【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第八二幕 合同合宿という体の小旅行

 

 ──日本から直通便が出ていないため本来であれば十五時間から二十時間程度かかる距離に、その国はあった。

 観光地としても名高い、神話の国。数々の諸島を有し、歴史的建造物を残す。

 ほとんど、日本の反対側。

 弦巻家が所有するジェット機であればその国に辿り着くのに最短で十二時間。半日余りで到着するという話に、香澄達はまったくその凄さが理解できていなかった。

 エヌラスだけは別な事を考えていた。自前で飛べば六時間で着くのに、と。

 

 ……ともあれ。

 弦巻家所有のジェット機に揺られに揺られて、途中で燃料の補給も兼ねて海外の別荘に着陸してから再びフライト。

 日本時間にして朝の六時に集合した香澄達とこころ達。その引率者としてエヌラスが同伴、という形で飛び立った突発的な二泊三日の海外合同合宿。不安しかなかったが、いざジェット機に乗ってしまえば先の不安よりも今の楽しさを優先する切り替えの早さは若さの為せる技。

 エヌラスは寝ていた。寝顔を見られたくないのでアイマスクを着用して別室に籠もっている。開けようとしても何故か開かないことに誰もが首を傾げていた。

 

 残り一時間余りで到着予定のジェット機で、不意にエヌラスが目を覚ます。

 到着前からすでにはしゃぎ疲れて眠っている静かな機内で、顔を覗かせるとこころのボディーガードである黒服が三名。凛とした様子で立っていた。いずれも女性だ。

 

「お目覚めですか」

「ああ」

 首を慣らしながら、エヌラスは何か飲み物はないかと尋ねる。各種取り揃えているが、何が良いかと聞かれて即座に「水」とだけ答えた。

 水分補給を済ませて、窓の外の様子を眺める。おおよそ、時差にして六時間程度。こちらが遅れているようだ。その時計も黒服達は完備しており、スケジュールの調整に関しても完璧なサポートを可能としている。流石は弦巻家のボディーガード、抜かりはない。

 

「今回はこころ様のご要望としてライブも予定しているようでしたので、そのための機材も全てこちらでご用意させていただきました」

「俺の方で荷物持つか?」

「いえ、流石にこれほどの量は無理かと」

 ドラムだけでも両手が塞がる量だ。──普通なら。

 生憎とそれを持ち運ぶとなると、エヌラスには便利な魔術がある。

 

「弦巻家を信頼したわけじゃないが、それはそれ。これはこれ。物理的に持ち運ぶわけがないだろう、人間じゃあるまいし」

「…………はぁ」

「ハンティングホラー」

 エヌラスが呼びかけると、影が揺れた。刀の柄が現れて、手に握られる。

 呆然と、直立不動の黒服達に向けてエヌラスは鞘の先端で床を叩いた。コンコン、と。

 

「俺の影は異空間との境界線だ。そこにハンティングホラーを飼ってる。犬小屋みたいなものだ」

「……こう、異次元ポケットのようなものでしょうか」

「そう考えてもらって構わない。俺の意思一つでしまえるし、取り出すこともできる。当然ながら魔術の応用だから、あまり人前で使っちゃいけないんだけどな」

 と、言いつつもかなり頻繁に使っている。刀から手を離すと、そのまま影の中に吸い込まれるように消えた。顔を見合わせて、考えること数秒。

 

「お願い、できますでしょうか。エヌラス様」

「任せろ」

 香澄達のギターやベースを影の中に収納して、床を叩く。ハンティングホラーも普段は収納しない楽器に興味を惹かれていた。

 グラサンを直しながら、黒服の一人が歩み寄る。

 

「失礼ながら。エヌラス様のことはいくつか、弦巻家の方で把握しております」

「知ってる」

「…………はい?」

「俺がこれだけ日本で暴れておきながら、まだ警戒されていないことは妙だと常々思ってる。そうなると、一般市民では到底及ばない力を持っている勢力が何かしら圧力をかけていると見て妥当だ──根本的に言うと、財力でな。金の力ほど権力者を動かしやすいものはない」

 だが、それをこころ当人が把握しているとは到底思えなかった。そうなると、弦巻家当主。もとい両親によるものだろう。そちらがそれ以上の行動を起こさない以上はこちらも静観に努める。

 生憎と金持ちとの付き合いは、腐るほど長かったのだ。

 

