【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第七二幕 付喪神最終戦。士道・和泉守兼定

 

 決闘の場所は、人払いの結界を三重展開した森林公園。いつもの場所、エヌラスにとっては慣れた場所だ。普段は人通りもまばらながらにあるはずの場所は、しかし、無人の公園と化している。

 まかり間違っても、今井リサや氷川紗夜達が入ってこれないように普段よりも強力な結界だ。当然、それに惹かれて幽霊達が集まるがエヌラスの手によって全て斬り祓われている。

 九十九兼定は、森林公園に一人立っていた黒衣の戦友に向けて静かに目を向けていた。夜道で絶対に出会いたくない手合だ。景色に馴染むほど、存在感が無い。手にした倭刀の鞘も黒漆。視認性の悪さもあるが気配まで消されていた。一度見失えば視界に捉えるのは難しいだろう。

 

 立ち止まり、兼定は太刀に手を掛けていた。

 今更、交わす言葉などない。ただ斬るのみ。

 今一度、己に問う。悔いはないか、後悔はないか。

 今一度、己に応じる。そんなものはないのだと、胸を張る。

 

「……今更名乗る間柄じゃあるまい、エヌラス」

「ああ。そうだな」

 どこか虚ろな言葉に、兼定は違和感を覚えた。まるで心が死んでいるような、死者の言葉。しかし、一拍の間を置いて気息を整えたエヌラスから放たれる気迫と殺気に全身が寒気立つ。

 これは、暗殺者だ。魔術師でありながら、武術に身を置いた暗殺者だ。凶手と呼ばれる刺客だ。

 肌寒さを覚える夜の空気が凍りつく。気温が一気に氷点下まで冷え込んだような錯覚すら覚えさせるほどの殺意。一流であるならばその気配すら気取られぬようにするだろう。

 再三重ねて──エヌラスは、魔術師だ。

 魔道に身を置きながら武道に通じ、外道を以て邪道を断つ。それは、武術家にしても魔術師にしても外道外法、三流と罵られて然るべきだ。しかしあくまでも人間の領域の話。

 もとより想定している相手は人ではない。

 

「……新選組副長、和泉守兼定。御用改めである」

 それでも、敢えて。兼定は名乗った。見栄を張る。

 静かに、夜風に流されてエヌラスの耳に届いた言葉。

 現世壬生狼志組ではなく、かつての主が所属していた組織の名を口にしていた。

 鯉口を切る。静かに刃を抜き放ち、兼定は太刀を振るう。

 それだけで結界の強度が和らいだ。下手をすれば結界ごと断ち切られてしまう。

 

「付喪神の権能の話を覚えているか、エヌラス」

「覚えてる」

「どうも俺は……人道に背いたことごとくの天敵、らしい」

 ミカヅキは言っていた。

 ()()()()()であると。黄泉返りの際に全てを思い出した。

 自分は付喪神達にとっての天敵であり、妖怪達の抑止力である。

 今後、日本に妖怪が跋扈していくだろう。どんどんこの国に怪異が溢れていくだろう。その時、自分は務めを果たさなければならない。

 破邪顕正、人類の正しい歴史のために──だがしかし、目の前に立つのは妖怪ですらない。

 夜闇に溶け込み、気配すら感じさせない。人の姿をしていながら、人ではない怪異。

 曖昧で、あやふやで、何者なのかすら定かではない。ただひとつわかるのは、この男が自分にとって無二の戦友であること。

 鵺。トラツグミの鳴き声とともに雷鳴を響かせながら人を恐怖に陥れる大妖怪。

 果たして、斬れるだろうか。否、斬らねばならぬ。己の士道を貫き通す。

 

 太刀を抜き、正眼に構える兼定に対してエヌラスは無言を貫く。

 倭刀を閃かせて、片手で力なく握りながらも構えない。

 無構え──構えないという型。

 花咲川女子学園の御前試合では、互いに竹刀というハンデがあった。真剣ならば? やることは変わらない。

 袴の下、踏み込もうとしていた兼定の挙動にエヌラスが音もなく身構えていた。

 

「……兼定」

「なんだ」

 虚を突く呼びかけに、タイミングをずらされる。再び構え直した。

 

