セレブや政治家達に交ざって談笑しているエヌラスの姿を遠巻きに眺めていた香澄達だったが、言われた通りに普段と変わらない形で今の空気を楽しもうと意気込む。
その様子を会話をしながら横目に観察して、聞き慣れない言葉に首を傾げつつもなるべく流れを途切れさせないようにする。
人形工学の基礎理論から、原動力といったものを説明すると、やはり興味深そうにしていた。
絵画の鑑賞会にも誘われたが、エヌラスはこれを丁重に断る。あくまでも今日は生徒達の引率でありプライベートではない。半分ほどはそうだが、そこにビジネスを持ち込むつもりはなかった。
「そうですか。ウッフィーツィ美術館などは、きっとお眼鏡に適うと思ったのですが……」
「覚えておきます。今度、機会があれば」
「いやしかし、石造建築だけでなく絵画作品にも造詣が深い方だ。ご自身の作品の方などは出展された経験などはお有りですかな?」
「残念ながら、商売という形で作品を提供するのは丁重にお断りしています」
「ほう? その理由は」
「そうですね……強いて挙げるとするなら、ワガママ、でしょうか」
決して拙い技術で商売をするということに嫌悪感があるわけではない。人形工学に関してはとりわけ、国家公認資格持ちだ。
単純に、気が乗らない。金儲け、というだけなら手段は腐るほどある。手段を選ばなければ時間効率で考えてしまう。手段を選ぶと途端に方法が限られるのだが……。
その為、作品の提供というのはあくまでも厚意の証。親睦を深める手段の一つだ。仮に相手が金銭に悩んでいたとして、自分の作品を出品するというのならそれはそれ。法外な値段が付けられようが知ったことではない。
「では、貴方にとって作品とはどういった価値観で?」
「そうですね。これまで深く考えたことはありませんが……現状の技術で挑戦できる、最高峰の品質といったところかと。この世に二つとない最高傑作と自負できる人形は、二体限りですが」
「是非お目にかかりたいものですな」
「はは、生憎と今は手元に持ち合わせておりませんので。しかし、そこまでご所望とあれば手慰み程度ではありますが、贈呈しましょう」
「よろしいので?」
「構いません。何かの縁ですので。ただし、私が他人に対して作品を提供する際は一切の妥協を許しません。金銭及び技術、依頼者の注文通り以上の完成度でお渡しすることを約束します」
そこに込められた思いは、決して自惚れや天狗のような感情ではない。絶対の自信と生粋の技術者、職人としての誇りであり、エヌラスの矜持だった。それに思わず相手も唸り、周囲も感嘆の声を漏らしている。
「絵画なり、石像なり、人形なりとご所望頂ければ。無償、というのは少々難しいものでして」
「資金提供を望まれると?」
「有償の依頼であれば、この世に二つとない品をご提供させていただきますが。お言葉ではありますが、札束で世に二つと
それに、顎髭を撫でながらしばし悩む素振りを見せていた。金銭の提供は確実、だがその金額を考えているのだろう。
「……実は宝石加工も得意でしてね? 組み合わせても問題ありません」
「となると──宝石の人形も」
「もちろん、可能です。サイズにも寄りますが」
その場合は現代技術で再現不可能なものとなるため、値段のつけられないものとなる。だがそんなことはエヌラスに関係がない。
「では──まずは、前金として三百。もしそれが私の満足のいく一品であれば、その時は──」
「失礼ながら。五百からで所望いたします。お目に敵わぬ時は、全額返金致します」
「ほう……! 気に入りました。では六百から。ご返金は結構。作品が完成した暁には」
「時価で結構。あくまでもこれは、親睦の証としての作品提供ですので。では、ご注文を承りますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですとも。そうですな──」
「…………」
有咲はその様子をジッと眺めていたが、唖然としていた。
相手は世界有数の資産家。しかもその取り巻きは政治家含めたセレブ。それに囲まれて平然と会話をこなしているだけでなく、いつの間にか話題の中心となって立ち回っている。それどころか笑みを浮かべながら握手を交わしていた。商談でもまとまったのか、なにか小切手のようなものを受け取っている。
「ありひゃ、どうひらの?」
「口に物入れながら喋んな香澄。いや、あの先生。本当にすげー人なんだなって思って」
「うん、確かに。凄いよね」
