【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第八十幕 授業の邪魔する蜂は鋳潰されてゴミ箱行き

 

 午前中は『Circle』の開店準備を手伝い、お昼時はオープンカフェの接客。それらが落ち着いたら花咲川女子学園に向かい、霊能学の授業の準備。その間もオカルトハンターとしての業務は忘れない。

 早めに到着した花咲川女子学園の中庭で、自販機で購入した牛乳パックにストローを刺して飲んでいると野良猫が塀の上からこちらの様子を窺っていた。毛並みの良いロシアンブルーは、以前紗夜達の窮地を救った猫だ。それ以外にもキジトラ猫を引き連れている。

 周囲を警戒しながらも他の生徒達がいないことを確認すると塀の上から飛び降りてエヌラスの座っているベンチに向かって駆け寄ってきた。

 街中の猫を使ってオカルトの気配を探っているが、本日も異常なし。強いて言うなら暑くなってきたので換毛期が近づいてきた、という世間話(お猫様にとって)。

 霊感が強い生き物というのは危機管理能力が総じて高い。君子危うきに近寄らず、無害なものとそうでないものを嗅ぎ分ける力が野生の動物は鋭い。そのため、街に土地勘があると同時に縄張りを各所に持つ野良猫という生き物はエヌラスにとって心強い協力者だった。

 

「……猫将軍、ねぇ」

 つぶやきながら「はよ撫でろ」と言わんばかりに頭を押し付けてくる野良猫の顎を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らしながら気持ちよさそうに頭を預けてくるのをよそに、エヌラスが考えるのは猫の国を治めているという猫の長のこと。一種の異界のようなもので、夢のような国らしい。

 場所も境界も曖昧で定かではない猫の気まぐれで漂い、人知れず悪夢と戦っている国──それが猫の国と呼ばれる場所。大魔導師ですら立ち寄る時がある上に、古くからの知人(当然、猫だが)がいるらしい。

 それが、猫将軍。何処からでも繋がることができる異界には立ち入るための条件が数多く存在する。そのうちのひとつに、猫将軍の許可があった。顔を合わせることすら叶わない相手からどう許可を貰えというのか。

 

 パックの中身を飲み干して、エヌラスは見向きもせずにゴミ箱に向けて投げる。放物線を描いて小さなカゴに吸い込まれるように入った。それを偶然見ていた彩達が驚いている。

 耳をピクリと動かしたかと思った次の瞬間に、猫たちは一目散に学園から逃げ出していた。うーむ、逃げ足が早い。速すぎる、すでに茂みに身を隠してそこから敷地の外へ出ていった。

 

「あ、エヌラス先生だ」

「本当だ。せんせー!」

「なんか先生っていう実感がないので普通に呼んでくれ。なんかちょっと恥ずかしい」

 生徒達に呼ばれて、軽く手を振り返すと嬉しそうにしながら渡り廊下を走り去っていく。

 サボっている生徒がいないか一応見回りもしてみる。まぁいるはずがない、そりゃそうだ。みんな真面目に学業に打ち込んでいるようでなにより、うんうん。

 

「……で? なんでお前は俺の後ろについてきているんだ、弦巻こころさん」

「?」

 廊下を歩くエヌラスの背後。見回りをしていたらいつのまにかこころが着いてきていた。今は授業中のはずだ。間違いない、他の生徒たちはみんな席に座って授業を受けている。おかしいな。止めろよ先生。なに放置してんだ、投げ出していいのは明日の課題とやる気だけでいいんだぞ。

 さも当然のごとく、自分に投げられた疑問の意味を理解していないのか小首を傾げている。

 

「今、授業中だろ」

「先生にはちゃんと許可を貰ったわよ?」

「そーっかー、回れ右」

 華麗にターン。スカートを翻しながら綺麗に一回転。

 

「ちがう、そうじゃない」

「?」

「授業に戻れ」

「どうして?」

「どうしてって、そりゃ学業が本分だろう。学生なんだから。だからちゃんと先生の言うことを聞いてだな」

「でも、その先生からは許可を貰ってるわよ?」

「そっかーそれさっきも聞いたなー」

 このままでは話が堂々巡りで埒が明かない。

 

