【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第八八幕 水着でドボーン!

「青い空! 白い雲! そして水着の私達ー!」

 貸切状態の温水プールに向かって晴れやかな水着姿の香澄がはしゃぐ。それに続くように沙綾、有咲、りみ、たえの四人。さらに美咲と花音、はぐみの三人もやや遅れて合流する。

 昨夜から何事もなく一夜を明かし、今日は一日自由時間。夜の祝賀会にはライブをやるため、ホテルでも準備が進められている。

 現在時刻にして朝の九時。それは香澄の一言から始まった。

 海、行こう!! ──その提案は、エヌラスに即座に却下される。理由として、早朝から散歩に出ていた際に耳にした噂。

 港で漁師達の行方不明が相次いだからだ。中には貨物船の乗員も含まれている。折角水着を買ったのに日の目を見ることなく帰国するというのも忍びない。妥協案としてプールで目一杯遊ぶことになった。

 なんだかんだ言いながらも、人の上に立つ管理職が手慣れていることに美咲も不思議に考える。本当に教員免許を持っていないのが悔やまれた。

 

「有咲ー早く泳ごう!」

「落ち着けバ香澄。まずは準備体操から」

「せーの、ドーンッ!」

「だから人の話をまぁぁああああ!?」

 どぼーん、と大きな水柱が二つ。それを尻目に、沙綾達は大人しく準備運動。

 

「まぁ私達はしっかり体操してから入ろうか」

「そ、そうだね……」

「水着、変じゃないかな」

 たえが自分の水着を改めて見直す。青のビキニタイプに、白いラインの入った落ち着いた色合いに沙綾は素直に似合っていると褒めた。

 

「沙綾も。競泳水着みたいでいいと思う」

「ビキニにしようか悩んだんだけどね。ほら、そのー……一応、人目につくし? あんまり派手なのはやめとこうかなって思って」

「うん。わたしも……先生だって男の人なんだし」

「……それは盲点だった」

「たえさん、エヌラスさんのこと何だと思ってるんですか……」

「……引率の先生?」

 もう少し警戒しようとは思わなかったのだろうか? 思わなかったのだろう。思わないのだろうな、うん。美咲はそこまで考えて、一人で納得した。

 何気なく振り返れば、どこか落ち着かずにそわそわしている黒服の三人──なのだが、今回は水辺ということで見慣れた黒スーツではなく黒のビキニ。ピシッと背筋を伸ばしてプールサイドで待機しているものの、その肩から下げたクーラーボックスはなんだ。思いっきり羽目を外す気満々じゃないだろうか?

 

「あのー、一応聞いておきたいんですけれども?」

「なんでしょうか、奥沢様」

「そのクーラーボックスの中身、お酒とかじゃないですよねぇ?」

「皆様のお飲み物です。言いつけていただければサンオイルの方などもご用意してあります」

 グラサンを直しながら長髪の女性が淡々と告げる。

 まぁ、この人達はこころの護衛だ。問題がひとつ──エヌラス。

 水着を選んでいるところまでは確認しているが、どんなものを選んだのかまでは定かではない。

 

「こころ達遅いなー」

「う、うん……どうしたんだろう?」

「さっき薫くんと一緒にお着替えしてたけど、選ぶのに時間かかってるのかな?」

「えっ、こころそんなに水着買ってたの?」

「なんだか張り切ってたけど、なんでだろう」

 心底不思議そうに首を傾げるはぐみに、美咲も「なんでだろうねーわかんないなー」とはぐらかしていた。

 花音はフリル付きのビキニ。美咲は沙綾と同じく競泳水着、はぐみはチューブトップブラのショートパンツ。

 本来であれば、ガラス張りの天井からは陽の光がさんさんと差し込んでいるはずだが、今日は生憎の崩れた天気模様。灰色の空に、しかし展望デッキからは視界いっぱいに海が広がっていた。それは少々心残りではあるものの、目の前の楽しみに比べれば些細なこと。

 

「やぁ、お待たせ。こころの水着が中々決まらなくてね」

「あ、薫さん」

 紫色のビキニに、パレオの付いた派手な水着。その姿はまるでお忍びで休暇に来たセレブか女優のようだ。顔立ちが整っているだけに海辺であれば声の一つや二つ掛けられていただろう。気の合う仲間達に囲まれているためにその機会はないが。

 

