【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第六二幕 幻妖弄月・三日月宗近

 虎徹が殴り飛ばし、それを菊一文字が胴を切断する。一匹、また一匹。二匹、三匹と蹴散らされていく。今度は逆に菊一文字が蹴り飛ばした相手を虎徹が正面から頭から股に掛けて断ち切った。本来、刀であればそのような芸当を可能としない。しかし相手は骨格でさえ人と違う無貌のもの。

 

「っだぁおらぁぁぁああああっ!!! 次から、次へと! 鬱陶しいことこの上ねぇなぁ!!」

「ははは、毎晩言ってますよその言葉! まぁ私も同じことを考えてますけど、ね! もっと斬り甲斐のある相手がいい!」

「じゃあぁかしぃわ! とっとと斬れぇ!」

「毎晩怒られてますね私!」

 言葉を交わす間に、既に菊一文字は五匹はまとめて斬り捨てている。しかし、虎徹は同じ数を一刀でまとめて斬り伏せていた。形を保つことができなくなった怪物は霞のように消えていく。

 これまで、何も考えず斬り続けてきた。鬼神丸国重、加州清光のみならず。髭切と膝丸を含めた現世壬生狼志組の最盛期では苦もなく夜を明かすことができた、だが最近は相手も力をつけてきているのか斬るのが難しくなってきている。そんな時に駆けつけてきたのが──兼定だ。一人遅れてやってきた、というのに記憶がないときた。しかしそんなことは些細なことだ。

 副長が来てくれた、隊士が駆けつけてきてくれた。その事実さえあれば良い。

 顕現していないのかと思っていた。自分たちだけだったのかと。だが、遠く離れた地にて人の形を得て、こうして奇縁なことに自分たちと京の都を守るために刃を振るってくれている。

 奇跡のような一夜を、朝日と共に迎えることができるのなら悔いはない。後悔など素知らぬ顔で笑い飛ばそう。日の丸を背負うほどの戦は身に余る光栄だ。自分たちがしている戦いはそれほどの大戦ではなく、ただの自警団。

 己の在り方を器物に問うなど愚の骨頂。刃は振るわれ、ただ斬るのみ。

 

「兼定ぁ! おめぇ俺たちが行くまで勝手にくたばるんじゃあねぇぞぉ!!」

 虎徹の怒号が夜の都に響く。それは、住民達にとって聞き慣れてしまった咆哮。近所迷惑もいいところだが、異常な夜を迎える住民にしてみれば、それはどこか耳に心地よいものだった。

 

「ええまったくですよ、ミカヅキを独り占めなんてさせませんからね! せめて一太刀斬らせてくださいよ! できれば首!」

「おめーほんとブレねぇな菊!」

 笑いながらも、虎徹は目の前の相手を斬り倒して次の獲物に向かっている。

 そんな二人の声を背中に受けて、兼定は──どうしようもなく、嬉しくて笑っていた。

 初めて会った相手のはずなのに、初対面のはずなのに。その声が、その口ぶりが。その態度がどうしてかとても心地よい、懐かしささえ覚える。気が知れない相手だったのだと、心を許した相手に囲まれて過ごしていた日々を思い出させる。

 人の姿ではなく、主が帯びていた刀であった自分たちがこうして刃を振るっている。人の世のため、悪を断つ。いまだ記憶は戻らないが、しかし。

 今の兼定はミカヅキが知るより、遥かに強かった。これまでの在り方は、どこがブレていた。自分に自信がなかったのだろう。しかし、この京の夜にあって九十九兼定の太刀筋は我が身に迫っていた。

 命を奪うはずの太刀に、何故か。どうしてかミカヅキは愛おしさすら覚えている。いっそこの身を委ねてしまいたいくらいだ。在り方がおかしくなってしまった自分にはもはやそれもかなわぬことだが。

 

「ちっ──!」

 兼定が顔をしかめながらミカヅキの刃から身を躱す。この状況下にあって、ミカヅキの刃は真価を発揮していた。

 月が出ている、それも三日月に近ければ近いほど鋭さが増す。同時に、己の狂気も。

 笑いが止まなかった。それは、もはや、自身にもどうしようもない程の笑い声だった。命の駆け引きの最中にあってなおも笑っていられるのであれば、それは最早狂人の精神だ。

 

「はっ──はははははははは、ふふっ、あっははははは……ふんぐるい! あはははは、はははむぐるうなふ──ははははは!!!」

「…………、ミカヅキ……」

 顔を押さえながらも、口腔から堪えきれない笑い声が止まることはない。異国、異界の神を称えるかのような呪詛を交えた不気味な笑いが止むことはなかった。

 同情の余地はない。斬ると決めたからには、斬らねばならない。この生命と引き換えにしてでも──!

