【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

81 / 264
第七九幕 朝の野良猫とたえとつぐみ

 

 

 

 ──おおよそ、つまらない邪神であった。

 他の誰もがそう思っている。

 何をするでもなく、何か目的があるわけでもなく、ただただ在るだけの邪神であった。

 そうなるべくして“鍛造”された器物は、人の姿を持っても在り方を変えようとはせずに、つまらないままの存在として邪神達と肩を並べていた。

 お前は、つまらないやつ。

 君はつまらないやつだ。

 置いていかれても追いかけることはせず、声を掛けられても返すことはなく。ただ、抜け殻のように存在していた。生きているのかもわからないほど、長い時を。

 ただの道具である彼を、扱おうとするものはこれまでいなかった。しかし、それに目を付けたのは同様に孤独であった邪神の一柱。

 死神だった。他の何者にも興味を示さず、他の何者も頼ることのなかった孤独な邪神。

 殺したいやつがいる、と。殺すべき者がいる。力を貸せ、と助力を乞われた。

 彼は拒否権を持たず、だが同時に拒絶する理由もなかったため、力を貸すことにした。ただ願われるままに助力する。

 言われたままに動いた。一切口を開かずに、口も聞かずに命令に従う。道具としての在り方としてこれほど正しいものはない。

 消えた二柱の存在に、死神は憤っていた。

 先走り、生き急ぎ、死に急いでいた。だから真っ先に消滅した。それを嘆くことはしなかったものの、せめて何か有用な情報のひとつ残して消えればいいものを──死神はそう言っていたが、彼にはその言葉の意味が理解できなかった。

 彼にくだされた命令は、端的に言ってしまえば敵情視察。どれほどの戦力を有しているかの情報入手だった。そのため、自分の力を分けた。余計なものも混じったようだが、些細なことだ。

 その結果として、どれほどの魔力と身体能力なのかがある程度把握できた。大勢の眷属を失ったものの、こちらに損害らしいものは皆無である。

 美しいと。綺麗だと、ただひと目見たときからその刃を称賛した。自らのように歪んだ三日月状の刃ではなく、真っ直ぐに反り返った白銀の煌めきに、しかし彼はそれだけで。

 次は、どうすればいいだろう。何をしたらいいのだろう。

 死神が必要としたのは、戦力の消耗だった。無尽蔵の魔力燃焼機関を持つ怪物を相手にするために、下準備は怠らなかった。

 なぜ殺そうとしているのか。どうして殺さなければならないのか彼には一切興味はなかったが、そう願うのならば、それに従う。

 ならば、どうしたらいいだろう。自分が扱えるものは、そう多くない。

 死神が答える。

 先に往け──すぐに追うと。その言葉の意味を捉えるのに時間を必要としてから、彼は頷いた。

 この宇宙を汚染するつもりなのだろう。

 あれを殺すためだけに、宇宙一つ滅ぼしても意に介さない。それに釣り合う価値の有無ではなく死神として。

 ただ滅ぼす。そこに他の理由はない。ただ殺すためだけに全てを滅ぼす。その在り方は、あれとどう違うのだろう。彼にはその違いは分からなかったし、どうでもよかった。

 ただ望まれるなら、ただ願われるなら、そのために自分の力を振るう。

 彼に渡されたのは、死神からの贈り物。

 人間の言葉で言うところの、アーティファクト。ロストテクノロジー、あるいはオーパーツ。

 恐らく、何百、何千、何万年と昔から、気まぐれで交流していた種族なのだろう。その宇宙を垣間見て、ちょっとした悪戯のつもりで小石を投げるような気軽さで。

 だがその全てを殺戮せしめるだけの死神が、降り立とうとしている理由は唯一つ。

 死神である自分以外に、邪神を殺し続けてきた存在を殺すためだけに。

 

 

 

 ──彼は、“路”を通って宇宙から青い星へ降り立つ。

 限りなく人に近い姿と、人としての力を有したまま。身体が崩れかけていたが、彼にはそれが身体機能が低下しているというだけだった。

 自分の存在を感知されることはないだろう。今は、ただ。限りなく人間に近い状態だ。

 ただ、同時に──死神から渡されたオーパーツを紛失してしまった。

 さて、どうするか……彼は考えて、それから些細なことだと処理する。

 海を漂うこと、数日。

 船乗り達に騒がれながら回収されて、よくわからない言葉でしきりに声をかけられるが、彼は一言も発さなかったし、一言も返さなかった。生きているのかも死んでいるのかもわからないほど、彼は動かなかった。

