──パスパレ芸能事務所、スタジオにて。
いつも通りのレッスンに加えて、次回の撮影の打ち合わせ。スケジュール確認。台本の確認と普段と変わらない忙しさのアイドルとしての時間。トレーニングウェアに着替えていた彩達は本日の仕事を終えてから、レッスンルームで休憩していた。
タオルで汗を拭いながら、千聖が水分補給をしていると、彩が楽しげにスマホを眺めている。それを見て気になったのか日菜が後ろから声を掛けた。
「あーやちゃん。何見てるの? いつもの?」
「ひゃあ!? びっくりしたぁ……」
「そろそろあたし達も帰らないと怒られちゃうよ?」
「アヤさん、何か面白いものでもありましたか」
今年の流行色をSNSでチェックしていたらしい、今では企業の宣伝もネットの時代。あれもいい、これもいい。コレが似合いそう、アレが似合いそうと考えながら眺めていたようだ。
「なにか良い感じなの、見つかりましたか? 彩さん」
「うーん、やっぱり明るい感じのがいいかな。千聖ちゃんとかこの色が似合うと思うんだ!」
「あ、良さそう。あたし的にはこっちも“るんっ♪”かなぁ」
「そういえば、次のモデルのお仕事で今年の新色を試着することになりました。その時に色々聞いてみますね」
「いいの、イヴちゃん。ありがとーっ♪」
和気あいあいと仲睦まじく、練習の疲れも吹き飛ぶような賑やかさに包まれる。だが、スライドしていた画面にふと、何度も目にした動画が流れてきた。小首を傾げる彩だが、フォローしている人達が繰り返して拡散していたものだからどうしても好奇心が惹かれる。
「どうしたの、彩ちゃん」
「千聖ちゃん。えっと、この動画なんだけど……さっきから何回も流れてきてるの」
「へぇ、そうなの? どんな内容かしら」
「んー……人混みでよく見えないけれど、路上ライブ? かな、海外の」
どうやら、何人も動画撮影者がいるようで似たようなアングルのものが流れてきていた。一度スクロールして、最新の情報に更新すると演奏の最初の方から撮影していた人のものが流れてくる。
物は試しと再生ボタンを押してみた。何か見覚えがあるような気がするけど、気のせいだろうかというか気のせいじゃなかったりするのだがどういうことだろう。
「……これ、エヌラスさんだよね」
「ハロハピと香澄ちゃんとたえちゃんも一緒ね」
物凄く嫌そうな顔でギターを開けている。どうやら、日本人観光客が路上で演奏するという物珍しさから撮影者はカメラを向けていたらしい。
真っ黒なギターを取り出して、とても初心者とは思えないスラップベースの指捌き。ハードロックの曲調に、思わず人々が足を止めていた。それが客引きの為の序奏なのか、すぐに手を止めて自分の周りにいる女の子達に声を掛けている。実際は言わずもがな。
麻弥のメガネがずり落ちる。日菜も驚いていた。
「え、あの人めちゃくちゃギター弾けるじゃないですか……」
「うわー、えぐいスラップベース」
美咲に何か言われて、曲のテンポを緩めている。音を響かせて、長く伸ばすように。波の音と潮風にかき消されない力強さもあった。最後に一度だけ長く、長く響かせる。
何かせがまれている。それに、口をへの字に曲げてとても渋い顔をしていたが、肩を落とした。
才能の無駄遣いとはこのことか。路上ライブで披露していいような歌声と演奏ではない。遅れて演奏に参加する香澄とたえもその歌に負けじとギターの演奏に集中する。
「…………とんでもない歌唱力ね」
「声域おばけだ……」
千聖も彩も言葉をなんとか絞り出していた。
雑踏をかき消すような声量、高音を維持したビブラート。演奏の手も正確さだけでなく、感情を表すかのようなメリハリのあるもの。先程のハードロックからは想像もつかぬ、熱さも激しさもない、しかし、胸を焦がすような感覚に気づけば聞き惚れていた。
波の音に乗せてトーンダウンで締めると、エヌラスが自分達を囲む観客に驚いている。足元に小銭入れは無いが、それでも拍手しながら近づいていった人々は手に小銭を握らせて去っていく。困ったように笑いながら受け取り、何度も頭を下げていた。恐らく、当人はまったくそんなつもりはなかったのだろうが、それだけの歌だったのだ。
その動画を観終えた日菜が、自分のスマホを取り出す。
「♪ ねぇねぇ彩ちゃん、その動画のリンク、あたしに送ってくれない?」
「えっ、いいけど……」
「おねーちゃんにも教えてあーげよっと♪ そうだ、つぐちゃんにも送信してみようかな。きっと気に入るだろうし」
「い、いいのかなぁ……」
人の口に戸は立てられない。言われるままに日菜に動画のリンクを送りつけると、悪戯を思いついた子供のように「そうしん、そうしーんっ♪」と紗夜とつぐみに向けて拡散していた。
ネットって怖い。彩は身近ながらそう思った。そして自分も気をつけようと再認識する。ありがとうエヌラスさん、あなたの尊い犠牲によって私はまたひとつアイドルとして学びました──そんなことを人知れず感謝しながら。
スタジオ練習を終えて、小休憩をしていた『Roselia』はライブに向けての打ち合わせをしていた。友希那主導、紗夜がサポートする形だったが、スマホの通知を開く。
「どうかしたの、紗夜?」
「いえ、日菜からメールが……動画のリンク?」
一文だけ添えられている。
──るんっ♪てするから観て、おねーちゃんっ!
