地面に転がる虎徹と、菊一文字。そして三日月宗近を見て、日本号は顎に手を当てる。状況はどうやら、現世壬生狼志組がミカヅキを討ち取ったようだ。しかし、丙子椒林剣が顕現したともなれば状況は最悪なままらしい。
「あー……こりゃやべぇわな……おい起きろムコツ。頼む、おじさんにゃ荷が重い。腰やっちまうわこんなん」
「……ふが?」
頭を足で小突かれて、ようやくムコツが目を覚ました。かぶりを振って、痛む頭を押さえながら立ち上がる。
「頭いってぇえぇえぇ……!! クソが、あのやろう、虎徹め……!」
「秒で説明するなら、丙子椒林剣の野郎がそこにいる」
「──!」
しかめていた顔が一瞬で満面の笑みに切り替わって立ち上がった。十文字槍を手にして、額から血を垂らしながらもムコツが膝をついた兼定の横を通り抜ける。ゴウは肩を叩いた。
「俺も……!」
「あーあー、いいからおじさん達に任せんしゃい。今は身体休めとけ、兼定」
「っしゃあおらぁああ! ミカヅキの野郎も虎徹の野郎も菊一文字の野郎もいなくなっちまったがんなこたぁどうでもいい! テメェが丙子椒林剣だな、やっぞコラァアッ!!」
目を覚ますなり怒号を飛ばすムコツが大股で歩み寄る。丙子椒林剣はそんな様子を見て、薄く笑っていた。
「寝起きに随分と勇ましいものだ」
「寝ても覚めても殺すしか能がねぇ! これしか出来ねぇ俺もテメェもゴウも付喪神連中なんざ生き続けていく価値が何処にある! 先がねぇから殺し合うくれぇしかねぇんだろうがぁ!」
「己の本質をよく理解している」
「テメェが最古の一振りだろうがなんだろうが、時代を越えてやりあえるんだったら何でもいい! いくぞもみあげ野郎!」
それは、一瞬一秒も無駄に出来ない刹那的な殺生。主が生きた時代では刃を交えることが叶わなかった相手が今、日本中にいる。一人でも多く、一秒でも長く矛を交えていたい。
平和に過ぎる今の国に、自分たちの居場所がないことはムコツもよく知っている。時代が違う、自分たちが生きていた頃とは余りにかけ離れていた。
十文字槍を水平に構え、ムコツとゴウが丙子椒林剣に歩み寄る。刀の柄に手を伸ばしたまま、頭を下げていた。
無防備なままに突き出される槍が、鼻先で止まる。ムコツが殺気を感じて下がっていた。
ゴウもまた、丙子椒林剣から視線を外して大槍で虚空を薙ぎ払う。膝をついていた兼定も何が起きているのかはわからなかった。
ただ、二人が飛び下がりながらも槍を振るって何かを弾いているのだけはわかる。
「ッ、だぁこりゃあ!?」
「──ならばこの丙子椒林剣の「十二飛支刀」がお相手仕ろう」
「……、十二刀流とか聞いたことねーし相手もしたことねぇ!」
頭を上げて、丙子椒林剣が空いた手で指を鳴らした。
夜空を舞う十二の飛刀。丙子椒林剣を囲うように飛び交う十二の刃がゴウとムコツに向けて様々な角度から襲いかかる。咄嗟に、互いに背中を合わせて大槍を回すようにして迫る刃を弾き飛ばしていた。その場から一歩も動かずに丙子椒林剣は二人を相手取っている。
三日月宗近を「媒介」に顕現した今では、霊力も神通力も格が違う。しかし、絶望的な状況であってもムコツは笑っていた。
「は、ははは! うわはははははは、ギャーッハッハッハッハッ!! なんだこりゃあ! 面白ぇなぁおい! 俺の主が生きてた時代にゃこんな芸当できる奴はいなかった!」
「いや、でしょうね!? でしょうよ!? こんなん出来るやつ人間じゃねぇもの!」
「やっぱバケモノはバケモノ同士で殺し合うのが面白ぇよなぁ!」
「おじさんついてけねーよ!」
口ではそう言いながらも、ゴウの槍さばきはムコツに勝るとも劣らない。最初に目をつけられてから追い回されていたが、それだけムコツの強者に対する嗅覚が正確だった。
「大体、テメェもよぉ! 日本三大名槍がひとりだろうよ! 俺じゃ名乗れなかったんだからもっと胸張れやぁ!」
「あんま本気出させんな、おじさんは今の時代でのんびり生きてみてぇんだから──よッ!」
カァンッ──! 飛び交う飛刀の一本を、正面から大槍で
一本、二本。次から次へと迫りくる飛刀を薙ぎ払い、その芸当を横から見ていたムコツが同様に正面から貫いていた。
先がないと知っている。だが見ることが叶わなかった平和だ。少しでも長く、穏やかな時を過ごしていたい。……だというのに、隣の人間無骨と来たらこの調子だ。
ゴウの背後から飛刀が迫る。それを見向きもせずに槍を引いた反動の石突で弾いて、身体を回転させながらまとめて払う。その一瞬の隙を逃さず、ムコツが丙子椒林剣に今度こそ十文字槍を突き出した。
そこで、初めて抜刀する。だが、抜ききらずに横手を防ぐ形で止めていた。すぐに十二の飛刀が二人に差し迫る。
手も足も出ない防戦一方に兼定は自分の身体を動かそうとするが、苦痛に顔を歪めて再び膝をついた。血がとめどなく流れ出す。手に力が入らない。足元もおぼつかない。視界もぼやけ、意識が朦朧としてくる。
「……、くそ」
せめて、身体が動けば。すぐにでも二人に加勢するというのに。
突然、遠方で火柱が上がった。青い炎、そして暴風。それが大倶利伽羅の蒼炎であることは明白だが、相手は……?