「俺の、絶剣無式は全部“盗んだ技”だ」

「…………」

「武術の達人が。魔術の達人が原点にして頂点。俺は精々が拙い贋作の技と再現しただけで、俺が極めたものなんて何もない」

 多芸は無芸と言う。だが、なぜそれを今になって口にしたのか。

 

「見るとな、解っちまうんだ。どういった術理の、どういった原理で放たれる技なのか。なまじ魔術師としての感性が強い。効率主義的だからな、そういうところは。だから、俺の技は歪められた武術と魔術だ」

「それが、魔導発勁だってか」

「そうなる」

 エヌラスにとってそれを語るということは、自らの手の内を明かすことに他ならない。

 

「……()()()、兼定。お前に絶剣無式を使うのは、一度だけだ」

「手加減のつもりかよ」

 侮辱と受け取った兼定の釣り上げた眉に、首を横に振った。それは違うんだ、と。

 

「お前の士道を正面から相手してやるって言ってんだ。全力で殺しに来い」

「……それが、アンタなりの覚悟なら殺されたあとで恨むんじゃねぇぞ」

 それは、遥か遠い地で。いつか出会った気功術の達人と詐欺師の二人組。弟子入りが叶わず、ただ技を盗むためだけに旅路に付き合った。短い間だったが、覚えている。

 詐欺師が言った。君の戦い方はとても歪んでいると。

 気功術の達人は言った。お前さんのそれは、あらゆる外道を成す技だと。

 ならば、名乗るといいだろう。私が君の二つ名を考えよう──そうだな。血霧を纏い、戦禍の風を運ぶ……さしずめ“血風戦禍”は如何かな? エヌラスは、詐欺師の言葉を思い出していた。

 

「士道、断つべし──血風戦禍、推して参る」

「外道、断つべし──!」

 

 気迫と共に叫び、兼定が駆ける。エヌラスはただ静かに、緩やかに構えていた。

 刃が火花を散らす。夜闇の中を閃き、命を奪わんと凛と閃いていた。

 エヌラスの左手には、銃が握られている。レイジング・ブルマキシカスタム。対人用ではない、化物狩りに特化したカスタマイズの施された怪物を向けられて、兼定は淀みなく太刀を振るった。

 マズルフラッシュから押し出される五十口径の弾丸を難なく弾き、切り落としている。それは人間業ではない。二発、三発と重ねて撃ち出すがそれも躱され、捌かれていた。

 

「矢でも鉄砲でももってこいってんだ!」

「そうかよ」

 倭刀を口に咥えて、エヌラスが両手を開く。

 右手には真紅の自動式拳銃を。

 左手には白銀の回転式拳銃を。

 二挺の魔銃を手にして、撃鉄を起こす。雷管を叩かれて内部で魔力反応を起こした紅白の魔弾が兼定に押し迫る──それに静かに呼吸を整えて、一閃。

 白銀の魔弾、必中の六発を切り落として、真紅の魔弾を正面から断ち切っていた。不発に終わった弾丸に、エヌラスは兼定の太刀が魔術の核を成す術式を裁断したことを悟る。

 兼定の太刀は、妖怪を斬りすぎた。だからこそ、だろう。魔弾の天敵として魔断すら成し遂げるということは、つまり……エヌラスの全身に施術されている魔術回路も同様に断つことができる。

 

 銃では話にならない、相手にもならない。即座に刃にて応じる形でエヌラスは兼定と鍔迫合う。

 剣の腕は互角か、相手に一歩譲る。

 矛を交えて、太刀が、倭刀が互いの身体を掠めていく。だがそれは決定打にはけしてならない。徐々に徐々に手傷を負っていき、血が失われていくだけだ。時間との勝負。

 本来であれば、エヌラスの身体は銀鍵守護器官による自己再生機能で無限に修復されていく。だが、それがままならないのは兼定の刃が魔術を妨害しているからだ。

 傷の治りが遅いことに歯噛みしながら、頬の血を拭う。兼定もまた、出血によって徐々に身体が動かなくなってきているのか息を切らしていた。

 息を大きく吸い込む。肺の中の空気を入れ替える。

 前へ進む。前へ、ただ前へ。一歩でも多く。一歩でも先に進む。

 士道、道半ばだとしても──己の在り方に悔いはないのだから。

 

