けるべきでしょう」

「蜻蛉切さん……」

「拙者もまた、付喪神の一人なれば。いずれ消え失せる泡沫の存在、夢泡沫ならばこそ……真に命を賭けると口にした武士(もののふ)こそ、傍におられるべきものです。武士とは、命を脅かす戈を止めるものにこそ相応しい。その生命を持って、ただひとつ在るべきものを、誰かのために預けられるものに、貴方達、千の彩りが命預けるに足る者です」

 ただ、蜻蛉切は静かに語った。

 

「……千の望みと、貴方の名を描く。ならば、彩り鮮やかに。日になびく菜の花の如く、麻の糸を弥に紡ぎ、宮に構えるもの。若輩ながらに、仲睦まじく羨望の限りに御座います……」

「……」

「拙者は戦の武芸に秀でた者なりますれば、これを言い表す言葉を持ち合わせておりませぬ。しかしながら──」

 面頬の奥で、静かに目を細める。

 

「みなの彩りは、日の本の四季より鮮やかであればこそ。この蜻蛉切、一夜に命を散らすことも辞さない所存」

 ゴウは、今夜が峠と言っていた。それは蜻蛉切も口にせずとも悟っている。

 

「──で、あれば。千聖殿。今の拙者は貴方様の下知に従います……しかし、ただ一言命じてはくれませぬか」

「……なにを、ですか?」

「戦って、死ねと」

 それは、命ずるにはあまりに酷な一言だった。だが、絶句する一同に代わり、蜻蛉切はその理由を告げる。

 

「あの場にいるものだけでは、ミカヅキに勝てませぬ」

 それほどのものか、と千聖は目を見開いていた。だがその疑問に応えるように蜻蛉切は首を横に振った。

 

「あの晩。戦場において居合わせた拙者には、何よりも、あの者の在り方が恐ろしい。人の姿をしていながらにして、人の形を持ち合わせていない無貌の者……あれを斬れるものは──そこにいるぬえ殿だけです」

 その言葉に、エヌラスに視線が集中する。

 そういえば──まともに剣を合わせることを互いに避けていた気がする。

 

「……ひとつ、お伺いしたいことがございます。なぜ、ミカヅキを避けていたのか」

「あいつだけは、邪神の手先に近い。下準備もなしに争えば周囲の被害なんて目も当てられねぇ」

 ならば、と日菜が思い当たるのは結界。人払いのものであれば、すぐにできるだろうと思ったからだが──。

 

「結界魔術、超苦手なんだよ。人払いぐらいしかできないといっても過言じゃない」

「えっ!?」

「俺は、()()()()()()()()()()()()

 自分の身の守り方も、誰かの守り方も教えてもらったことがない。

 だから──殺される前に、殺す方法しか知らなかった。

 それがどれだけ自分のことを犠牲にするかなど、計算に入っていない。保身や、自己保存など考えていないことに日菜が少しだけ、悲しそうな顔をした。

 不器用にも、程がある──。同時に、怒りがこみ上げてきた。

 顔も知らないエヌラスの師匠に向けて。

 どうして、この人に他の生き方を教えてくれなかったのだろうか。どうして──人並みの幸福を教えてくれなかったのだろう。必要ない、とでも切り捨てられたかのように。

 戦うためだけに、身体を改造して。戦うためだけに、生きていくために必要なものを全て切り捨てて。邪神や、その眷属を相手に傷つく日々を繰り返す。

 他に、どんな生き方がこの人に許されたんだろう──そんなことを考える。

 だがそんな日菜達の思考を遥かに凌駕した覚悟が、エヌラスにはあった。

 それは、誰かに強制された生き方ではなく、それは“自分で選んだ生き方”なのだと。

 

 人払いの結界は、あくまでも人が近づかない、避けるようにするためだけの結界だ。だから。

 最初から人がいる場所では、何の効果ももたらさない。意味がないのだ。

 魔術師としては三流もいいところ、自分にとって有利な陣地の作成すらできない未熟者。そう呼ぶのもおこがましいものだ。ただし──ある一点にのみおいて。

 エヌラスは()()()()にのみおいて、他の追随を許さない。

 それは邪神ですらも及ばない領域だ。生まれながらにして持った呪いであり、本質だ。

 

「俺がこれからする戦い方は、恐らく大勢の犠牲者が出る。街も壊れる。ここに住んでいる何の罪も無い人達が巻き込まれるし俺も死ぬほど怪我をするが──まぁいつもどおりだ、()()()()()

「な、慣れてるって……!? でも、ミカヅキさんが相手だけなら」

 麻弥の言葉に、エヌラスと蜻蛉切は同時に首を横に振って否定する。

 

「いいや。一人じゃない」

「然り。ミカヅキならびに無銘旗本なる無法者の徒党。百はくだりますまい」

「えっ。えっ!? どういうこと!?」

「ゴウさん達も味方のはずじゃ……」

「いいや──全員敵だ」

 それは少なくとも、当人にとってだが。千聖も彩も、麻弥もイヴも、日菜でさえも。

 あれほど賑やかに夕飯を囲んでいた面々が、今度は殺し合いをする……そんな非日常的な光景についてこれるほどの感性を誰も持ち合わせていなかった。それを、蜻蛉切は嬉しくも思いながら嘆いている。

 やはり、己達は生きるべきではなく。斬られて然るべき者なのだと。

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