 胸中によぎる思い出は、どれもこれもが眩い日々の光。接してくれた人々の温もりを忘れはしない。

 今の時代で生きていくことが許されるのならば、それはどんな贅沢だろう。月島まりなと話をしていた時も、商店街で買い物をしていた時も、花咲川女子学園で囲まれていた時も。

 そこには笑顔があって。数え切れないくらい沢山の人達が平和に暮らしていた。

 いい時代だ。少なくとも、武器を手にする理由などないくらい。誰もが夢を見れる、夢を追いかけられる時代なら、これに勝るものはない。

 

 斬って、斬られて。切っ先が我が身を断つ痛みを飲み込む。上段から袈裟斬りに振り下ろす。ミカヅキの額を掠め、返された刃は僅かに羽織を裂いた。もはや後退することはできず、ひたすら前に進む。刃に身を晒しながら、こちらからも間合いを詰めていく。

 死を前にしてもなお進む気概、気組が足りなかった。覚悟ができていなかった。迷ってばかりいた。だから、ミカヅキに届かなかった──捨て鉢になるわけではない。

 ただ、己の命を秤に掛けて。ただ彼女たちの笑顔の方が価値があるだけのこと。

 生きてくれと、心から願う。夢を追いかけてくれと。

 

「いあ、あはははははははは!! いあ、いあははははははは!! ────!!!」

 ミカヅキが、神の名を口にする。邪気と神気と瘴気に呑まれながら。それでも剣士としての腕は達人級だ。不意に宙へ手を掲げると、剣が妖術によって生み出される。妖剣が五つ、矢のように兼定めがけて撃ち出された。

 咄嗟に避けるものの、今度は角度を変えて狙ってくる。自由自在の飛剣を前にして後退ろうとして、踏みとどまった。

 下がるな。前へ出ろ。己に言い聞かせる。太刀の間合いに相手を収めなければ、斬れない。例え刃が身体を貫こうとも足は動くはずだ。痛みは堪えることができる。

 

「ッ──、ぉぉぉおおおおおおっ!!!」

 踏み込む。自分の命を貫こうとする妖剣を前にして、兼定がミカヅキに向けて駆け出す。それと同時に、刃が再び四方より飛び込んでくる。

 しかし、背後から無貌のものが二匹飛んできた。虎徹が殴り飛ばし、蹴り飛ばした怪異が二本を身体で受け止めて共に消える。

 残り三本──菊一文字が一閃した。玉のような汗を流し、口端から血を流しながら歯を食いしばって鬼のような顔をして激痛を堪えている。

 再び妖剣を生み出すミカヅキに、兼定の襟首が掴まれた。体勢を崩して、見たのは刀を口で噛んだ虎徹の背中。

 誠を背負った浅葱色の陣羽織に手を伸ばす。

 

「今日の死番は譲れねぇなぁ、兼定ぁっ!!!」

 身体を貫く妖剣、だが虎徹の足は止まらない。ミカヅキの刃が更に一閃する。鉢金から顔を断たれてもまだ。それには相手も顔を凍りつかせていた。相討つ形で太刀を打ち下ろし、逆袈裟に深く断たれたミカヅキが後ずさる。

 倒れようとする虎徹の身体を支えようとして──兼定は胸ぐらを掴まれて、そのまま背中を優しく押されて鼻で笑う声が聞こえた。

 

「振り返るな。立ち止まるな。後悔したっておせーんだよ」

「…………」

「いけよ、副長──」

 歯を食い縛る。涙を堪える。

 菊一文字が構え、踏み込もうとして吐血していた。これほど長時間抜刀していたのは初めてだ。付喪神となった身体ですら耐えきれない速度と剣技に全身が悲鳴を上げている。だが、斬らなければならない。主に代わって、斬らなければならない。一でも、十でも、百でも。千でも。

 

 ミカヅキに迫る菊一文字の抜刀術。だが妖術を交えて舞うように避けては捌く。押しの一手を柳に風とのらりくらりと躱していた。

 

「ゴフッ──」

 軋む肺が、骨が、その身に牙を剥く。まだだ、まだ立ち止まれない。まだ斬り足りない。人を切り足りない。この身体が動く限り、斬り続ける。

 腕が震える。呼吸すら辛い。心臓の鼓動が不規則に揺れる。だが、まだだ。

 

「ま、だ。まだぁ! 私はまだ、走れる! ()()()()!」

「────!」

 ミカヅキが目を見開く。まだ加速する。押し迫る刃が加速していく。とうに身体は限界を迎えている。それでも、菊一文字は足を止めない。

 浅手を負い、しかし虎徹に斬られた傷からの出血にミカヅキの足取りが重くなっていた。

 高速の居合を捌いていたが、不意にその太刀が止まる。

 

「菊ッ!!!」

 兼定の一喝に、菊一文字は笑いながら血を吐いた。

 構えている。真横一文字に太刀を抜いたまま。点を突くように、ミカヅキの正中線に狙いを澄ましていた。

 踏み込む。地面を沈み込ませるほど、爆音を轟かせながら。足に力の入らなくなったミカヅキは横に飛んで避けることは敵わず、ただ後方に下がって刃から遠ざかろうとする。

 わずかに、距離が足りない。切っ先が届くまでの一寸、菊一文字は刀を手放して柄頭を自らの手で押し出した。打ち出された刃がミカヅキの胸に刺さる。

 崩折れる菊一文字の背後、兼定が太刀を引き込むように構えていた。堪えきれない涙を流し、それでも鬼のように睨みつけている。

 血を吐くような咆哮と共に、兼定は刀で太刀を押し込んだ。胸骨を貫く刃に、ミカヅキが吐血している。

 膝をついた菊一文字が致命的な吐血と共に、力なく笑った。

 

