【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第七七幕 弦巻こころの抱擁

 エヌラスに文化祭について、全員で説明する。それでもいまいちよく理解はしていないのか、曖昧な返事をされた。

 

「……統括すると、学校で毎年開催されるお祭りってことでいいのか? 一般開放もされる、と」

「大体そういう感じです!」

「なるほど……でも俺非常勤講師だしあんま関係ないな。どんなことをするんだ?」

 香澄達は昨年カフェを開いたらしい。その後は体育館でライブをした、とも。その時の思い出に浸っている横で、黙々と譜面とにらめっこしている友希那は我関せずといった様子。

 

「あ、あの……一応、エヌラスさんも警備員という形で協力してくれませんか……?」

「なにぶん、女子校ですので。どんな不測の事態が起きても対応できる方が限られます」

「無銭飲食と引ったくりと暴力沙汰の制圧なら任せろ、超慣れてる」

「制圧!?」

 警察なんか生温い、なんなら五体満足で帰れると思うなよ。腕の一本や足の一本くらいあらぬ方向に曲げて拘束してやる。なんなら二本でも三本でも。しかし、そこまでは求められていないらしく、穏便に片付けるようにと諭された。

 

「いつも、思いますけれど……エヌラスさん、時々枷が外れたように暴力的になりますよね」

「なんていうかなー、俺はそっちのが素なんだ。それに、今は色々あってな……」

 あの馬鹿のせいで。という言葉に、誰のことなのか知るのは紗夜だけだ。

 

「多忙ですもんね。ライブハウスに非常勤講師にオカルトハンターにと」

「パスパレの護衛もあったしな。日本に来てからは色々と貴重な体験させてもらってる」

「ちゃんと休めてますか?」

「正直、微妙なところだ」

 慣れない仕事に、待ったなしの怪異退治。家に帰ってきても特にすることもない。

 生活感らしいものがあると言えば台所くらいで、リビングにはカーテンも取り付けていない。隣の洋室には弦巻家から贈呈された生活用品が一通り揃えられているが、ベッドに至っては使用した痕跡すらなかった。

 ちゃんと此処で生活しているのかどうかすら少々怪しい。

 

「オカルトハンターのお仕事。最近なにかありましたか?」

「あった。すげぇしんどかったのが。片付いたのも二日前の話だ」

「そうなんですね。てっきり休業中かと」

「年中無休のタダ働き中だ。それに、俺の仕事内容を知ってる方がどうかしてる」

 どれだけ命懸けになろうと、それに見合う報酬など誰からも支払われることがない。

 紗夜だけは知っている。今、こうして自分達が日常生活を送ることが何よりの報酬だと。

 金銭の問題ではないのは理解しているつもりだが、それでもやはり胸のどこかで納得がいかなかった。

 

「別に金が欲しくてやってるわけじゃないし、勝手にやってることだから別にいいんだけどよ」

「……あなたがよくても、知っている人からすれば良くないと思いますけど?」

「知ってる奴がどうかしてんだよ。金で解決できる問題ならたかが知れてる」

 それは、少なくともエヌラスにとってだが。しごく普通の。人間としての生活を送ってきた香澄達に、その思考は共感できるものではない。

 ──生真面目が過ぎるのかもしれないが、特に紗夜にとっては理解に苦しむ。正当な仕事に、正当な評価がされて、真っ当に報酬が支払われるべきだ。

 こころが立ち上がり、エヌラスに歩み寄る。

 

「エヌラス、ちょっとかがんでもらえないかしら?」

「ん? こうか?」

「ええ。ありがとう」

 屈み込んで目線の高さを合わせると、頭に手が置かれた。そのまま髪を撫でられる。

 

「……なにしてるの、こころ?」

「あら、美咲。見ての通りよ? エヌラスを褒めてあげてるの。頭をナデナデされると、とっても嬉しいじゃない? あたしは嬉しいわよ」

「まぁ、そうかもしんないけどさ」

 嫌じゃないだろうか? 美咲が冷や冷やしながら様子を覗くと、満更でもない様子だった。

 

