【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第九三幕 血染めの戦鬼

 

 ──“深海の落とし子”達は、危機に瀕していた。これまでにない脅威を前にして、群れの長が出した答えは自然の営みに則った弱肉強食。強者のみによって淘汰される弱者を増やし続け、それを餌に力をつける。その次は強者同士の闘い。その更に次は生き残った物によってのみ。群れの中で完成された生存競争。

 水神クトゥルーの召喚。海神ダゴンの召喚。水に連なる邪神の眷属として彼等の用いた手段は何一つ間違いはなく、それは正しく在った。この世に存在してはならないという点を除けば。

 そして、エヌラスはその尽くを一切許しはしない。根絶するまで狩り尽くす。それは狂気にも似た執念で。──否。事実、狂気そのものだった。

 これまで数多くの邪神を相手にしてきた男にとって、地球というのはただの戦場でしかない。どんな異世界であっても。そこはただ自分の喧嘩に巻き込まれるだけの場所でしかなかった。そうとしか認識しなかったのは、ひとえに他人との関わりを避けてきたから。

 自分を殺すのは、いつだって誰かの優しさであることを知っている。

 

 幼体を捕食し続けていた成体が変態し、より筋力を増す。身体も成長し、一回り大きな身体に四本に増えた触腕で接近していた成体を薙ぎ払う。自らの力を誇示することで群れの主導権を握ろうとした矢先、危機を感知する。──だが、小さな群れを形成していた成体は次の瞬間には集落ごと消滅していた。

 何が起きたのかすら知覚することはできなかっただろう。だが、それが彼等に対する唯一の慈悲に違いはなかった。

 対国兵装。エヌラスが自身で手掛け、心血を注いだ最終決戦兵器。紛うことなき、狂気の産物。

 それを使えば自壊することは自覚していた。

 銀鍵守護器官による自己再生機能を全開で回しても、なお上回る自傷。

 一刀を振るえば骨が砕け肉がちぎれる音が響く。歯を食いしばり、その口腔を満たす血と潰れた臓腑による鉄の味。

 背面に背負った双発式四連装魔導燃焼機関“フーン機関”による最高抜刀速度は制限付きであっても光速の六十四倍を可能とする。阿修羅の如く背負った野太刀に打刀は総数四本。

 血に塗れた身体拡充具足は、身体に直接電極を突き刺すことで稼働している。魔術回路から直に魔力を装填することで規格外の火力を発揮することを可能としているが、それは同時に諸刃の剣でもあった。神経をむき出しにしているようなものだ。現に身体を濡らす無数の雨粒ですらエヌラスには硫酸を浴びせられているかのような激痛が走っている。

 それを堪える。ただ歯を食い縛り、拡張補助脳眼鏡に装着した魔術薬物で痛覚を遮断して、ひたすら耐える。

 自分が壊れるよりも先に、敵を皆殺しにしてしまえばいいだけの話だ。それを可能とするのが、軍事大国攻略決戦呪術兵装『天雷』。

 

 エヌラスが吼える。激痛に堪えきれぬ、怒りの咆哮の矛先は言うまでもなく。

 “固有時制御・決壊”による爆発的な加速。両脚から空間歪曲現象による巻き戻しを引き起こしながら電磁加速蹴撃を常時発動させてすれ違いざまに、あるいはすれ違う前から深海の落とし子を断ち切る。姿を捕捉することすら敵わない。蒸発した血液の電影を目で追う頃には既に亡き者となっていた。

 雨粒を蹴り、空間を蹴り飛ばし、加速しながら磁場を制御して抜刀する。

 目につく全てを“蒸発”させながら暴れまわる様は、さながら天災だ。

 赤い稲光となって街中を駆け巡るエヌラスの視界に収まった深海の落とし子は幼体成体、その更に上位個体問わずにこの世から消滅していく。それは群れが増幅するよりも殲滅速度が上回っていた。地上に展開していた深海魔界の軍勢が壊滅的打撃を受けて海へ撤退していく。

 その沿岸部へ向けて、エヌラスは蜘蛛の脚のように背負った大太刀へ手を伸ばした。

 血走った眼で狂ったように視覚強化を重ねる。

 港から桟橋、停泊している貨物船含め。その内部に形成されていた落とし子の巣を視認した。

 

「最大戦速──!」

 血の滲んだ掠れた声で吼える。背面に背負ったフーン機関による加速抜刀。その最高速度、光速の六十四倍。物理的な加速のみならず、魔術の超常的な瞬間加速に身体がついてこれるはずがない。生身で戦闘機に括り付けられるよりも遥かに負担がかかる。呼吸が肺に届くより、心臓の鼓動が脈打つよりも先に、エヌラスの身体が壊れていく。だが、そうでもしなければ追いつかない。こうでもしなければ魔人の軍勢は打ち破れない。この絶望的な災害の包囲網から彼女たちを抜け出させるには、これが一番効率的だと判断した。