 壬生狼が吼える。刃が冴える。振るわれる太刀筋は一寸の衰えもない。それどころか傷を負ってますます冴え渡っていた。夜闇を撫でる切っ先から身を躱したはずの胴がわずかに切り裂かれて血が流れる。苦悶の表情を浮かべるエヌラスに、しかし兼定は立ち止まらない。躊躇せずに太刀を振り下ろす。

 倭刀で防ごうと十文字に受け止めて、しかし気迫が勝ったのか刃ごと断ち切られた。刀身半ばより綺麗に失われた倭刀が防ぐはずの刃をエヌラスは自分の身体で受け止めることになり、肩から袈裟斬りにされる。

 後ろへ下がると読んだ兼定が太刀を引き絞り、逃さまいと踏み込んだ。だが、エヌラスは躊躇なく倭刀を捨てて兼定の突きを平手で逸らす。

 胸骨を穿つ崩拳に地面を転がる。肺の空気を押し潰されたかのような衝撃に咳き込んだ。

 魔術回路は、あくまでも魔術を行使するための経絡だ。

 ──それでも普通は、相手の刃から逃れようとするはずだが。

 左肩より深く切り裂かれて血が止めどなく出ているが、エヌラスは意に介した様子はなく無手で構えている。

 

「ゲホッ……! 剣道三倍段って知ってるか……?」

「相手殺すのに資格も段取りいらねぇだろ」

「…………はっ、ちげぇねぇや」

 得物を失ってもエヌラスの勁力が損なわれることはない。しかし、それこそが兼定にとって恐ろしかった。

 鍛錬を積んだ肉体は、鋼の刃に勝る。目の当たりにしているからこそ、その恐ろしさが身に沁みていた。事実、無手の方が兼定を追い詰めている。

 倭刀はあくまでも戦闘手段のひとつ。徒手空拳こそ真価を発揮する魔導発勁に、兼定が再び地に伏せていた。

 互いに、満身創痍。深手を負っているはずのエヌラスの身体からは血が滴り落ちている。同様に兼定も浅手が重なって体力を大きく失っていた。全身を苛む鈍い痛みに、口元の血を拭う。内傷を食らって思うように身体が動かないことに歯噛みしていた。

 太刀を収めて、精神集中。一意専心──縮地抜刀。

 爆音と共に、土煙を上げて兼定の姿がかき消える。それにエヌラスが倭刀を魔力で新たに鍛造して引き抜いた。虚空で弾かれる火花に、一瞬だけ視線が交差する。

 金色の神眼と鮮血の双眸が睨み合う──互いに、後がない。言葉もなく、目で語る。

 次が最後だと。

 

 壬生狼が二度吼える。全身の激痛を押し殺して、歯を食い縛って、前へ進む。駆け抜ける。

 姿をかき消しながら迫る兼定の刃にエヌラスもやっとのことで応じていた。想像以上に傷が深いだけでなく、再生が追いつかないことで視界が朦朧としてきている。それでも、冷徹なまでに自分の身体の機能を再確認する。戦闘行動に支障なしと判断するや否や太刀に気を巡らせた。

 自らの鮮血を散らしながら、刃を閃かせる。

 魔刀が成す、尋常ならざる術理による魔剣・死閃月華──四肢を断ち、正中線三段突きを一拍の間に行う付喪神が到達した剣技。

 絶殺の剣術を、しかし四手凌いだ。胴を穿つ三段突きを受けて、エヌラスが踏み込む。

 兼定が目を見開いていた。死を覚悟した上で、刃を振り下ろされる。

 

 ──しかし、咄嗟に頭を逸らしたことで額が割られることは避けられた。

 刃を受け止めた誠の鉢金が割れる。結い上げていた髪が解け、血が滴るが、まだ兼定は健在だ。

 太刀を引き絞る。全霊の踏み込みと共に、今度こそエヌラスの心臓を捉えていた。

 口腔から吐き出される血を浴びながら、兼定が刃を押し込む。

 背中まで突き破る太刀に、エヌラスが後ずさる。倭刀が手から落ちた。

 

「ッ──……」

 刹那、胸中を駆け抜ける思いに兼定が歯を食いしばり、堪える。

 

「お、ぉおおおああああああっ────!!!」

 番所は通さない。己の士道に則り、天誅仕る。さらに踏み込み、肩口で押しのけながら一気呵成に刃を引き抜く。鮮血が溢れ出す。

 自ら再生することも叶わないはずだ──!