「エヌラスの髪、とっても不思議な手触りだわ」

「そりゃ、どうも」

「撫でられるのは嫌だったかしら……?」

「いや。別に」

「でも全然笑ってくれないわ」

 不思議そうに首を傾げるこころに言われて、エヌラスもふと思い出す。そういえば、此処に来てからというものずっと笑っていない気がする。愛想笑いくらいのものだ。

 心の均衡を保つ。平静を保つ自衛の術もやり過ぎると、感情が消えてしまう。傷つくことはないが、その代わりに傷が癒えることもない。その期間が、少し長すぎたかもしれない。

 

「どうしたらいいの?」

「それを俺に聞かれてもな……頭を撫でられる機会なんて早々ないから、嬉しいというか、恥ずかしい気持ちが半々くらいだ」

「じゃあこれならどうかしら」

「は、ぶっ!?」

 何をする気かと考える暇も与えずにこころは腕を広げてエヌラスの頭を抱きしめる。そのまま頭を撫でていた。

 

「わぁ!? こころ、なにしてるの!?」

「? ぎゅーってしてるのよ?」

「こ、こころちゃん……大胆なことするね……」

 紗夜が固まってシャーペンを落としている。風紀が乱れるどうこう以前に、目の前で起きていることを把握するのに時間を要していた。

 こころの胸に頭を埋める形になって、エヌラスは戸惑いながらも心地よさに抗えずにいる。制服越しに伝わってくる体温と、爽やかさの中に甘さを感じさせる香りは不快感とは無縁なもので、心地よかった。だが、それはそれ。これはこれ。

 非常に抵抗があったが、誘惑を振り切ってこころを引き離すとエヌラスは深呼吸をひとつ。優しさに溺れるわけにはいかない。

 

「──いやだった?」

「そんなことはない。が、心臓に悪いから今後は控えてくれ。嬉しくないわけじゃないんだ」

「そうなの?」

「ああ。だけど、どうしても……そのー、まぁなんだ……時と場所を考えてくれ……」

「ふふ、相変わらずこころはとても儚いことをするね」

「ちょっとお黙りやがれください、薫」

 こころに悪気は一切ない。純粋に、ただ頑張っているエヌラスを褒めてあげようと。喜ばせてあげようという健気な一心からの抱擁だ。

 香澄達も驚いている。キッチンで料理中の沙綾達も照れ笑いをしていた。友希那だけは曲のフレーズを確認している。

 

「いやー、あはは……なんか見せつけられてる気分になっちゃうなぁ」

「アタシ達こんなに頑張ってカレー作ってあげてるのにねー」

「いいなー、こころん。はぐみもやってあげようかな」

 笑い合いながらも着々と料理の手は休めない。

 半ば勉強会のような状態で、唐突に思い出したように香澄が手を挙げた。

 

「はい! エヌラスさん!」

「突然どうした香澄」

「質問タイムの時に聞けなかったことなんですけれどいいですか!」

「別にいいが。なんだ?」

「星の鼓動って聞いたことありますか?」

「あー、気にしないでいいですよ。いつものキラキラドキドキの話なんで」

「有咲ひどい!」

 どうせ聞き流してくれるだろうと思っていた有咲だったが、エヌラスは「あるぞ」と短く返答していた。それを聞き流しそうになって、思わず聞き返してしまう。

 

「……は?」

「俺からすると、香澄が聞いた方が驚きなんだけどな……種類は違うが」

「種類があるんですか!?」

「星が生まれる時と、消える時の二種類。俺はもっぱら、消える時の方だな。香澄がどっちを聞いたのかは分からんが、よく聞こえたな、それ」

「はい! 昔、一度聞いただけなんですけれど。バンドを始めたのも、これだって思って!」

「もっと正確に言うなら、俺の場合は星を消し飛ばす方だけどな」

 …………。

 

「冗談だ、そこは笑うところだぞ」

「えー!?」

 どっからどこまで冗談だったのかいまいちわからない。有咲達も胸を撫で下ろしていた。流石に香澄のようにキラキラドキドキを真に受けて星の鼓動が云々を本気にしたわけではないだろう。いい大人の教師が、いや霊能学とかいうちょっとアレな科目だけど。