 ただ、静かに自分の機能が回復するまでの間、沈黙する。稼働停止したまま、どれほどの時間を要するかまでは分からなかった。だが、死神が来るまでの間は機能回復に専念する。

 彼の傍らには、常に看護師がいたし、見舞いに来る人もいた。船乗りの家族と思わしき人達に囲まれても、彼は一言も発さなかった。名前を尋ねられて、口が聞けないならと紙とペンを手渡されるが、文字を書くことが身体機能の回復を阻害する行為と判断して沈黙を貫く。

 大いに嘆かれることの意味がわからず、だが理解しようとも思わず、考えることすらせずに彼はただ、包帯だらけの身体を柔らかいベッドに横たえていた。

 このまま、ずっとこの殺菌された白い部屋に監禁されたままなのだろうか、と彼はぼんやりと考える。死神がくるまでの間、何か行動をする気もなかった。来たところで、何もする気もなく、存在すら忘れ去られてしまうような消極的な彼であったが、身寄りもなく見舞いに来るのは船乗りの家族だけ。身を案じる人がいない、身元もわからない彼を引き取る話が進んでいた。

 車椅子に乗せられて、病院を離れて船乗りの家に温かく迎えられて。だが、それでも彼は一向に反応を示すことはなくただ穏やかに時が過ぎていく。

 

 

 

 それは、日本で新聞の片隅に辛うじて載る程度のものだった。

 海を漂流していた子供が保護される、という。身元不明の少年は順調に快復し、一家に引き取られた──というだけの記事。それにエヌラスは寝ぼけた頭で読み流して、新聞紙をベンチに広げて置いた。それから少しして、茂みから顔馴染みの野良猫が顔を覗かせる。

 周囲を警戒しながらゆっくりと近づいてきて、エヌラスが広げていた新聞紙の上に座り込むと顔を見上げて無愛想な鳴き声ひとつ。

 

「よぉ」

 ぶなーお。

 目付きの悪い野良猫は低い声で返事をした。ポケットから煮干しの小袋を取り出すと、膝に前足を乗せてくる。早くよこせと催促してくるが、エヌラスは封を開けて一尾を目の前でちらつかせていた。

 夕べは、それなりに充実した時間を過ごせた。あまりにカレーが美味かったもので、なにか口を滑らせたような気がするがよく覚えていない。まぁ大したことではないだろう。

 

 野良猫と戯れつつも、本日も早朝から街の散歩。最近は陽の光がキツくなってきたのでサングラスを着用することが増えた。だが、日本の夏はこんなものではないらしい。いよいよ地獄と化すのかこの国。できれば夏になる前に避暑しにどこか遠い国に行きたい。南極とか北極とか。寒い方がまだマシだ。

 煮干しを咥えた野良猫がガツガツと咀嚼する横で、自分も食べ始める。

 

「おはようございます」

「……おひゃよう」

「朝食ですか?」

「そこまで貧相に見えるかおたえてめぇこんにゃろう」

「猫ちゃんのおやつ、奪っちゃダメですよ」

 相変わらず、たえは読めない子だ。新聞紙の上で煮干しを食べていた野良猫はすぐに離れて逃げていく。エヌラスも読み終えた新聞を丸めてゴミ箱に捨てた。

 

「新聞、読むんですね」

「まぁな」

「サングラス似合ってますよ」

「ありがとよ」

「…………」

「……おたえもジャージ似合ってるぞ」

「…………えっちな意味で?」

「おまえ寝ぼけてるのか?」

「起きてますよ?」

 微妙に、話が、噛み合っていない。エヌラスは頭を抱えた。この意思疎通が困難なところは本当に師匠そっくりだ。

 