 

「壱號抜刀──“迅雷”!」

 それは、エヌラスが超電磁抜刀術にまで突き詰めるまでの過程で編み出した剣技。とても術や技と呼べる代物ではなかった、昇華させるには未熟であったがこの兵装に至ってはそれが役に立つ。超電磁抜刀術(レールガン)は、極限まで高めた正極と負極の反発による光速の抜刀から放たれる居合だ。その集中力は甚大な労力を要するが、薬物で補うことで無茶な連発も可能としている。此処に至るまで三桁から先は数えていない。そもそも最初から指の数に入れていなかった。計算速度が間に合わない。身体に叩き込んだ技と死線の経験で扱っている。

 フーン機関によって撃ち出された電磁抜刀の衝撃は、港から桟橋、貨物船に至るまで。ハンティングホラーが設定した空間内全ての物質を焼滅させた。極度の高温による放電現象に飲み込まれた海面が()()()()()()。着地してから、納刀するまでの間に下腹部から逆流してきた熱をマスク越しに吐き出す。

 盛大に吐血して、立ち止まったエヌラスに向けて成体が襲いかかろうとして、背後からの悪寒に拳を止めた。しかし、振り向いてもそこには脅威はおらず、その代わりに真横の壁が盛り上がる。

 

 何の変哲もない家屋の壁から覗いたのは、鋼鉄の魔獣。だが、成体である自らの体躯を遥かに見下ろす巨獣が圧倒的な存在感と質量を持って押し潰さんとのしかかってくる。怪力でその自重を支えようとするが、呆気なく最期を迎えた。

 ボダボダと、止めどなく出血し、吐血し、幽鬼の如く立ち上がる。自らの血で濡れて汚れながらも、獣じみた動きで獲物を求めて稲光を残してかき消えていた。

 それを追うように、六輪の轍を残しながら舗装された地面を走る巨獣。もはや鋼鉄の合成獣(キメラ)と化したハンティングホラーは、対国呪術外殻によって拡張されたレーダーで周囲のスキャンを開始する。

 無機物魔導生命体であるハンティングホラーが大型自動二輪の形態を取っているのは、あくまでも主の趣味嗜好を兼ねた実用性だ。形態変化機能を有しているが、その補助にはどうしても限界が存在する。そうなれば、強化する他にない。

 魔導書を燃料にした機能強化形態。それこそが、システム多頭竜(ヒュドラ)。通常の魔導書であれば途端に燃え尽きてしまう術式では意味がない。

 ()()()()()した魔導書を五冊導入することにより、その欠点をカバーして完成されたこの形態であれば並の魔人や邪神の眷属など歯牙にもかけない。

 避難所とされている公共施設をスキャンして、生体反応を確認。ホテルの周辺にも残敵が存在しないことを再度確認してからハンティングホラーが爆音と轟音を鳴らしながら宙を駆ける。

 全高四メートル。全長六メートルにまで膨れ上がった鋼鉄の合成獣は中枢ユニットである『闇を狩るもの(ハンティングホラー)』を覆う形で展開されていた。

 補助魔力燃焼機関『金枝篇:機械語翻訳版』を稼働させて無数の眼球状の網膜ユニットで捕捉した人影をスキャンする。それが深海の落とし子と見るや否や、即座に轢殺していた。

 

 もはや、深海の落とし子の軍勢は一人と一匹の魔術師と魔獣によって地上から追い立てられて海中に逃げる他に術がなかった。驚異的な速度で群れの数が減少していくことに絶滅の危機感を抱いたのか、海中であっても共食いが始められる。もはやそこに弱者の居場所はなく、ただ地獄のような蠱毒が繰り広げられているだけだった。生き残るには強者でなくてはならない。群れを統率するに相応しい強大な力を持つ魔人でなければ。

 急速な成長と淘汰を繰り返し、それでもなお満たされない渇望と願望が渦巻く暗礁に海が荒れていく。それはやがて嵐となってエーゲ海を黒く満たしていく。

 雨雲を斬り裂いて、不意に差し込む光。決して覗くはずがなかった青空に、深海の落とし子達は恐怖した。

 青空に一点だけ存在する黒い影。大太刀を束ねて振り上げ、自らの鮮血に塗れた鬼がいる。

 その足元を支えているのは、宙に浮かぶ合成獣だ。無数の眼球がこちらを睨んでいる。

 