「すっかり大人の世界に浸ってるもんね」
「エヌラス先生、目立つね。なんでだろう? 雰囲気、かなぁ」
髪の色からスーツに革靴まで全て黒一色。だというのに、やけに目立つ。きらびやかな社交界の場においては逆に浮いているかもしれない。
「でも誰もエヌラスの故郷知らないのよね? とっても不思議だわ」
「ふふ。案外、あの人はおとぎの国から来たのかもしれないよ」
「もしそうだったら、すごく素敵なことね、薫」
「あー、なんか納得……どことなく浮世離れしてるもんねあの人。物凄く俗っぽいけど」
なんなら庶民的というか、親しみやすいというか。言ってはなんだが、みすぼらしいというか。
話が終わってこちらの様子が気になったのか、エヌラスは会釈してセレブ達の輪から抜け出してきた。戻ってくる途中でワイングラスを空けて新しくお酒を手にしている。
「なんか気がついたらあれよあれよという間に人形作る羽目になった。前金六百から」
「……円?」
「いや、知らん。あと俺のことが何故か「弦巻家お抱えの芸術家」って話にまとまってた。まぁ別にいいんだけどよ」
「エヌラス、芸術家だったの?」
「あくまでそっち方面に詳しいってだけで芸術家として名乗ったことは一度も無い。作品だって世に送り出したことねーし、完全趣味丸出しで好き放題金掛けてただけだし。この紙切れ一枚で六百とか動くんだから金儲けほどボロい商売、ほんとねーわ」
ピラピラと見せるエヌラスの手元の小切手。多分気のせいかもしれないが、ドルのような形が見えた気がする。絶対気のせいだ、うん、確実に間違いなく十中八九目の錯覚に違いない。沙綾達はそう思うことにした。何も見てない。
「どうしても名乗れって言われたから、正直に名乗るのも何だし、適当に偽名使った。ま、芸名としてだけどな。商品は直接届けに伺う予定だし」
「なんて名乗ったんですか?」
「うん? 俺のことを日本人だと思ってたみたいだから、まぁそれらしく「
シドウと名乗ろうかとも迷ったが、それは戦友の名を騙る気がした。ただし、故郷の眼鏡の友人に関しては話は別。テメーは多少雑に取り扱っても良いものとする。
ワイングラスを揺らし、一息に飲み干す。
「お酒、強いんですね……」
「この程度だったら水と変わらん。そもそも俺は酒で酔えない。分解効率速度が人一倍、というか尋常じゃないからな」
「そんなに?」
「食ったら即消化。飲んだら即分解、くらいの速度。幾らでも食えるし幾らでも飲める」
「……化物だ……」
「なんか言ったか美咲? 聞こえてるぞ」
「い、いいえぇ、あははは。なんでもぉ……すいませんでした」
エヌラスも酒ばかりではいい加減飽きたのか、食事に手を付け始めた。
食事をする傍ら、外の異様な気配も探知する。しかし、妙なことにまるで霧がかかっているかのように不透明だ。ハンティングホラーを走らせても、何一つ手がかりはない。
(直接自分の目で見たほうが早いか……)
自分の影に忍ばせてから、香澄達の護衛につける。
「少し席を外すぞ」
「エヌラスさん、どちらに?」
「……トイレだよ。ついてくんじゃねぇぞ」
「お酒ばかり飲むからですよ」
「はいはい、控えますー」
軽い調子でたえに手を振ってから、エヌラスは会場を出て真っ直ぐにフロントロビーへ向かう。
そこでは、受付の担当者が二人。背筋を伸ばして立っていた。他に人は見当たらない。敷かれている真っ赤なカーペットに、シャンデリアの灯りが噴水を照らしている。目に痛くない程度の光量ではあるが、しっかりと非常灯も用意されていた。グラサンを外してエヌラスはフロントで来客がいないか確認をすると、今現在の来店している客で全員らしい。他には誰も来ていない、と。
外出許可を貰ってからエヌラスが夜の街を散策する。ホテルを出てからすぐに、海を見つめた。
月は出ているものの、それでも波風と磯の香りしか流れてこない。それでも、何か不穏な気配だけがそこかしこに蠢いているような気味の悪さは、身に覚えがあった。
「……これだから海は嫌いだ」
寂れた漁村。不快な住民たち。蔓延る邪神の気配に、偶像崇拝。身体一つでボートの一隻で送り出された挙げ句に孤立無援のままにやらされた邪教崇拝者の拠点壊滅。思い出したくもないのに思い出してしまった。今回の状況が、どこか似ているだけに嫌な気がする。
