【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第七十幕 郷愁と再会と決別の友と

 

 ──懐かしい夢を見た。それは、遠い故郷の夢。

 懐かしい顔ぶれ。懐かしい街並み。今となってはもう、手にすることも見ることも叶わない。

 焦げ茶色のロングヘアーをなびかせて、柑橘類の髪留めを付けた顔馴染みが笑顔で振り返る。

 また来たのか、なんて呆れた表情で言いながらも抱えきれないほどの食材を渡しては、無理矢理仕事を手伝わせてくる。無賃労働にも慣れたもので、タダ飯のために手伝っていた。

 いつも忙しそうにしている癖に、自分が来た時は毎回時間を作って料理を用意してくれる。もはや二人の間では暗黙の了承だった。

 食事の感想を求められて、美味い以外に言うことはなかった。だが、それが毎回不満なのか唇を尖らせてはじっと睨みつけてくる。美味いものは美味いのだ。どれだけ言葉を飾っても、結局伝えたい言葉はそれだけ。

 国産品の柑橘類を使った料理だけでなく、入浴剤。それだけではなく、嗜好品。香料も──いつも使っているシャンプーだってそうだ。

 だから、この匂いは嫌いにはなれない。この香りを嗅いでいる時だけは、もう少しだけ頑張れる気がした。

 何処に居ても、傍に居てくれる気がして。帰りを待っていてくれる気がして。

 どんなに辛くても。どんなに苦しくても。どんなに悲しくても。アイツの笑顔を思い出せる。絶対に忘れることだけは出来ない、吸血鬼のくせに太陽よりも眩しい笑顔を見せる顔を。

 

「…………────」

 目を覚ます。自分でも驚くほどの目覚めの良さに、部屋の中を見渡す。

 テーブルの上には投げ置かれたレイジングブルマキシカスタム。スピードローダーに装填したままの弾丸に、術式を刻み込んだ魔弾が乱雑に散らかっていた。

 懐かしい夢を見た。今となっては、もう見ることも出来ない顔を垣間見た気がする──だが、所詮ただの夢だ。目頭を押さえて、息を吐き出せば朧気に消えていく。

 ふと、テーブルを見渡せば携帯灰皿の溝で休めていたドラッグシガーが今にも燃え尽きそうになっていた。

 ああ、そういうことか。なんて一人で納得する。

 郷愁の念に浸る、そんなセンチメンタリズムは似合わない。そんなことをしたところで、意味がないことは知っている。思いで心は鎧えない。

 カーテンも取り付けていない窓を見れば、日が昇っていた。時計を見れば、時刻は朝の八時。

 帰宅して、シャワーを浴びて何気なく銃の整備点検を始めて──寝落ちしてしまったようだ。それも確か夕方くらいに始めた気がする。

 ほとんど半日寝ていたようだ。

 寝起きの頭でぼんやりと天井を見つめる。

 

 目を閉じる。意識を自分の内面に向けて、集中。

 精神制御によって感情を抑制する。自分の本分は、精神の爆発的な火力であるがそれは確実に精神を摩耗する。

 師匠には、再三言われてきた。何度も言われてきた──お前は、自分の心を他人に預けすぎる。だから未熟者なのだ、と。

 どれだけ心を身体を許しても、越えてはならない一線がある。それを容易にやり過ぎているのだと、何度も言われてきた。何度も、それこそ呆れるくらいに。

 仕方がないことだろう──しょうがないのだ、こればかりは。

 自分のことが嫌いなんだ。どうしようもなく、殺してしまいたいくらいに。いっそ、死んでしまえば楽になる。だが、そうすることだけはできない。それだけはできない。できなくなってしまった。

 戦い続ける道を選んだ。自分を殺すことが出来ないのなら、死ぬまで戦い続けようと選んだ道を後悔なんてしていない。

 だから、思い出した顔を塗り潰す。ドラッグシガーの香りをかき消して、血と鋼と硝煙の臭いで肺を埋め尽くす。温もりも優しさもいらない。心を凍らせて、他者と壁を形成する。