「消し飛ばせハンティングホラァアアアアアッ────!!!!」

 主の血反吐にまみれた号令に答えて、魔導燃焼機関の出力を引き上げていく。

 放熱するために展開された装甲を突き破るように吐き出されたのは、無数の蛇にも似た網膜ユニットの眼球であり、()()だ。上下左右に別れた目蓋から赤い涙を流しながら眼球がさらに花開く。口のように開けた大小様々な無数の砲塔が一斉に海中に潜む深海の落とし子を捕捉する。

 

化身(アヴァタール)黒い仏(ブラックファラオ)──金枝篇(アウグストゥス)最大出力!」

 高高度より放たれる無数の光条に撃ち抜かれる海中の軍勢、だがそれでも威力が減衰されており壊滅には至らない。しかし自在に動く触手に搭載された砲塔がさらに光を増していく。束ねられた超高温の魔力光によって海面が蒸発し、群れが追い込まれていった。降り注ぐ光の雨から逃れていた状態であっても食物連鎖の波はかき消えない。

 エヌラスの背面で逆十字の形に大太刀が結合していく。刃を継ぎ接ぎ、伸長された刃を終焉(ヲワリ)の太刀に装着する。

 自らの背丈を越えて、一回りも二回りも伸びた鋼鉄の凶刃は両手で柄巻を握られ、高く掲げられて抜刀された。

 

「零號抜刀──ッ……!」

 指を動かすだけで骨が軋む。大野太刀を担ぎ上げるだけでも身体が崩れ落ちそうな激痛に苛まれる。呼吸をするだけで肺が焼けるように痛い。過剰なまでの魔力燃焼を常時維持していた弊害、血中の魔力濃度汚染が著しい。その循環も間に合っておらず、内臓までもが傷ついていた。

 今すぐにでも昏倒しそうな程の痛みを堪えてまで、成すべきこと。

 ──九十九兼定の顔を思い出す。笑って消えた戦友(ともだち)の顔を。

 痛みを飲み込む。激痛をねじ伏せる。対敵を捕捉して、エヌラスがハンティングホラーの背中から飛び出すと言葉もなく足場となり、形態変化による補佐を始めた。

 補助魔導燃焼機関『セラエノ断章:機械語翻訳版』による双発式エーテルランチャーによって主を撃ち出す。

 連結された鞘と、その内部の刀身を魔術文字が駆け巡る。

 

「“天雷”!」

 この一刀を持って、最強を屠る。ただ、このためだけに創り上げた。

 全身全霊、文字通りエヌラスにとって死力を尽くした外道魔剣。ハンティングホラーによる補助魔導燃焼機関『エイボンの書:機械語翻訳版』による結界で深海の落とし子で群れごと捕縛している。防御結界も兼ねているが、しかし。三機の小型ドローンによる三重の重複結界ですらエヌラスは内側から破壊してみせた。

 エーゲ海の生態系を死滅させながら汚染が拡散する一方であったはずのそれは、十数万の深海魔界の軍勢の焼滅を持って収束していく。

 海面を叩き割り、勢い余って対岸の小島を消し飛ばしたような気がするがそんなことを気にしているほど戦闘中は繊細ではない。むしろ消し飛ばされた環境と相手が悪いと開き直るくらいが丁度いい。

 空間固定。対象捕捉。術式制御完了。燃焼機関最大出力。

 

《────“解析完了(アナライズ)”》

「──逃ぃが、すかぁぁぁぁああああッ!!!!」

 大野太刀「天雷」を納刀して、エヌラスが吼える。叫びながら海面を蹴ってハンティングホラーの眼に捕捉された一匹の魔人を追跡していた。

 それは、邪神の遺物に感染した最初の魔人。

 正真正銘の“深海の落とし子(スポーン・オブ・ディープ)”に他ならなかった。すでに網の目を抜け出して全霊の乾坤一擲から逃亡していたようだが、負傷している。相手が海に触れてるのならばと、水を操ろうとするが逆に水中に没していた自らを取り巻く渦潮に打ち上げられた。

 補助魔導燃焼機関『水神クタアト:機械語翻訳版』によって最期を迎える深海の魔人は、そのまま宙で消滅させられる。その根源となっていた奇妙な輝きを放つ珊瑚も、跡形もなくエヌラスは破壊していた。

 割れた海が、止められた時が流れ出すように打ち寄せる。青く美しい風光明媚なエーゲ海を血に染めて、一人と一匹は切り裂かれた分厚い雨雲を見上げていた。

 今はただ、何も見ていなかったかのように晴れ渡る青空が憎くて憎くて堪らない。

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