「おまたせ、美咲! 花音、はぐみも! ポピパのみんなはもう楽しんでたのかしら?」

「香澄さんと有咲さんだけ……こころも水着、大胆だね」

「? そうかしら? この水着、とても動きやすくて気に入ったわ!」

 どう?とでも聞きたげに腰に手を当てて見せる。赤と白のツートンカラー、ビキニ。

 ただでさえ他に比べると発育の良いこころの白い肢体が輝いてみえる。眩しさに思わず目を逸らして、美咲は言葉を探した。

 

「あー、うん。似合ってるんじゃない? こころらしくて。ね、花音さん」

「そ、そうだね……それに、やっぱりこころちゃんって……えっと……スタイルいいし」

 自分の胸に手を当てながら花音が何故か顔を赤くしている。

 髪型もまとめて結い上げたアップスタイルに。薫が折角だからと動きやすいように手掛けてくれたらしい。そのせいで少し遅れてしまったことに謝罪するものの、気にするものはいなかった。

 残るはエヌラスだけなのだが──、男性なのに着替えが遅いのはどうしたのだろう。

 まさかバックレた? そんな考えが浮かぶが、すぐに姿を見せる。

 

「あ、エヌラスさんだ」

 どんな水着を選んだのかと思えば、ハーフパンツ型の水着にパーカーを着込み、スポーツアイウェアで目元を隠していた。

 派手すぎず、地味すぎないワンポイント柄。パーカーは真っ黒だが、フードをかぶっている。一対の目と思わしき刺繍に、袖から垂れる生地。背中で揺れているのは恐らく背びれだろう。

 

「…………なんだよ。脱げっていうなら断るからな」

「いえ、それはいいんですけれど……そのパーカー、なんですか?」

「? 見てわからないか?」

「え~と……サメ?」

「シャチ」

「シャチでしたかー」

 わかるかそんなん。フードの裏地が赤いのは多分口ということだろう。小さなギザ歯もアクセントとして縁に縫い付けられていた。なんとも、かわいらしくデフォルトされている。

 

「……か、かわいいですね?」

「俺もそう思った」

「えっ?」

 聞き間違いかな。花音がエヌラスの顔を見上げて、驚いていた。

 

「これならそんなに気にならないだろ」

「は、はい……いいなぁ……クラゲ型のパーカーとか、無いのかなぁ……」

「ほしいのか?」

「ふえっ!? えっと、あの……あったら、欲しいかもしれないです」

「ふむ……クラゲ型、ねぇ……ちょっと考えてみる」

 パーカーのフードを下げながら、エヌラスは先にプールに飛び込んでいた香澄と有咲を引き上げて準備体操に強制参加させる。

 

「貸し切り状態だが、怪我しないように。あとプールサイドは走らない。ちゃんと遊び終わったら身体を拭いて温まること。いいなー?」

「はーい!」

「いい返事だ香澄。それじゃ、俺は適当にくつろいでるから気にせず遊んでていいぞ」

「えー? エヌラスさんも泳ぎましょうよ! 折角のプールなんですから」

「はー? なんで俺がパーカー着込んでると思ってんだお前このバカ。バカスミ」

「バカって言われた!?」

 足を持ち上げてみせると、薄っすらとだがスネやくるぶしに至るまで傷跡があった。普段怪我をするような場所ではないだけに、それで察しろと言いたげにしている。パーカーの下も傷跡だらけだ。せっかくのバカンスだというのに気分を害するような真似はしたくないというエヌラスなりの気遣いだが、それでもこころは理解していないのか腰に手を当てていた。

 

「エヌラスも一緒がいいわ」

「そうですよ! 多数決、エヌラスさんと一緒に遊びたい人、はい!」

「今手を挙げたやつ。プールにぶち込むから覚悟しろ。こんな風になぁああああっ!!!」

「きゃあぁぁぁああああっ!?!?」

 香澄を担ぎ上げたかと思えば、次の瞬間には既にプールの中に向かって投げ入れている。着水する体勢を整える暇もなく、哀れ香澄はプールの中心に頭から飛び込んでいた。手を挙げていたこころも抱き上げて投げ込む。身軽なことに空中で体勢を変えて着水。

 

「わーすごーい! エヌラスさん、はぐみもー!」

「おかわり入りまーす、どぉりゃあああああっ!!!」

「きゃー♪」

 ──あれ、実はこの人めちゃくちゃはしゃいでないか? 軽々と三人をプールに向けて投げ入れたエヌラスが肩を回して、沙綾達を見渡す。手を挙げかけていたたえが静かに手を下ろしていた。