 

「……絶剣、無式」

 だが。

 だが、それでも。信じられない言葉を口にしていた。

 

「八獄──」

 虚空を掴む。身体を俯かせたまま、止めどなく滴り落ちる血液に手を伸ばしていた。

 ──それは、外道だ。邪道に他ならない魔剣だ。

 己の魔術の源泉は血液に他ならない。根源は血液に刻まれている。

 生まれたその時から、既に道を踏み外していた。おおよそ人の理から外れている。

 正道を成せば、それは外道として正しく在る形だ。邪道を成せば、それは正道から誤った形だ。

 これは、その一振り。

 血刃を放つ。鮮血が逆巻くエヌラスの手に握られるのは、刀ですらない。ただの血だ。

 内勁と魔術によって己の血液を御する、無刃抜刀──!

 

「刃無縫・偃月!」

 その刃の閃きは、在るだけで魔剣に勝る。

 剣の道理からかけ離れた、術理すら踏み躙る非論理的な外道の殺人剣。

 手繰る血刃によって、兼定の胴が断たれる。防ごうとする太刀をすり抜けて、エヌラスの鮮血が袈裟斬りにしていた。

 

 ──凄惨な有様だった。二人の立っている場所は、まるでバケツをひっくり返したように血が撒き散らかされている。その只中に、エヌラスと兼定がいた。

 致命傷を負って、血を吐き出して、咳き込みながら兼定は太刀を収める。だが、笑っていた。

 相打ち覚悟だったが、これでは叶いそうもない。とはいえ、相手も相当な重傷。立っていられないはずだ。

 おもむろにエヌラスはレイジング・ブルマキシカスタムを取り出して、自らの心臓に押し当てて撃鉄を起こすなり躊躇なく発砲した。跡形もなく弾き飛ばされる内臓に意識が飛びかける。だが、銀鍵守護器官が急速に出力を上昇させて心臓を再生していた。

 口元の血を拭い、血痰を吐き捨てる。

 絶句する他、感服する他にない。この男の覚悟は、背負っている重さが違う。

 自らの命を軽んじるあまりに、背負いすぎている。兼定は、諦めを含めた境地で笑った。

 

「……俺の負けだ。やっぱ、覚悟決まってるやつはつえーわ」

「…………」

「悔いはねぇ。俺の士道は此処までだ──」

「バカ野郎が」

 吐き捨てるように、エヌラスは短く口にする。それを、鼻で笑った。

 京の都で死ぬべきだった。あのまま、果てるべきだったのだ。

 

「テメェは、大馬鹿野郎だ。ふざけんじゃねぇぞ……!」

「……エヌラス?」

 肩を震わせて、怒りに満ちた言葉を吐き出しているエヌラスに兼定が眉をひそめる。

 ──哭こうとしていたのだろう。それでも、涙を流すことはできないと堪えていた。

 

「人の心に土足で上がり込んで、居座っておきながらテメェはなに満足気に死のうとしてんだバカ野郎が! テメェはいいよな、そうやって悔いもなく後悔ひとつしないで死に場所選べて! 残される俺のことなんか気にも留めねぇんだろうよ! ふざけんなよ馬鹿が、ふざけんじゃねぇ──テメェは、俺が!」

 そこで、初めて。

 九十九兼定は自分が自惚れて、大きく履き違えていたことに気づいた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()──!!!」

「──────────」

「だから嫌だったんだ! だからテメェの顔は見たくなかったんだ! 俺の預かり知らないところで勝手に野垂れ死んでりゃそれでよかったんだよ! なのにテメェは戻ってきて、なに俺に斬られて満足そうに死のうとしてんだ! 腹を切ってつまらねぇ死に方でもしてりゃよかったんだ!」