──エヌラスと蜻蛉切が無貌のものを相手にしていたが、その群れを焼き払う形で大倶利伽羅が迫ってくる。
蒼炎の刃を倭刀で防いで、間近に向けられた掌から素早く離れる。遅れて発火していた。判断が遅れていたら大やけどをしていたところだ。
「チッ……おい、大倶利伽羅。テメェ何のつもりだ」
「──す、まない……ぬえ。俺は、俺自身を止められない──!」
術者であるミカヅキが消えたとしても、術が治るわけではない。精神汚染の影響下に置かれた大倶利伽羅も、太郎太刀も次郎太刀も同様だ。まだ自我を保っていられるだけ、抵抗できている。
口腔から炎の吐息が漏れていた。左手で右腕を押さえているが、それが今できる精一杯の抵抗なのだろう。自我の制御を離れた自分の力がどれほど危険なのか理解している。
「……頼めるか──」
「任せろ」
二人が離れると同時に、突風が道に吹き荒れた。
太郎太刀と次郎太刀は既に自我を失っている。長身に大太刀を担いだまま、エヌラスと蜻蛉切の前に立ちはだかっていた。
倭刀で相手するにはあまりに力不足だ。納刀して、影に刀を落とす。それに怪訝な表情を見せていた。
「ハンティングホラー」
傍らに手を伸ばし、自らの影に呼び掛ける。
──使うべきではないのだろう、この世界で。
だが、置いてきた日菜達の顔を思い浮かべてエヌラスはその銘を呼んだ。
「
皆伝の証に、その祝に師匠が手づから投げて寄越した大太刀──文字通り槍のように投げて寄越されて肋骨を折られた苦い記憶もある。
影から突き出される柄を握り、エヌラスが一歩踏み出した。さらに一歩。まだ刀の全容は見えない。身の丈を超える、大槍と並ぶ大太刀を手にして鞘を右肩に担いだ。
器具で固定してエヌラスが背負うように鯉口を切る。
息を吸い込む。呼吸を整えて、帯電する。銀鍵守護器官の魔術回路を稼働させて出力を調整。
「蜻蛉切、もう少し下がれ」
「承知」
太郎太刀と次郎太刀の大太刀を一人で捌いていた蜻蛉切がエヌラスの言葉に従った。
まともな抜刀ではない──それこそ、剣技とすら呼べやしない。先端を影に沈ませたまま、有り得ない居合を放つ。
魔導発勁“震脚”で地を鳴らし、大太刀を担いだまま身体を前に倒していた。全身を巡る紫電を載せて、加速させる。
「“
本来であれば、機械を効率的に稼働させる紫電を自分の体内器官に用いる
「零式“迅雷”!」
大太刀の居合が、雷鳴とともに打ち下ろされる。
たった一人、剣術で越えられなかった相手がいた。ただの人間のはずで、魔術すら使えない相手にすら劣る。だからこそ、それを越えようとあらゆる手を尽くした。その効率化の果てに辿り着いた答えが──魔術による抜刀。
大倶利伽羅も、太郎太刀も次郎太刀も身体が反射的に動く。しかし、エヌラスの大太刀はそれを遥かに凌駕していた。
その夜。
京の都を大規模な停電が襲った。
それがたった一人の魔術師の手によるものだと知るものは少ない。──それが、京の都を騒がせる「鵺の再来」と西日本を騒がせるのは、もう少し遠い話。
半ばより刀身を折られた刀剣が三振り。地面に転がっていた。エヌラスは大太刀を納刀する。紫電を放出して、余剰熱量を吐き出す。
「……見事」
ただの一撃で、付喪神を屠るのに十分過ぎる。だがそれはやはり、本気から程遠い代物だ。
後ろに下がっていなければ蜻蛉切でさえ無事では済まなかった。槍を合わせることさえ、怪しいほどに道を踏み外した抜刀術に寒気を覚える。
再び自らの影に大太刀を落とし込むと、エヌラスは一度だけ大倶利伽羅と太郎太刀、次郎太刀の三振りを見下ろした。