 

「で? 次はおたえか」

「私、手を挙げてませんよ?」

「ならなんで手を下ろした? それとこいつは昨夜の仕返しも含めてだ」

「きゃ……」

 小さくたえが声を漏らし、抱きかかえられる。そのままプールまで運ばれて──放り投げられて背中から沈んでいった。

 

「言うのが遅れたが、良い子は真似するんじゃねぇぞ」

「その前に良い子は女子高生持ち上げて投げないんですけど!? こころー、大丈夫ー?」

「美咲も花音も早くー! 薫も一緒に泳ぎましょ!」

「あーうん、全然へっちゃらそう……じゃあ私達もいきますか」

 プールで遊ぶための遊具も黒服が用意していたのか、ビーチボールにマットと浮き輪と一通り揃えられている。

 エヌラスは海岸を望める隣接された展望デッキのビーチチェアに身体を預けていた。その手元には持ち込んでいたボールペンとノート。クラゲ型パーカーのデザインラフを考えていた。

 

「ふーむ……」

 寝間着でも良いかもしれない。そうなるとフードは大きめなサイズでゆるい感じがいいだろう。手触りや着心地も衣装には大事だ。特にパジャマは。普段着にするにしても、アウターとして着こなすならやはり通気性と保温性能も捨てがたい。とはいえそれら全てを兼ね備える事などできないので魔術に頼ることになる。一種のマジックアイテムと化すが、あくまでも生活の利便性を追求した結果なので無問題。

 まず箇条書きとして要望をまとめる。クラゲ型パーカー。次に、そこにどういった要素を詰め込むかを書き込む。

 ファッション? あるいは寝間着。ひとまず二つの案を用意。それぞれに要求される仕様がどういったものなのかも考えて、エヌラスは書き込んでいく。共通ポイントも線で繋いで明確化。

 それから、デザイン案。使用する素材で分別するが、どちらでも対応可能な物を想定する。

 

「エヌラス様。少々よろしいでしょうか?」

「んー?」

「実はお耳に入れたいことが……」

「なんだ?」

 ノートから目を離さずに長髪の黒服(ビキニ)に頭を寄せた。

 

「本日ご来訪予定のこころ様のご両親でしたが、急遽中止となりました」

「理由は?」

「天候悪化に伴い、港の事件が関与しているものとみられます。本来でしたら、皆様をお連れしてすぐにでも帰国するところですが……」

 確かに。それにはエヌラスも同意する。

 昨夜からなにか、海の方からよくない空気と雰囲気が漂っていた。それを感じ取れるのは魔術師であるエヌラスだけだが、実態が掴めないことだけが不気味で仕方ない。

 

「海路であれば、すぐにでも手配しますが」

「海に近づくのはやめておけ。嫌な予感がする」

「飛行機のフライトですがそちらも今は難しいようです」

 燃料補給の際に立ち寄った空港が使えない以上、弦巻家であっても天候の変化には敵わない。エヌラスはノートをペンでノックしながら、考え込む。

 

「……飛行機の便は、いつごろ再開する?」

「本日の様子を見てみないとなんとも言えません。空港に待機だけはさせておきますが」

「わかった」

「では、失礼いたします」

 顔を離して、黒服が首を傾げた。自分の顔をジッと見つめるエヌラスに眉を寄せている。

 

「自分が、なにか?」

「いや別に。ビキニも似合ってるし、グラサンで隠しちゃいるがレベルが高いと思っただけ。そんだけだよ、気にすんな」

「…………失礼します」

 そそくさと立ち去る姿に軽く手を振りながら、ノートとにらめっこ。無言で顔を赤くしている黒服には目もくれていなかった。

 

 ──それから少しして、飲み物が差し出される。相手は薫だった。

 

「ありがとよ」

「休暇なのに、お仕事とは恐れ入るところです」

「別に。趣味の一環、暇潰し──」

 脳裏に浮かぶ師匠の顔に、エヌラスは言葉を訂正する。

 

「というよりは、退屈しのぎだ」

 意味合いでは似たようなものだが。今の状況を退屈と思っているものと捉えられたのか、薫が少し困った顔をしている。

 

