【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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ハロー、ハッピーワールド!編:アビス★パラダイス♪
第七四幕 穏やかに過ぎる日常


 

 

 

 ──全国各地で発生した刀剣盗難事件は、静かに水面下で解決に導かれていた。情報統制ならびに規制でSNSやネットに情報が流れることなく、表面上はいつも通りのニュースが流れる。

 その内容がいつもより、少し物騒なだけ。盗まれた刀剣、数振りが近隣で見つかる。博物館に戻されて警備をこれまで以上に厳重にするなどの対策をする……などなど。

 そんな朝のニュースを横目で確認していた氷川紗夜は、氷川日菜と共に家を出る。

 なにも変わらない、いつもの朝。

 なにも変わらない、いつもの日常。

 なにも変わらない、いつもの学校。

 行事を目前に控えて沸き立つ生徒達。

 風紀委員として身だしなみのチェックも欠かさず、花咲川女子学園での時間はあっという間に過ぎ去っていく。

 気づけば昼休み、いつの間にか放課後。向かう先はギターの練習。

 そうしているうちに、一日が終わる。

 家に帰って、夕飯を食べて。お風呂に入って、予習して、宿題を済ませて、空いた時間にまたギターの練習。遅くならないうちに、就寝。

 なにも変わらない、いつもの一日……そのはずなのに、何故か。落ち着かなかった。

 

(……あれ?)

 そういえば、今日はあの人を見ていない気がする。

 それが、ふと胸に引っかかった。

 

 

 

 朝の商店街を歩く。

 こんな時間から開いているわけでもなく、閑散とした人通りの中をただのんびりと歩いていた。

 日本での生活は、正直な話まだ慣れたわけではない。それでもなんとか上手くやっている。

 特に目的があるわけでもなく、かといってコンビニに朝食を買いに来たわけでもなく。ただ散歩をしていた。

 ベンチに腰を下ろして、朝の公園で静かに時間を過ごす。

 何をするでもなく。何かをするでもなく。ただ、無為に過ぎ去っていく時間が経過する。

 和泉守兼定との決闘から、二日が経った。依然として邪神の襲来はなく、新月が過ぎている。

 きっと来るはずだ。次の邪神が。そのはずなのに──その気配も予兆もない。

 はて、と。

 エヌラスは青空を眺める。

 何もない時間、というのは退屈なもので。それをどうにかこうにか工夫して時間を潰す方法があるかと聞かれたら、とても難しい問題で。

 戦闘以外に興味がない。それ以外、どうでもいい。本当に、心底、どうでもいいことだ。

 

「…………」

 一体いつから、自分はこんなにもつまらないやつになったのだろう。きっと、最初から。

 “こう”と決めたら、止まらない。だから、目的がなければ何もない。今はただ、戦う以外に何もない。何も、する気が起きなかった。

 退屈だ、と思う。暇だ、とも思う。

 平和で、平穏で、何事もない日本の時間は、あんまりにも窮屈で。

 

「…………暇だ」

 ぼんやりと、そんな言葉が口から出てきていた。

 

「おはようございます」

 ──なので。突然、花園たえに顔を覗き込まれた瞬間に銃を取り出しかけたのは仕方ないことだと思う。

 エヌラスは一瞬の内に思考を切り替えて、喉まで出てきていた殺意を飲み込む。

 不思議そうな顔で首を傾げ、長い黒髪が顔をくすぐる。こそばゆい。

 

「──おはよう、ございます……?」

「朝、早いんですね」

「いや、お前。それより先に言うことないのか?」

「?」

 肩の力を抜いて、深く息を吐き出して交戦状態にまで切り替えそうになった思考と精神を持ち直すとエヌラスは再びたえに向き直る。

 ジャージ姿で、少しだけ顔を赤らめて息を切らしていた。ジョギングでもしていたのだろう。

 

「驚かせるなよ……」

「散歩ですか?」

「そうだよ。そっちは?」

「朝の運動です」

「そうか。お疲れ様」

「はい。お疲れさまです」

「…………あー。毎日やってるのか?」

「毎日欠かさず。エヌラスさんもですか?」

「いや、今日はたまたま。そういう気分だったんだ」

「朝の散歩がしたくなる気分……今日は天気もいいし、暖かいですよね」

「そうだな。日本はいつもこんな気温なのか」

「この時期はそうですね。これから暑くなっていきます」

「地獄かよ……」

「暑いの、嫌いなんですか?」

「……あんまり好きじゃない」

 確かに極限環境には慣れているが、猛暑というのは好き好んで身を置きたくない。日本の暑さがどれほどのものか知らないが。

 

「暑いから薄着になるのもな。あんまり好きな方じゃないんだ」

「そういえば、真っ黒なコート着込んでますよね。暑くないんですか?」

「ああ。あれは大抵の環境下なら特に問題ないからな」

「すごいですね。私も欲しいです」

「売ってないからな」

「どこで買ったんですか?」

「ハンドメイドだ。非売品」

「…………」

 たえが、目を丸くして驚いている。それにエヌラスが怪訝な顔を見せていた。

 

「なんだよ」

「意外過ぎて」

「意外過ぎるってどういうことだ」

「手先が器用なんですね」

「まぁな」

「あ、もうこんな時間。それじゃ私、帰りますね」

「気をつけてな」

「……? エヌラスさんも。失礼します」

 会釈して、すぐに走り去っていく後ろ姿を見送ってから青空を見上げる。

 ……どうにも、花園たえは慣れなかった。師匠と会話をしている気分になる。決定的な違いは、命の危機に晒されないことだが。

 