「今日も霊能学の授業あるんですか?」

「予定ではな。受けるのか?」

「特に用事もないので、今日も」

「そうか」

「エヌラスさん。今日の放課後、時間ありますか?」

「授業の後ならな。どうした」

「昨日、あの後の帰り道で香澄が練習にエヌラスさんを誘おうと意気込んでたので。もしよかったらポピパの練習を見てもらないかと思って」

「それは構わないが、どこでやるんだ?」

「有咲の家です」

「……ライブの練習だよな?」

「? そうですけれど」

「有咲の家、なにやってるところなんだ」

「質屋ですけど」

「質屋とライブ練習が俺の中で繋がらねぇんだけど!?」

 ライブの練習をするということは、五人揃って楽器を弾くわけで。そうなると音響設備やそういった環境が整っていないといけない。それが一通り出来ている質屋って何屋さん? むしろどんな家なんだ市ヶ谷さん家。エヌラスの中で膨らむ疑問に、たえはしかし公園の時計を見て身体を伸ばし始めた。

 

「じゃあ、私は先を急いでるので。また学校で」

「ああ、怪我しないようにな」

「はい。転ばないようにします」

 小さく会釈して走り去るたえの背中を見送ってから、エヌラスは煮干しをかじりながらベンチから立ち上がる。

 海外で何が起きていようと、今は後回しだ。

 そこまで考えて、ふと──なぜ自分が日本に居座っているのかを考え直す。

 そもそも、此処に来たのはティオとティアの二柱がいたからだ。それがいなくなったというのにどうして日本にいることにこだわっているのか。地球上を飛び回っていたほうがまだ得られる情報は多いはずだ。海外の怪異を狩り尽くしたこともあるが、それもまたすぐに息を吹き返すことだろう。今も何処かでそういったオカルト話は絶えない。

 目撃情報多数、だが解決したという話はあくまでも水面下で行われている。しかし、いずれはそれも隠し切れなくなるだろう。

 もし、自分が表沙汰にでもなれば人類共通の脅威として広く認識されることになる。笑い話で済ませている香澄達とは一緒にいられない。

 

「…………」

 日本に滞在する理由がなかった。考えれば考えるほどに、日本にこだわる理由が自分の中に見当たらない。

 今井リサに助けて貰ったから? 氷川姉妹が心配だから? アルバイトがあるから? ──そのどれもが、自分の中で決定打にならない。

 いっそこのまま国外にでも出ていってしまおうか、と考える。だがそうしたところで手がかりが得られるわけでもなく。消去法で、特に動く理由が見当たらないからだと自分の中でつまらない結論となった。

 交流を深めるわけでもないが、もう少しくらいそばで先生の振りくらいしてもいいだろう。

 ぼんやり考えながら歩くエヌラスが商店街に差し掛かり、突然出てきた女子高生と曲がり角でぶつかりそうになる。何か考え事でもしていたのか、メモ帳を落として転びそうになる相手の手を掴んで引き寄せた。なんとか踏みとどまった相手も目を丸くしている。

 

「っと。大丈夫か?」

「は、はひ!? あの、えっと、ごめんなさい!」

「いや、そこまで驚かなくても……ほら、メモ帳落としてるぞ」

「す、すいません……ありがとうございます……」

「そんな怯えなくてもいいだろ……ちょっと傷つくぞ……」

「──あ、もしかして。エヌラスさん、ですか?」

「今更気づいたのか。えーと、確か……つぐみ?」

 小さく頷くと、何度も頭を下げてきた。そこまでかしこまらなくてもいいだろうに。

 

「ごめんなさい、てっきり怖い人にぶつかったかと思っちゃって」

「そっかーごめんなー顔が怖い人で。ほんとになーごめんなー? だって日本の日差しキツイんだよ、こっから夏場に掛けて更に気温上がるとか信じられねぇもん」

「あれ。エヌラスさん、日本に滞在するの初めてなんですか? 日本語上手だから、てっきり慣れているのかと……」

「一定の場所にこれだけ長く留まるのは、あんまりないな。今まで長くても一週間程度だったし」

「日本以外だと、どんなところに?」

「あー……港町と山? あと草原と荒野と」

(基本的に大自然の中で野宿とかしてたのかな……)

 各地を放浪してきた旅人なんだろう。つぐみはそう思うことにした。

 

「でも、日菜先輩が言っていた通り。見た目の割に話しやすい人って言うのは本当だったんですね──ってああ、すいません、すいません、ごめんなさい! そういう意味で言ったつもりは全然ないんです! 落ち込まないでください!」

 よし、サングラスやめよう。そしてできるだけこちらから声を掛けるのも止めておこう。

 エヌラスは密かに心の中で固く誓った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。