【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第八一幕 市ヶ谷有咲のお蔵絶叫

 

「香澄、エヌラスはどうしたら笑顔になるかしら?」

 本人を目の前にしながら、こころはさも当たり前といった疑問を口にする。沙綾とりみ、有咲と花音が当人の顔を見ると、空を仰いでいた。今日もいい天気である。

 

「キラキラドキドキさせればいいと思う!」

「わかったわ、キラキラドキドキね! どんなことをしたらいいの?」

「ライブしよ! これから有咲の家で私達も練習するし」

「それはいいアイディアだわ!」

 止めなくていいのか、という視線にエヌラスは遠くを見ていた。こう空が遠いと旅にでも出たくなる。

 

「っていうか止めなくていいのかよ。そもそもうちの蔵にこの人数はちょっと狭いっつーの」

「ハーレム、嬉しくないんですか?」

「嬉しいというような表情より、すごい複雑な顔してるんだけど……」

「俺はむしろ、今すぐにでも逃げ出さない忍耐力を褒めてもらいたい」

「え、えっと……さすが、ですね?」

「ありがとうな、りみ。めっちゃ傷に沁みる……」

「えぇ……」

「大体、女に囲まれるのは昔から慣れてる。なんでか知らんが」

 何故か、交友関係の大半が女性だ。不思議なことに。そのせいで女性に囲まれる環境には慣れていた。振り回されるのは納得いかないし、今だにそこだけは慣れていないが。

 エヌラスの言葉に、なぜか「あー……」と沙綾だけは納得したような声をこぼしていた。

 

「まぁ、モテそうですし」

「顔は悪いですけど」

「勘違いされそうだから翻訳すると、顔が怖いって意味ですからね」

「んー、そうか? 俺の師匠は顔だけはムカつくぐらい良いからな」

「よくお師匠さんの話ししますけど、写真とかないんですか?」

「写真なぁ……」

 仕事で撮影するのはいい。だが、自分の趣味で撮るのはしたことがなかった。

 その一瞬一瞬の輝きを一枚に閉じ込めるのは、どうにも気が引ける。もう二度と手に入れられないものだから。瞬く間に消えるからこそ儚く美しい思い出を永遠に残す──そんな感性は、少なくともエヌラスにはなかった。それは、自分があまりにも長く戦いに生き過ぎたからかもしれない。

 自分と違い、沙綾達は普通の人間だ。百年どころか、この先その半分も生きていられるかも解らない。本当に瞬く間に過ぎ去っていく人生の中で、自分という価値がどこにあるだろう。

 

「撮られるのは別にいいんだが、撮るのはあまり好みじゃないな。思い出は胸の中にしまっておきたいし、わざわざ手に取りたくもない」

「……えいっ」

 たえが早速スマホを取り出してエヌラスを撮影する。写真を見て、小さく頷いていた。

 

「うん、いい感じに撮れた」

「どれどれ? あ、ホントだ」

 気になって花音とはぐみも覗き込んでみる。

 

「悪い顔してるね!」

「は、はぐみちゃん……はっきり言ってあげたら可哀想だよ……」

「サングラスとマスクでも付けてろと?」

「それは都市伝説になるから止めたほうがいいかと」

 常識的に考えて、そんな相手と関わり合いになりたくない。

 ポピパのトークルームに添付される、エヌラスの写真。たえからの送信に香澄が振り返った。

 

「あー、おたえずるい! 私もいいですか!」

「なんでそんなに撮りたがるんだ? 別にいいけどよ」

「はぐみもー!」

「あの、あの……ふええ……私も、いいですか……?」

「ちょっとした撮影会になっちゃいましたね」

「有名人でもなんでもねぇんだぞ、俺……」

 花咲川と羽丘ではそうでもないのだが、本人は知らない。それどころか知らぬが仏。

 全員で撮って、映るのは仏頂面のエヌラス。誰もそれ以外の顔を撮れなかった。

 

「エヌラスさん、ちょっとくらい笑ってくださいよ!」

「絶対に嫌だ」

「どうしてですか」

「笑えと言われて誰が笑うか」

「天の邪鬼……」

「なんか言ったか、有咲」

「なんでもないでーす」

 市ヶ谷宅に向かう道を歩きながら、エヌラスが思い出したように有咲に尋ねる。

 