「──嗚呼、恨みますよ。兼定さん……私は、今度こそ…………あなた達と最後まで、駆け抜けることができると思っていたのに」

「ッ……すまねぇ、すまねぇ菊……!」

「まぁ、いいですよ……たのしかったですし」

 兼定は、一瞥もせずにミカヅキに向けて走る。背後から、二人の気配が消えた。薄ら寒さすら覚える。それでも走る。

 瀕死になりながらも妖剣を作り出して、血を吐きながら笑うミカヅキに向かって走る。前に。ただ前に。

 全身を貫く妖術の刃。痛みを堪えて走る。柄を握りしめて、血が柄巻に染み込んでも離さない。歯を食い縛る。痛みを飲み込む。

 ただ、斬らねばならぬ。

 間合いに収めたミカヅキが、狂ったような笑みから刹那。どこか慈しみを込めた笑みを見せた。

 

「────ようやく、お前の銘が視えたぞ……和泉守兼定」

 防ぐこともせず、兼定の刃を受けいれるミカヅキが今度こそ倒れる──しかし、その手に握られていたのは刀の鞘だった。

 全身が総毛立つ。くくりつけていた布をほどき、丙子椒林剣を手にしてミカヅキは血を吐きながら、息も絶え絶えで笑っていた。

 

「……いった、だろう……かねさだ。おれは、勅をたまわったのだと…………」

「ミカヅキ、テメェ──!」

「礼を言う……」

 刀を落とし、鞘を捨て置き、ミカヅキはその手に錆びた刃を自らに向ける。そして──。

 

「無貌の神よ。この身を御身に捧げます」

 自害した。錆びた刃が胴を貫き、背中まで突き抜ける。

 吐血するミカヅキを前にして兼定は全身の痛みに膝をついた。

 

「──兼定。お前の持つ、力は……正しく、人の世のためのものだとも……」

「なに?」

「世を乱す“悪を断つ”のが、お前の……だからこそ、お前が真に斬るべきものは、最も身近なものであったはずなのだ──」

「…………」

 おびただしい出血と、血を吐き出しながらミカヅキが膝をつく。月を見上げて、自嘲していた。

 

「己は、ただの道化であったか……狂言回しとよくいったものよ……」

 人の世を乱すためだけに。

 “次”の邪神が来るまでの時間稼ぎ。

 だが何故、それが日本だったのか。なぜ器物である刀剣だったのか。それは最早、言うまでもない。天敵がいるからだ。

 おれを、みている。月がおれを、みている──同じ刀でありながら大きく歪んだ“偃月刀”が。

 

 ミカヅキの身体から、()()()()()。内側から骨を突き破りながら伸びた腕は成人男性のそれである。周囲におびただしい鮮血を撒き散らしながら、その付喪神は“受肉”していた。

 肉を破り、骨を砕きながら京の都の夜に降り立つ付喪神──すなわち丙子椒林剣。

 

「…………」

 どこかぼんやりとした様子で、血塗れの付喪神は黒髪をかきあげていた。静かに呼吸を整えると周囲を見渡す。やがて、膝をついた兼定と目があった。しかし、まるで興味を示すことなく視線を外す。だが、不意に鼻で笑った。

 ──起きたか、と。何処かから声が聞こえた。それは見知った相手、七星剣からの声だった。

 ──早速ではあるが働いてもらうぞ、椒林。脳内に直接響く声に、呆れる。

 

「……相も変わらず、人遣いが荒い」

 一糸纏わぬ丙子椒林剣が、直刀を肉片から拾い上げるとそれはもはや錆びついた刀ではなく真新しいものへと変貌していた。何処かから鞘も取り出して収める。

 吐息を漏らし、短く口訣を結ぶと血を一掃されて、衣服に身を包んでいた。

 

「そこのおまえは? 付喪神であろう。名乗れ」

「…………、九十九兼定」

「兼定よ。早速ではあるが、われもまた七星剣の命を受けた。雑把なことに、働けと。しかし己の為すべきことは分かっているつもりだとも」

「なにを……する気だ」

「この国を治める。もとよりわれらのものだからな」

 歯を食いしばりながら、兼定が立ち上がる。

 

「世迷い言を、抜かすな……!」

「無理をするな。貴様の身体も、そう長くないはずだ」

「だからといって、立ち止まれるかよ──!」

 力を振り絞り、刀を握り直す。勝ち目は限りなく薄い。

 

「──おーおー、なんだこりゃ? どうなってんだ」

 そんな時、背後から気の抜けた声が聞こえてきた。

 ──日本号が、大槍を担いだまま笑っている。足元で寝ているムコツを蹴り起こしながら。

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