 接する言葉も態度も上辺だけで十分だ。傷口に触れる相手の温もりも何もかもを拒絶する。

 孤独であることを寂しいと思ったことはない。辛いと思ったこともない。

 この地獄に、他の誰にも付き合わせることなど出来ないのだから。

 

 テーブルの上を片付けて、レイジング・ブルマキシカスタムを影に落とすとシャワーを浴びて、すぐに着替えるなり散歩がてらマンションを後にする。

 時間が時間だけに、制服姿をちらほらと見かけた。

 本日も快晴。清々しいほどに空は晴れている。日本は平和が過ぎて仕方がなかった。それは退屈なほど、飽きてしまうほどに静かな日々。

 つい先日まで、付喪神を相手に死闘を繰り広げていたことを誰も知らないだろう。この国が人知れず危機を迎えていたと知る人間は、そう居ないはずだ。

 付喪神、七星剣。日本最古の二振りのうちの片割れ。あれを皮切りにして、再びこの国は平穏を取り戻した。それは、次の満月までという短い間かもしれないが──。

 エヌラスにとっても、それは静かな休暇となる。しかしこれまで走り続けていた身体が、立ち止まれるはずがない。心の何処かでは、平和が乱れることを望んで仕方がなかった。

 殺し合いがしたい。果たし合いがしたい。極限の命の駆け引きがしたい。魂の火花を散らすほどの潰し合いを。だがそれは、間違いなくこの地球が耐えきれないだろう。その領域までの戦闘は残念ながら望めない。

 朝からため息をつきながら、宛もなく歩いていた。特に理由もなく。

 ぼんやりとした頭で散歩をしていると、バイトの時間が迫っていることに街の時計で気がついたので『Circle』に向かうことにした。

 

「おはようございまーす」

 スタッフと挨拶を交わす。気さくに挨拶を返しながら、本日のスケジュール確認。表のカフェテリアのメニューを確認したり、掃除を始める。

 この二日ほど店を空けて『Pastel*Palettes』のボディーガードを務めていたことについて詳細を尋ねられるが、何も話すことはなかった。手土産どころかお土産ひとつ買ってこなかったのは流石に申し訳ないと思いつつ、そんな暇など何処にあったというのか。

 エヌラスは質問攻めにあいつつも、何か業務連絡はないかと聞き返した。特に無い、らしい。変わりない仕事、いつも通りの業務。スケジュールに合わせた生活。それに少々退屈な思いをしながらも、それが平和の裏返しであることに肩をすくめた。

 

「あれ、そういえばエヌラスさん。もうひとり、お連れの方はどうしたんですか?」

「────」

 突然、そんな言葉を投げかけられて咄嗟に返事が出来なかった。

 

「一緒にいましたよね。あの、長い黒髪の爽やかな方」

「まるで俺が爽やかではないみたいな言い方を……」

「エヌラスさんは爽やか系というよりは、ワイルド系なので」

「……どの辺が?」

「え、顔? あと態度? でも人気なんですよ、特に女子高生から」

「なぜに」

「面白いからだそうです。休日も問い合わせ結構多かったんですよ。今日はエヌラスさんお休みなのかー、とか。あの黒い人いないんですかー、とか」

「黒い人って……いやまぁそりゃ黒いか」

 髪の色含めて割と黒い。モテる人は大変ですねー、なんて茶化されながらも話題を逸らすことに成功した。言及されても困る、早々にその場を離れて自分の業務に専念することにした。

 開店からカフェでの接客。昼休憩を挟み、そのまま午後の業務を淡々とこなしていく。テレビや新聞などのニュースに目を通していくが、やはり何処にも付喪神と思わしき記事は載っていなかった。あれほどの大事件、報道されていないのは流石におかしい。そこまでの情報統制が必要なことなのか、とも。