「貴方の噂はかねがね。羽丘でも生徒会長を軸に広まっていますが」

「そうらしいな。どうせろくでもない話なんだろうけれども」

 十中八九、良い話など聞かない。悪い噂や黒い話なら聞き慣れているためどうでもよかった。だが、意外にもそうではないらしい。

 

「花咲川女子学園の霊能学を、多感な年頃の見聞を広める貴重な授業の一環として取り入れている先進性の有用さを先生達に広めていましたが」

「一周回って正気を疑う」

「それと今度天文部の合同企画で招待するつもりだとか」

「俺それ初耳なんだけど?」

「ふふ、私も偶然にも廊下ですれ違い様に聞いたものだから確証は持てないところですが」

 いや絶対にあいつならこちらがノーと言っても引きずってでも連れ込むだろう。あとダクトテープで拘束してでも。華の女子高生に拉致監禁されそうな気がしてならない。なにか対策を練っておこう。

 エヌラスの手元のノートを覗き込み、薫が感心していた。

 

「それは……」

「ああ。さっき花音が言ってたクラゲ型パーカーのデザインラフ。作るかどうかはともかく、することねーから考えてた」

「へぇ……少々見せてもらっても?」

「どうぞ」

 薫にノートを渡すと、真剣な表情で見つめている。

 

「デザイナーとしてもやっていけそうなくらいだ」

「その手の作業は嫌いじゃないからな。考えるのも作るのも」

 ペンを回しながらエヌラスは魔術で視覚強化しつつ、海を監視していた。封鎖された港から、海岸まで。

 

「クソほど役に立たないから、やらないだけだ」

「人の役に立つことなのに?」

「戦場の役に立たない。後押しはできるが、即効性がない」

 考えている暇があったら、目の前の敵を倒した方が早いし効率的だ。一時期は装備を充実させることに注力していたが、結局は使わずじまいでいつもの装備で済ませてしまうことが多い。実力の基礎となる地盤が桁違いに強固なだけに、エヌラスにはそういった装備が必要なかった。それは、どんな環境下に置かれても身体一つあれば状況を打開することが出来る裏返しでもある。

 

「花音に見せても?」

「かまわない。なんか修正案があったら、それも聞いておいてくれると助かる」

「お安い御用さ」

「飲み物、ありがとよ」

 差し入れとして渡されたのはスポーツドリンクだった。エヌラスはプルタブを開けて口に含む。

 海を見渡していたが、特に異常は見当たらない。封鎖された場所では今も地元の警察が行き来していた。

 船も停泊したまま──しかし、貨物船のクレーンの辺りで動く影に眉を寄せる。人影にも似た何かがいた。

 積まれたままのコンテナと比べても巨体だ。人の形をしていたが、異形に他ならない。今すぐにでもホテルを離れて正体を探るべきだと、目的は明確だった。

 腰を浮かせようとして、濡れたまま顔を覗き込むこころに思わず固まる。意識を海岸に向けていたせいで全く気が付かなかった。

 

「こ、こころ? なんだ?」

「エヌラス、もう一回さっきのやってもらえないかしら! はぐみも楽しみにしてるわ! 今度は美咲も花音も薫も、全員!」

 平然と人に重労働を押しつけるつもりでいらっしゃる? 無邪気で、人を疑うことを知らないような綺麗な目を見ていると、その面影がどうしても──。

 

「あー、もう、わかったわかった。全員プールにぶん投げりゃいいんだろう? 任せろ、っと」

 こころを肩に担ぎ上げて、エヌラスがプールサイドから投げ込む。楽しそうに笑い声を挙げながら水飛沫を挙げる姿に、もう少しだけこの時間を満喫しようかとも考えてしまう。

 

「よーし次は美咲な。もういい全員ぶん投げる。テメェらも道連れだ黒服もとい黒ビキニ共! おぉらぁあああああっ!!」

「はい? ──はいぃぃいいいやあああ!?」

 ズカズカと大股で歩み寄り、離れて見守っていた一人をプールに投げ飛ばす。二人目の手を掴んで引き込みながら足を引っ掛け、浮いた身体を下から優しく持ち上げてぶん投げる。三人目ともなれば若干適当な扱い、肩に手を置いてそのまま力任せに放り投げた。

 ──良い子はプールに投げ飛ばさないし、飛び込み禁止である。だがエヌラスは正真正銘悪いやつなので知ったことではなかった。

 

 もう、すぐそこにまで深淵の魔の手は忍び寄っている。

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