【完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第七六幕 みんなで、なかよく

 霊能学の授業を終えて、エヌラスは職員室に戻る。その途中でも生徒達に捕まって思うように辿り着けない。なんとか職員室へ到着した頃には倍以上の時間が経過していた。恐るべし女子高生パワー。

 ひとまず今日のところは自分の見立てが甘かったと反省。次回以降に活かすことにして、エヌラスは花咲川女子学園の教師達に挨拶をして学園を後にする。

 本日の予定、終了。あとは特に用事もないので、帰るだけだが……。

 

 校門の前で楽しそうに雑談をしている香澄とこころ達に、嫌な予感しかしなかった。よし、回れ右して裏門から出ていこう。そうと決まれば回れ右、紗夜がいた。前門の虎、後門の狼。

 

「学園を出るなら、あちらからお願いします。人が歩ける場所からどうぞ」

「なんか紗夜、今日俺に厳しくないか」

「いつもどおりだと思いますが? 気にしすぎです」

 うーむ、そうだろうか。俺なにかしたっけ? 頭を悩ませるエヌラスだったが、思い当たる節と言えば……、やめておこう。自分から地雷を踏みに行くのは。

 エヌラスの姿に気づくなり、大きく手を振る香澄。それに合わせてこころも笑顔で手を振っていた。恥ずかしいからやめなさい。人の名前を大声で呼ぶのは。気持ち早足で一団と合流する。

 

「エヌラスさん、これから暇ですか?」

「時間を持て余しているかどうかを聞いているのなら、個人的な用事は無い」

「回りくどい言い方をしないで一言でまとめてください」

「超、暇。なーんもすることない」

 言い方を考えろとでも言いたげに紗夜からの厳しい視線が背中に突き刺さっていた。学園でも生真面目で厳格な風紀委員として恐れられているらしい。

 

「……なぁ、紗夜っていつもそんな調子なのか。学校でも」

「それがどうかしましたか?」

「肩の力抜いて、少しは気を楽にしたらどうだ」

「これでも、ちゃんと休む時は休んでいるつもりですが? そういう貴方こそ、これから霊能学講師としてそんな調子では生徒達に示しがつきません」

「んじゃあお前。俺が普段から“あんな調子”で生活送ってたらどう思う」

「…………」

 相変わらずおっかねぇ、なんてことを有咲は思いながらも、それに怖気づかないエヌラスの物言いに眉を寄せていた。この二人、こんなに仲良かったのか、と。

 

「気が気じゃありませんね」

「だろ? だから今くらいは大目に見てくれ。これでもまだ引きずってるし、疲れてるんだ」

「なにかあったんですか?」

「まー……ちょっとな。気にすんな、おたえ」

「そういう風に言われると、ちょっと気になりますね」

「なにか困っていることでもあるのかしら?」

 そら見たことか、好奇心の塊のようなこころから早速無邪気な疑問符が投げられている。なんて言葉を濁そうか考えているエヌラスの視界に、羽丘女子学園の制服が目に入った。学園が近いということもあり、今井リサと湊友希那の二人が小さく手を挙げる。

 

「やっほー、紗夜ー!」

「今井さん。それに湊さんも。どうしたんですか?」

「んー、本当は燐子に用事があったんだけどさ。一緒じゃないんだ。生徒会?」

「図書室から借りていた本を返しに行ってますよ。もうそろそろ来る頃だと思います」

 香澄達とも親しげに挨拶をする中、エヌラスにも変わらぬ笑顔を見せていた。だが、ジッと顔を見つめてくることに眉をひそめる。

 

「なんだ、リサ」

「なんか久しぶりに顔を見た気がして。元気にしてる?」

「あんまり」

「そうなんだ。大変そうだもんねー、霊能学の教師だっけ? うちの方でも話題になってるよー、特に生徒会長さんが「なにそれずるい! うちでもやってもらう!」って言って聞かなくて」

 紗夜を盗み見ると、頭を悩ませていた。まぁ日菜ならそう言うであろう姿が想像に難くない。

 

「それで、今日が初授業だったんだっけ。どうだったの、紗夜?」

「なんでそこで私に振るんですか」

「え、受けてないの?」

「……今回だけ、受けましたけれど。まぁ、普通でしたよ」

 手厳しい評価をいただけたようで何より。エヌラスは小さく吐息を漏らす。しかし香澄達はそうではないようだ。

 

「私はとっても面白かったです! 特にエヌラスさんの質問タイムが」

「最初の十分くれぇじゃねぇか!」

「もちろんそれ以外も。あんまり覚えてませんけど!」

「身に入らねぇ授業で悪かったな」

「そうですね。とても意外な事も知ることができましたし、多少有意義であったかと」

 意地悪な笑みを浮かべて、紗夜がリサにこれ見よがしと視線を向ける。

 

