斬って、斬って、斬り続けて。撃って撃って撃ち続けて。何匹、何十匹と斬り伏せて撃ち抜いても一向に数が減った気がしない。雨で倭刀の血が洗い流されていくが、それでも成体の鱗を斬り裂いているせいで刃こぼれしていた。
切れ味の落ちた倭刀を叩き折って、エヌラスは刀身を鍛造すると真新しい真剣で幼体の首を切り落とす。手首を返し、刃を翻しながら群れの中で立ち回る魔術師に攻撃が当たらない。
レイジング・ブルマキシカスタムの空になった弾倉から排莢して、新たに装填するがこれでは埒が明かない。
白銀の回転式拳銃で飛びかかる一匹を迎撃する。この悪天候では威力が激減するであろう真紅の自動式拳銃は選択から除外。となれば野太刀──いや、町中で扱うにはあまりに被害が広がりすぎる。現状、手元にある武器では限界があった。
「…………」
拡張補助脳眼鏡から警告が促される。背後からの拳を屈んで避けながら見向きもせずに股下に差し込んだ刀で大腿を切断して崩れ落ちた相手の頭を拳銃で吹き飛ばした。
「ハンティングホラー。呪法兵装格納庫拘束制限解除」
その一言に、鍵が外される。異空間に身を置く魔獣の持つ空間魔術に格納されていた武器庫の錠前が外れたことによりエヌラスの影が揺れ動く。
振り下ろされる触腕を避けて、倭刀とレイジング・ブルを影に落とすと両手を突っ込んで武器庫から二丁の銃を取り出した。
──それは、おおよそ人間が扱うことを想定していない、過剰な火力を宿した凶器だった。
倫理観など蚊帳の外。要求されたのは人外の火力。それを扱う者のことなど度外視した狂気の火力は、もはや「災害」とまで称された。廃棄され、プランは凍結されて後は朽ち果てるだけとなった銃器。
魔術で補強しなければろくに扱えもしない。かといって魔術師がこれほど非合理的な手段を手にするとも考えられなかった。だが、肩書きがそうであろうとも決して相手にするものは術式や論理ではない。エヌラスが想定する対敵は、人ですら無いのだから。
“まともに扱えれば”戦車すら制圧してみせるとウリ文句を思い出す。そんなものを二丁一対で運用することを想定して開発していた研究所は脳みそが機能していたのかと甚だ疑問なところだ。
横から滑り込みながら突撃してくる深海の落とし子の成体に向けて、エヌラスが踏ん張りながら引き金を引いた。次の瞬間、マズルフラッシュから放射状に吐き出されるベアリング弾によって成体の身体が粉砕される。肉片が飛び散り、撒き散らされる腐臭と緑色の血液を豪雨が洗い流した。威力はそれに留まらず、何匹かを巻き添えにしている。腕がちぎれ飛び、脚が抉られた幼体達がうめき声をもらしていた。
身体強化を維持しながら、出力を上げる。ガスマスク状のフレームにエヌラスは小箱を装着して内部に充満させている魔術化合薬物を吸引して魔術回路を補強した。十割、違法薬物だ。超常の薬物強化を重ねて、ようやくこの怪物は手懐けることができる。
装弾数十三発。セミオートショットガン。だが、その銃身下部に取り付けられた大柄なマチェットによって重量は増している。もはや銃というカテゴリから足を踏み外していた。対物散弾銃、或いは対戦車火砲。人体が携行していい兵器ではなかった。
五十八口径を“片腕”で制御しながら、接近してきた相手の胴体をトップヘビーの刃で叩き折りながら食い込ませる。そのまま引き金を引けば、反動で肉片をぶちまけながらマチェットを引き抜いて後ずさった。
マスクの奥で深呼吸を繰り返して気息を整え、エヌラスは久々に取り出した災厄の二丁に合わせて身体強化魔術を行使すると同時に銃器にも補強を加える。
本体は欠陥品もいいところだ。反動に銃が耐えきれず、放熱が間に合わない。雨粒で強制冷却されているが蒸気が漂っていた。マガジンを空にする頃には本体強度がスクラップだ。だが、火力だけはお墨付き。戦車の主砲を振り回すのと大差ない。
──もっともそれをまともに扱える者を“人間”とは呼ばないが。それは災厄だ。災害に他ならない。
「こちとら懐かしの銃器引っ張り出してんだ、在庫処分セールに付き合え糞ども」
余談ではあるが、故郷で用いた際は師匠にどえらい説教をされた。三時間にも及んだ説教を意訳してしまうと──次にそれ使ったらお前の頭かち割るからな。
それほどまでに、周囲に被害をもたらす。
飛びかかる一匹が、肉片を撒き散らして爆散した。砲声を鳴らしながら、エヌラスは引き金を引く。一発撃つだけでも三匹がまとめて吹き飛ぶ。
停められている車両を触腕で持ち上げる成体が車両を手放すが、それを電磁加速蹴撃で蹴り返して車両ごとベアリング弾で押し潰す。爆発、炎上する衝撃に巻き込まれて何匹かが更に吹き飛ぶ。
片腕で軽々と振り回しているが、それでも身体が悲鳴をあげている。魔術で痛覚をねじ伏せてエヌラスは目につく深海の落とし子を片っ端から肉片に変えていた。
ペンキ缶でもひっくり返したかのように、辺り一面に撒き散らされる緑色の血液と異形の肉片。肉片、内臓。“ブロックメーカー”とはよく言ったものだ。淡い緑の霧となって消えていくが、それでもまだまだ押し寄せてくる。まるで無尽蔵の悪夢だ。
