場所はとある焼肉店の個室。
数種類の肉と、自分の前にコーラ、ほか三人にはそれぞれアルコールの入ったグラスがおかれている。
「では皆さん、飲み物を持ったようなので……乾杯!」
「「かんぱーい!」」
「か、乾杯……」
四人用の掘りごたつ席の一つに座り、アットホームな雰囲気の人たちに囲まれた俺は、その掛け声少々押されつつ言葉を発し、流されるまま乾杯をする。状況が少々把握できないところはあるが、こうなった事の発端は、しばらく前まで受けていた試験だった。
* * *
「初めまして、吉川さん。この人が扉を乱暴に開けてすいません」
「あ、いえ、お気になさらず……」
申し訳なさそうにお辞儀をした優しげな彼に応じる様に、俺は軽く例をしつつそう返す。彼の横で、ドアを急に開けた男性は女性にひっぱたかれつつ怒られていた。その彼は事務方なのかは分からないが、見たところややお調子者な人なのだろう。女性の方は見るからにしっかりとした、姉御肌の人が持つような雰囲気を纏っている。
「アンタも、もうそんな子供っぽいことはしないように!」
「はぁい……」
と、簡単なお説教も終わったようだ。
……もう、と言われてる辺り今までも少なくとも何度かはやっていたのだろう。その度に注意されてるのか……この女性も大変そうだな。
「さて、二人のいつもの事が終わったので、自己紹介をさせてもらいますね。僕は戸根(とね)健太郎(けんたろう)です、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
自己紹介と共に、改めてお辞儀をされる。それに返すように会釈をしながら、さりげなく発せられた「いつも」という言葉について、このやり取りはやはり見飽きるほどなのだろう……とつくづく思った。
「いつもってなによ、私はこの人がこういう時にふざけるから注意してるだけ。……あ、ごめんなさい。私は桜井(さくらい)千明(ちあき)よ、よろしくね」
「あ、はい、こちらこそ」
抗議するような口調でそう戸根さんに言えば、こちらに向き直りにこっと笑みを浮かべながらそう告げる。会釈しつつそう返していくも、言葉に詰まったのは彼女のいい笑顔だった事以外に、話をすぐに変えられたのもあったためだろう、うん。
「ちょっとしたドッキリはいいんじゃないか……俺は西村(にしむら)俊貴(としき)です。よろしくな」
「あー……はい、よろしくお願いします」
「ほらちょっと、彼が困ってるじゃない! 大体、あれはちょっとしたで済むの⁉」
「あ、あはは……」
西村さんの言葉にどう反応すれば分からず、軽く会釈しながら挨拶をすると、桜井さんが語気を強めて言い放つ。その様子に、自分も乾いた笑いしか発せなかった。
すると、戸根さんが間に入っていく。
「ほら、その話はもうやめましょう。ここに長居することは出来ませんから、撤収の準備をしないといけませんし」
「ふぅ……はい、分かりました」
「あぁ、そうだな……さてと、ならすぐに始めないとな」
彼がそう諭していくと、桜井さんは軽く息を吐いてから二人とも頷くと、三人ですぐに作業を始めていく。その手際の良さは圧巻というべきか、戸根さんと桜井さんはパソコンとタブレットの操作も慣れた手つきでデータを保存していくとすぐに電源を落とし、それぞれ専用の袋にしまっていく。
西村さんはやや散らばった紙やペンなどをすぐにまとめ、それぞれ筆箱とクリアファイルに入れていった。それを呆然としなががら見ていると、三人はそれらをたった一・二分で終わらせてしまう。
「よし、これにて完了だな。じゃあ、早いところここから出るか」
「そうね、あまり時間もないみたいだもの」
「そうだね。じゃあ、あとは移動しつつ説明しましょうか」
その三人のやり取りを見てハッとすると、持ってきたバッグを手に持ち立ち上がる。スマホを取り出し時間を確認すると、四十分になろうかというところだった。
「君も準備できたみたいね、それじゃあ行きましょ。車に乗っての移動はしばらくあるけれど、乗る車はすぐ近くにあるわ」
むしっとした熱気を浴びつつ全員でその建物を出ると、最後に出た自分がドアを丁寧に閉める。それを皆で確認すると、何か事務的な話をしつつ動き始めた三人に付いていく。そういえば、行先は事務所になるのだろうか。この場所に近いとするなら……と考えると、出勤のことなどいろいろと気になってしまう。
「吉川さん、どうかしましたか?」