 

「驚かせんなっつーの……」

「そりゃ悪かった。ほら、宿題に戻れー有咲」

「はいはい」

 適当に返事しながら、有咲が宿題に取り掛かる。

 

「初めて星の鼓動聞いたことある人と出会えたと思ったのに……」

「どんまい、香澄。きっと何処かにいるよ」

「元気出して、香澄ちゃん」

「ありがとう、おたえ、りみりん。よーし、宿題がんばろー!」

「そこ、間違えてるよ?」

「あとこっちも答え違うからな、香澄」

「えー!?」

 

 

 

 リサが作ってくれた鍋いっぱいのカレーに、はぐみの手作りハンバーグと、沙綾のバゲットと豪勢な夕飯を折角だからと全員で囲む。

 すっかり日が暮れて夜が近づいてきていた。それにエヌラスは地平線の彼方、茜色の境界線を眺めている。

 いつもと少しだけ違う外の気配に目を細めていた。

 満月の夜に来るとばかり思っていたが、それはあくまでも“道”が一番通りやすい時だ。

 和気あいあいと心から楽しそうにはしゃぐ香澄達を横目で見つめてから、視線を外す。

 ──恐らく、今夜。どちらかが来るだろうとエヌラスは睨んでいた。

 あまりに短い休暇であったが、十分過ぎる。あとは、さてどう出るか。

 邪神を相手にするのならば、こちらも相応の装備と準備が必要になる。それを許してくれるような良心は期待していないが、せめて此処を戦場にするのだけは避けたい。

 

「はい、友希那。熱いから気をつけてねー」

「ありがとう、リサ」

「……今井さんのカレー、とっても美味しいです……。あこちゃんにも、食べさせてあげたかったな……」

「じゃあ、今度の休みにでも『Roselia』でディナーショーとかやってみる?」

「それは楽しみですが、ちゃんと練習も忘れずに」

 話を横で聞いていた香澄とこころが早速身を乗り出した。

 

「それ、とっても面白そう! ポピパもやろう!」

「いいわね、ハロハピでもやりましょう!」

「相変わらずロケットスタートだな……」

「着火してから発進までほとんどゼロ秒ですもんね……」

「お前らの行動力すげーわ、見習いてーよ」

 有咲も美咲も苦労をにじませるため息をつく。エヌラスはカレーを口に運ぼうとして、右手の感覚が鈍いことに気づいた。スプーンを置いてから、腰を上げる。

 

「悪い、先に食っててくれ」

「どちらに?」

「すぐ戻る」

 シガレットケースを取り出して煙草を咥えながら玄関に向かう。

 

 廊下でドラッグシガーを一服しながら、エヌラスは右手の感覚を確かめていた。七星剣から兼定まで、随分と魔力を消耗した。身体も完治とまではいかないが、だいぶ調子を取り戻している。右腕だけは相変わらず思い出したように不調を訴えてくるが。

 欠点であり、弱点でもあるが何もそれだけではない。魔術回路と神経を半々で繋ぎ合わせているためか、魔術の起動から発動までのラグがない。威力も他より一味違う。

 

(……今度はどんな奴が相手なんだか)

 邪神を相手にするための道具も揃えてある。しかし、相応の被害をもたらすことは確実だ。

 それに──その装備は、邪神を倒すためではなく好敵手(せんゆう)達を殺すためだけに用意したもの。できることならば使いたくはない。

 ティオとティアに使わなかったのは、当たらないからだ。無闇矢鱈と被害を広げるくらいならば魔術師なりに対応しようと鋭意努力した結果が、あの計算地獄。もう二度とやりたくない。

 悲しいかな、常識の範疇が通用する邪神など存在しないことだ。超常の域で、この世の法則性を無視して君臨するからこその怪異。

 また、紗夜は怒るだろうか。また、彩を泣かせたりするかもしれない。だから今度は、そんなことにならないように頑張ろう──そんな顔はできれば、二度と見たくない。

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