「? なんの動画かしら」
(……猫の動画、だったりしないかしら……)
淡い期待を抱きつつ、紗夜が動画を開いた。その手元を覗き込むようにリサと燐子とあこがくっついてくる。普段は音量を控えめにしていたが、ギターを演奏する姿に音量を上げた。
誰が演奏しているのだろう、と考えるが、香澄達の姿にすぐに思い当たる人物が一人。手元がブレていてよく見えないが、こんな凶悪な顔をしている人間はそういない。
トップスピードの序奏から、バラード調の楽曲に惹き込まれていた。
「……あの人、こんなことも出来たんですね」
「やっぱ男の人って感じの歌い方だね、友希那」
「そうね。でも私達とは違うわ」
(あー、音楽にはやっぱ友希那も辛口コメントかー)
まぁそうだろう、と思っていたリサだったが、どうにも違和感を覚える。
「具体的に、どの辺が?」
「……彼の歌い方は、頂点を目指そうという歌い方ではないわ。どちらかというと」
「感情の吐露、みたいな印象を受けますね」
紗夜の、どこか感情をこめた横からの呟きに驚きながらも、友希那が静かに頷いた。
「歌詞もそうですけれど、まるで──楽曲と一心同体のような」
遥か遠い地に、二人で歩み始めたはずだったのに、孤独に辿り着いてしまった。だが、それでも前を向いて夢も希望も諦めずに前に進む。……それは、紗夜の知っているエヌラスそのものだ。
どれだけ傷つこうとも、どんなに満身創痍になろうとも。この道を信じていると歌っている。
「……なんだか、ちょっと寂しそうな歌ですね。もちろん友希那さんの歌も凄いですけれど!」
「当然よ。でも──確かに、彼の歌に惹き込まれる気持ちはわかるわ」
「…………」
「……氷川さん? どうか、しましたか……?」
「いえ、少し……」
何も知らない。彼が魔術師であるという事実だけを知っている友希那達と、その真実を知っている紗夜とでは曲の印象も、受け取り方も違っていた。
その曲に込められたのは、これまでの旅路で幾度となく背負ってきた後悔と傷跡。誰にも見せることのなかった、内側の弱さ。一欠片に過ぎない本音に、どうしようもなく胸が穿たれる。聞いているのが辛くなるほど、聞くに堪えない悲鳴にも似た歌声。こみ上げてくる涙を、目を伏せて静かに息を吐き出して堪える。
「画面を集中して見過ぎたのか、目が痛くなってきましたね。映像もあまりよくありませんし」
「あ、動画終わっちゃいましたよ」
あこの言葉に、音量を下げてから動画を閉じた。
「いやー、でも驚きだよ。エヌラスさんって、ギターもボーカルも出来るなんて。いやまぁ、意外ってほどじゃなかったんだけど、予想以上というか……」
「そ、そうですね……力強いけれど、どこか、哀愁漂う……物哀しい歌声で」
「最初の演奏もすごかったですね、紗夜さん」
「…………」
確かに。
普段はいい加減で、何処か適当で、社会人としてあるまじき不相応な反面教師。いざ有事の際は自分の身を顧みない自殺願望にも似た見敵必殺の狂戦士ぶりを発揮する、霊能学教師。だが、そのどちらが本性なのだろう。きっと、どちらもエヌラスの本性なのだ。弱音も本音も吐き出して、痛くて辛いと疲労困憊の満身創痍になろうとも──絶対に、諦めない人。不可能を可能とするまで挑戦する諦観知らずのベルセルク。
何が、彼をそうさせるのか。不思議でならなかった。それを知りたいと思った。
「紗夜? どしたの?」
「ああ、いえ……『Roselia』のギタリストとして、負けるわけにいかないと思っただけですよ。気にしないでください、今井さん」
「んー、そうじゃなくてさ」
鼻先に指を突きつけられて、紗夜が思わず頭を引く。
「な、なんですか?」
「紗夜、なんで泣いてるの?」
「えっ……? それは、その……私、泣いていましたか?」
「うん。はい、ハンカチ」
「なにか思うところがあったみたいね。それなら、今後の音楽に活かせるといいのだけれど」
「……そうですね」
リサのハンカチで自分でも知らず知らずの間に流していた涙を拭われながら、紗夜は少しだけ寂しそうに笑った。
──あの人は本当に、人知れず戦っているのだな、と。
『Afterglow』は、勉強会の真っ最中。テストもさることながら、学校行事も迫っている。
そんな中、飲み物の差し入れを持ってきたつぐみがスマホを開いて、我らが生徒会長からの動画リンクを開く。そして、圧巻された。
「……これ、エヌラスさん?」
「だよ、ね……うん、間違いないと思う」