「今回の旅行について、何か俺に留意しておくべき点は?」

「こころ様のご厚意によるものですので、貴方もできるだけ楽しんでくださると喜ばしいです」

「何も起きなければ俺も一応「先生」ってことで多少楽しむさ」

「我々も全力でサポートさせていただきます」

「……念の為聞いておく。オカルト絡みの話は何か聞いているか?」

「こちらにまとめてあります。どうぞ」

 そして渡される資料用レポート。目を通せと言わんばかりに渡される厚みに、ずしりとくる。

 

「おぅ……」

 めっさあるやんけ。古代神話から繋がる現代までの足跡とか、こんなんどっかの学会に持ち込んで読みあげろ、とでも言い出したくなるほどの量だった。

 結局、着陸までの間に読み通してしまったが。

 

 

 

 ジェット機の到着と同時に、香澄達を起こす。現地時間、昼の十二時。だが、日本では夕方になっている。その時差がいまいち理解できていないのもちらほら。異国の地に降り立ったことでテンションが上がっている香澄が駆け出そうとするのを、エヌラスが襟首を持ち上げてとっ捕まえる。

 

「はいストーップ、香澄」

「ふみゃ~……」

「あはは、本当に香澄が猫みたいになってる」

(っていうか片手で持ち上げてることにツッコミはないのかよっ!)

 有咲の胸中のツッコミに気づいてくれる共感者はただひとり、美咲だけだった。

 

「やっぱり大人の人には敵わないよね、うん」

「でも美咲ちゃんも、力持ちだよね?」

「まぁ、ほら。同年代に比べたらって話だから」

 約二名ほどさらに脱走しそうだったので、香澄をポピパに投げてこころとはぐみを確保。引きずって戻ってくる。整列。点呼。

 

「ハッピー!」

「ラッキー!」

「スマイル!」

『イェーイ!』

「ハロハピ三名健在でーす。四」

「ふえぇ……五、です……」

「十人揃ってるな、ヨシ」

(もはやツッコミ放棄してるし……)

 まずはホテルに移動。荷物を預けて、自由行動はそこから。観光なども夜が明けてからになる。

 あくまでも。

 これは、弦巻家主催のリゾートホテル経営の祝賀会、その厚意に甘える形の合宿だ。とはいえ、何をするのかと聞かれても特に思い当たるわけではなく。

 まぁなんかこう、社会的な見聞を広めるための修学旅行とかそんなのだ。その引率者として自分が選ばれたのは果たして光栄なことなのか、それとも白羽の矢を立てられたと言うべきか。いや黄金の矢に貫かれるのに比べたら屁でもないのだが。

 

 黒服達の説明によれば、元々観光客が多いことから、その観光業を後押しする形で弦巻家が出資したとか。それが昨今のオカルトブームによる追い風でさらに拍車がかかっているのをビジネスチャンスと見て、ツアーを企画したことが切っ掛けらしい。それによってリゾートホテルも嬉しい悲鳴。現地の経営者から是非、観光業界を盛り上げた立役者としてお祝いをしたい、とのこと。

 腕を組みながら話を聞いていたエヌラスがふと。街の中を見渡す。

 歴史に名高い哲学者や神話も相まって、それを目当てに訪れる観光客も多い。それだけでなく絶景の海原を堪能できる。

 リゾートホテルもどちらかと言えば海寄りに建造されていた。

 

 ホテルから迎えのバスに乗り込み、さらに小一時間。

 到着するなり、スタッフ一同に盛大に出迎えられて面食らっていた香澄達をよそにしてエヌラスは挨拶を交わして先導する。こういったイベントに慣れている姿を見て、大人は違うのだな、と思う香澄達だったが、そもそも外国人(不法滞在)だったということを思い出した。今更である。

 しかし、それでも沙綾には疑問が浮かんでいた。

 魔術師というか、手品師というか。とにかく不思議な人だ。銃も持っているし、日本には不法滞在しているし、なのに教師やってるし、妙に博識な時もあれば日本語も難なく話せている。此処でも流用な英語──正確には違うが──を通訳している。

 

「どうしたの、沙綾?」

「いやー、なんかこうしてあの人見てると、本当に何者なんだろうなーって」

「結局、何処の生まれなのかも話してくれないし。不思議だよね」

「お前が言うのかよ……」

「? なんで? 私日本生まれの日本育ちの日本人だよ?」

「いやそっちじゃねぇ!」

 話し込んで足を止めたポピパに、エヌラスが声を掛ける。

 