 バイトを終えてから書店に向かう。何かそれらしい物がないか探し回る。昨日の今日で記事にまとめられる出版社があるはずもなく徒労に終わった。

 結局、それらしい物と言えばオカルト雑誌。タイトル含めて何もかも胡散臭さと虚偽でまとめあげられたような本を手にする。

 タイトルが嫌に長ったらしくて四行くらいになっている。一行にまとめろ、なんてツッコミを入れつつも内容に目を通してみた。

 ……確かに、その中身はデタラメな三流記事だらけだ。

 しかし、日本各地から姿を消した刀剣の記事に手を止める。付喪神ではないか、という憶測。それに付け加えて日本の伝承に則った文面。そこだけは、合っていた。他のは知らん。なんだこの世紀の黒魔術師だの秘密結社は今も世界で活動している! などと根拠のない自信満々な文面。地球は宇宙人に狙われているなんて今どき信じる人間いないだろう。地球外生命体とか鼻で笑ってしまう──いやそれ俺のことか。エヌラスは我に返って少々ショックを受けた。

 読み進めていくと、最後に未確認生物の記事がまとめられている。過去の掘り返しだが、その中に『ブラックヒューマノイド』の一文が載っていた。写真も掲載されている。最後に撮影されたのが竜退治。匿名の投稿者によるものらしい。

 誰もが、嘘であると一笑に付す一枚。深い霧に包まれた霊峰で、姿が朧気に映る巨大な竜の首を断たんとしている黒い人影。これ以降その地域に近づく住民は誰もいないそうだ。当然だろう、山ごと潰したのだから。

 奇跡的なことに死者もいなければ怪我人も出ておらず、そんなことを気にしていなかったエヌラスは初めてその事実を知った。

 

 立ち読みに留めて、書店を後にする。結局のところ、僅か二日に及ぶ付喪神は大人たちの事情で世間に公表されることなく治安維持の四文字で塗り固められていた。

 何事もなく、きっと時間は過ぎていく。

 ふと、マンションに帰ろうとする足を止めた。今日の夕飯はなんだろう、とまで考えて──誰もいないことを思い出す。

 何を買って帰ろうかと悩んだが、向かった先は気がつくとファーストフード店。安くて早くてそれなりに美味く食えれば文句はない。栄養バランスとか知らん。なんだそれ。

 適当なバーガーセットを二つ買って、持ち帰る。店内で食べても良かったのだが、どうしてか持ち帰りにしてしまった。

 

「あれ? エヌラスさーん!」

「ん?」

 声を掛けられて、振り向けばポピパの五人が揃っている。元気よく手を振りながら駆け寄ってくる香澄に軽く手を挙げて挨拶を交わした。

 

「なんか用か?」

「特にこれといって用事はないんですけれども、なんとなくです! なに買ったんですか?」

「ああ、腹減ってたから夕飯」

「ハンバーガーセット、二種類も? 身体に良くないですよ」

「いーんだよ食えりゃ、なんでも。美味いに越した事はないが」

「……なんか、機嫌悪そうですけど」

「あー……悪い。そう見えるなら気をつける」

「なにかあったんですか?」

 純粋な疑問に、なんて答えるべきか言葉を探して──。

 

「別に、なにも。腹減ってて気が立ってるだけだ。だから、話があるならまた今度な」

「あっ……はい」

 会話を打ち切るような言い方に、香澄が小さく頷く。落ち込む表情に、胸に小骨が引っ掛かる。それを気に留めないことにした。

 踵を返して立ち去る背中を見送って、有咲が眉を吊り上げる。

 

「話聞くくらいの余裕もねーのかよ……」

「昔の有咲みたい」

「はぁ? あそこまでじゃねーし」

「じゃあこれから有咲みたいになるのかな」

「どういう意味だ!?」

「んー…………お腹減って気が立ってるところはおんなじかな」

「それは人類共通!」

「あはは、本当におたえは変わんないマイペースだなぁ……」

 