「ほんと、ろくでもねぇな……」
つい数時間前まで、同じ食卓を囲んでいた相手だったというのに──精神を邪気に穢されれば斬ることになんの躊躇いもない。
「……」
「変な気遣いはいらねぇ、先を急ぐぞ」
「なぜ、加減をなされた?」
「日菜達がいなけりゃこの街消し飛ばしてる。行くぞ」
短く言い放って、エヌラスは振り返らずに歩いた。
ミカヅキとはまた別な気配に向けて先を急ぐ。
──追いついた先、血溜まりの中に立つ丙子椒林剣の周囲に浮かぶ十二の飛刀。それに辿り着くことなく、槍で身体を支えているゴウとムコツが膝をついている。
まだ刃を抜き放つには至らない。それでも柄を握りしめたまま、冷たく見据えていた。
「……終いか? われらより後の時代は、随分手ぬるいと見た」
「ざ、っけんじゃねぇぞぉこんちきしょうがぁ!」
「事実。この程度すら敵わんだろう、下がれムコツ」
四本が動く。一本を弾き、二本目を躱し、続く三本目が腕を掠める。四本目を槍で捌いた折に、左腕が貫かれた。
息を切らしながらも、ムコツが丙子椒林剣を睨む。
「届かんのが悔しいか、人間無骨」
「っ……」
「しかしな。残念だが時間切れだ──われを倒せぬ程度では、七星剣の首は取れんぞ? そうだろう、そこな妖怪」
「……」
ミカヅキの姿はない。足元の血溜まり、そして丙子椒林剣から漂う邪神の気配。刀から生まれた付喪神ではなく、付喪神を依代に産み落とされた眷属。邪神に連なるものであるならば、生かしておく理由はなかった。
「しかし、さてどうするか……そこの大身槍。名乗れ」
「……蜻蛉切」
「貴様であれば、どう相手取る?」
「…………」
宙を舞う、十二の刃。細い直刀。長くはないが決して短すぎない。だが、自分との相性は最悪であることは認めざるを得なかった。ゴウとムコツ、それから兼定を見る。隣のエヌラスを盗み見てから、覚悟を決める。
──戻ることは叶わないだろう。だが、案ずるには及ばない。
「ぬえ殿」
「なんだ」
「……拙者で、“七本”相手する。残りはお任せ致します」
蜻蛉切が七本。残り五本。
「だったらまぁ、おじさんもうちっと本気出すわ……! 二本までな!」
「ん、だ、とこらぁあ! ふざけんな、だったら残り三本やってやろうじゃねぇかっ!!!」
ゴウが二本、ムコツが三本。これで十二飛支刀は事足りる。だが──肝心の丙子椒林剣を誰が相手するか。当然、エヌラスだが……兼定が刀で自らの身体を押し上げた。
「俺も、やれる……!」
「まだ休んでろ」
「馬鹿言うな……こんなところで、立ち止まってられるか……!」
「……前だったら、俺が止められる側なのにな。俺は止めねぇぞ、兼定」
「わりぃな、ぬえ……!」
血を拭いながら笑い、エヌラスの隣に並ぶ。
「お前に与すると、決めたんだ……、最後まで──駆け抜けるさ」
浅葱色の陣羽織は、赤く染まっている。深手を負って、膝が今にも崩れ落ちそうな兼定の肩を無遠慮に叩いた。
痛い、と思うより先にそれが嬉しく思える。
それができなかった菊一文字の無念を思う。背中を押してくれた虎徹の気迫に足を奮い立たせて太刀を構えていた。
「俺が倒れても、止まるなよ」
「馬鹿言うな、死んでも走れ」
「……局長そっくりだわ、ほんとよ」
だからこそ気兼ねなく命を預けることができる。自分が倒れたあとでも、きっと走り続けてくれると信じることができる。
心の底から、自然と頬が緩んだ。息を吸い込んで、兼定が血を吐くように叫ぶ。
「──現世壬生狼志組副長、九十九兼定ぁ!!! いぃくぞおらぁぁああああっ!!!」