「こころ。なんで授業抜け出したんだ?」

「エヌラスが歩いているのが見えたからよ?」

「俺、見回り中。学園の巡回しているんだ。サボっている生徒がいないかとか、何か起きていないかとか」

「一人でパトロール中なのね」

「そうなんだよ」

「でも一人じゃ大変そうね。そうだわ、あたしも」

「お手伝いは結構でーす、はい回れ右して授業に戻れー?」

 華麗に二回転。お見事、二十点満点。だからそうじゃない。

 

「おサボりするような悪い子はこうだ」

 もうダメだ、口で言って聞くような子じゃない。こうなれば実力行使。エヌラスはこころの手を引いて教室まで戻る。

 

「はい失礼しまーす。弦巻さんが脱走してたので連れ戻してきましたー。こころ、席に戻れ」

 こころと手を繋いでいる姿を見て、授業をしていた教師は今にも腰を抜かしそうなほど驚いていたし、まさか連れ戻してくるとは欠片も思わなかったようだ。そもそも授業中に脱走を許すな。

 着席させると、じっと自分の掌を見つめていた。それからエヌラスの顔を見上げて、目を白黒させている。

 

「なんだ、どうした」

「エヌラスの手、とっても大きいのね。それに傷だらけだったわ」

「……お前が小さいだけだ。いい子だからちゃんと授業受けるように」

「そんなにオカルトハンターのお仕事って大変なの?」

「死ぬような目に遭うほど大変なお仕事なのでこれ以上厄介事を増やさないように大人しくしていてください、わかりましたからこころちゃん?」

「はーい」

「よろしい。いい子だ」

 腕を組んでひとりで頷くエヌラスだが、天井を仰ぐ。こんちくしょう、なんで俺がこんなに振り回されなきゃならないんだ。

 黒板をひと目見て、教師に詰め寄らんばかりに近づく。教科書を覗き込んでから、エヌラスはチョークを手にして途中まで計算された数式の続きを書き始めて最後まで計算を終える。さらに余っている場所も教科書の範囲から書き出すと、半ばヤケクソ気味にチョークを置いた。

 

「こっから、ここまでっ! テスト範囲!!! 以上、お邪魔しましたこんちきしょう!」

 静寂に包まれる教室。数学担当の教師は黒板を埋める数式を見て、答え合わせを行う。

 自分がやろうとしていた授業内容が全部先取りされてしまった。残った時間をどうするか途方に暮れる教師をよそにして、りみと沙綾を含めた生徒達は間の抜けた顔をしている。

 

 

 

 二度目の霊能学授業──エヌラスは足取り重く、空き教室へ足を運んでいた。というのも、なぜかは知らないが先日よりも人数が増えている。どういうことだ課外授業だぞ、成績に一切関与しない時間の無駄を極めた拘束時間だぞ。それを好き好んで受けたいとか君等あれか、束縛されたいとかそういうちょっと危ない願望持ってたりしないか、いつまでも若くないんだぞ女子高生。青春の一ページを危ない先生の危ない授業で潰したりなんかしないでちゃんと青春しなさい。

 

「なんで増えてんだよおはようございますこんちくしょう二度目の霊能学の時間だおらぁ!!!」

 もはや自暴自棄である。立ち見席どころか椅子を譲り合って座り込んでいる生徒までいた。

 しかもみんな何故か楽しみに待っていたようで笑顔である。

 

「先に質問ある生徒がいたら答えてやるから、聞きたいことがある人は手を──」

 ほぼ全員が一斉に挙手。

 

「──手を挙げろと言いたかったが予想外に多いので本日の質問タイムは却下ぁ!! 授業になるかこんなん! 後回しだ!」

 ブーイングの嵐も無視して授業開始。霊能力から始まり、超自然的存在に関する講義。

 まっとうな授業をする気が全く無いので、本日も宿題を促しつつフランクな口調で進めていく。時たま冗談を言いながら。

 肩に力を入れずに受けられる授業を心がけて話しつつ、真面目に受けているやつなんていねーよなー、なんて教室に目を向ければ予想以上に全員ノートに向かっている。

 

