【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第七八幕 今井リサと面影

 

 離席したエヌラスに聞こえないように香澄達は声のボリュームを下げて、カレーを食べながら思い思いの食事をしつつ雑談に興じていた。

 大挙してお邪魔した上に、こうして夕飯までご馳走になっている。というか場所だけ借りている状態だ。それが当人からの提案とはいえ、流石に迷惑ではなかっただろうか? 菓子にジュースも買い込んで持ち込んでいるが、そのどれにもエヌラスは手をつけていなかった。ただ一歩引いた場所から事の経緯を見守っているだけで。

 

「ねぇねぇ紗夜、最近なんか変わったことあった?」

「いいえ、特には」

「日菜はそうでもないみたいなんだけどねー。ほら、ハナジョの方で霊能学の授業始まったから」

「その話はしたばかりですよ、今井さん」

「いやー、それがさー。続きがあるんだよね」

「……続き?」

「うん。あの人のことをあの手この手でどうにか羽丘の方に教師として呼び込めないか考えてるみたいだよ、生徒会で」

 それは初耳だ。しかも生徒会で取り組んでいるとなると……目に浮かぶのは右往左往して慌ただしいつぐみの姿である。

 

「それでさ、天文部の顧問なんだっけ?」

「はい。元々、急遽設営された天文部でしたので……」

 それでも一年もの間、顧問不在で活動していたのだからとんでもないことだ。こころは首を傾げている。

 

「なーんか、そこからアプローチしようとしてるみたいだよ?」

 日菜いわく──「そうだ、ハナジョと天文部合同活動を繰り返してうちの方でも打ち解けてもらって、そこから課外授業で霊能学講師を担当してもらおー!」とのこと。既に水面下で計画進行中のようだが、教師陣からノーサインの一点張り。その理由は前科持ちだからである。早朝の学園の敷地内のベンチで堂々と爆睡していたらそれもそうなるのは当然の話。

 羽丘生徒達の噂によれば、ライブハウスのアルバイト。羽丘の生徒複数名と交際中。とにかく黒い噂の絶えない要注意人物……とのこと。そもそも花咲川女子学園で雇用されたのもこころの一言があったからだ。そうでもなければ今頃は警察に突き出されている。拘束したところで無意味だろうけれども。

 

「日菜には私から言っておきます。羽沢さんにも後で謝っておかないと……」

「そうした方がいいよー。割と本気みたいでさー」

「ふふ。彼のことは羽丘女子学園でも広く認識されているようだからね。儚さとは無縁に思えて、彼を求める花はひと味違った儚さで満ちているよ」

 薫の話の通り、ほとんどが日菜によるアピール。少々麻弥によるアピールも含めて、羽丘女子学園ではアイドルのボディーガードとしての実力が全面的に押し出されている。そこから頼りになる用心棒、という扱いだ。リサも友希那もあこも、一度は命を救われている手前否定しづらい。

 テーブルに所狭しとおしくらまんじゅうの料理に箸を伸ばしつつも、ジュースで流し込む。

 

「あの人、向こうでも人気なんだ」

「で、でも……顔はちょっと怖いけど、カッコいいよね……?」

「あの刀傷がなければね……」

 服の下はもっと酷いことになっていたが。

 

「顔の傷くらいかわいいものですよ、奥沢さん」

「そうなんですか?」

「なんでそれを紗夜が知ってるの?」

「え?」

「え? だって、そうでしょ? 顔の傷くらい、ってことは、そこ以外も……」

 一拍の間を置いて、紗夜の顔が耳まで赤くなっていく。

 

「ちがっ、別に、そういう意味ではなくて、ですねっ!? そ、そもそもそんな風紀が乱れるような関係でもありませんっ! なにを言い出すんですか今井さん!」

「なんでそこまで焦るかなー……」

(氷川さん、エヌラスさんのことになると……ちょっと面白いかも……)

「リサ。このカレー、美味しいわ。また今度作ってもらえないかしら」

「オッケー、友希那」

 マイペースを貫く友希那によって、なんとか話題を逸らそうとする紗夜。

 そんな『Roselia』の様子を横目に見ていた香澄が、床に照明の光を反射するものを見つけた。

 