「そうだ、有咲。たえから聞いたんだが、お前の家って質屋なんだよな」

「まぁ、そうですけど」

「質屋で、ライブの練習ってどういうことなんだ?」

「あー……」

 

 

 

 ──つまりは、こういうこと。

 香澄達と共に到着した有咲の家。和風のお屋敷。そこから少し離れた位置に蔵があった。

 質屋「流星堂」の中を覗き込むと、雑貨があちこちに並べられている。上の階に通じる階段があったが、屈み込んだ香澄が床板を開けた。地下へと繋がる階段を、なぜか香澄が「どうだ!」と言わんばかりに見せる。しかし、エヌラスの興味は流星堂に並べられている数々の商品。

 どれもこれも古く、一見しても価値が解らない品々。中には楽器も並んでいたりするが、そちらにも興味は示さず、眺めるのは骨董品の方だった。

 壺やら巻物やら。どこから運び出されてきたのか、武者鎧まである。

 その眼が真剣なもので、ついつい香澄達も押し黙っていた。

 

「…………」

 エヌラスとにらめっこをしているのは、赤い武者鎧。少し傷のある、古ぼけた甲冑。年代物なのはともかくとして、エヌラスにとってこの形は記憶に新しい。

 シシオウや、付喪神達と戦って痛感したのは日本妖怪に対する侮りが過ぎたこと。予想以上に力をつけている。この先、怪異と戦うことがあれば相応の装備で臨まなければならないだろう。特に邪神相手には呪法兵装の解除も視野に入れておく。

 

「なにか気になるものでもありましたか?」

「……いやー、この日本甲冑。いいもんだなと思って」

「高いですけど」

「つい最近殺し合いした奴が着込んでてなー。いやぁ手強かった、あっはっは」

「…………」

「…………」

「冗談だぞ?」

「笑えねぇ……」

 嘘か本当か判断に困る冗談に有咲が目を逸らしながら呟いていた。ふと、蔵の中を見渡して人数が減っていることにエヌラスが気づく。

 

「こころ達はどうした?」

「薫さんとミッシェルを迎えに行きました。あとから来るそうです」

「台風みてぇだなアイツら……」

 来る前からの騒がしさと去ってからの静寂がまさにそれ。いまはさしずめ、台風の目といったところか。第二波に備えよう。

 しかし、魔術師としての検眼からするとこの武者鎧はよろしくない。少なからず憑いている。

 

「有咲。助言するなら、この武者鎧は早めに手放すかお祓いしといたほうがいい」

「なんでですか?」

「多分そのうち勝手に動き出す」

「うぇ……!? マジすか……」

「エヌラスさんなら、なんとかできないですか?」

「物理的除霊と称してぶっ壊していいなら」

「ダメに決まってんだろうが、売り物なん──ですから」

「踏みとどまって訂正したつもりなんだろうけれども完全に手遅れ感否めないぞ、有咲」

「じゃ、じゃあどうしたらいいんですか」

「そうだなー……」

 エヌラスが視界を切り換える。魔術師としてのフィルターを通して見れば、かすかにだが怨霊のようなものが憑いて見えた。

 

「ま、なんとかなる」

「……ほんとかよ」

「で、練習ってどこでやるんだ?」

「あっち。香澄のとこ──っていねぇし!」

 地下へ続く階段が開けっ放しにされており、そこに香澄の姿はない。先に一人で下に降りたのだろうか、沙綾達が続く。エヌラスは最後に入ることにした。

 

「有咲遅い! なにしてたの?」

「武者鎧鑑定してた、先生が」

「だから先生って言うのやめれ。なんかガラじゃないし恥ずかしい」

「……せーんせっ」

「俺をからかう時に全力出すの本気で辞めろ、たえ」

「怒られちゃった……しょぼん」

 地下にはポピパの楽器が一挙に揃っており、普段の練習はこちらで行っているらしい。エヌラスがその中を見渡し、しきりに頷いていた。

 

「いいな、地下。落ち着く」

(あれ、なんか初めて見る顔……)

 肩の荷を降ろしたような、いつもよりリラックスしたようなゆるい表情を見せる顔を見て沙綾がスマホを向ける。だが、シャッターを切るより先にカメラを手で塞がれてしまった。