海、というのは化物にとって絶好の隠れ蓑だ。環境に適応してしまえば幾らでも姿を隠せるし、仲間も増やせる。逃げも隠れもできる上に眷属も無数に増加させることができて、しかも純粋に攻撃されにくい。天然の水の壁で覆われた拠点、というだけでも攻略難易度が段違いになる。
げんなりとした気分のまま、何か異変がないかと軽く見て回るものの──収穫はなかった。
一見、何事もない。単に自分の気が立っているだけかとも思うが、この濃霧の中に身を置かれたような不明瞭な状況にエヌラスはどうしても気を緩めることができなかった。
ひとまず最低限、自分にできるだけの対策はしておく為にホテルへ戻るなり、結界の下準備だけは済ませる。
「……ハンティングホラー。ホテルの間取りは覚えてるな」
《────》
言葉もなく、影の中から承諾の意思が返ってきた。それを確認してから、考えを汲み取ってホテルを覆う形で結界を展開する。
普段は人を近づけないようにするための人払いだが、転用することで別な効果をもたらすことができる。
土地であれば人々に意識されない形で機能するものの、建造物であれば二重構造にすることで意識されず、外部に対して無人であると誤認識させる。強度を上げれば、人間だけでなく怪異からもそう認識されるだろう。無論、基点となる場所を破壊された場合は効力を失う点は他と変わらないのだが。
香澄達と宿泊しているホテルをひとまずの避難所という形で設計する。宿泊施設ならば食料の備蓄もあるはずだ。
本来ならば、今この瞬間にでも夜の海へ繰り出してこの違和感の正体を探るべきなのだろう。だが、エヌラスにとっては二の次だ。最優先事項、弦巻こころ達(黒服含めた)の安全。旅行先の人間が百人や千人単位で怪異に襲われようと知ったことではない。それがどれほど非効率極まりない思考であるかなど、嫌というほど知っているが生憎と今日は休暇で来ている。
それでも──最悪の場合は、教え子達を含めて怪異を消し飛ばす気概だ。そんなことにならないように絶対に阻止してみせるが。
(……わかっちゃいるが、どうしてもコレばっかりはな)
《────》
(お前に言われなくてもわかってるっての、黙って仕事しろ。へそ曲げんな)
《…………》
さりげなくスーツのくるぶしに向かってハンティングホラーが前輪を押し付けてきた。土埃で汚してさりげなく不機嫌アピールしてくる飼い犬に、エヌラスは口をへの字に曲げながら埃を払ってホテルへ戻る。
会場へ戻れば、香澄達も段々を場の空気に慣れてきたのかいつもの調子で笑顔を見せていた。それに何故か無性に安心感を覚えながらエヌラスが戻ってくると、たえが髪を垂らしながら首を傾げている。
「大きい方ですか?」
「……戻ってくるなり何の話だ?」
「? 遅かったので」
「…………おたえ」
「ふぁい?」
むにーっと、頬を引っ張ってみた。柔らかくもきめ細かい肌の手触り感、薄く化粧をしているからかいつも以上に艶かしく見える唇に目を奪われそうになるが、エヌラスは両頬を伸ばす。
「食事中にそういう話するんじゃねぇ」
「……これ、セクハラに入ります?」
「おたえはどっちだと思う?」
「……立場上で言えば、セクハラですけど。個人的にはスキンシップの範囲ですね」
「よーし今後俺はお前に触れたりしないから勘弁してくれ?」
「じゃあ私から触れにいきますね?」
「……エヌラスさん、固まったんだけど」
「おぉ……おたえってば大胆」
腕に抱きつく形になった途端、エヌラスが硬直した。身動きができない状態に陥り、かといって振りほどこうとすれば余計なところに触れかねない。エラーとバグとフリーズがいっぺんに発生した仕様に、たえが顔を見上げて小首を傾げる。
「……? どうしたんですか、エヌラスさん?」
「すまん、おたえ。腕に抱きつくのはやめてくれ。その、なんだ、動けなくなる……」
「だってさ。弱点見つけたよ」
「ほんとやめろよ? だからといって逆の腕に間違っても抱きついたりするんじゃねぇぞ」
「こうかしら?」
「よりにもよってお前がそれをやるとか俺を殺したいのか!?」
無邪気に首を傾げるこころが逆側の腕にしがみつく。黒服達のグラサンが光り、敵意と殺気が飛んでくるがエヌラスに一切の非はない。それを察したのか、美咲が引きつった笑みで引き離そうとする。
「え~と、こころ? こころさーん、離れた方がいいよ。あんたの場合は特に、色々と目立つんだから」
「美咲もやってみる?」
「はぐみもー!」
「俺を玩具にして楽しいか貴様らぁ!?」
教育者は大変に苦労していらっしゃる。そんな気苦労は、会場の笑い話のタネになっていた。