悩む姿を見て気になったのか、戸根さんがそう問いかけてくる。やや下向きだった顔を上げると、少し迷ってから彼に質問をしてみようと決心する。
「えっと、今から行くのは事務所なんですか?」
「いえ、事務所には後日、契約条件を改めてこちらから提示する時に来てもらう事になります。これから行くのは、僕たち御用達の焼き肉屋です」
その言葉を聞いて、頭の中にはてなマークがいくつも浮かんでしまった。
* * *
その後よく分からないまま車に乗ると、中では趣味のことなどを話して時間をつぶしていた。途中高速にも乗り都内へ入ると、とあるインターチェンジで降りてから、しばらく一般道で移動する。そしてとある全国的に有名な駅の近くへと到着すると、近くのコインパーキングに車を止めた。
そこからすぐにある焼肉屋に入っていくと、外に何人か並ぶほど混んではいたものの、予約していたのかすぐに入っていった。席に着くとすぐにコースを四人分注文し、飲み物と最初の肉が運ばれてきてからは、冒頭に戻る。
「大丈夫よ、ここのお代はこっちが持つから、気にせずしっかりと食べてね?」
手にしたコーラを飲みつつ戸惑いを隠せずにいると、隣に座った桜井さんが優しくそう声を掛けてくれた。
その言葉にホッとすると、一気に半分くらい飲んでいく。
「はい、分かりました。でも、これっていったい何のために?」
僕らが話をしている間に戸根さんと西村さんが網の上に肉を並べていたようで、いい感じに響く肉の焼ける音を聞きながら、そう返していく。
「それは、どのように問題の答えを導き出したかを確認するためと、就活の時に企業が開く食事会を兼ねたものだよ」
と、戸根さんが桜井さんに変わって話す。……これ、就活の一環に入るものなのか。
採用試験、との事ではあるものの、やはりいまひとつ信じられないところがある。
「そもそも、この様な会社って本当にやっていけてるんですか?」
「あぁ、それについては心配ないよ。世間的な知名度はそこまでではないけれど、富裕層からは一定の支持を得てるからね」
西村さんのその言葉に、疑いを持ちつつもひとまずは納得することにした。まだ疑いが残る状況ではあるものの、こちらも就職を決めないとより厳しくなってくることは明白だった。その考えから首を数度縦に振ると、いただきます、と声をかけて焼けている肉を取って口の中に放り込んだ。
「では、食事をしつつ答えの確認といきましょうか、吉川さん。まず、一問目ですね」
戸根さんのその言葉に、口の中に入った肉を飲み込む。
確か一問目は、数字の下に平仮名が書かれたものだったはずだ。
「あれは、僕は“会社”と答えました。あれは“独身”というキーワードをどう捉えるか、ということが一番大切になってくるということは、他にあの暗号を解くヒントがない以上明白でした。
普通ならあれで奇数を浮かべるでしょうし、それを解くと“株や債権”という答えにたどり着きます。しかし、“回答権は一度のみ”という言葉を見て、候補は複数あることを示唆した上、普通では気付かない方を解かせたい、という意図があると考えました。その結果、他に当てはまるものは素数である“2、11、31、47”の四つを選びました。
しかしそのままでは“しかやい”となり、意味が通じないため、並び替える必要がありました。そこで名前の“西井さん”に注目すると“二・四・一・三”となり、その並べ方に従うと“かいしや”、つまり“会社”になるわけです」
そう長々と解説をしていくと、桜井さんと西村さんから“おー”という驚きが混じった歓声が聞こえてきた。
「お見事、さすがね……まさか本当にそう解くとは思わなかったわ」
「あぁ、俺もそこまで考え抜かれるとは思わなかった」
「しかし、あれは注意書きがあったからこそです。なければ素直に奇数の方を選んでたかもしれません」
そうなのだ。事実、それがなければじっくりと考え直すことがなかったか、もしくは出題者の意図を測りかねて踏ん切りがつかなかったかのどちらかだったはずだ。
「けれど、説明としては最高のものではなかった、違うかな?」
と、不意に真面目な表情をした戸根さんからその様に告げられる。その言葉に焦りを覚えてしまうも、少し落ち着こうとグラスに入ったコーラを口にして考えていく。そうすると、ひとつすとんと落ちる説明があったことに気付いた。
「そうですね。テストの時には先ほどのように考えはしましたが、言われてみれば最善の手ではなかったかもしれません」
