魅せて、魅せられた彼と彼女は、向かい合えど決して交わらない 作:初代小人
少し気恥しいことを言った翌日も、彼に変化は見られなくて、私は一抹の淋しさを覚えると共に大きな安心感を得た。
彼はやはり私が思った通り、誰にも染まらない独自の、そんな人間であることを再確認して席に着き、一限の授業の準備をする。
ここまでに普段の私と違いがなくて、昨日の図書委員でのやり取りを知る人は私と彼以外にいないことに少しだけ高揚した。
ちらりと横目で彼を見る。
彼もちらりとこちらを見たが、何やら細かい文字が印刷された小説を読んでいる。
読書は様々な世界を旅するに等しいというような表現はよく聞くけれど、なら彼はいったい今どんな世界にいるのだろうか。
そんな妄想に耽っている内に時計の針は進んで、いつも通りの日常が幕を開けた。
つまらない授業中に友人と密かに手紙を渡しあって会話をし、休憩時間にはたわいのない雑談で笑い合い、昼休みには馬鹿なことをして笑う男子をバカにして笑ったり。
私がそうしている時間、彼はずっと同じ教室にいながらにして、別の世界に居た。
楽しそうに本を読む少年。
私の彼に対する印象は最初からそうだった。
普段はなんというか、目は向いていても同じものを見ていないような、そんな濁った目をしているのに、本を開いた瞬間、彼のその目はどんな宝石よりも美しく透き通る。
私はそこになんというか、不思議さのようなものを感じた。
だって小説だなんて所詮は文字が書いてあるだけの紙で、教科書なんかと全然変わらないと、そう思っていたから。
しかし彼にとってそうでないことを悟ったのは現代文の授業の時だった。
その授業では確か梶井基次郎の檸檬を扱っていた。
内容に関しては私にはよく分からなくて、少し精神を病んでしまった人が書店の本の上に市場で買った檸檬をひとつ置いて満足して帰ったことしか読み取れなかったし、そもそもその文章は少しなんというか、ズレているようで私以外の大半の生徒も同じようなものだった。
彼を除いて。
彼はその時も、いやその時こそ目を輝かせた。
授業なんてそっちのけといったふうで教科書をめくり、何度も檸檬を読み込んでいた。
その様子は只々異様で、私の友達は揃って少し引いていたけれど、むしろ私はそれに惹かれていた。
面白い。面白い、面白い、面白い。
キミには何が見えているの?
キミはどんな世界にいるの?
キミはどうして……この世界がそんなに退屈そうなの?
彼の全てが興味深かった。
でもそんな事、さすがに恥ずかしくて誰にも言えなかった。
でも我慢は出来なかったから、図書委員になった。