【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第九幕 スマイル☆エクスプレス

 

 エヌラスはいつもの公園に戻ってきていた。

 人払いの結界を普段より厳重にしておく。だが、腹は減るもので。困ったことに結界の維持にも魔力は必要だ。そして魔力を使い続けていると一緒に腹も減る。空腹が過ぎると魔術を構成している術式も粗くなる。頭脳労働もタダではない。

 ポケットに入れた一万円を見つめて、肩を落とす。これを元手に少しだけ稼ぎに行こう。

 

 公園を離れる時は決まって結界を解除している。何も四六時中展開しているわけではない。

 歩きながらぼんやりと考えるのは、この国のこと。新聞紙に載っていた情報では「日本」という島国らしい。世界地図で見た限りとても小さな国だったが、現地に降り立ってしまえばそんなことはどうでもいい。

 和洋折衷、見境なしに自分達の文化に取り入れる貪欲さは正直驚かされた。それで成り立っている現代文化にも。だが、現地住民の生活がこの先どうなるのかなんてエヌラスには関係のない話であり、興味もなかった。重要なのは目の前の生活。

 正直なところ、紙幣の扱いというのはあまり得意ではなかった。そもそも金銭感覚のバランスのとり方をこの男は知らない。

 

「……百万あれば間に合うか? でも持ち運ぶの面倒だな」

 基本的に財布は持ち歩かない主義だ。そしてそれを稼ぐだけの手段というのも様々だが、働くにも色々と足りないものがある。よって方法が限られる。結局の所、賭け事が一番手っ取り早い。

 

 

 

 森林公園を出て、人混みの中を歩く。全身黒尽くめ、凶悪な人相。春うららかな陽気に似つかわしくない黒いコートを着込んだ男性というのは傍から見ても不審者だ。あるいは危険人物。そしてそのどちらにも該当するエヌラスは道行く人々に避けられていた。

 努めて一般人のように振る舞いはするが、それだけ。信号機で他の人間が立ち止まっているから自分も同じように立ち止まる。赤は止まれ、緑は進め。どうやらそういう規則らしい。

 信号機の色が変わると人々が一斉に歩き出す。同じように自分も歩き出した。

 日本に来たのは五日前。そして、この世界の住人と交流したのもつい二日前が初めてだ。

 この国に滞在している理由としては、あの少女達が起因している。何を思ったのか、何を考えているのか。あの二人もこの国に滞在していることだけは確かだ。しかし、すべからく人の姿をした人ではない存在などろくでもない。タチの悪い悪魔や化物くらいだ。人間というのは総じて知能が高い。高いがゆえに、足元を掬われる。自分と同じ姿形をした相手を外敵と認識はしないものだ。

 だからこそ、人間に“擬態”した邪神という脅威にまったくの無防備で無警戒だ。

 困ったことに、完全に人間として振る舞われるとエヌラスは探知ができない。少しでも何か動きを見せれば、それこそ地球の裏側にいても感知できるのだが。

 そう遠くにはいないはずだと確信はしている。だが遭遇したところで、あの最速の呪術を前にどう対策をすればいいのか。それが目下の問題だった。

 

「…………」

 追いつかない。追いつけない。決して辿り着くことはない。

 あれは、“未完の物語”だ。どこまでも続く。どこまでも走る。だが、何処にも辿り着くことはない。だからこそ誰にも越えられない。走り続ける限り止まらない。そのスピードがこちらの魔術を遥かに上回っているのだから、対策の取りようがなかった。ため息をつきながら肩を落とす。そういう分野は専門外だが、やるしかない。

 こういうのは師匠のが得意だろうに。そんなことを思いながら、エヌラスは先程から気になっていた背後に首だけで振り返る。

 

 電柱の影でコソコソ……している、つもりなのだろうか? 隠すつもりが欠片もない話し声が聞こえてきていた。制服から、花咲川女子学園の生徒なのが分かる。

 