「なんか俺が予想していた以上にみんな真面目で驚いてる」

 少なくとも環境は整っているだろう。地元は地獄以外のなんでも無いが。

 エヌラスが黒板に向き直って再びチョークで白い軌跡を描き始めてから数分──。

 換気のために開けていた窓から入り込んできた虫を見ていた生徒の一人が悲鳴を挙げた。

 

「キャーッ、蜂! 蜂が!」

「え、嘘!? やだ、ちょっと早くなんとかして!」

 騒ぎ始める生徒達に、エヌラスは口を閉ざして授業を進める。

 巨大な蜂に騒ぐ生徒達に、しかしキリの良いところまで筆を進めてから首だけで振り返った。

 あてもなく右往左往する蜂が燐子に接近しようとした瞬間──エヌラスは尖らせていたチョークを手首のスナップを効かせた最小限の動きによる狙撃で蜂を撃墜する。

 哀れ、横から回避する暇も与えられずに身体を後ろの黒板に叩きつけられた蜂は、第二射で二本目を取り出したエヌラスの狙撃によって頭部を的確に潰される。

 

「──授業の邪魔だ」

 小さく、冷たく言い放たれた言葉に静まり返る教室。その中を横切って、頭を失った蜂を掌に乗せると確実に仕留めると言わんばかりに手で叩き潰した。随分と大きな蜂だと思いながらも、死骸をゴミ箱に払い落とす──それがスズメバチであることをエヌラスは知らなかったが。

 

「さーて続きやるぞー、席に戻れー。あと窓は閉めておけー? また入ってきたら今度は巣ごと叩き潰してやる」

「あの、エヌラスさん。害虫駆除の経験とかあるんですか……?」

「意思疎通出来ない分一方的に駆除できるんだから、害虫駆除って楽だよな……」

(なにか嫌な思い出でもあるのかな……)

 本日もちゃっかり参加していた紗夜が少しだけエヌラスのことを見直していた。なんだかんだ言いながらも、ちゃんと先生らしいことをしている。

 

「チョークで撃ち落とすとかマジかよ……」

「エヌラスさん、今のすごかったですね! なにかコツとかあるんですか?」

「対象に向けて持ちうる限りの殺意と敵意と憎しみとちょっとした練習で出来るようになるが知りたいか、香澄」

「なんかそれはあんまり知りたくないです!」

「素直でよろしい! 今のアクシデントもあったことだしな、一旦休憩。はい質問ターイム、先着順! スタート!」

 教壇に戻ってから、エヌラスが一拍。一瞬の間を置いてから生徒達が我先にと手を挙げる。それに全て順番通りに答えてから、授業が終わった。

 次の霊能学は文化祭の準備などがあるので、そちらが終わってからになる。それを残念がる生徒達が多くいたが、果たしてそれは喜ばしいことなのか。

 

 

 

 霊能学の受講を終えた生徒達が楽しそうに下校していく。その中にはこころもはぐみも花音もいた。美咲はアルバイトがあるので先に帰ってしまったが、それでも今日起きた出来事はきちんと共有しようと決めている。香澄達もこれから帰るところだったが、エヌラスにポピパの練習を見てもらおうと校門で待っていた。

 

「エヌラスの手って、とっても大きいのに傷だらけで、優しかったわ。オカルトハンターって大変なのね。あんなに痛そうな手、初めて見たわ」

「そうなんだ。やっぱり大人のひとって忙しいのかな」

「昨日だって、あんまり楽しそうじゃなかったもの」

「そ、そうだったかなぁ……皆と御飯、美味しかったけれど……?」

「うーん、どうしたらエヌラスのことを笑顔にさせられるかしら? はぐみも花音も一緒に考えましょ。そうだわ、ミッシェルなら何か知ってるかもしれないわ!」

(美咲ちゃん、大変だろうなぁ……)

「香澄ー、ちょうどよかったわ!」

 ポピパも問答無用で巻き込まれていく。それに香澄がゴーサインを出すものだからもうどうにも止まらない。

 被害者にして一番頼りになりそうなブレーキ役のエヌラスは既に盛り上がっている一団から逃げ出したい一心だった。

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