「なになに、なんかあったの?」

「ええ。この人の、好きな食べ物について」

「へー。なんだろ? 意外と顔に似合わない物が好きだったりするんだよねぇ。ハンバーグとか」

「オムライスが好きだそうですよ。手作りの、卵が半熟でライス大盛りの」

「紗夜てめぇ……」

 案の定、笑われた。だが、コケにするような笑い方であるよりも、純粋に意外だったようで耳に心地よい笑い声をあげている。

 

「そうなんだー、へー。アタシも今度作ってみようかな」

「……リサ、料理得意なのか? お菓子だけじゃなくて」

「そーだけど、それがどうかした?」

「ふむ、そうか……いやな、実は。兼定のやつが買い込んだ食材、冷蔵庫に入れっぱなしなんだが生憎と俺が料理全くできなくてな。捨てちまおうかと考えたんだが、なんか作れないか?」

「材料見てみないと何とも言えないかな」

 その話に食いついたのは、これまた香澄。

 

「そーだ、それならこれからエヌラスさんのお家にお邪魔して御飯作ってあげようよ!」

「とっても素敵なアイディアだわ、香澄! 美咲も花音もはぐみも行きましょう!」

「えっ、あたし達も?」

「い、いいのかなぁ……?」

「薫も来てくれるかしら」

「いや、その前に大勢お邪魔してもいいのかな……エヌラス先生の家」

「先生はやめれ。そんなガラじゃない」

 別に来るのは全然構わない。特に見られて困るようなものも置いていなかった。

 ただ、問題は──。

 

 

 

 ……男一人暮らしの部屋に、女子高生が大挙して押し寄せるということだけだ。強いて言うならば世間体的なあれこれがやばい。しかし、エヌラスは素知らぬふりをすることにした。いちいち気にしていられるか、大体そんなものあってないようなものだ。言ってて悲しくなってくる。

 かくして。一時期は幽霊マンションと悪名高い一室にポピパ含め、十名近い女子高生が上がり込む結果となった。

 はぐみと沙綾は一度家に戻って肉とバゲットを持ち込み、リサ達もどんな食材があるかわからないためある程度の材料をスーパーで買い込んでいる。当然食費はエヌラス持ちだ。パスパレ護衛の件で押し付けられた収入と『Circle』からのバイト代もある。しかしそれでも懐は寂しいもので。

 そろそろ何かしら臨時収入がなければ割と辛いかもしれない。

 

「おじゃましまーすっ!」

 元気に部屋に入ってくる香澄達は室内を興味深そうに見渡していた。マンションの最上階の片隅で、街の見晴らしも良い。早速街を見渡して香澄が楽しそうな声を上げていた。ご近所迷惑なので控えるようにと有咲に怒られている。

 

「私、男の人の家にお邪魔するの初めて」

「私も……えっと、あの、いいんですか?」

「別に俺は気にしない。適当にくつろいでくれ」

 殺風景なもので、小物などの雑貨も特に配置していない。だがそれでも年頃の女の子は強いもので。コンビニなどで買ってきたお菓子など勝手に広げたり宿題を始めている。環境適応能力高すぎないだろうか。

 リサと沙綾、はぐみが既に台所に立って冷蔵庫を開けたりしていた。材料を確認している。

 

「何作ろっか?」

「やっぱり日持ちするのがいいんじゃない? 作り置きできるやつとかさ」

「じゃあ、カレーがいいと思う!」

「あ、いいね。じゃあカレー作ろっか」

「流石に炊飯器の使い方くらいはわかるだろうし、それで決定かな? パンとも相性いいし」

 家庭的なメンツが揃っていると下ごしらえからスムーズに準備が進んでいた。そうなると、自然と手持ち無沙汰になるのが何も出来ないエヌラスなわけで。

 あの後、燐子と薫とも合流した。テーブルを囲んでみんなで勉強会のようなことをしている。

 場所を譲りに譲ったエヌラスはベランダで街を見渡しながら話半分に声かけられて返事をしていた。今も街に異常がないか監視中だ。

 

「あ、あの……エヌラスさん……」

「ん? なんだ、燐子」

「魔術の勉強とかは……しないんですか?」

「身体に叩き込まれてるから特に必要としないな」

 文字通り。ノートを広げて思い出すようでは三流と鼻で笑われる。即時対応、最適解を導き出すための単純化が魔術師にとって求められる対応だ。ふと、エヌラスは自分がこの世界で想像されている魔術師からかけ離れているのではないかと思い立つ。

 燐子に、魔術師、という職業について尋ねてみる。思い浮かべたままでいい、と付け足して。

 