 

「あちゃー、バレてたか……」

「エヌラスさんも気に入ってくれたみたいでよかったね、有咲!」

「全然よろしくねぇ。何を根拠によかったって思うんだよ」

「えっ、ダメだった? そんなぁー」

「…………」

「ど、どうしたのおたえちゃん? 考え事?」

 どうせまたなんか変なこと考えてるんだろう、と有咲は考える。

 

「うん、ちょっと」

「どうしたの?」

「男の人、密室に連れ込んでよかったのかなって」

 …………。

 ………………。

 ────えらいこっちゃ。一大事なのでは?

 

 そんなことを言われては、変に意識してしまう。だが、そんな香澄達の反応を素知らぬ顔でエヌラスはソファーに腰を下ろして天井を見上げるとリラックスした様子で深く息を吐き出していた。

 

「あー、やっぱいいな地下。頭の上に天井があるっての、落ち着くわ。こう、屋内とは違った窮屈感がたまらない」

 多分この人、そんなこと欠片も気にしてない。というかこちらをそういう対象として見てない。それはそれでちょっと腹が立つ乙女心の複雑さ。

 有咲が気持ちを切り替えて、深呼吸をひとつ──すると、自分達の匂いに交じって嗅ぎ慣れない香水のような匂いに鼻を鳴らした。

 

「?」

「有咲、どうしたの?」

「なんか、ちょっといい匂いした……」

「フレグランス変えたとか?」

「私付けてないよ? オッちゃん達嫌がるから」

「私も。パン屋だからねー」

「沙綾はいつもいい匂いするよね」

「うん。美味しそうな匂い」

「きゃー、りみに食べられるー。なんちゃって」

 となれば、その匂いが誰から漂っているのかは明白。「あー」とか「うー」とか言いながら天井を仰いでリラックスしているエヌラスからだ。そんなにも落ち着く空間なのだろうか。

 

「エヌラスさん、香水とか付けてます?」

「え? 香水? 付けてねーけど? 鼻が鈍るし。……あー、もしかすると煙草かもしれん。家出る前に一本だけ吸ったから」

「最近は電子タバコとか増えてますし、そういうフレーバーなのかな?」

「電子、タバコ……? ドラッグとかじゃなくて?」

「え?」

「え?」

 何か大きな勘違いをされているような気がする。意思疎通に大きな齟齬が発生していた。

 

「え~と、電子ドラッグ? って……なんですか?」

「いや、言葉通りなんだが……ヘッドホンとかで「耳で摂取する麻薬」みたいなもの。こっちにはないのか……いや、そりゃないか、あったらビビるわ。気分を高揚させたり、抗うつ剤みたいなものだったりするから常用者とか多いんだが。入手方法も手軽だし」

「へー、そんなのあるんですね!」

「電波ソングみたいなのかな?」

「それはジャンルが違うんじゃ……」

 当然ながら違法であるものが大半。合法なのもあるが一部だ。

 

「タバコは普通のだよ」

「高くないですか? それに、タバコっぽくないというか」

「地元で作った自作だし。九割がた覚醒剤みたいなものだ」

 ──ちなみに、覚醒剤の意味はエヌラスの地元では「エナドリ」と同義である。

 

「薬物取り扱わない魔術師はほぼいないしな。俺も例外じゃなく薬剤の調合とか一通りできる」

 なお、十割違法。

 

「エヌラスさん、何者?」

「オカルトハンターで霊能学講師で『Circle』アルバイトで手品師? そこに薬剤師も加わるなんて凄いね」

「ステ盛りすぎだろ」

「やめろよ、俺でもなんでそんなことになってんのかわかんねぇんだから……」

「エヌラスさん、ちょっと失礼しますね」

 たえが髪をかきあげながらエヌラスに顔を近づける。肩に頭を寄せると、何度か息を吸い込む。

 

「すぅ……うん。エヌラスさんの、いい匂いする」

「……おたえ、大胆」

「? なにが?」

「よし、私も失礼しまーす!」

「失礼とわかってるならやめんかぁ!!」

 香澄がエヌラスの制止の声も聞かずに顔を近づけて鼻を鳴らした。

 