「ねぇねぇこころん、あの人なにをしてるんだろう?」

「う~ん、そうねぇ。きっとなにもしてないのよ」

「そっか。何もしていないをしてるんだね!」

「それ、何もしてないだけなんじゃ……」

「ふ、二人とも。もっと静かに話さないと聞こえちゃうんじゃ……」

「もうバレてると思うんだけどね……」

 そういう君達は一体なにをしているんだ。頭が痛くなってくる。おかしい、一体どこで選択肢を間違えた? いや待て。まだ自分を尾行していると決まったわけではない。

 

「やぁ、こころ。はぐみ達も一緒のようだね、なんて奇遇なんだ」

「あ、薫くん!」

「あら、薫じゃない! ちょうどよかった。一緒に尾行しない?」

「相変わらずこころの発想には驚かされるね。もちろんいいとも」

「やったー! じゃあほら、隠れて隠れて」

「……これ、全然隠れてないよね?」

 よかった。まともなのが一人くらいは居てくれて。だが止めろ。今すぐそこの三人を止めろ、頼むから止めろ。なんか嫌な危険信号を発している第六感が直に告げてくる──ろくでもないことにしかならないぞ、と。

 どうやら薫と呼ばれたもうひとりは羽丘女子学園の生徒のようだ。ということは……、エヌラスは一気に青ざめる。そして、それはあちらも気づいたのだろう。

 

「おや? あの人は……もしや、こころ。彼を追っているのかい?」

「もちろんよ。それがどうかしたの?」

「ふっ……これも運命、というものかもしれないね。なんて儚いんだ……実はお昼に学校に来たみたいでね、もう大騒ぎだったよ。それで、なんで尾行してるんだい?」

「もちろん、ハロハピの活動よ?」

「えっ、これ関係あったの!?」

「そうよ、美咲。ハロー、ハッピーワールド!は世界に笑顔を届けるバンドだもの。今までにない刺激的な出来事が待っているに間違いないわ! だから尾行してるの」

「あ~……これ本気で止めた方がいいのかな」

 頼む。お願いだからそこの、なんかエンジンブレーキぶっ壊れた貨物列車みたいなキラキラした笑顔の子を止めてくれ常識人枠そのいち。エヌラスは願う、切に願う。

 

「そっか。これもハロハピの活動だったんだ! はぐみ知らなかった。じゃあ頑張らないとね」

「そういうことなら私も協力は惜しまないよ」

「ありがとう、はぐみ、薫。それじゃあ再開するわよ! ハッピー!」

「ラッキー!」

「スマイル!」

『イェーイ!』

「だから大声出したらバレるってば……」

「美咲ちゃん、多分もう手遅れだよ……」

「知ってる。だってあの人立ち止まってるもん」

 逃げ出したい。叶うなら現実から逃げ出したい。目の前の現実から逃げ出したい。

 電柱にうなだれて寄りかかるエヌラスが深々と苦労を滲ませた息を吐きだす。

 

「あ、あの……」

「ん……?」

 声を掛けられて、顔を上げる。落ち着かない様子で立っていたのは、燐子だった。

 

「確か、リサ達と一緒にいた」

「はい……白金燐子、です……具合、悪いんですか?」

「いや、まぁ……ちょっとな……アレどうにかならないか?」

 エヌラスが指し示した先。ハロハピの顔を見て、燐子は静かに首を横に振った。

 

「ごめんなさい……」

「そっかーだよなーそうだよなー、ハッハッハ……あーちくしょー逃げてぇ……全速力で逃げ出してー……それで、俺に何か用か?」

「は、はい……! あの、えっと……魔術のこと……教えてもらいたくて」

「……魔術に興味があるなら、やめといた方がいいぞ」

「やっぱり、危険……なんですか?」

「ろくなもんじゃない。それでも知りたいなら教えてやってもいいが……」

「……! ありがとうございます。それじゃあ、お願い……できますか……?」

 表情を明るくしながら、ちゃんと感謝と自分の気持ちを伝える辺り育ちの良さが窺える。

 