「えっと……様々な属性を扱うことに長けていて……杖を使って、魔法を使う人ですか……?」

「んー……ちょっと、いや、結構違うな……」

「よかったら、教えてくれませんか……?」

 今なら、まぁいいだろう。たえやこころ達もいるが、特に問題ないはずだ。

 そうなると、はて。どこから話したらいいものやら。台所では今も沙綾とリサとはぐみが仲良く笑い合いながら料理中だ。

 

「まず、燐子。魔術師にとって重要なのは何だと思う?」

「えっと……魔術の知識、ですか?」

「体力だ」

 目を丸くして驚いている。だが、事実だ。まず、何事にも体力が資本となる。そのため、まずはそのための身体作りから入る。集中力の維持、体勢の維持、魔術構成術式の維持、何事にも体力がついて回る。魔導書をいくら制覇しようともそれに伴う体力がなければ話にならない。

 

「あくまでも。魔術師は職業だ。それに伴う体力が必要になる。だからまずは体力づくりと平行して知識の研鑽と修練が最優先事項、俺がそうだった。半日殺されかけて、座学。睡眠を挟んで、そこからまた半日死に目に合って、座学。身につくまで繰り返す」

「そ、そんなに大変なんでしょうか……?」

「キッツイぞー。特に俺の師匠は」

 一番弟子だったが、後にも先にもいないだろう。あんなトレーニング、他の誰がついていけるというのか。いや、妹だけは片手間にこなしていたがアイツは別枠。

 

「勉学だけで身につく魔術なんてたかが知れてる。それこそ、爆発的な火力だけの代物だ。それさえ乗り切ればいくらでも方法はある。継続的に魔術を行使してくる相手が怖いんだよ」

「そういうものなんですか……?」

「俺の師匠は蹴りのひとつで街の一つ消し飛ばすし、何なら指一つで俺を半殺しにする」

 実体験、経験談。そんなものに四六時中晒されていれば嫌でも生存本能だけが際立つ。一月裸で雪山に放り出されても生き延びるくらいには。冗談抜きで死ぬかと思ったが、なんなら殺してやろうかとも殺意を研ぎ澄ませていたものの結局一度も敵いはしなかった。

 

「そもそも、なんでそういうイメージが定着してるんだ」

「えっと、ゲームの方で……?」

「俺の知ってる魔術師なんて大概化物なんだけどな……」

(私達からしても、相当だと思いますけれど……)

 それ以上の相手がいるのだろうか? そんなことを燐子は考えながらも、目の前にいるエヌラスが魔術師であるということを一瞬忘れかけていた。

 

「じゃあ、魔術師になるための資格とか……あるんでしょうか……?」

「地元の方じゃそういうのは特になかったな。名乗るのは勝手だが、身に降りかかる災難は自己責任で。それが出来ないやつはそもそも名乗れない」

「どうして……ですか?」

「生き残れないからだ。自分の力量見誤って魔導書を手にした挙げ句に自滅していくのが大半」

 ほどほどの知識を身に着けて自衛に努めるのが賢い生き方だ。それに燐子も息を呑んでいる。

 

「エヌラスさんは……?」

「思いつく限り、最低最悪にして地上最強の魔導師管轄で修行させられたからな。信じられんかもしれんが、国王だったし俺も次期国王候補だった」

「…………」

「遠い昔の話だけどな。そのせいで俺も散々殺されかけたっけなー、あー思い出したくねぇ……」

 昔のことを思い出して黄昏るエヌラスの言葉に、燐子が疑問符を浮かべる。

 まるで、遠い過去に思いを馳せているような口ぶり。外見年齢は二十代前半か半ば程度だというのに、それが歳月を感じさせる。

 

「……あの、エヌラスさん。いつから修行、してたんですか……?」

「え? いつからって、そりゃあ──」

 はたと、そこでエヌラスが思い直す。

 

「……悪い、ちょっと覚えてねぇわ。なにせ生き残るのに必死だったからな」

「え~っと。横で話を聞いている限り、なんか私達とはだいぶ生きてきた世界が違う気が……」

「そりゃあそうだ。日本は平和が過ぎる」

(海外の方だとやっぱ治安の悪いところはそうなのかな……)

 美咲が少しだけ警戒を強めつつも、宿題に意識を集中させた。 

 

「そういえば、エヌラスさん。今度の文化祭のこと、なにか聞いていましたか……?」

「…………文化祭って、なんだ?」

 ──エヌラスの言葉に、沈黙が降りる。弦巻こころの特例で教職員に就いているものの、そもそも学校というものとは無縁だった。学校行事については全くの無知である。それに紗夜も思わずシャーペンの芯を折っていた。


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