「くんくん……有咲、有咲! エヌラスさん、いい匂いする!」

「分かったから。早く離れろっての」

「? なんで? 有咲は嗅がないの?」

「なんで匂い嗅がなきゃならないんだよ。っていうか、距離が! 近い!」

「だって近づかなきゃ匂い嗅げないよ?」

「あーも~! だからそうじゃなくってぇ!」

「そーだ、有咲も嗅いじゃおー!」

「へ!? いやちょ、ちょま、待って! ちょまぁー!?」

 鳴き声?を挙げながらも、飛びついてくる香澄の魔の手から逃れることができずに有咲が捕まっていた。顔を真赤にしながら引き離そうとしているが、なにぶん相手の拘束が強いもので。

 そんなもみくちゃ状態の蔵に、再び笑顔のハリケーン来襲。

 

「ハロー、ハッピーワールド! 香澄達、お邪魔するわよ!」

「こころちゃん! それにハロハピの皆もいらっしゃい!」

「やっほーかーくん! ミッシェルも連れてこようと思ったんだけど、もういなくなってたからみーくんと薫くん連れてきたんだ! あとこれ、うちのコロッケ!」

「お、お邪魔しますね……」

「大丈夫かな、この人数」

「やぁ、子猫ちゃん達。相変わらず儚いことをしているね」

 階段から降りてくるこころ達に視線を向けそうになって、エヌラスは即座に壁と向き合うことにした。俺は何も見ていないと強く自分に言い聞かせて。スカート短すぎるぞみんな、気をつけろ。そして誰か俺をぶん殴れ。

 

「よーし、ハロハピも揃ったことだし、私達も練習始めよっか! 有咲、早く早く」

「お前が抱きついてきたんだろうが! もぉ……」

「とか言いながら満更でもないのに」

「なんか言ったか、沙綾」

「あはは、なんでもー? さ、おたえも早くギター持って。いつまで近づいてるの」

「じーっ……よく見ると、結構首元とか傷跡あるみたい」

「何処見てんだおまえ……」

「頬とかも、薄っすらとだけど傷ついてる。うん、いっぱい」

「そうなのね。あたしも見てみるわ!」

 たえが離れたと思ったら今度は入れ替わるようにこころが接近してくる。それも、鼻先が触れるんじゃないかという程の距離まで詰めてくるものだから美咲も花音も驚いていた。思わず頭を引いて、後ろの壁に後頭部をぶつけてしまう。壁ドンならぬ壁ゴンである。

 

「こころ、近いって……というかそれ、近すぎじゃない?」

「ふえぇ……いいの、かなぁ……?」

「ん~♪」

 エヌラスの衣服に微かに残留していたドラッグシガーの残り香を胸いっぱいに吸い込むこころが満面の笑顔を美咲達に向けた。

 

「とってもいい香りがするわ! 美咲も早く」

「え、えぇ……? あたしも? あのー、いいんですか?」

「俺に聞くんじゃねぇ……とめろ……」

 珍しく、とても、珍しく。

 それは非常に貴重な顔をしていた。耳まで赤くして、口元を手で隠しながら顔を逸らしているエヌラスの表情は、普段からはとても想像ができないほど年相応の顔をしている。

 練習を始めようとしていた香澄達も思わず手を止めてしまっていた。

 

「……エヌラスさん、照れた顔かわいい」

「うん、大人の色気全開って感じ」

「ハナジョだったら大騒ぎになるだろうな、アレ」

「が、学校じゃなくてよかったね……」

「そうだ、こころちゃん見て思い出した! 週末、みんなで出かけよう! 海外!」

 突飛もなく言い出す香澄の言葉に、一瞬理解が遅れる。唯一その言葉を理解していたこころだけはエヌラスから顔を離すと、腰に手を当てて胸を張っていた。

 

「ハロハピとポピパで合同合宿よ! もちろん、エヌラスも一緒よ! うちでリゾートホテルの経営とかで祝賀会?をやるらしいの! 友達を連れてきても良いってことだから、美咲達もみんなで行きましょ♪」

 一同の悲鳴がライブに負けない声量を出すまで残り三秒──エヌラスは目を閉じて口を少し開けて、静かに耳を塞ぐ。対ショック姿勢。備えよう。

 めっちゃ響いた。

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