「あれ? なにか落ちてる」

「え、どこ?」

「さーやのちょっと後ろ。ソファのカーペットの横辺り」

「ホントだ。なんだろこれ? よいしょ」

 手を伸ばして拾い上げた沙綾が眉を寄せてから、固まる。

 テーブルの上に置かれたのは、一発の弾丸。指の先ほどの大きさもある、ずんぐりとした鉛玉。銀一色に塗装されて、金属質の光沢で輝いている。雷管周りに、弾丸の横に何か文字が刻み込まれているがよく読めなかった。

 沈黙が降りる。変な緊張感も流れていた。

 

「…………これ、銃の弾だよね?」

「え、本物? インテリアとか、アンティークとかじゃないの? ほら、男の人ってこういうの棚の上に置いてたりするし、ドラマとかで!」

「う、うん。退役軍人役の人とか、写真立ての横とかに置いてたりするもんね」

「りみりんのそれはちょっと違う気がするけど、そういうことだったりするんじゃない!? あ、あはははは」

「そうだよねぇ、本物なわけないよねー!」

「でも、弾があるなら銃もあるよね。どこにあるんだろ」

「おたえ、ステイ。変に探し回るな、物色すんな!」

 好奇心で部屋の中を見渡すたえを有咲が押さえ込む。

 

「なんで?」

「なんでじゃねーよ普通に考えてやべーだろうが! 銃刀法違反ってレベルじゃねーぞ! っていうかどうやって持ち込んでどうやって滞在してんのかもわかんねーし!」

 これには紗夜先輩も流石に激怒する、かと思っていたが予想に反して額に指を当てていた。

 その騒ぎを聞いてか、エヌラスが玄関から戻ってくると慌ただしく香澄達が背を正すものの、銃弾がテーブルから落ちる。

 

「なんだ、さっきから騒いで」

「い、いやぁ~。カレー美味しいな~って! ね!」

「そ、そうなんだよ! 香澄がさー」

「エヌラスさん。銃の弾、落ちてましたよ」

「おたえ!?」

「ああ、この間整備した時に落としたやつだな。ありがとよ」

 しかも平然と受け取っていた。

 

「銃。持ってるんですか?」

「そりゃあな」

「危なくないですか?」

「たかが道具だ。持ち主が管理してれば問題ない」

「今持ってるんですか」

「当たり前だろ……なに言ってんだ」

「……本物?」

「実弾ぶっ放す実銃のワンオフモデル」

「すごいですね」

「どういたしまして」

 カレーを食べ始めるエヌラスをじっと見つめて、たえが有咲に向き直る。

 

「銃、持ってるって」

「いや横で聞いてたよ! 丸聞こえだったし改めて報告することじゃねーし! そもそもなんで持ってるか聞けよ!」

「? 有咲が聞いたら?」

「んもー!」

「なんで持ってるって、そりゃ狩猟用だからだよ……何いってんだ。猟師が銃使うのと同じだ」

「だってさ」

 オカルトハンターの仕事道具にしても、物騒過ぎる。しかし、燐子はそれでも弾丸に刻まれていた見慣れない文字が気になるのか小さく尋ねた。

 

「あの、弾丸の文字……なんですか?」

「んー? 呪文」

「魔術文字……?」

「そうだが」

「属性付与、とかされてたり……」

「するなぁ。物によっては。これ以外にあと()()持ってるし」

「そうなんですね」

(うちの生徒会長すげー、銃持ってる相手と普通に会話してるし。なんかちょっと弾んでるし。っていうか怖くねぇのかな……)

 すっかり尻込みしてしまった有咲と違い、燐子はむしろ弾丸に付与されている魔術に対する好奇心の方が強いようだ。

 

「あの、他の弾を見せてもらっても……いいでしょうか……?」

「……何だったら銃見せた方が早い気がするが」

「いいんですか……?」

「俺もカレー食うのに集中したいし」

 そっち優先かよ、とは有咲の胸中のツッコミ。

 スプーンを咥えたまま。テーブルの上で手を伸ばす。虚空を掴むように、緩やかに五指を広げていた。口をもごもごと、物を咥えたまま唱える不作法ながら、名を呼ばれた二挺拳銃が起動する。その甲、エヌラスの右手と左手で赤と白の魔術刻印が淡く輝いた。