動画を食い入るように眺めていた蘭が、少し不機嫌そうな顔をしている。負けず嫌いなのか、対抗心を燃やしているようだ。その横顔をじっとモカが見つめていたが、画面と交互に見比べる。
「蘭~、そんなに睨んでもあの人には伝わんないよ?」
「……伝わんないって、なに」
「自分の方が上手く歌えるーって」
「別に、そういうわけじゃ……」
「いやでも、ただの先生ってわけじゃないんだな」
巷では「ねこあつめのおにーさん」だの「オカルトハンター」だの「『Circle』名物のやべー人」だのと不名誉なアダ名や二つ名が続々と女子高生達によって追加されていたりもするが、真面目な時はとことん真面目なギャップにファンが密かに増えていたりするのは秘密だ。
生徒会のアンケートで課外授業を取り入れるアンケートで約二割程度、賛同者がいる。残りの半分がどちらでもよい。三割が反対。もうひと押しが欲しいと生徒会室で日菜が言っていたことをつぐみは思い出していた。
「この動画を観たら、他のみんなもエヌラスさんのこと受け入れてくれるのかな……?」
「生徒会は大変だなぁ……アタシは来てくれた方が面白そうだから賛成してるけどな」
「もー、巴はそれでいいの? ほら、あこちゃんとか恋に落ちたりなんかしても」
「それは流石にあの人でも通報するレベルだぞ、ひまり……」
「でもー、なんかエヌラスさんと仲の良い子は多いって噂だよー?」
「そうなのか、モカ?」
「リサさんがこの前御飯作りに行ったってー。ポピパとかもー」
「……それ、いいの?」
どちらかといえばグレーゾーンギリギリアウト。しかもそのまま引率の先生として海外旅行、現在に至る。
「でも、こうしてみると確かに音楽の技術もコツも凄いよね。見た目から想像つかないくらい」
「うん。そこはちょっと、評価してもいいかな」
「蘭は素直じゃないなー。もっとさー、こうさー、弟子にしてくださいとかー」
「……言うわけ無いじゃん。あの人も突然言われて迷惑するだろうし」
ちゃんとそこは相手の都合も考慮する辺り、蘭はとても冷静だ。
「帰国してきたら、一回くらいはバンドの相談してみようよ。もしかしたら新曲のヒントとか、衣装のアイディアとか出してくれるかもしれないよ?」
「できれば自分達の力だけでやりたいところだけど、限界があるもんね。でも、私達が頼んで大丈夫なのかな……?」
不安がるひまりだが、相談するだけしてみるつもりの巴は笑っている。
「んー、まぁいいんじゃないか? だって突然の海外旅行にオーケー出すような人だぞ?」
…………言われてみれば確かに。普通なら拒否どころか正気を疑うか辞退するだろう。というのにも関わらず、ハロハピポピパの合同合宿にゴーサインで同伴している。どこまでお人好しなんだこの人は。自分も仕事とかあるだろうに。
「そうと決まれば、早いところ課題を終わらせないと」
「うん、つぐの言う通り。早いに越したことはないよね」
「よーし、それじゃがんばろーっ。えい、えい、おーっ」
おーっ。と、乗ってくれる者は誰もいなかった。それにちょっぴり落ち込みながら、ひまりも出されている課題に取り掛かる。
「たっだいまーっ! 有咲、聞いて聞いて!」
「あの人の歌声すごかったな」
「えっ!? なんで私が言おうとしてたことわかったの!? もしかして以心伝心!?」
「あはは、潮風に乗って部屋まで聞こえてきたからね」
「う、うん……なんだか、がんばろうって気になれる強い歌だったよね」
香澄が部屋に戻ってくるなり、ベッドでくつろいでいた有咲に飛びつく。鬱陶しいと一蹴されながらも、たえが乱入してきた。
「あー、も~っ! 私にくっつくなぁ! 到着してからずっと動きっぱなしでよく疲れねーな!」
「だって此処に来てからずっとドキドキしっぱなしなんだもん!」
「時差とか関係ねーのかよ……」
「なさそうだねー、香澄に限って」
「うん。でも、だから逆に私達も落ち着いていられるよね」
「分かる気がする」
「え、どういうこと? なんで? さーや、なんで私を見てると落ち着くの?」
「いつでも一直線に走る香澄を見てると、私達も元気でいられるってこと。何処に居てもいつも通りを感じられるし、焦ることないんだなーって」
夕陽に照らされる豪奢な一室の中で、香澄達はいつもと変わらない笑顔と友達に囲まれながら賑やかな時を過ごしていた。
異国の地であっても、変わらない。いつもと何も変わらない。
そう、その夜までは──。