「教えるのはかまわないが、今度な。今ちょっとそれどころじゃないから」

「はい……あの、楽しみにしてますね……」

 頭を下げて、燐子が去っていく。今度機会があったら魔術の話でもしてあげよう──その前に、エヌラスが直面している問題の壁。そう、ハロハピである。

 こちらの様子を窺っている。隠れているつもりなのだろうが、丸見えだ。そもそも五人も隠れられる場所なんて早々無い。そのうえ学園の制服姿なのでさらに目立つ。

 

「どうしたのかしら、動かなくなっちゃったわ?」

「ばっちり見られてるよね、これ」

「う、うん……こころちゃん、もう声を掛けた方がいいんじゃないかなぁ?」

「でもそれじゃ尾行の意味がないじゃない」

「そもそも尾行してどうするの?」

「行動観察は基本じゃないかしら。未知の動物とか」

「あの人、ちゃんと人間の姿してるんだけど……」

「……美咲に言われてみればそれもそうね。じゃあ早速話しかけましょ。さっき燐子が声を掛けてたみたいだし、危険はなさそうね」

「それを言ったら、今日のお昼も紗夜さんが会話してたんだけど……もういいや」

 おい、そこ。そこでツッコミを放棄するな。頼むから。儚い願いも通じることはなくハロハピが恐れも知らずに接近してくる。

 

「あ、逃げた」

 エヌラスは逃げ出した。器用に人にぶつからないようにしながら走り出す、そしてなぜかハロハピも追ってくる。ちょっと待てなんで追いかけてくるの君らは。他の人達も微笑ましく見守らずに引き止めろ。

 だが逃げ出したとして、何処に向かえばいいのか。逃げられる気がしない。なんでそんな元気なんだハロハピ。

 コンビニから出てきた紗夜と、エヌラスの目が合った。

 

「…………何をしているんですか?」

「紗夜。助けてくれ!」

「……は?」

 何言ってんだこいつ、みたいな目で発せられた一言で人の心はこんなにも呆気なく傷つくものなのか。だが、賑やかな一団の姿を見てすぐに察したらしい。

 

「今度は何をしたんですか」

「何もしてねぇよ!?」

「じゃあなんで逃げてるんですか?」

「身の危険を感じたからだよ!」

「冗談も大概にしてください」

 ダメだ、話が通じねぇ。別な意味で紗夜には話が通じねぇ。そうこうしている間にハロハピに追いつかれてしまった。

 

「そもそも貴方が身の危険を感じるような出来事なんてなさそうですが」

「現に今、俺は生命の危機に瀕してるんだが!?」

「世間体という意味では瀕死でしょうね」

「お前のツッコミ切れ味鋭すぎない!?」

「それで、ハロハピの皆さんはどうしてこの人を追いかけているんですか?」

「あら、紗夜。聞くまでもないじゃない、バンド活動よ!」

「……ハロハピの?」

「? それ以外に何かあるかしら?」

「だそうですので、観念して彼女達の話に付き合ってあげてください」

「おい待て、紗夜。お前俺を置いてどこに行く気だ」

「次のライブに向けて練習があるので、失礼します」

 会釈して紗夜は素早くその場から退散する。エヌラスを一人置いて。

 

「そうだわ、それならちょうどいいじゃない! わたし達もこれから『Circle』で練習があるの」

「お前ら練習あったのに人のこと追いかけ回す余裕あったの!?」

「ちょっとこころ、そういうのはちゃんとみんなに言っておかないとダメだって」

「ポピパも一緒よ!」

「あー、あたしの話全然聞いてくれてないなぁ……」

「ご苦労さん……」

「あなたもご愁傷様、よりによってこころに目をつけられるなんて……」

「「はぁ……」」

「みーくんと気が合いそうだね」

 そうだね、そうですね。主に無茶ぶりに振り回されるという苦労人ポジションで。

 

 こうしてエヌラスはライブハウス『Circle』までハロー、ハッピーワールド!に連行された。

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