 右手には燃えるような赤い自動式拳銃。左手には凍りつくような白い回転式拳銃が握られる。それぞれをテーブルの空いた場所に置いて、さらに後ろ腰から取り出すのはレイジング・ブルマキシカスタム。ただでさえ料理で狭いテーブルからスペースを確保するためにエヌラスは自分の皿を持ち上げていた。

 それぞれの弾丸を一発ずつ、隣に並べておく。

 

「リサ、おかわりいいか?」

「はいはーい。大盛りでいいの?」

「頼むわ」

「いやー、それにしてもこんなに持ってるなんて思わなかったんだけど……」

「意外と驚かないんだな」

 燐子が冷静で、さらに紗夜も涼しい顔で食事を続けているのを見ていると実は大したことではないんじゃないか? というのがリサの中で大きい。よくわからないけど、なんかそういう魔術なんだろう。

 興味津々といった様子で燐子が手を伸ばして銃を指でつついている。

 

「引き金にはロック掛けてあるから、好きに触ってていいぞ。俺カレー食ってるから」

「いや、どんだけカレー食いたいんですか!?」

「そんなん言ったら、普段から使ってないってだけで他にも山ほど武器持ってるからな俺」

「戦争でもする気ですか……」

「してきた」

「…………冗談、ですよねぇ?」

「はははじょーだんじょーだん」

「エヌラスさん、ジョークのセンスが黒すぎてちょっと笑えないんですけど……」

 燐子が早速赤い自動式拳銃を手で持ってみる。如何せん、重い。見た目以上に。想像以上に。ハンドガンであるよりも、もはや大砲を手にしたかのような重量感に持ち上げることを断念した。ならば、白い方はどうだろう。こちらは、見た目よりも遥かに軽かった。それでも両手で持つのが精一杯だったが。

 握っていると、冷気が漂う。

 

「……氷、ですか?」

「風」

「あ……そうなんですね……じゃあ、こっちは炎……?」

「そっちは正解。おめでとう」

「は、はい。ありがとうございます……」

 ここぞとばかりに乗り気の燐子に押されて、香澄達も銃を観察し始めていた。確かに、見慣れない物体だから恐怖心がある。とはいえ、銃は銃。引き金に指を掛けなければ沈黙する鉄の塊。

 

「この、白い拳銃……なんだか、冷たいですね。氷みたいで……この彫刻も」

「こっちはなんだかあったかいわ。これなら寒くてもへっちゃらね!」

「うわ、すっごく重い……ちょっと持ってるだけで精一杯かな……」

「みーくんすごーい!」

「あーむり限界……よいせ」

 赤い自動式拳銃を持ち上げた美咲が、すぐに降ろした。

 

「み、美咲ちゃん大丈夫……?」

「なんとか……っていうかこんな重い銃どうやって持ち歩いてるんですか……」

「魔術」

「一言で納得してもらおうという努力がありありと見えますけど無理ありますからねー」

「……超自然的現象?」

「あーはい霊能力ってことにしときます!」

 この人、魔術の二文字で押し通す気満々だ。美咲は早くもそれで納得することにした。自分に言い聞かせるようにして。

 

「でも、これどうやって弾を込めるんですか?」

「言われてみれば、確かに」

「もぐもぐ……」

 バゲットにカレーを付けて口に咥えたままエヌラスは実演してみせる。

 無造作に取り出したスピードローダーをテーブルに置いてから、それぞれの銃を片手で持ち上げた。息を吸い込み、思考と身体機能を切り換える。

 スイングアウトから排莢、装填まで僅かコンマ秒。一秒かからずに両手の銃に弾丸を込めて再びテーブルに置く。

 それから、排莢された弾丸が床に散らばった。カランカランと、小気味良い音を立てて薬莢がフローリングを転がる。

 