そう納得したように戸根さんの方へ向き、自分が思うように返事をしていく。すると他の二人は意外そうに顔を見合わせ、西村さんが戸根さんへと問いかける。
「今のでも十分説明になってると思うけれど、違ったのか?」
「いえ、十分かもしれませんが、不十分だといわれれば、確かにまだ穴がある様に思います」
「えっと……吉川くん?」
不思議そうに、しかし驚きを隠せず問いかけるように、桜井さんが戸根さんの代わりに答えた僕の名前を呼ぶ。おそらく、自分の表情も少々恐くなってしまっているのだろう。しかし、彼女の方には向かず、戸根さんへと説明を始めていく。
「なぜなら、ヒントで、“独身”とわざわざ表現したということは、友人がいるなどという事ではなく、恋人や婚約者、もしくは結婚相手がいない一人で生活している、という意味をはっきりと出すものです。
そういった意味で奇数だと、“2”で割ったときに小数点まで求めない場合はあまりが出ますが、その奇数が割り切れる数を数えた場合、そこに必ず入る“1”を除いても、素数以外では複数の数で割り切れます。たとえば“105”だとしたら“3、5、7、15、21、35、105”となるため、捉え方次第で独身と言い切れるかは意見が分かれるでしょう。
しかし、素数であれば“1とその数でしか割れない”と定義されているため、割り切る時に必ず入る“1”を除いたら割り切れる数は必ずひとつになる、つまりは必ず一人だといえるから、ということですね?」
「お見事です、そこに今自分自身で気付けただけでも素晴らしいです」
その説明が終わると、ふっと真面目な表情から先ほどまでの柔和な笑みを浮かべ、その答えに納得したように頷きつつほめるような口調で述べていく。その言葉に自分もほっとして、思わず笑みをこぼしてしまう。
「そもそも、奇数を割る数はなんで“1”を含めないの?」
と、桜井さんはもっともな疑問を僕と戸根さんに問いかける。と、僕が口を開く前に、待ってましたと言わんばかりに戸根さんが口を開いた。
「それは簡単です。なぜなら“1”はディズニーランドで、その他の数字がそこを訪れる客のため、もしくは神のような存在で他の数字は信者のため“1”という数字は皆で共有するべき存在であり。そどこかで独占するような行為はしてはいけない、という理由で除かれていると考えてください」
その説明が始まると手持ち無沙汰になってしまう。このタイミングでいつの間にか網の上にのせられて、しっかりと焼かれている肉をとりあえず自分の皿へと移すと、一枚ずつ頬張っていく。
「けど、便利屋のたとえは説明としては完全じゃないだろうし、俺たちには神様の感覚がよく分からないから、いまいち納得できないな」
「ディズニーの例えなら独り身ではなく素数以外の数なら家族連れとしても三つ以上の数字をまとめることもできますから、同時に先ほど(105の件)の例だと独身の人はがいないという形にまとめる、という説明をすることもできます。神様の件は、某アイドルグループのような恋愛禁止のアイドルが“1”で、その他の数字をファンとして置き換えると分かりやすいかも知れません」
「あぁ、そういうことなら確かに分かりやすいか」
例えが少し雑な気もするが、分かりやすくするにはそれが一番いいだろう。実際に、桜井さんも納得している様子だった。
「皆さん納得できたようですね。では次に、二問目に移りましょうか?」
このやり取りの間で多少の食事を取れたところで、再び戸根さんが僕にそう告げる。その前に、のどの渇きを潤すようにグラスに残ったコーラを一気に飲み干した。
「えっと……すいません、先にもう一杯飲み物を注文してもいいですか?」
「あ、あはは……えぇ、かまわないわよ?」
説明をするより先に出たその問いかけに桜井さんは苦笑してしまいつつ、頷いて許可を出してくれた。そのため自分の近くにあった呼び鈴を鳴らし、店員さんを呼ぶともう一杯コーラを注文した。
「じゃあ、改めて二問目の解説、よろしくな」
西村さんの期待のこもった言葉に、慣れないせいか少々緊張してしまう。しかし、自信を持って答えていいはずだ。
「二問目に付いては、そもそもなぜ二種類の大きさの紙に同じ暗号が書かれているか、ということから考えなければいけません。ひとつは縦13cm×横3.5mmの紙、もうひとつはB4の紙でした。