 公園からの帰り道。だいぶ時間が過ぎていたのか、制服を着た女子高生達と多くすれ違うようになっていた。

 気さくに挨拶をされるので、片手を挙げて挨拶を返すとそれだけで嬉しそうに駆けていくもので悪い気はしないが。それはそれとして、なぜこんなにも花咲川女子学園の生徒が声を掛けてくるのかエヌラスにはわからなかった。

 見覚えのある顔もチラホラと見かけて、その中のひとりが眉をつりあげてずんずんと距離を詰めてくる。氷川紗夜に他ならなかった。

 

「……おはようございます」

「……おはよう」

 つっけんどんな朝の挨拶から、頭のてっぺんから爪先までエヌラスのことをじろりと観察するなり、小さく頷く。

 

「失礼します」

「ああ」

 そして、すぐに頭を下げると素早く踵を返して学校へと向かった。なんだったんだ、という疑問に首を傾げながらもマンションへ戻る。

 

 ──正午過ぎ。

 『Circle』でのバイトを終えて、花咲川女子学園へ。

 非常勤講師、という形ではあるが実際のところは放課後になる時間に課外授業という形で設けられる。

 霊能学とかいう胡散臭さ全開、それどころか人生のクソの役にも立たず、かといって有用性の見当たらない拘束時間。そんなものを真面目に受けに来る暇人オブザ暇人の女子高生がいるはずもない。

 エヌラスは形だけは教師っぽくしておこうとシャツとスラックスズボンに着替えて花咲川女子学園の門をくぐる。時刻は昼休みど真ん中、昼食は予め自宅で済ませてきた。とはいってもコンビニ飯だが。可もなく不可もなくありふれた食事だ。

 

 姿を見るなり、駆け寄ってくる生徒もいれば元気に挨拶をしてくる生徒達。中には窓から身を乗り出して手を振ってくる生徒もいる。まるで芸能人でも来たような活気と盛り上がりにエヌラスは首を傾げていた。

 はて、俺がなにかしたか、と。顎に手を当てながら廊下を歩いていると、またもや氷川紗夜と白金燐子と遭遇。今日はよく会う日だな、と思いつつもエヌラスは挨拶を交わす。

 

「紗夜、それに燐子も一緒か」

「あ……エヌラスさん……」

「どうも。こんにちは」

 紗夜からの反応が今朝から冷たい気がする。それは置いといて。

 

「今日はなんか学校盛り上がってるみたいだが、なにかあったのか?」

「えっと……」

「ええ。現在進行形で、起きていますね」

「なにか起きてるのか?」

「ご自分の顔を鏡で見ればわかると思いますよ」

「鏡なんか持ってねぇぞ俺」

「…………」

 眉間にシワを寄せて困り果てた顔をする紗夜と、首を傾げるエヌラスを交互に見比べる燐子が言うべきか迷っていた。しかし、話題を変えようと口を開く。

 

「あの、今日は……宜しくおねがいします……」

「今日? ああ、霊能学の課外授業な。別に受けなくてもいい授業に顔出す物好きなんかいねーだろ。どうせ成績に響くわけでもないし、放課後の貴重な時間無駄にするやつもそうそういると思えないんだけどな」

「…………」

「…………」

「まー、それでも受けたい奴がいるなら止めないけどよ。それに、俺も先生ってガラじゃない」

「仮にも。教師の肩書きを名乗るのであれば、そのような発言は控えた方がいいかと」

「そういうもんか? そもそも授業の内容も考えてないしな。ま、適当になんとかする」

 部員も一人だけの天文部顧問。気楽なものだ。そんな無責任な態度が紗夜は不快なのか、眉をつりあげて睨むように見据える。

 

「私は……楽しみにしてました……」

「なら、ご期待に沿えるよう鋭意努力して考えておく。また後でな」

「はい」

 エヌラスのそっけない態度に、少しだけ落ちこみながら燐子は背中に向けて会釈していた。紗夜だけは変わらず睨みつけていたものの、職員室に消えてから深く吐息を漏らす。

 

「どこも怪我をしていないみたいで、安心しました」

「そうですね……氷川さんの話を聞いて、心配だったんですけれど……」

「あの人は目を離すとすぐに怪我をして困ります。それも、命に関わる大怪我ばかりで」

 気が気でない。今朝だってそうだ。姿を見ないと、何処で何をするかわからないだけに気が休まらない。

 どうしてそこまで気にかけなくてはならないのか。心配する身にもなってもらいたいものだ──とまで考えて、紗夜はその思考を振り払った。

 

「白金さんも霊能学の受講を?」

「は、はい……氷川さんも、ですよね……」

「……まぁ、一度くらいは教師としてちゃんと振る舞えるか見ておこうかと思ってます」

「ふふ……」

「な、なんですか。なにか、おかしなことを言いましたか?」

「あ……ご、ごめんなさい……違うんです。氷川さん、優しいですね……」

「それは……日菜の、命の恩人なので……少しくらいは……なのに、あの人と来たら──」

 こちらの厚意などまったく意に介していない。そもそも気づいているのかどうかすら怪しい。

 

「とにかく授業を受ければわかることです」

「そうですね……」

 何が面白いのか、燐子はまだ少しだけ微笑んでいた。

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