──エヌラスなら助けられるわよね。
弦巻こころの言葉を思い出す。
何一つ根拠もなく、ただただ無垢な信頼を寄せて。そんな無責任な言葉を掛けた少女にとって、この災害はどう映るのだろう。
世界は優しくなんてない。憎悪と悪意に満ちて、今か今かと崩壊の時を待っている。特に、今は邪神が潜んでいる。どこに隠れているのか探知できないのは、人間に擬態しているからだ。
──エヌラスならきっとできるわ、信じてるもの。
弦巻こころの言葉を、思い出す。
どうしてそう簡単に人を信じることができるのか。期待を裏切られるかもしれないのに。
自分の気持ちを裏切るかもしれないのに。そんな風に誰かに自分の心を預けるのが怖くて、恐ろしくて。気がつけば、自分で自分の心を押し殺していた。
もう二度と。もう二度と、この手にした誰かの優しさを奪われるのは、神様だって許さない。
それを教師という役職を建前にして。生徒のためだと嘘を吐く。
不器用で、不器用で仕方がない。何かを守りながらなんて戦えない。
壊して、殺して。自分はそういうものだ。
「邪神は皆殺しだ。魔人も皆殺しだ! そこに一切の貴賤無く、ただ俺の一身上の都合で!」
血の滲むような思いで吐き出される怒号は、鉄の臭いがした。血中の魔力濃度が極端に増していくと身体がついてこれない。魔力汚染されていく身体の不調を銀鍵守護器官による自己再生で治癒しながらひたすらに殲滅していく。
道路を穿ち、家屋に叩きつけ、車両諸共に潰しながら。破壊活動を繰り返して、その被害を広げながらエヌラスは深海の落とし子の軍勢に追われる。
相手も最大の脅威にして障害であると認識したのか、街中に広がっていた群れを呼び戻しながら追跡してくる。だが、エヌラスの殲滅速度はそれよりも早い。しかし──、ブロックメーカーの補強にも限度がある。
三桁にも及ぶ魔人を蹂躙して、マガジンを交換して成体の上半身を叩き割って引き金を引いた瞬間に違和感を覚えた。それは間もなく、暴発という形で寿命を終える。
「クソッタレが、これだからポンコツは役に立たねぇ!!」
爆散した一丁を放棄して、エヌラスは左手に握っていたブロックメーカーに魔術を付与すると幼体の胴体を貫いて手放し、群れの中に蹴り飛ばした。全方位に向けてベアリング弾と氷柱を撒き散らして爆散する遺体には目もくれず、数に任せて迫ってくる軍勢をエヌラスは倭刀で一閃する。
魔術化合薬物によるブーストのせいで加減が難しい。
これでは自分が街を壊すのも時間の問題だ。
──ホテルに残されたこころ達は、外の様子が気がかりで仕方なかった。先程の化物もそうだがたった一人で街に出てしまったエヌラスが戻らない。
あれから、すでに二時間が経過していた。相変わらず天気は悪化の一途で、何も変わらない。
不安な面持ちの有咲達だったが、香澄を筆頭にこころとはぐみの三人は相変わらずの明るさを振り撒いていた。それに幾らか気分も紛れているのか、大人達も落ち着き始めている。
外部との連絡もつかず、孤立している状況下ではあるが、それでもまだなんとかなるだろうと希望を捨てずにいた。先程のオカルトハンターがなんとかしているはずだと。
「それにしても、本当に凄い雨ね」
「こころ、危ないから離れた方が良いよ。風も出てきたし、さっきから雷みたいな音がしてるし」
「でもお空はピカピカしてないわよ?」
「う~ん、いやそうなんだけど……まさかエヌラスさんが……なんてこと、ないよね」
現在絶好調で超電磁抜刀術を乱発中であることを美咲達は知らない。
ガラスに映る自分の顔とにらめっこをしながら、こころは首を傾げていた。
「ねぇ美咲。あたし、何か酷いことを言っちゃったかしら?」
「それはまた、なんで?」
「だって……さっきのエヌラス、なんだか少し悲しそうな顔をしていたから。どこか痛いなら、言ってくれればいいのに」
「そうかなぁ。どちらかと言うと、いつものアンタの無茶振りに呆れてたように見えたけど」
相変わらずとんでもないことを言い出すが、それを容認するエヌラスも悪い。だが、これでホテルから出るなと頑なに言っていた理由が分かった。今、この国で起きている災害をなんとかできるのもあの人しかいない。
「にしても、運が悪いというかなんというか。こんなことになっちゃうなんてエヌラスさんも気の毒にね」
「あとでちゃんと謝っておかないと。今度は山の別荘ね」
「えっ、まだ他に行くの!? ほんと懲りないというか、怖いもの知らずというか」
「当然よ。だってあたし、エヌラスの笑っている顔が見てみたいんだもの」
「あの人笑わせるの、閻魔様より難しいんじゃないかなぁとあたしは思うよ……?」
どんな風に笑ってくれるだろう。何をしたら喜んでくれるだろう。きっと、こころの頭の中はそれでいっぱいだ。
そんな横顔を見て、美咲も微笑む。不意に、外の雨脚が弱くなってきた。とはいえ、大雨に変わりはない。
海までは見えないが、それでもホテルの駐車場くらいは見えるようになってきた。しかし見えたのは、破壊の爪痕。暴れに暴れた見るも無残な戦闘の痕跡に美咲の顔が引きつっている。