これは気付けば簡単ですが、鉛筆に巻きつければ答えが自ずと分かるようになっていました。色鉛筆が置かれていればまた別の形になっていたでしょうが、鉛筆は持ちやすく、かつ書くときに滑らないように面が六つになっています。その幅を計ると3.5mmよりも少し広くなっています。
しかし、それぞれの面に文字を綺麗に分かるように書くためには、せいぜい3.5mmが限度となり、そんな狭いところで文字を長方形に書くと分かりにくくなります。その他の理由としては、その小さなところに手書きするとどうしても文字つぶれてしまう可能性が高く、試験には向かないためパソコンで入力することになると、どうしても正方形になってしまいます。そのため、縦も3.5mm×文字数になっています。しかしそうすることで、鉛筆に巻きつけた場合にのみ分かる暗号を作ることができます」
ここまで説明するとコーラが運ばれてきたため、一度中断することとなった。すると、西村さんが口を開く。
「ひとつ質問なんだが、昔の建物に龍が巻きついているような感じで鉛筆に巻きつけるって認識でかまわないのか?」
「えぇ、読むためにはそれでもできると思いますので、それでも大丈夫です」
「なら、何で試験の時は大きい紙を切ってたの?」
桜井さんが、あの場面を見ていれば抱くであろう疑問を僕に投げかけてくる。それは当たり前のことでもあるので、その理由と共に答えを説明していく。
「細長い紙を鉛筆に巻きつけながら解読していくと時間がかかり、制限時間に間に合わないと踏んだため、一周する六文字ごとに切り取って縦に並べることで解読しやすくする意図がありました。
その結果出てきた答えが“超大ヒット上映中のアニメ映画は何、君なら分かるよね”でした。答えの文字制限は十三文字以内とありましたから、ひとつは題名が長くなるもの、もうひとつはそこまで名前が長くないものです。答えは“劇場版ガールズ&パンツァー”と“君の名は”です。後者はもちろん宮崎駿監督の作品以外では初となる興行収入百億を突破した作品で、前者は公開から一年が経っても上映している、超ロングラン作品となっているからです」
さくねんだいひっとをきろくしたあにめえいがはなに、きみならわかるよね
そう説明を終えた俺は、再び乾いたのどを潤すようにグラスに入ったコーラをいくらか飲んでいく。
「お見事ですね、吉川さん。古来から暗号として使われているものの、その発想の単純さからか返って見落としてしまうところに気付くとは。最初から意図が分かった上で細長い紙の大きさを測ったのですか?」
「いえ、あれはたまたまです。どうせなら大きさを測っておいても損ではないだろう、という判断だったので」
「そうでしたか。しかし、分からない中とりあえず手を動かして、いらないであろう情報も集めた事は感心できますね。難解な事件であってもその様なことを積み重ねていけば、いずれ答えにたどり着くので、経験が浅いのにも関わらずそれができたことは上出来です」
痛いところを突かれてしまいついつい軽く息を吐くと、苦笑を浮かべつつ理由を話していった。しかし戸根さんは、笑みを浮かべたまま嬉しそうに僕に優しい言葉を投げかけてきた。僕にとってはさりげない事だっただけに、そうほめられたことはとても嬉しかった。
「なら戸根さん、彼はほぼ最高の結果で合格になるんですよね?」
ホッと安心している中、桜井さんが戸根さんにそう問いかける。結果はここで話題にされるとは思ってなかったため、緊張のあまり背筋がぴんと伸ばしてしまう。
「えぇ、そうなりますね。この素質なら、そう判断して問題ないでしょう」
戸根さんのその言葉を耳にして、本当の意味で胸をなでおろす。あとは、後日伝えられる契約条件を見て、ここに入社するかを最終的に決めることになる。
と、そこで疑問がいくつか浮かびあがる。
「そういえば、不合格という選択は無いんですか? 僕より機転が利いて頭のいい人もいると思うんですけれど……」
その問いかけに対して、戸根さんからは意外な答えが、次のように返って来た。その言葉に、俺は再び呆然とすることになってしまったのであった。
「いえ、この職場に合うかどうかを判断した上でオファーを出していますから、手紙を送った時点で合格だとほとんど決まっていましたよ。僕らは最後に現場でどのような対応ができるか、というところを見たかっただけなので、貴方がよっぽどのヘマをしない限り、その結果に応じた契約を後日提示することになっていました」
(三題噺・①不合格、飲み物、ディズニーランド
②焼肉、携帯電話(都合上スマートフォンで代用)、龍より)