 ──そんな五人の、仲の良い話し声を背中に受けながらエヌラスは一人歩く。

 夕暮れ時。陽が傾いた、赤い街並み。

 逢魔ヶ時、と誰かが言っていた。通り過ぎる一般人の会話。そんな怖い話はしないでくれ、なんて笑いながら無邪気に立ち去っていく。

 嫌いではなかった。血のように赤く染まる街が、茜色の夕陽が。

 一人になりたくていつもの森林公園に向かう。

 

 

 

 案の定、人気はなかった。人払いの結界も設置してそのまま。

 慣らされた歩道を進んでいくと、不意に人影を見つけた。

 またリサでも迷い込んだのか、と思ったが違う。

 ……浅葱色の陣羽織。もう見ることはないと思っていた隊服。血に染まって、地に伏して、満足そうに笑って散ったはずの男が──九十九兼定が、そこに立っていた。

 目を伏せて、どこか申し訳無さそうに、情けなく笑いながら片手を挙げる。

 

「──よう、()()()()

「…………」

「はは、その「どの面下げて帰ってきたテメェ」みたいな顔止めてくれや。俺も同じなんだから」

「…………」

 あくまでも、エヌラスの表情は険しい。兼定もまた、まっすぐ目を見据えている。

 刀の柄に手を伸ばし、既に親指は鍔に掛けていた。しかし、無防備に歩み寄ってくる姿に指を離す。その代わりに、エヌラスが片手を挙げた。同じように手を挙げて、だが決して互いに目を合わせない。

 パァン──。手を叩いて、そのまま歩く。

 

「……メシ、食いに行くぞ」

「……応」

 敢えて問うまい。敢えて聞くまい。如何なる仕儀か、如何なる奇術か。如何なる技か、どんな運命の悪戯か。どうやって戻ってきたのか、どこから来たのか。何が起きたのかさえ、互いに聞くことはなかった。

 今はただ約束を果たすだけ。

 二人の間に会話はなく、並んで歩いていた。

 無言で差し出されたハンバーガーセットに、兼定は首を横に振る。

 

「これから最後の晩餐だってのに、よく食えるな」

「俺は最後じゃねぇからな」

「言ってくれるぜ、まったく」

 会話終了。羽織を脱いで、刀にかぶせる。

 

「──明日でいいか?」

「ああ。明日の、夜に」

「場所は俺が用意しておく」

「任せた。俺も早駆けで疲れたわ、流石によ」

「ご苦労さん」

「足が棒になっちまうかと思ったが、間に合ってよかった」

「間に合わなくてよかったのにな」

「そういうわけにもいかねぇさ……決意が鈍る、判断が遅れる。重要な事ほど即断即決。細かいことは後から全部考える」

 足を止めて、兼定はエヌラスの背中に投げた。

 

「だから──俺は、アンタを斬りにきたんだ」

「知ってる」

 決意と覚悟を決めた言葉に、素っ気なく答えながら足は止めない。

 頭を掻きながらその後を追いかけ、肩を並べて歩き出した。

 明日には殺し合うというのに、エヌラスは兼定を部屋に上げた。一人で全部平らげて、文句を言いながら焼肉を食べに向かう。

 冷蔵庫の食材の愚痴を延々と聞かされながら兼定は笑って聞き流すことにした。

 酒も頼んで、乾杯から始まって互いの焼いた肉を奪い合う。箸で火花を散らしながら肉をつまんで睨み合う。最後の一切れを巡って爪楊枝を投げたりもした。脂を飛ばして目潰しをしたり、とにもかくにも子供の喧嘩じみていた。やけ酒三杯追加から始まり、帰る頃にはまっすぐ歩けないほど酔っていた兼定にエヌラスは肩を貸す。

 

「…………酔った…………」

「だから言わんこっちゃねぇ、水飲んで寝ろ」

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