 友達だと、言ってくれた。初めて自分の心を明かしてくれた。数え切れないくらいに傷ついた心の内を口にしてくれて、それが何故か無性に嬉しくて。同じくらい、申し訳なくなった。

 この男は、こんなにも弱かったのかと。それなのに、ずっと独りで傷を抱え込んで生きてきた。

 

「俺に、友達を殺させんじゃねぇ! もう二度と御免だ、()()()()()()()()()()()()()()()俺は此処まで来たのに、ああ、くそが! ちくしょう、テメェは──!!!」

 涙が溢れてくる。

 俺は、なんてことをさせてしまったのだろうと。

 この男の触れてほしくなかった傷に、触れてしまっていたのだ。

 己の在り方しか、見据えていなかった。

 まるで幼子に傷を負わせたような、そんな心地に胸が苦しくなる。

 最後の最期で、後悔した。

 

「……すまねぇな、ほんとうに」

「頭下げて済むくれぇなら、死ぬんじゃねぇよ!」

「めちゃくちゃ言ってくれんなぁ、ほんとよ……」

 それでも。

 どれだけ傷ついても、きっと。まっすぐ歩くのだろう。

 己の士道を阻んだのは、それだ。共に、見ていた未来が同じだったから。

 下げ緒を解いて、横から太刀を差し出す。

 

「──アンタの士道に、俺も付き合わせてくれないか。いけるとこまででいい」

「俺には士道も誠もねぇよ……、ただの外道だ。テメェと一緒にすんな」

「いいや。そんなことはない」

 隣にいたから、わかる。

 誰も傷つけないように、傷つかないように一人で全部背負って、抱え込もうとしていた。それに自分が寄りかかっていたから、迷惑だと突き放そうとしていたのだ。

 

「人の道を外れて、成すべき大業があるのなら……俺は、その外道の在り方を信じるさ。だから、だからよ。ぬえ──アンタはもっと、周りを頼れ。俺と違って、この時代で生きていけるだろ?」

「いつか手放す幸せに溺れるわけにはいかねぇんだよ。俺は弱いからな」

「この、強情者……」

 太刀を押しつけて、兼定は背中を合わせて体重を預けた。立っているのも難しくなって、より掛かる。月を見上げて鼻で笑っていた。

 

「…………なぁ、ぬえ」

「なんだ、兼定」

「アンタが泣いても、誰も笑ったりしねぇよ。助けてくれと、もっと声を張り上げろ。そうじゃねぇと、誰もアンタを助けてやれないんだから──」

「…………」

 背中によりかかる重さが。

 失われていく人の温もりに、エヌラスは自分の心を再び殺そうとした。

 傷の痛みに、心の息苦しさに嗚咽を漏らしそうになって。

 自分にそんな資格は何処にもないと歯を食い縛る。

 

「大きな、お世話だ……俺は、独りで十分だよ──」

「……よく言うぜ」

 兼定が呆れた吐息とともに鼻で笑い、目を閉じた。

 

「──楽しかったぜ、本当によ。アンタといると飽きねぇわ」

「……馬鹿野郎。俺もだっつうの」

 背中が、軽くなる。

 手にした太刀を見下ろして、不意に視界の端に落ちている割れた鉢金を見つけた。

 血染めの鉢金を拾って、視界が滲む。

 もう此処に、何処にも九十九兼定はいないのだと夜風が寂しく森林公園を吹き抜けていく。

 

 一人で呆然と立ち尽くして、顔を覆った。

 涙を流すのは、誰かに助けてほしいからではない。

 ただ自分の愚かさと未熟さが情けなくて仕方がなかった。

 どうして、共に在りたいと思った人ほど──この手で斬らねばならぬのか。

 それでも声を殺して、エヌラスは歯を食い縛って前を向く。

 何があろうと、成さねばならぬ事がある。

 例え、この先どれだけの苦難と困難が待ち受けていようとも。

 

「──テメェがそこまで言うなら、地獄まで付き合えよ。兼定」

 

 傍らには、手にした友がいる。それだけで、どんな傷にも耐えられる。

 背中を優しく押された気がしてエヌラスは歩き出した。

 斬らねばならぬ、敵が来る──それまでの間、少しだけ休もう。

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