「……みえた?」

「ううん、なにも」

「何したかぜんっぜんわかんねぇ……」

「もぎゅもぎゅ……」

「コロッケ食いながら眉を寄せられてもこっちもどう反応したらいいのかわっかんねぇ!」

 あまりの早業に、何が起きたかすら把握しきれていない。床に弾丸が落ちているということは、リロードしたのだろう。空っぽになったスピードローダーが置かれているので、そういうことになるのだが──まったく見えなかった。

 それができるようになるまで、どれほどの練習を積み重ねたのか。研鑽と修練の繰り返し、それは楽器の練習と同じで。

 

「すごい早業ですね。驚きました。どれほど練習したんですか?」

「いちいち数えていられるかアホらしい。出来るようになるまでやった」

「例の師匠さんの教えで?」

「いや、こっちは自前。俺の師匠、銃嫌いだし。使ってるのももっぱら弓だったしな。そのくせ弾丸よりはえーし、早撃ちで勝てた試しがねぇ」

 無手の状態から、魔術の起動から発射までの速度勝負。銃を取り出した直後に手元から弾かれて「あと三秒縮めろバカ弟子、寿命縮めるぞ」とはよく言われたもので。こちらが先に撃ったと思えば、弾丸を相殺した挙げ句第二射で確実に仕留めてくる。そこらの機械より恐ろしい正確さと冷徹さに何度撃ち抜かれたことか思い出したくない。

 

「魔術の修行で、早撃ち……? 杖とか、使わないんですか……?」

「杖も刀も銃も弓も全部一緒。魔力の指向性を持たせる形なら何でも良い」

「……スプーンでも、ですか?」

「実演してみせるとこういう感じだ」

 手にしていたスプーンを揺らして、エヌラスは魔力を通す。指の腹に直立させて、固定する。そのまま指を動かしても、まるで接着されているかのように微動だにしなかった。そのまま、くるりと指の間を回転させていくと、左手に移動させて同じようにピタリと止める。

 

「魔術使うまでもないけどな、この程度。あ、やべカレーなくなった」

「あはは、沢山食べるねー。やっぱ男の人って動くからかな? おかわりは?」

「まだあるか? なら頼む」

「はーい。山盛りでいいの?」

「美味い飯は幾らでも食うぞ」

「そう言ってもらえると作り甲斐あるなー。ちなみに、今まで食べてきたカレーの中で何番目?」

「三番目」

「むしろ一位と二位が気になるんですけど……」

「聞いて驚け、ほぼ僅差で両方吸血鬼だ」

「むしろ知り合いに吸血鬼とかいるほうが驚きなんですけど!?」

「顔が広いのね」

 それを一言で済ませていい問題なのだろうか。湊友希那は一貫してマイペースを保っている。

 余談だが──二位の吸血姫が気まぐれで作ったカレーはただ一度しか口にしたことがない。一位の吸血鬼が本気になって対抗心を燃やして作ったカレーを食べてなければ独壇場だったりする。なんでアイツ、カレーだけは作るのやたら上手いんだ。

 そんなことを考えながらも、リサの手作りカレーをかれこれ五杯目。エヌラスは黙々と食べていた。本当に、驚くくらい美味しい。市販のカレールウを使ったとはいえ、それだけではない。リサ流のアレンジが舌に合っているということか。

 

「リサは本当に料理上手いな」

「よく家庭的って言われるんだよねー」

「そうですね。面倒見も良いですし」

「私達『Roselia』にいなくてはならない存在よ」

「それに……気配りも上手で……本当に、助かってます……」

「やだなーもー、褒めてもクッキーくらいしか用意できないよー?」

 そんな照れ隠しをする姿に──遠くに置いてきた、顔馴染みの顔が重なる。

 

「…………ああ、道理で」

「? どうかした?」

「いや別になんでも? それよりほれ、いつまでも銃に夢中になってるとテーブルの料理、俺が全部食っちまうぞー」

「あれ!? なんか気づいたら半分以上なくなってるんですけど!?」

「嘘、私まだほとんど食ってないのに! エヌラスさんどれだけ食べてるんですか!」

「悪いな沙綾。半分以上俺が食った」

「すごい、まるで胃袋がブラックホールみたい」

 たえが素直に感心しながらもはぐみ特製ハンバーグをかれこれ三つほどちゃっかり食べていた。

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