「はい、部屋割始めまーす」

「部屋割?」

「公共の施設で他にも客がいる宿泊施設なので、他のお客様の御迷惑にならないように──なんて堅苦しいことは言わない。ま、常識の範疇内で行動するように。夜間外出は以ての外。独断行動禁止。外出の際は必ず二人一組か、俺に相談するように。遊びに来ているが遊びじゃねぇんだぞ」

「な、なんか凄いまともなことを言っている……」

「先生みたい……」

「あのな、りみ。俺、一応は人生の先輩で先生だからな……?」

「あ……ご、ごめんなさい……」

 俺、そんな威厳ないだろうか? いやないな、それどころか人権もちょっと危ういな。そんなことを考えながらも、ポピパとハロハピでそれぞれ使用する部屋をあてる。

 エヌラスはシングルの部屋。女子高生と同じ部屋を利用する気などなかった。ましてや、生徒。

 部屋割は各々自由に話し合ってもらって、ふと黒服達に視線を向ける。何やらスタッフと話し合っている。あちらもこころの護衛というだけあって、同じ階の部屋に泊まるようだ。

 念の為──ホテルの壁に触れて、軽く指で撫でる。流石は高級ホテル。そもそもにして此処、セレブ御用達ではないだろうか? 場違いのような気もするが、それはそれ。

 魔術でホテル全体の構造を解析する。骨組みから地下の駐車場、屋上から屋内の温室プールと何から何まで揃っている。内部に魔力反応も無し。何の変哲もないリゾートホテルだ。

 

(……通常通り利用するならまだしも、防御面は不安だな)

 ただの宿泊施設でしかないことに若干の不安を覚えてしまうのは、自分が戦いから離れられない証拠だろうか。笑い合っている香澄達の顔を見て、そこに引け目を感じてしまうのもそのせいか。

 何事もなければいいのだが。

 

(…………何も起きない、なんてことはまずないんだよな)

 目立つ怪異は片端から殺してきたが、それでも聡明な相手は身を隠しているはずだ。自分の縄張りに異物が入り込めば、即座に対処するはず。となれば、自分には常にトラブルがまとわり付くわけで。

 現に、この国に到着してからというもの、海から何か不穏な気配が漂っていた。しかし、それがどうにも曖昧なものでいまいち確証が持てない。

 

「エヌラスさん、どうかしたんですか?」

「いや、別に。いい材質してるなと思っただけだ。そっちは部屋割決まったのか?」

「おっきな部屋で皆で寝ます!」

「わかりやすくてほんといいわそういうの。俺も管理するの楽だし」

「でも、こっちの方は暖かいですね。水着持ってくればよかったかな」

 気が早すぎる、とは思うが。まぁ確かに折角の合宿、少しでも楽しい思い出作りはしたいだろう。荷物を置いて昼食を取ったら近場の観光がてら買い物という計画に、異論は誰も出さなかった。

 こっそりと香澄達の楽器も黒服達に預けておくことにする。

 

「実に助かりました。これだけの量を我々だけで運ぶのはとても骨が折れるので、感謝します」

「……お前らも少しはハメ外して休めよ。大抵のトラブルは俺が対応するから」

「いえ、そういうわけには。こころ様のためですので」

「そこまで仕事したいなら止めないけどな」

「お気遣いなく」

 会釈する黒服達だが──その割にがっちりスーツケースを持ち込んでいた。しかも一人二つも。さてはお前ら物凄く堪能する気満々だな? 仕事最優先で。ただ、エヌラスはそれでも一つだけ不可解な物体を視界の端に捉えていた。

 係員に部屋まで案内される香澄達を一瞥してから、エヌラスが指を指しながら尋ねる。

 

「なぁ。そこのー、その……なんだ。でかい、木箱みたいなのは」

「これですか? ミッシェルです」

「…………ミッシェル」

「ご存知、ないのですか?」

「ミッシェル……」

 なにか、こう、一度だけ見たことがあるような気がする。あまりにインパクトが強すぎて記憶の彼方に放り投げたような……。

 

「あ、ピンクのクマ」

「ハロー、ハッピーワールド!にミッシェルは不可欠ですので、持参致しました」

「しかも今回は海に面した場所ですので、ニオイ移りや防臭加工だけでなく素材から見直してあります」

「おまえら本当にミッシェル大好き過ぎかよ……」

 よくみたらスーツケースにもミッシェルストラップが付けられていた。それ私物なの?

 とにかく、黒服達も気合十分、ライブのための準備も万端。こちらはこちらで気兼ねなく観光旅行含めて合宿に専念できるようだ。

 二泊三日の小旅行が幕を開ける。

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